リドル・ストーリーズ!~riddle stories~

魔法組

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第20話 だまされないで(Do not Be Deceived)

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「だまされないで」

 胸の前で両手を組み、まるでアニメかマンガの登場人物のそれを思わせる大きな瞳を涙でうるませながら、目の前の少女はあたかも懇願こんがんするかのごとき切実な表情と口調で、真摯しんしにそのように語りかけてくる。

 少女の年齢は僕とほぼ同じ……十五か十六歳くらいに見える。

 彼女が人間であるならば、だが。

 その少女が腰まで届くような長いストレートのピンク色をした髪の毛と蒼穹そうきゅうを思わせるブルーの瞳を持ち、純金を可能な限り薄く延ばして縫製ほうせいしたようなキラキラでペラペラのドレス(それもノースリーブノーショルダー、ロースカートである)などといった、いささかならずファンタジーめいた衣服をまとっていることなどは、一歩譲ってまあいいとしよう。

 だけどその頭上にダイヤモンドの王冠を思わせる高貴かつ神秘的な輝きを有するリングがニュートン先生を愚弄ぐろうするかのようにふわふわ浮かんでおり、さらに背中には優雅かつきらびやかな純白の翼が一対広がっていて。その裸足の爪先がなんの支えもなく地面から三〇センチほど上の空間でぴたりと静止しているとなれば、人間と呼ぶよりももっと他に適した呼称があるような気がする。

「だまされないで」

 そんなどうでもいいことをぼんやり考えていた僕に向けて少女はもう一度、訴えかけるように語りかけてきた。

「この世界はすでに、悪魔によって支配されているの。あなたのご両親、幼なじみ、親友、その他ほとんどの人たちは実はもうすでに、悪魔に殺されているのよ!」

「はあ? そんなバカなことがあるわけないじゃんか。父さんも母さんもおとなりの一家もクラスメイトたちも死んでなんかいないぞ」

 思わず半笑いを浮かべてしまいながらも僕はそのように反論したけれど。それを聞いた少女は痛々しげで悲しそうな表情を浮かべながらゆっくりとかぶりを振る。

「気の毒だけど、彼らは全てニセモノよ。悪魔は殺した人間の皮をかぶることで、自分がその人間になりすますことが出来るの。どんなに深いきずなで結ばれている家族や恋人でもだまし通すことが出来るほど、完璧にね」

「はは。まさか」

「事実よ。その方法によって、現在この国の人間は九割以上が悪魔によって取って代わられているわ。残ったのはあなたのように、神気オーラと呼ばれる聖なる力を魂に有して生まれてきた特別な人たちだけ。さしもの悪魔も、神気を持った人間だけはそう簡単には殺すことが出来ないから」

「……」

「あなたがまだ殺されていないのも、わたしがこうしてあなたと話すことが出来るのも、あなたが神気を持った選ばれた人間だからよ。だけど神気は悪魔との接触によって少しずつけがれ、失われていくわ。あなたが悪魔たちに心を許し、親しく付き合い続ければやがてあなたの中の神気は完全に消滅して、あなた自身も悪魔によって殺されてしまうことでしょう」

「そんな! じゃあ僕はどうすればいいのさ!?」

「方法は一つしかないわ。悪魔たちをたおすことよ」

 動揺するぼくに、少女はきっぱりと言い放った。

「た、斃す!? それって、殺すってこと? でも……悪魔たちは僕の父さんや母さん、友人たちに化けているんだろう? それを斃すってことはつまり」

「そう。あなたはあなたの大切な家族や愛する友人たちを殺さなければならない。それがとても辛いことだというのはよく分かる。わたしもそんなことは言いたくなかった。でもそうしないと遠からず、あなた自身も悪魔によって殺されることになるのよ!」

「で、でも。そんなこと……」

 自分の手で家族や友人を……たとえそれが本物でなく、悪魔によって成り代わられたものだとしても。父さんや母さん、幼なじみのあいつや腐れ縁の親友の姿をしたモノをこの手で殺すなんて、出来るはずがなかった。

 一体どうすればいいのか。がっくりとその場でうなだれる僕の肩に優しく手を置き、少女は慈愛深い微笑を浮かべつつ再び口を開く。

「あなたに一つ教えてあげるわ。あのね。悪魔によって殺されて身体を乗っ取られた人たちの魂は天国に行くことも出来ず、いまも地獄をさまよっているのよ」

「……えっ!?」

 反射的に顔を上げたぼくに、少女はゆっくりうなずいて見せる。

「彼らの魂を地獄からすくい上げて、救い上げて天国へ送ってあげるには、彼らを殺した悪魔をほうむり去るしか方法はないわ。そうすることで亡くなった人たちの魂は初めて、悪魔の呪縛じゅばくから解き放たれることになるから」

「それってたとえば僕が父さんを……いや、父さんの姿を乗っ取った悪魔を殺せば、父さんの魂は地獄から解放されて天国に行けるってこと?」

「と言うより、そうしなければお父さんを助けることは出来ないわ。それもあまり時間がないの。地獄に落ちた魂は時間が経てば経つほど穢れに染まっていくから。あまりに長い時間地獄にあり続けた魂は、たとえ悪魔を斃したとしても天国へ昇ることは出来ない。地獄で永久に苦しむことになるのよ」

