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33 そこに気づいていない時点で、すでに充分残念なんですよ!
しおりを挟む「失礼なことを言うんじゃない麻幌! 純粋に弟のことを大事に思って可愛がってる、日本の兄貴の鑑のようなこのおれのどこがブラコンのむっつりスケベで、しかも残念野郎だって言うんだ!?」
呆れたふうなじっとりとした視線を向けてくる渋谷さんに気付いているのやらいないのかやら、兄さんは機嫌を損ねたような表情と口ぶりでわたしに向けて声を荒げてきます。
「そこに気づいていない時点で、すでに充分残念なんですよ!」
心の隅っこのほうでああ、やっぱり罵り合いになってしまいましたねえとどこかで冷めた気分で思いながら、わたしも噛みつくように怒鳴り声をあげます。
「て言うか、なんで兄さんが日本の兄貴の鑑なんですか!? それはこの国に存在する、全てのお兄さんたちに対する侮辱です! 全国一億三〇〇〇万人のお兄さんに対して、いますぐ土下座して謝ってください!」
「いや多いだろそれ! それだと日本人全員が兄貴だぞ! 一億総兄貴だ! サラリーマンも兄貴でOLも兄貴、公務員も自営業者も医者も看護師も女子大生もCAもみんな兄貴! 道を歩いても出会うのは兄貴ばかり! はっきり言って住みたくねーぞ、そんな兄貴王国なんて!」
「だったら誰も止めませんから、日本から出て行ったらどうですか? いえ日本と言わず地球太陽系銀河系、いっそこの宇宙の外側まで出て行ってくれてもいっこうに構いませんよ?」
「生憎だが俺は普通の生身の人間なんで、地球の外になんて出られねーよ! お前こそ、さっさと残り六人の神性少女を探し出して、暗黒大明王と戦うために銀河系の果てでも次元の彼方でも飛んでいったらどうだ? 後のことは心配しなくていいぞ。駿介たんは俺が守るから!」
「そうしたいところですがね! 残念ながら暗黒大明王との決戦の時は地球の暦が悪魔の数字を指し示す二〇六六年六月六日と決まっているんです。預言の書に記されたその時、暗黒大明王が地球に攻めこんでくるその日まで、神性少女は地球から離れるわけにはいかないんですよーだ!」
「……お前なあ。暗黒大明王は宇宙の破壊を目論む銀河の覇王なんだろう? なんでそんな奴が銀河の隅っこにぽっかり浮かんでるド田舎の惑星である地球の暦に合わせてわざわざ攻めて来るんだよ?」
「うっ! そ、それは、その……」
思いも寄らない反撃にわたしが思わずたじろいでいると、兄さんはかさにかかったようにさらに言葉を連ねてきます。
「それに言っておくけど、オーメンは6666じゃなくて666だからな? それにあわせて攻めてくるなら二〇〇六年六月六日じゃねーか。とっくに過ぎてるぞ! そもそも根本的な疑問だが、暗黒大明王はどうして地球なんぞに攻めて来る必要があるんだ?」
「それは、地球には暗黒大明王を斃すことの出来る唯一の存在である、七人の神性少女が転生しているからで。それを滅ぼすために……」
「暗黒大明王の目的は宇宙を破壊することなんだから、地球に寄り道なんかしないでさっさと宇宙をぶっ壊せばいいだろうが。宇宙が壊れれば地球も自動的にぶっ壊れちまうんだから、そのほうがよっぽど効率的だ。そうだろう?」
「あ。いや、それは、え~と……。そうだ! 暗黒大明王が宇宙を破壊するためには、先に神性少女を全員殺して、彼女らの魂の中にある宇宙神の力を消し去る必要があるからで」
「それ明らかにいま考えただろ! え~ととか言ってたし! それにそういう条件があったとしても、大将本人が自ら出陣する必要はねーだろ? 神性少女がまだ覚醒してねえいまのうちに、地球破壊ミサイルの一発もぶちこんでくれば簡単に目的が果たされるじゃねえか」
「う……うぅ」
「他にも! なんで暗黒大明王は、神性少女がこの時代の地球に転生してきたって知ってるんだ? て言うかなんで神性少女は七人とも都合よく同じ時代、同じ地球に転生してこられたんだよ? 普通に考えれば生まれてくる時代も星もかなりバラけるはずだろうが」
「あ……あうぅ~」
「大体、暗黒大明王が宇宙を破壊したい理由はなんだ? そんなことしたってなんのメリットもねえだろうが。暗黒大明王っていう名前自体も、暗いんだか明るいんだか分からねえし。それ以外にもおかしいところは山ほどあるぞ。たとえば……」
「ひええぇ~」
矢継ぎ早につっこみを入れてくる兄さんに、不覚にもわたしは頭の回転が追いつかなくなって、混乱の声をあげてしまいました。そんなわたしに対し、兄さんは哀れむような呆れたような表情を浮かべてから、やや声のトーンを落として言葉を続けます。
「お前の考えた設定は詰めが甘いんだよ。だからちょっと深くつっこまれると矛盾点がぼろぼろ出てきちまうんだ。俺が中二の時なんかテキストファイルで二七一キロバイト分びっちりと設定を書きこんでたから、ちょっとつっこまれたくらいではびくともしなかったぞ」
「に……二七一キロバイトも!?」
兄さんの言葉に、わたしは思わずそのような驚愕の声をあげてしまいました。そんなわたしの様子を見て、兄さんは鼻の穴を大きく膨らませながら言葉を続けてきます。
「おうよ! ちなみに二七一キロバイトと言えば、四〇〇字詰め原稿用紙換算すると三九四枚にも相当する分量の文章だ。文字数に直すとおよそ一六万字だな。薄めの文庫本で大体一〇万文字くらいだから、おおよそ文庫本一冊から二冊分程度か。ま、原稿用紙三枚の作文を書くのにも四苦八苦している麻幌などには想像もつかないほどの分量だろうがな!」
「ううぅ~……」
「恐れ入ったか! はっはっは!」
勝ち誇る兄さんと、その場で両手と両膝をつきがっくりうなだれるわたし。そんなわたしたち兄妹の姿を、渋谷さんはなにか面倒くさいものでも見るような目つきで眺めています。わたしの気のせいかもしれませんがなんかかなりげんなりしていて、うちに遊びに来たことを後悔しているみたいな顔つきですね。
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