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13 その文脈なんかおかしくないですか!?
しおりを挟むわたしの家からの最寄り駅は、南夜鍋駅というJRの駅です。
その南夜鍋駅の前には市営のちょっとした公園があります。特に遊具などが設置されているわけではないですし、野球やサッカーなどをして遊べるほどの広さもないのですが。桜の木が結構多く植えられていますので、春などは花見客でそれなりに賑わいます。
そんな公園の隅っこに、わたしはちょこんと座っていました。ただしベンチではなくて、ベンチの後ろにある植えこみの陰に。ここは公園の中からは見えにくい場所なため、夜中にベンチに座っていちゃいちゃしているカップルを出歯亀するには絶好の場所なのですよ。
いえ。念のために言っておきますけれど出歯亀うんぬんはたとえ話であって、実際のところわたしはのぞきをするためにわざわざこのような場所にいるわけではないですからね? 時間だっていまは夜ではなくて、日曜午前の一〇時半ですし。
え? のぞきじゃないなら何故空いているベンチに腰掛けずに、わざわざこのような場所に隠れるように座っているのかですって? べ、別にそんなご大層な理由があるわけではありませんので、気にしないでください。人にはそれぞれ色々事情というものがあるんですよ。
「ちょっと」
誰に向かってしているのか自分でもよく分からない弁明を心の中で呟いていると。背後からいきなりハスキーな感じの女の人の声がかけられてきたため、わたしは思わず『びくんっ!』といった感じに肩を大きく震わせてしまいました。
やばいです。こんな場所に隠れるように座っていたため、たまたま近くを通りがかった婦警さんかなにかに怪しまれて職務質問みたいなことをされてしまうのでしょうか?
自分で言うのもなんですけれど、いまのわたしは充分不審人物っぽいですからね。もしや、なにか良からぬことを企んでいるのではないかと怪しまれても文句は言えません。
さて。どうやってごまかしましょうか? 頭の中を必死にフル回転させながら、顔だけは愛想笑いを浮かべて恐る恐る背後を振り返ったわたしでしたが。そこに立っている人物の顔を確認した瞬間、笑みと共にほっと安堵の息を漏らしたのでした。
「なんだ。誰かと思ったら親友その2でしたか。驚かさないでくださいよ」
「その2って……」
わたしの言葉に、その人物は眉をひそめながら、呆れたような言葉を吐き出します。
彼女の名前は渋谷ひかりさん。一六歳で、わたしやルルと同じく公立桃里高校に通う一年生です。クラスは隣なので、普段は体育や家庭科など二クラス合同授業の時くらいしか会ったり話したりする機会はないのですが。結構気が合うのでルル共々仲良くしてもらっています。
身長は一六五センチほど。すらりと引き締まったしなやかな体躯の持ち主で、どちらかと言えば痩せ気味であるにも関わらず胸などはかなりのボリュームがあり、わたしほどではないですけれど結構な存在感を醸し出しています。
肌の色はちょっと焦げた感じの小麦色。髪の毛はサラサラと柔らかそうなショートの茶色で瞳はやや青みがかっています。鼻は高く口唇は少し厚め。可愛いと言うよりは凛々しい、美少女と言うよりは美少年っぽい顔立ちの、胸と腰まわり以外はボーイッシュな女の子ですね。
身に着けているものがTシャツにジーンズのパンツとフード付きパーカーに運動靴ということもあって全体的にスポーツ少女のような印象がありますけれど、実際の運動神経はわたしやルルよりはちょっとマシという程度ですから、あまり大したことはありません。
ちなみに今日のわたしの服装は厚手の黒紺の長袖シャツと黒いズボン。その上から黒いチュニックを着ています。靴は白のローファー。
と、まあ。これだけなら別段変な格好と言うわけではないでしょうけれど。頭には野球帽を目深にかぶっていて、顔の半分を隠すほど大きなサングラスをかけマスクもしているために、我ながらちょっと怪しい感じを醸し出しています。
「あの、ところで渋谷さん。あなたは何故こんな所に?」
「バイトに向かう途中だよ。そこでいかにも挙動不審な感じで怪しさ大爆発な女の子を見かけたから、『あれ? 宮部がいるぞ。なにをしているんだろう?』と思って声をかけたんだ」
「そうだったんですか……って、ちょっと待ってください。当然のことみたいに言っていたのでつい聞き流してしまうところでしたが、その文脈なんかおかしくないですか!?」
その言いかただとなんかわたしが年がら年中挙動不審で怪しい行動ばかりとっているみたいに聞こえるじゃないですか。人聞きの悪い! 否定はしませんが!
「冗談だよ」
わたしが頬を膨らませているのが面白かったのか、渋谷さんは笑いながら言いました。
「本当は公園の植えこみの前で右に左に忙しく揺れている尻の形を見て、『ああ、これは宮部の尻じゃないか。なにをしているんだろう?』と思ったんだよ」
「なんでですかーっ!? 渋谷さん。あなたお尻の形を見ただけで、それがわたしだと分かったと言うんですか!」
まさかそんなことはないでしょう。それも冗談だろうと思っていたのですが、渋谷さんはことのほか真面目な表情を浮かべて重々しくうなずきながら、さらに言葉をつまびきます。
「うん。自慢じゃないが私は尻さえ見れば、老若男女に関わらず大抵個人識別出来るから」
「いや。シリアスな顔でそんなことを言われても」
尻だけに。
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