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2-2.部屋に幽霊が出た
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献花して手を合わせていると、背中にひやっとした感触がした。
思わず身震いする。
この交差点は事故が多く、数年前にも死亡事故があったらしい。
俺はホラーが苦手だ。わざわざ怖いものを進んで見る連中がいることが信じられない。
何となくぞわっとしたので、家に真っすぐ帰ることにした。
1人で室内にいると怖いので、テレビをつける。交通事故のニュース。ああ、気が滅入る。
チャンネルをかえてバラエティーにした。芸人の声がうるさい。
スマホを開いて写真を見る。先月のバイト先の辞めちゃう先輩の送別会の飲み会の写真を開く。完全に出来上がってる篠塚さんが先輩と肩を組んでピースしている写真があった。彼女は赤い顔でにっこり笑っている。最初、バイト始めたころからは想像できない笑顔だった。当時は眉間に皺が寄ってたもんなあ。
俺は、結局彼女に送らなかったラインのメッセージを開いた。
送っとけばよかったかな。もう少し、彼女と話したかった。クリスマス会まで待たずに食事でも遊びにでも誘っておけばよかった。
しんみりしていると、カタっという音がした。
びくっと、音のした方を見ると、ティッシュケースが床に転がっている。
あれ、テーブルの上にあったよな、さっきまで。 風かな。
窓をたしかめる。しっかり閉まっている。当たり前だ。12月だぜ。窓なんか開けてられない。俺はスマホを手に取ると、石川に電話をかけた。
「もしもし、石川?俺だけど」
『義則?どうした?』
「その、いや別になんでもないんだけど、お前何してるの今?」
『何で急にそんなこと聞くんだよ』
「え、何でそんなこと聞くかって、ただ気になったからだよ。」
『何?大丈夫?今、香織と飯食べてるんだけど、駅前で。後でかけなおそうか?』
「……え、彼女とごはん中?そっか、ごめん……切るわ」
会話は5秒で終わってしまった。
何だか寒気がする。暖房は効いてるはずなのに。リモコンを見ると27度だ。
寒いはずがない。
こういうときは筋トレに限る。
俺は、音楽を流しながら日課の腹筋を始めた。怖かったので曲に合わせて歌ってみた。
歌いながらやるとなかなか腹筋に負荷がかかる。次からこれをトレーニングに入れてもいいかもな。
3曲やったら、筋肉が疲れた。
「よし」
俺は立ち上がった。飯にしよう。筋トレの後は腹が減る。
昨日の残りの炒め物と白米とインスタントの味噌汁を準備して、またテレビをつける。
録り溜めていたアニメを4話ほど消化する。
まだ20時だ。テスト前で部活が休みなので、バイトも入れてないし時間が余る。
本当は勉強しないといけないし、レポートの締め切りも近いんだけど。
今日はする気になれなかった。
「風呂に入るか」
俺は言って立ち上がると、服を脱いだ。シャワーを浴びる。
「よっと」
パンツを履いてベッドに座った。何だか気分がすっきりしない。勉強もレポートもやらなきゃいけないのに。
股間に右手を持って行く。一発抜いたらすっきりするかもしれない。
棚から雑誌を出して自分の息子をスワイプする。
ティッシュをあてがい、うっと声をあげる。白い液体が飛び出した。
ふうと一息ついて、息子をパンツの中に戻す。
――その瞬間、ひやり、と股間に冷やしたてのこんにゃくを押し付けられたような感覚があった。そして、耳元で「うわ」という女の声がした。
「うわぁ」
俺は大声をあげて飛び起きた。ベッドの隅に寄って、枕を抱きしめて「なんやねん」と呟きながら部屋中を見回した。ぼんやりと何かが見えた。視線がぴたりと合う。女の輪郭。目をこらすと、それは。
「……し……篠塚さん……?」
目をまん丸にして彼女を見つめる。それは、紛れもなく、事故で先週死んだはずの彼女だった。透明な輪郭。それがだんだんと肌色を帯びてくる。口が動いた。
「東くん、――見えるの?」
俺は言葉を失った。彼女は全裸だった。ごくり、とつばを飲み込む。
視線を受けて、彼女は自分の身体を見た。そして、叫んだ。
「きゃあああああああ」
ベッドの布団をはぎとり、かぶる。そこから顔だけ出した状態で彼女はおどおどとした言葉で言った。
「お邪魔…してます…」
絶句。俺はただ、口をぱくぱくさせるしかできなかった。
はっと意識を取り戻して、慌てて床に転がる灰色上下のスウェットを着る。
「あの、篠塚さんいつからここに」
「ごめんなさい。あの、私の事故現場に花を持ってきてくれたときからです。ついてきちゃって、ごめんなさい」
事故現場。その言葉に俺は背筋が凍るような感覚を覚えた。
恐る恐る確認する。
「篠塚さんは、あの、事故に遭ったんだよね。―――死んでるんだよね?」
彼女は困ったように笑った。
「成仏できないみたいで」
「つまりは幽霊?」
「そういうことみたい……」
彼女の身体はだんだん透明になっていく。本物だ、と思った。
ただ、見知った顔と、普通の会話ができるからか、恐怖心はなくなっていった。
「何で俺の部屋にいるの?というか、さっきのは何でしょうか」
俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。いや、さっき股間触られたよね。
「なぜ、俺のその、その、それを、」
彼女はうつむきながら答える。
「それは、その、成仏できそうだと思って」
なんやねん。呆気にとられる俺をよそに、彼女は頭を下げた。
「東くん、申し訳ないんだけど、私とヤッてくれませんか」
「え?何を」
「その、せせSEXを!」
せっくす?って言いました?
