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18 失礼な!

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「やっぱり、私は君についていくことにするよ」

 しばしの沈黙ちんもくの後、改めてわたしのほうを見やりながら、渋谷しぶやさんはおもむろに口を開きました。

「君にこのままストーキングさせ続けてたら、なにをしでかすか心配でたまらないからね。私がストッパーにならないと」

「失礼な!」

 あまりと言えばあまりすぎる渋谷さんのもの言いに少なからずムッとした思いを抱きつつ、わたしは彼女の顔を見やります。

「わたしはストリーキングなんてしませんよ! 渋谷さんがストリッパーになるのは個人の自由なのでわたしは干渉かんしょうしませんけど」

「勝手に『リ』をつけ足すな、『リ』を! とにかく、私も君についていくからな」

 これ以上議論ぎろん余地よちはないとばかりに、きっぱりとした口ぶりで言う渋谷さんでした。

 困りましたねえ。この調子ではわたしがなにを言っても、渋谷さんは断固だんことしてついて来てしまいそうです。なんとかうまく言いくるめて追い返す方法はないでしょうか?

 外見は平静をよそおいながらも、妙案みようあん一を求めて脳内のうないパソコンのキーボードを懸命けんめいたたき続けるわたしでしたが。その刹那せつな、あることに気がついてハッと息を飲みこみました。

 と言うのも、周囲のわたしに対する注目度が先程までとくらべて明らかに低くなっているのに気が付いたからです。いまも、もの問いたげにちらちらとこちらに目を向ける人がいないわけではないのですが、先程のようにあからさまに怪しい人を見るような視線は全くと言っていほど感じられません。

 変装をいたわけではないのに、何故急に周囲の人たちから怪しまれなくなったのかと、わたしは戸惑とまどいをかくしきれません。これは一体どういうことかと首をひねったわたしでしたが、やがてその理由に思いいたって心の中でポンと両手のひらを打ち鳴らしました。

 なんのことはありません。渋谷さんのお陰です。

 渋谷さんはお尻の形でしか人を認識にんしき出来ない上、純粋じゅんすいな気持ちで弟を心配してルルとのデートを見張ろうとしているわたしのことをストーカー呼ばわりするような、ものの道理どうりの分からない変人ですが。それでも見た目は普通の女子高校生です。

 そんな普通の女子高校生である渋谷さんが当たり前のようにわたしと一緒いっしょに歩いて一緒におしゃべりなどをしていたために、周囲の警戒けいかい心は薄れたのでしょう。いわば渋谷さんの(外見の)普通さがわたしの(外見の)怪しさを中和してくれたのです。

 そういうことなら事情は変わりますね。無理やり渋谷さんを追い返すよりも、このまま一緒に行動してもらったほうがわたしにとって得策とくさくかもしれません。

 ところがわたしがそのように方針ほうしん転換てんかんを決定した途端とたん。皮肉なことに、わたしは渋谷さんを追い返すための絶好の口実こうじつがあることに気がついてしまったのです。先程わたしたちが公園で会った時、彼女は言っていたではありませんか。自分はいまバイトに行く途中だと。

 そう。本来なら彼女はこれからバイト先に向かわなければならないはずなので、わたしやルルや駿介しゅんすけのことなどにかまけていられる時間の余裕などないはずなのですが。

 わたしはちらりと渋谷さんの横顔を見やりましたが。どうも彼女、バイトのことは完全に頭の中から消え去ってしまっているみたいですね。どうやらこの、一つのことに夢中になると他のことは全て頭の中から押し出されてしまうというトコロテン脳の持ち主のようです。

 さて、どうしましょう。渋谷さんのことを思うなら、いまからでもバイトのことを思い出させてあげるべきだとは思います。だまってバイトをすっぽかすような羽目はめになったなら、彼女の社会的信用やバイト料が深刻なダメージを受けることになりますからね。

 ですがバイトのことを思い出させたなら渋谷さんは当然、バイト先に向かってしまうでしょう。そうなったら、困るとは言わないまでも少々不都合です。わたしとしては彼女にはこのままバイトのことは忘れていてもらったほうが都合がいいのですが。

 とは言えです。一人の良識りょうしきある人間として、自分の都合と親友の社会的信用のどちらを優先ゆうせんさせるべきなのかと考えれば、その答えは明らかでしょう。

「? どうしたんだい、宮部みやべ。さっきから私の顔をそんなにじろじろ見つめて。私がついていくことに、なにか不満でもあるのかい?」

 目をすがめながらたずねてきた渋谷さんでしたが、そんな彼女に向けてわたしは首をぶんぶんとはげしく横に振りながら、これ以上迷うことなくはっきり言葉を続けたのでした。

「いいえ、とんでもありませんとも渋谷さん。是非ぜひとも一緒に行ってください! ルルたちはこれから電車に乗って『新夜鍋しんよなべ駅』に向かうようです。早くしないと一緒の電車に乗ることが出来なくなってしまうかもしれません。わたしたちも急いで駅まで行きましょう!」

「あ、ああ。そうだな」

 いきなり態度たいどを変えたわたしに渋谷さんもさすがに怪訝けげんそうな表情を浮かべましたが、不審ふしんに思うというほどではなかったらしく、すぐに首肯しゅこうし同意しました。

「あ。あと、携帯けいたい電話の電源はしばらく切っておいてくださいね」

「え? なんで?」

「そりゃあ、バイト先から確認の電話があったら困るから……じゃなくて。電車に乗る時は携帯電話やスマホの電源を切っておくのはマナーでしょう? それに尾行びこう中に呼び出し音が鳴ってしまったら、ルルたちに気づかれる恐れがありますからね」

「なるほど。もっともだ」

 わたしの言葉に、渋谷さんは力強くうなずきました。わたしはにっこり微笑ほほみ彼女にうなずき返してから、二人共々駅のホームへ向かい走り出します。




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