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59 遠慮します!
しおりを挟む「駿介は最初、あなたのことをただの姉の親友だとしか思っていなかったようですが。あなたに内面を褒められたことをきっかけにあなたに興味を抱くようになり、あなたに告白されてつき合ううちに、あなたのいいところが沢山分かるようになってきたと言っていましたよ」
「……!」
「そして二週間前のケンカの後であなたと連絡を取らなかった理由は、あなたと同じ。最初は気まずかったから。その後は単にタイミングを逸してしまったからだそうです。本当は仲直りしたかったのに、そのチャンスがなくてウジウジしていたというのもあなたと同じです」
まったく。二人そろってどうしようもないアホなんですからと、大げさにため息をこぼしながらわたしは言いました。
《ルルさん、ごめんなさい。ぼく、本当はずっとルルさんに謝らなくちゃいけないと思ってたんだけど、どうしても会う勇気が出なくて。もしももう会ってくれなかったら……謝っても許してくれなかったらどうしようかと考えたら、怖くって》
渋谷さんの携帯電話から、半分泣きそうになっている駿介の声が聞こえてくると、ルルはわたしの右手から携帯電話をひったくるように奪い取りました。
「そんな! 悪かったのはあたしのほうだよ! あたしのほうが年上なんだから、本当はあたしがもっと駿介くんのことを気遣っていなくちゃいけなかったのに。なのにあたしったら自分のことで頭がいっぱいで。自分のことしか考えてなかったから」
《ルルさん。許してくれる? また元通りぼくと、彼氏彼女の関係に戻ってくれる?》
「なに言ってるのさ駿介くん! 戻るも戻らないも。あたしたちはもうずっと彼氏と彼女のまんまだよ! あたしが告白して、駿介くんがはいと言ってくれたあの日から今日までずっと」
こぼれかけた涙をそっと手の指で拭いながらルルは言うと、言葉に詰まったのか一度鼻をすすりました。わたしはその場に再び座り直しながら、そんな彼女に向けて声をかけます。
「さてと。残念ながらゲームはわたしの負けのようです。約束通り、非常に遺憾ではありますが、あなたと駿介の交際を認めてあげますよ」
「え? 負けって……。でもスコアはみっちゃんのほうが圧倒的に勝って……」
ルルが全ての言葉を言い終えないうちに、わたしは左手に持っていた自分の携帯用ゲーム機の画面をルルに見せました。
そこに表示されているのは『GAMEOVER』という無情の八文字のみです。
「国を大きくするためにあまりに悪辣な手段を使いすぎたから、家臣や国民たちの堪忍袋の緒もさすがに切れちゃったということらしいですね。わたしのプレイキャラはクーデターを起こされて、あっさり死んじゃいました」
いかに外道っぷりを競うゲームとは言えさすがにやりすぎましたと、わたしは苦笑いと共に言いました。
「みっちゃん? もしかして、わざと負け……」
「なにしていやがるです。さっさと行けですよ。駿介と仲直りなんかしたくない、もう二度と駿介の顔なんか見たくないって言うのなら別ですがね」
わたしは隣にある駿介の部屋をあごで差し、犬でも追い払うようにシッシッと手を振りつつ言いました。ルルは一瞬ぽかんとした表情を浮かべましたが、すぐに花が咲いたような笑顔を浮かべ『うん!』とうなずいて、そのまま跳ねるがごとく部屋を飛び出していきました。
「やれやれ。なんとか一件落着したようだな」
ルルと入れ替わるように兄さんが駿介の部屋からわたしの部屋にやって来て、大げさに肩をすくめながら言ったかと思うと、そのまま部屋の真ん中にどっかとあぐらをかきます。
「ちょっと、兄さん。なに断りなくレディの部屋に入ってきているんですか!」
「はあ? レディ? 誰が?」
わたしの抗議に兄さんはわざとらしく目を大きく見開き、小憎らしい口ぶりで尋ね返してきます。ムカっ腹が立ちましたが、わたしはかろうじてその怒りを腹の中に飲みこむと、コホンと一つ咳払いをしてから口を開きました。
「まあ、いいでしょう。今回は兄さんにも迷惑をかけましたからね。無理を言って東京から急きょ帰ってきてもらうことになって、申しわけありませんでした」
「まったくだぜ。昨日の朝いきなり電話をかけてきたかと思ったら、高内さんと駿介たんを仲直りさせるために協力して欲しいとかいきなり言ってきやがってよ。こいつなにバカなこと言ってやがんだ、本気で頭がどうかしちまったのかと思ったぜ」
「いえ、ですからそれは昨日も説明しました通り」
「分かってるよ。高内さんと駿介たんが彼氏彼女の関係になるのはイヤだけど、二人が傷つき悲しい思いをするのはもっとイヤだからって言うんだろ? 案外お人よしだよな、お前は。二人がよりを戻したら今度は、自分が傷ついたり悲しい思いをしたりすることになるのに」
「いいんですよ。わたしもそろそろ弟離れしなくちゃいけないなー、って思っていたところですから。なにしろわたしは宇宙の平和を守る神性少女なんですしね。いつまでも駿介一人だけを守っているというわけにはいきません。そう思えばこれは、いい機会だったんですよ」
ぷいと横を向きながら、わたしは唾でも吐き捨てるような口調で言いました。
兄さんのことです。どうせこの後わたしをバカにしたような目つきで見たり、まだそんな厨二なことを言っていやがるのかお前はと呆れたように嘆息されたりすると思ったのですが。
「……そうか」
予想に反して兄さんは気持ち悪いほど優しい口ぶりで言うと、ゆっくり立ち上がってわたしのほうに歩み寄ってきて、わたしの頭を撫でるようにぽんと軽く叩いたのでした。
なんですか。生意気に兄ぶって。似合わないことしやがるなあです。兄さんのくせに。
「静馬さんはよかったんですか? 静馬さんにとっても高内と弟くんが別れたほうが都合がよかったはずなのに。何故、妹さんに協力して二人を仲直りさせる手伝いをしたんです?」
これまで黙っていた渋谷さんが、どこかからかうような口調で尋ねました。これには兄さんもさすがに苦笑を浮かべましたが。やがてひょいと肩をすくめ、おもむろに口を開きます。
「そうだな。それを説明するためにはまず、俺が中二時代に考えた膨大な妄想話のうちの一つを話す必要があるんだが。聞きたいか? 聞きたいなら参考までに話してやってもいいが」
兄さんのその言葉に、わたしと渋谷さんは思わずと言うように互いに顔を見合わせた後。そろって兄さんのほうに向き直り、深々と頭を下げながら口をそろえてこう言ったのでした。
「遠慮します!」×2
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