妙に発音が良いそのアルファベットを俺は数秒認識できなかった。
篠塚さん、英語学部だもんな。発音良いよね。てかそうじゃなくて。
「ヤると成仏できるの?」
「……できそうな気がする」
なんやねん、マジで。篠塚さんは「私と、どうでしょう」とこちらを強く見つめて言った。
そして、俺のことが好きだった、と。
俺は、「そうかあ」とつぶやいた。
泣きたい気持ちだった。うつむいて、ベッドのマットレスを見つめる。
脈があるかも、って思ってたのは間違えじゃなかったのかあ。俺の勘違いじゃなかったかあ。
何て答えればいいかわからなかった。俺も篠塚さんのことを気になってた?
付き合ってもいいかなと思ってた?いや、そんな上から目線じゃなくて――付き合いたいと思ってた?――そもそも、それを言って何になる?
何を言っていいかわからないまま、顔をあげると、彼女は透明に透けた顔に泣きそうなくしゃくしゃな表情を浮かべ、小さな声で言った。
「ごめんなさい、急に言われてもだよね。勝手に家に入ってごめんね」
彼女の姿が窓ガラスに吸い込まれて、消える。
俺はその泣き顔に圧倒されて、何の反応もできなかった。
その姿が完全に見えなくなって、俺はようやく動けた。窓を開けて、呼ぶ。
「篠塚さん!」
冷たい空気が窓から入ってきた。しーんとした住宅街。道には誰もいない。
思わず身震いする。
この交差点は事故が多く、数年前にも死亡事故があったらしい。
俺はホラーが苦手だ。わざわざ怖いものを進んで見る連中がいることが信じられない。
何となくぞわっとしたので、家に真っすぐ帰ることにした。
1人で室内にいると怖いので、テレビをつける。交通事故のニュース。ああ、気が滅入る。
チャンネルをかえてバラエティーにした。芸人の声がうるさい。
スマホを開いて写真を見る。先月のバイト先の辞めちゃう先輩の送別会の飲み会の写真を開く。完全に出来上がってる篠塚さんが先輩と肩を組んでピースしている写真があった。彼女は赤い顔でにっこり笑っている。最初、バイト始めたころからは想像できない笑顔だった。当時は眉間に皺が寄ってたもんなあ。
俺は、結局彼女に送らなかったラインのメッセージを開いた。
送っとけばよかったかな。もう少し、彼女と話したかった。クリスマス会まで待たずに食事でも遊びにでも誘っておけばよかった。
しんみりしていると、カタっという音がした。
びくっと、音のした方を見ると、ティッシュケースが床に転がっている。
あれ、テーブルの上にあったよな、さっきまで。 風かな。
窓をたしかめる。しっかり閉まっている。当たり前だ。12月だぜ。窓なんか開けてられない。俺はスマホを手に取ると、石川に電話をかけた。
「もしもし、石川?俺だけど」
『義則?どうした?』
「その、いや別になんでもないんだけど、お前何してるの今?」
『何で急にそんなこと聞くんだよ』
「え、何でそんなこと聞くかって、ただ気になったからだよ。」
『何?大丈夫?今、香織と飯食べてるんだけど、駅前で。後でかけなおそうか?』
「……え、彼女とごはん中?そっか、ごめん……切るわ」
会話は5秒で終わってしまった。
何だか寒気がする。暖房は効いてるはずなのに。リモコンを見ると27度だ。
寒いはずがない。
こういうときは筋トレに限る。
俺は、音楽を流しながら日課の腹筋を始めた。怖かったので曲に合わせて歌ってみた。
歌いながらやるとなかなか腹筋に負荷がかかる。次からこれをトレーニングに入れてもいいかもな。
3曲やったら、筋肉が疲れた。
「よし」
俺は立ち上がった。飯にしよう。筋トレの後は腹が減る。
昨日の残りの炒め物と白米とインスタントの味噌汁を準備して、またテレビをつける。
録り溜めていたアニメを4話ほど消化する。
まだ20時だ。テスト前で部活が休みなので、バイトも入れてないし時間が余る。
本当は勉強しないといけないし、レポートの締め切りも近いんだけど。
今日はする気になれなかった。
「風呂に入るか」
俺は言って立ち上がると、服を脱いだ。シャワーを浴びる。
