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60 どこのアホウの仕業ですか!?
しおりを挟むと、まあ。そんなようなことがあって、いよいよ今日は一一月の最終日曜日。我が桃里高校の文化祭の日がやって来ました。
桃里高校での文化祭は二日間ですが、初日は校内で学生や教師たち相手にのみ行われるものなので、いわば予行練習のようなもの。一般公開される二日目の今日こそが本番です。
この約一か月間と言うもの、実行委員として山のような雑務をこなしたりクラスの演しものの準備にも追われたりと目が回るほど忙しい日々を送ってきましたが。こうして無事文化祭の日を迎えられたとなれば、それらの苦労もいい思い出になったというものです。
まあ、まだ終わったわけではないので感慨にふけるのは早いのですがね。
ちなみに我がクラスは校庭でタコ焼きの露店を出しています。もちろんわたしもクラスの一員として、水で溶いたタコ焼き粉をかき混ぜたり、焼きあがったタコ焼きにからしやマヨネーズをかけたりといった重要な仕事を任されています。
とは言えわたしの担当時間は午前中だけなので、午後は丸々フリーです。
なのでわたしは午前の部の仕事と引き継ぎを終えると、普段の数倍も人の行き来が多くなっている校門へと向かい、紅白のテープと造花によって派手に飾りつけられたポールに寄りかかりながら、文化祭を見に訪れる一般のお客さんたちの顔を眺めていました。
「やあ、誰の尻かと思ったら宮部の尻じゃないか」
すると背後から聞き覚えのある声が聞こえてきたので、わたしは反射的に後ろを振り返りました。もっとも、声の主が誰であるかということは振り返るまでもなく分かっていましたがね。と言うか、こんな喋りかたをする人間は地球上に一人しかいませんでしょうし。
「こんにちは、渋谷さん。どこかに出かけるところなんですか?」
「ああ。うちのクラスは教室で喫茶店をやってるんだけど。結構売り上げがよくてコーヒー豆が足りなくなってきたもんだから、その仕入れのためにね。宮部こそこんな所でなにしてるんだい? 文化祭実行委員として、怪しい人間が校内に入ってこないよう步哨に立ってるとか? ご苦労様だねえ」
「そんなわけねえだろです。実は今日駿介と、ついでに兄さんも文化祭を見に来てくれると言うので、迎えに出てきたわけです。どうせですから兄さんにお昼ご飯をおごらせた後、駿介と二人きりであちこち見て回ろうと思いまして」
と、そんなことを言っている間に馴染み深い大小二つの人影、兄さんと駿介の姿が見えてきたので、わたしは彼らに向かって大きく手を振って見せました。二人もわたしと渋谷さんに気がついたらしく、手を振り返してきます。
「よぉ、麻幌。それにひかりちゃんも。久しぶりだな。元気だったか?」
「やっほー。来たよ、お姉ちゃん。こんにちはー、しーちゃんさん」
「……ええと。失礼ですがどちらさまでしょうか?」
「すいません、兄さん。駿介。ちょっと後ろを向いてもらえませんか?」
などといったお約束のやり取りを交わすことで、ようやく渋谷さんも兄さんと駿介を認識。一通り挨拶をすませたところでわたしは媚を売るような笑顔を浮かべて、兄さんのほうにすり寄っていきながらおもむろに口を開きます。
「ところで兄さん。もうお昼ですし、わたしは結構お腹が空いているので、三人でどこかのクラスがやっているお店にでも入って食事にしませんか? もちろん兄さんのおごりで」
「アホ。なんで俺がお前なんかに飯をおごってやらんといかんのだ」
「そんないけずなことを言わないでください。なんならお昼ごはんを食べるのはわたしと駿介の二人ということにして、兄さんはお金を出してくれるだけでもいいですから」
「お前のほうがよっぽどいけずなことを言ってるじゃねえか! とにかく、俺は絶対におごってなんかやらねえからな」
「えー、そうなの? 残念だなあ。ぼく、お姉ちゃんの学校でお兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒にご飯が食べられると思って楽しみにしてたのにー」
「はっはっはー。いやだなあ、駿介たん。そんなの冗談に決まってるじゃないか。お兄ちゃんも駿介たんと一緒にご飯を食べるのを楽しみにしてたんだからな。もちろんステーキでもフグでも、駿介たんの好きなものをなんでもご馳走してあげるよ」
……どうでしょうね、この変わり身の早さ。駿介が甘えるようにぴたりと身体をくっつけて上目遣いに見ながら言っただけででろんと相好を崩してこの始末ですよ。相変わらずブラコンは全然治っていないようですね。わたしも妹として恥ずかしいです。
と、ここで以前のわたしなら兄さんと駿介の間に無理やり割りこんで二人を引き離すところでしたが。今日のわたしはなにもせずに、そんな二人の姿を微笑みながら黙って見守り続けています。
何故なら、駿介はもうわたしのものではないからです。
寂しいですが、それでよかったのだとも思っています。駿介の心が傷つき悲しみに満ちたままの状態でわたしの手の中にい続けるより、たとえわたしから離れていってしまったとしても笑顔で幸せでいてくれたほうが、わたしは何倍も何十倍も嬉しいのですから。
「大人になったな、宮部」
そんなわたしの内心を慮ってくれたのでしょう。渋谷さんがわたしの肩の上に手を乗せながら優しい口ぶりで言いました。そんな彼女に向けてわたしはおどけるような笑顔を見せ、『まあね』と偉そうに応えて見せます。
その際。一筋の涙がわたしの目からこぼれて頰を伝い落ちていってしまいましたが。それくらいは、大目に見てもらってもいいですよね……。
「キャーッ! 駿介くん、いらっしゃ~いっ!!」
そのようにしみじみとしていたわたしでしたが。そんなわたしの背中を、誰かが黄色い叫び声と共に思い切り突き飛ばしてきやがりました。不意を突かれてわたしは受け身を取ることも出来ずに、まともに地面に顔面をぶつけてしまいます。地球とファーストキッスです。
「だ……大丈夫か、宮部?」
「大丈夫じゃないですよ。おのれ。どこのアホウの仕業ですか!?」
うつぶせに倒れたまま、こめかみをぴくぴく引きつらせつつわたしは声をあげました。
人がせっかく、ちょっとせつなくさわやかな感動の余韻を残してほのぼのとした雰囲気の中で話を締めようとしていたのに。なんか色々台無しな感じです。
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