夏休みの夕闇~刑務所編~

苫都千珠(とまとちず)

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第四章 夢

彼女はいかにして魔法使いになったのか その2-2

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「小さい頃から妙に『死』に惹かれていたのも覚えてる。
昔、家族旅行中に母が運転する車が雪山でスリップして死にかけたことがあるんだけど……家族全員が大絶叫の大騒ぎする中でも、私は怖くなかった。
それよりも、窓の外の雪の粒が朝日を反射してキラキラしていてすごくきれいで『どうしていつもよりもきれいに見えるんだろう』って不思議に思っていたの」

「……君もなかなか、壊れていると思うよ」

「壊れているのかな?それはよくわからない。でもそのときは、死に近づいたことで集中力が異常に高まったのかなっていうのを子どもながらに理解して、すごいことだと思ったのよ。
車が山道をスリップしている間だけは、目に見える全てがくっきりと輪郭を持って、普段のぼやけた感じとは全く違って見えた。時の流れが圧縮されて、一つ一つの微細な動きを感覚で捉えられる気がした。私はあの後も、もう一度これを体験したいとすら思った」



……そんな私のところに、舞い込んできたの。魔法があって、生と死が隣り合わせの世界。努力せずに、頭を働かせずに漫然と生きていたら死に飲みこまれてしまう、そんな世界が。

死にそうな目にはたくさんあってきたけど、それでも魔法はとても美しく神秘的で、一生をかけて追求し続ける価値のあるものだと思ってる。

あなたにも、見せてあげたい。特に、私の得意な『炎』の魔法。私は時空の魔女ではあるけれど、自分の得意な魔法は『炎』なの。炎の魔道士なのよ。




そう言って僕を見る火置ひおきさんの瞳の奥に、をした炎が燃えた気がした。

僕は不思議に思う。いつもの彼女の瞳は、深淵のをしているから。


すると彼女が静かに右手を前に出した。

彼女の周囲だけ、空気の質感が変わった気がする。目には見えないけれど、彼女から発する生命力が『オーラ』として感じられたような。僕の腕に、ゾワリと鳥肌が立つ。

彼女は静かに目を閉じてから小さく唇を動かし、そして瞼を開く。火置さんの瞳の中に、複雑な色合いで構成された銀河が見える。彼女と視線があったその瞬間、自分の存在を忘れそうになる。彼女の意識が僕の目の中に飛んできて体の中を駆け抜けて、そのまま出ていったような、奇妙な感覚。

彼女が伸ばした右手を見る。その手のひらの中には、太陽を小さく圧縮したみたいな炎の塊が生まれた。彼女は自分の手のうちに、ミニチュアの宇宙を作り出している。

僕は驚く。その炎の塊はすぐに消えてしまったけど、僕は時間を忘れて彼女の手の中に魅入っていた。


「………………今のって…………」

「…………一瞬、使えた……!!」

「………………すごい…………」

「や、やったーーーっ!!!」

火置さんは両手を上げ、大喜びでジャンプする。……そんな漫画みたいな驚き方をする人、初めて見た。よっぽど嬉しいらしい。


僕はといえば、放心状態だ。まさか、本当に魔法なんてものがあるなんて。目の前で見られるなんて。

彼女の言う通り、魔法は『神秘的で美し』かった。彼女が『一生をかけて追求する価値があるもの』だと言いたくなる気持ちも理解できる気がした。

とはいえ、死にそうな目にあってまで追求したくなるかはわからない。神様を信じる僕のように、彼女もまた特定の何かに対して狂っている人間なのかもしれない。


彼女はあの後何度も魔法を試したが、さっきの一回以降はとうとう一度も成功しなかった。

うーんと唸った火置さんは自分の魔法書を取り出してパラパラとめくり、真剣に内容を確認したあと、ずいぶんと長い間思索に没頭していた。



魔法、か……。『死ぬまでに見たい』と思っていた願い事が、もう叶ってしまったな。

魔法を見られたのは嬉しいけれど、僕はいいようのない不安を覚える。「彼女がいなくなったらどうしよう」。

一瞬とは言え、炎の魔法が使えるようになったんだ。時空の魔法を使えるようになるのも、もうすぐかもしれない。
時空の魔法が使えるようになったら、彼女は時空の通り道を作ってここからを出ていってしまう。


彼女が魔法を使えるようになったことを、僕はもう素直には喜べなくなっていた。
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