「よっと」
パンツを履いてベッドに座った。何だか気分がすっきりしない。勉強もレポートもやらなきゃいけないのに。
股間に右手を持って行く。一発抜いたらすっきりするかもしれない。
棚から雑誌を出して自分の息子をスワイプする。
ティッシュをあてがい、うっと声をあげる。白い液体が飛び出した。
ふうと一息ついて、息子をパンツの中に戻す。
――その瞬間、ひやり、と股間に冷やしたてのこんにゃくを押し付けられたような感覚があった。そして、耳元で「うわ」という女の声がした。
「うわぁ」
俺は大声をあげて飛び起きた。ベッドの隅に寄って、枕を抱きしめて「なんやねん」と呟きながら部屋中を見回した。ぼんやりと何かが見えた。視線がぴたりと合う。女の輪郭。目をこらすと、それは。
「……し……篠塚さん……?」
目をまん丸にして彼女を見つめる。それは、紛れもなく、事故で先週死んだはずの彼女だった。透明な輪郭。それがだんだんと肌色を帯びてくる。口が動いた。
「東くん、――見えるの?」
俺は言葉を失った。彼女は全裸だった。ごくり、とつばを飲み込む。
視線を受けて、彼女は自分の身体を見た。そして、叫んだ。
「きゃあああああああ」
ベッドの布団をはぎとり、かぶる。そこから顔だけ出した状態で彼女はおどおどとした言葉で言った。
「お邪魔…してます…」
絶句。俺はただ、口をぱくぱくさせるしかできなかった。
はっと意識を取り戻して、慌てて床に転がる灰色上下のスウェットを着る。
「あの、篠塚さんいつからここに」
「ごめんなさい。あの、私の事故現場に花を持ってきてくれたときからです。ついてきちゃって、ごめんなさい」
事故現場。その言葉に俺は背筋が凍るような感覚を覚えた。
恐る恐る確認する。
「篠塚さんは、あの、事故に遭ったんだよね。―――死んでるんだよね?」
彼女は困ったように笑った。
「成仏できないみたいで」
「つまりは幽霊?」
「そういうことみたい……」
彼女の身体はだんだん透明になっていく。本物だ、と思った。
ただ、見知った顔と、普通の会話ができるからか、恐怖心はなくなっていった。
「何で俺の部屋にいるの?というか、さっきのは何でしょうか」
俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。いや、さっき股間触られたよね。
「なぜ、俺のその、その、それを、」
彼女はうつむきながら答える。
「それは、その、成仏できそうだと思って」
なんやねん。呆気にとられる俺をよそに、彼女は頭を下げた。
「東くん、申し訳ないんだけど、私とヤッてくれませんか」
「え?何を」
「その、せせSEXを!」
せっくす?って言いました?
妙に発音が良いそのアルファベットを俺は数秒認識できなかった。
篠塚さん、英語学部だもんな。発音良いよね。てかそうじゃなくて。
「ヤると成仏できるの?」
「……できそうな気がする」
なんやねん、マジで。篠塚さんは「私と、どうでしょう」とこちらを強く見つめて言った。
そして、俺のことが好きだった、と。
俺は、「そうかあ」とつぶやいた。
泣きたい気持ちだった。うつむいて、ベッドのマットレスを見つめる。
脈があるかも、って思ってたのは間違えじゃなかったのかあ。俺の勘違いじゃなかったかあ。
何て答えればいいかわからなかった。俺も篠塚さんのことを気になってた?
付き合ってもいいかなと思ってた?いや、そんな上から目線じゃなくて――付き合いたいと思ってた?――そもそも、それを言って何になる?
何を言っていいかわからないまま、顔をあげると、彼女は透明に透けた顔に泣きそうなくしゃくしゃな表情を浮かべ、小さな声で言った。
「ごめんなさい、急に言われてもだよね。勝手に家に入ってごめんね」
彼女の姿が窓ガラスに吸い込まれて、消える。
俺はその泣き顔に圧倒されて、何の反応もできなかった。
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