夏休みの夕闇~刑務所編~

苫都千珠(とまとちず)

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第五章 闇

闇に沈む記憶 その2

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…………またあの夢だ。真ん中に椅子が置かれている真っ暗な部屋にいる夢。でもこの前見た夢とちょっと違う。あたりがほんのかすかにだけど、明るくなってる。夜明けが近いんだろうか。



まただ、また歌声が聞こえる。


あれは……僕?僕が歌ってる。部屋の真ん中に置かれた椅子の隣で。椅子に何が乗っているのかは、ここからじゃよく見えない。

それにしても……の僕、なんだかごきげんだな。いいことでもあった?ずっと機嫌よく歌を歌っている。




九十九の罪
四の禁忌
神の怒り
罪人はその罪を血肉で贖え
報いを、神の報いを
英雄には救いを




…………あれ、そんな歌詞、考えたっけ?僕は過去を振り返る。記憶にない。いつの間に僕はあんな歌詞を思いついたんだろう。

の僕は、自分自身が定点カメラになってしまったかのようにここから動けない。ずっと同じ位置から同じ目線で、僕は僕自身を見ている。ここから動けないから、この場面の全体像がうまく把握できない。

何が行われているのか気になって、僕は僕自身をずっと見ていた。歌を歌い終えたの僕は、ふらりと立ち上がった。手には、見たことのない形状の刃物を握っている。

椅子の上の何かに向かって、の僕はその刃物を思いっきり振り下ろした。何を刺した?牛肉の塊だと言ってほしいけど、違う気がする。


そういえば、前回の夢でも、椅子の上に何かが乗っていたな。人間にしてはでこぼこしていて小さい何かが椅子の上に乗っていた。あれは、どうなったんだ……?


そして僕は気づく。今回の夢にもやっぱり、椅子の上に人間らしきものはあった。でもそれは、この間よりもずっと小さくなっていた。

さらによく見ると、部屋中がヌルヌルでドロドロだった。赤い塊がそこかしこに散らばっている。それらを全部かき集めて合わせたら……椅子の上のものが完成するんじゃないだろうか?直感的に、そんな気がした。


ヌルリ


足首あたりに、ナメクジが這うような気色悪い感覚。反射的に首筋が粟立つ。恐る恐る足元を見る。僕の足元には、気味の悪い肉片がいくつもまとわりついていた。何だ、これ?やめろ、来るな。

その肉片は、ウゾウゾとうごめいて、僕を覆い尽くそうとする。やめろ、やめろ、やめろ!気持ち悪い、やめてくれ!

助けを求めようと目の前にいるはずの僕を見る。気づいているならなんとかしてくれよ!しかしの僕はいなくなっている。
代わりに、椅子の上の何かがこちらを見た。その何かは、肉の中に目玉だけを雑に埋め込んだおぞましい顔だった。その顔が僕を見て、半笑いで、こう言った。





「お前、まじでキモいよ」






ベッドから飛び起きる。全身の毛穴から吹き出す冷や汗。シーツがぐしょぐしょで気持ち悪い。なんだったんだ……さっきのは……?あ、頭が痛い……。



「ヤミっ!ヤミ、どうしたの!?ヤミ、こっち見て!ヤミ!」

火置ひおきさんの顔が近くにある。彼女は両手で僕の頬を支えて、僕に呼びかけてくれている。君の瞳が見える。君の瞳に、目を見開いて恐怖におののいた僕が映ってる。

「ヤミ、私の目を見て。じっと見て、深呼吸して」

吸い込まれそうな瞳だ。最初に彼女と会ったときも同じことを思った。火置さんの瞳には宇宙がある。僕は君の宇宙を見ながら深呼吸をする。だんだんと落ち着いてくる。

「火置、さん……」

「悪い夢をみた?大丈夫、安心して、私はここにいる、大丈夫……」

悪い夢……何だったんだ、あの夢は……。最悪な夢だった。あれは、椅子の上にいたあいつは…………あいつはきっと、僕が殺したあいつだ……。


「う、ああ……」

「ヤミ……。ヤミ、大丈夫。私の目を見て。私の瞳にはね、真ん中に真っ黒のブラックホールがあって、その周りに3つの光があるの。この3つの光は、このブラックホールに絶対に飲まれないでずっと光ってるのよ。心が闇に飲まれそうになったら、この3つの光を見て。落ち着いてくるから」

もう一度火置さんの目を見る。…………瞳の中に輝く3つの星。その光を見ていると、不思議と呼吸が整ってくる気がした。さっきまで不自然に硬直していた体が緩んでいく。

自分の手に温かさを感じる。火置さんが手を握ってくれていた。

「大丈夫、怖くないよ。大丈夫だからね」

「火置さん……」

「ヤミ……?」

「ここに、いて……」

「わかった、いるよ。ここにいる。安心して寝ていいから」


僕は再びベッドに横になる。彼女はずっと手を握ってくれている。彼女の体温がじんわりと僕の方に伝わってくる気がする。

僕は彼女の顔を見上げる。彼女は優しい顔で、少し心配した様子で僕を見ている。僕は彼女に対して「ごめんね」と言ったつもりだったけど、唇が動いただけでうまく声が出なかった。彼女に伝わったかどうかはわからない。

火置さんは空いている方の手で僕の額を撫でて「ほら、もうお休み」と言った。僕は目を瞑る。握る手は熱いくらいだ。


目をつぶった暗闇の中で、歌が聞こえる。今度は、火置さんの歌だった。彼女は、消え入りそうな声で子守唄を歌っていた。

僕のこと、何だと思ってるんだろう……。子供かなんかだと思ってるのかな……。ちょっと悔しくなる。でも、すごく眠いし、落ち着く。暖かい巣の中で守られているみたいな安心感に包まれて、僕は知らないうちに眠っていた。
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