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58 なんでそんなことをしたのかですって?
しおりを挟む「お世辞でも口先だけなんかでもないよ! そりゃあたしかに駿介くんはあたしの好みにど真ん中ストライクできれいな顔立ちをしていた男の子だったからっていうのもあるけどさ。あたしが駿介くんのことを好きになったのはそれだけじゃなくて」
「それだけじゃなくて、なんですか」
「色々話していて、分かったからだよ。駿介くんが実に思いやり深くて、他の人の気持ちを慮ることが出来る子だっていうこととか。時々露悪的でとぼけたことを言うけどそれは照れているだけで、本当はとても心根の優しい素直で真面目ないい子なんだということとかが」
「……おやおやです。その意見にはわたしも慨ね同意しますが。でも初めて会った日に一緒にゲームで遊んだだけでそんなことまで分かったと言うんですか? だとしたらあなたはずいぶんと鋭い人物審美眼を持っているんですねえ?」
「正直に言えば、その日だけで全部が分かったわけじゃないよ。みっちゃんが言ったように、あたしは最初は駿介くんが美形だからという理由だけで魅かれてたんだから」
皮肉めいた目つきを向け嘲けるかのごときロぶりで毒を吐くわたしに対し、ルルは苛立ちをため息と一緒にこぼそうとするかのようにはあと湿った息をついてから、ゆっくりと言葉をつまびきます。
「だけどそれから何度かみっちゃんのうちに遊びに行って駿介くんと会って話をしているうちに、分かってきたんだ。駿介くんが顔と同じくらい……ううん。それ以上にとってもきれいな真心を持ってるってことが。だからあたしは駿介くんのことが、大好きになったんだよ」
「だったら、なんで別れたりしたんですか?」
「別れてなんかないわよっ! ……まだ」
「でもこのままずっと会わないでいれば、いずれ遠からずそうなることは間違いないじゃないですか。ケンカするのは仕方ないにしても、なんでその後連絡を絶つようなことをしたのですか? 自分は悪くないんだから駿介のほうから直接出向いてきて、頭を下げてあなたに謝ってくるべきだとでも思っていたのですか?」
「そういうわけじゃないけど。ケンカした直後は顔を合わせると気まずくなる気がしたし。だけどそうやってしばらく会わないでいようとしてるうちに、今度は会うためのきっかけがつかめなくなって。そうしてるうちにずるずると時間だけが過ぎてって……」
「つまり。本当は直接会って話して謝って仲直りしたいと思っていたのですが、そのタイミングをつかみそこねてしまったから、二週間以上もウジウジしていたというわけですか」
やっぱりそうでしたか。まあ大方そんなこったろうなと思ってはいましたが。オホーツクを漂う流氷のごとき冷たい視線と共に、救い難いアホですねという言葉をわたしが投げかけると、ルルは悔しさと悲しさがない交ぜになったようなうめき声をあげ、がっくりとうつむきました。
深く重い吐息と共にそんな彼女の顔を一瞥してから、わたしは頭を数回軽く掻きむしり。これまでほとんど言葉を発することなく、ベッドの上にじっと座り続けながら携帯電話をいじり続けている渋谷さんのほうへと顔を向けました。
渋谷さんは少し優しめの苦笑いを浮かべてから、右手をまっすぐわたしのほうに伸ばしてきました。
携帯電話を持った、右手を。
「……だ、そうですよ駿介」
わたしが左手で渋谷さんの携帯電話を受け取って、そのあちら側にいる人物に向け声をかけると、ルルは不審げに顔を上げ、目を丸く見開きます。そんなルルに向けてわたしはぺろりと一つ舌を出してから(一つしかありませんが)、ややおどけた口ぶりで言葉を紡いだのです。
「すみませんルル。駿介が兄さんと一緒に出かけていると言ったのは嘘です」
「はあっ!?」
「本当は二人とも隣の駿介の部屋にいるんです。そしてこの渋谷さんの携帯電話と向こうにいる兄さんのスマホを通じて、さっきのわたしとあなたの会話を全て、駿介は聞いていたはずです」
「うがっ! なっ……! そっ……! こっ……! をっ!?」
「なんでそんなことをしたのかですって? そうでもしなければあなたは自分の素直な気持ちをいつまで経っても駿介に伝えることが出来なかったでしょうが。だからあなたの背中を押してあげるために、ちょっとばかし余計なお節介を焼いてみたのですよ」
「なっ! だからって、そんな……」
「実はわたしは昨日の夜に兄さんと一緒に駿介の部屋に押しかけて、先程あなたに訊いたのと同じようなことを尋ねてみたのです」
「駿介くんにも!?」
ルルの問い返しに、わたしは小さくうなずきました。ちなみに兄さんを巻きこんだのは、わたし一人だけだといくら問い詰めても、駿介はまともに話してくれないと思ったからです。
姉に対しては結構強気で頑固なところがありますからねえ、あの子は。まあ駿介に対してはメロメロ(死語)な兄さん一人だけでも頼りないので、兄姉の共同作戦ということになったのですが。
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