 要するに父さんや母さんや友人たちの魂を地獄から救い天国に送るためにはなるべく早く、彼らの姿を模した悪魔どもを殺さなければいけないということか。

「分かったようね」

 ニッコリと微笑みながら少女は言い、そのまま翼を大きく広げると、黄金色の後光をまといながら空に向かいゆっくり浮かび上がっていく。

「辛いでしょうが、迷ってはダメよ。あなたの家族や友人たちの魂を助けることが出来るのは彼らと親しく、なおかつ神気を持つあなただけなんだから。あなたが悪魔たちを殺すことを躊躇ためらったなら、あなたの大切な人たちはもちろんあなた自身も殺されて地獄に送られることになるのだからね」

「あ、ああ。分かった」

「それじゃあわたしはもう戻るわね。さようなら。いつかあなたと再び天国で会える日を、楽しみにしているわ」

 くれぐれも悪魔どもにだまされないで。

 そのように言い残し、少女は空に溶けるかのようにその姿を消していき、

 そして、僕は目を覚ました。

    ☆         ☆

 どうやら、僕は夢を見ていたようだ。しかしなんというリアルな夢だろう。いまでも目を閉じれば少女の姿を細部まできっちりと思い出せるし、その声も話した内容もほとんど覚えていた。

 これまでの十五年の人生で、僕はこれほどまでにリアルな夢を見たことがなかった。ということは、天使の少女が実際に僕の夢の中に降臨こうりんしてきたということか?

 バカな! と僕は乾いた笑いを浮かべた。自分以外の人間が実は全て悪魔に殺され、その身を乗っ取られて成り代わっているなんて、そんなマンガみたいなことがあるわけがないじゃないか。

 だけど、あの夢はあまりにもリアルすぎた。ただの夢だと一笑いっしょうに付すことなんか到底出来ないほどに。それに言われてみれば、父さんや母さん、友人たちは時々僕に向けて殺気じみた憎しみの視線で睨みつけてくることが多々あったような気がする。

 前は単なる気のせいだと思っていたけれど。いま考えてみればそれってもしかして、僕が神気の持ち主である選ばれた人間であるせいで悪魔たちは手を出すことが出来ず、それがじれったいためイライラしているということなのだろうか……。

 まさか。ありえない! 大体僕みたいな平凡を絵に描いたようなただのいち男子高校生が選ばれた人間のわけがないじゃないか。

 僕は大きく首を振りわざとらしく声を出して笑いながら言ったけれど。いったん胸のうちに浮かんだ疑念はなかなか消えてはくれない。

 悩みながらも、僕はベッドから起き上がると制服に着替え、カバンを持って部屋を出るとキッチンへと向かった。なにせ僕は高校生で、今日は祝日でも日曜日でもない平日なのだから。仮に僕が神気とやらを持つ選ばれた人間の一人だとしても、それはそれとして学校には行かなければならないからである。

 と言うか。いま見た夢は本当にただの夢なのか。それともこの国が悪魔に支配されていると言うのはまぎれもない事実であり、天使の少女は僕を助けるために夢の中に現れて警告を発してくれたのか。一体どちらなのかと頭の中で悩んでいるうちに、身体が勝手に動いて着替えて学校に行く準備をしていたのである。習慣って怖い……。

「あら、おはよう。今日は珍しく起こされなくても起きてきたわね」

「本当だ。いつもねぼすけのお前にしては珍しいじゃないか。もしかして熱でもあるんじゃないか?」

 キッチンではすでに母さんと父さんがいて、二人とも僕の顔を見ると一様に驚いたみたいな表情を浮かべ、続いて茶々を入れてきながら屈託くったくのない笑顔を見せてきた。

(この二人が、悪魔によってとってかわられている?)

 はっきり言って、とてもそうは思えない。二人の顔も表情も、声も口調も、話しかたも僕をからかう所作しょさもなにもかも、物心ついて以来ずっと知っている僕の両親そのものだったのだから。

 なんだ。やっぱりあれはただの夢だったんだ。なんだよびっくりさせやがって。

 ぼくはほっと息をつくと、朝食をとるために自分の椅子に座り、母さんが出してくれた焼き立てのトーストに手を伸ばした。その時。

「だまされないで!」

 頭の中に、鋭く平手打ちをしてくるような悲鳴じみた声が響き渡った。この声は言うまでもない。夢の中に出てきた、天使の姿をした少女の声だ。

 これは、幻聴げんちょうだろうか? それにしてはあまりにもはっきりしすぎているような気がするけれど。それとも本当に天使の声なのか? 父さんと母さんが悪魔の成り代わった姿などではなく本物だと確信してしまったぼくに向けて、警告の声をあげてくれたのか?

 分からない。一体なにが真実でなにが嘘なのだ? いま目の前にいる父さんたちは本当に人間なのか?

 それとも……?

「? おい、どうした。急にぼんやりして。なんか顔色も悪いぞ。冗談抜きで熱でもあるんじゃないか?」

 そんな僕に父さんが心配げな声をかけてきて、母さんもいぶかしそうな表情を浮かべ僕の顔を見やる。

「なんでもないよ」

 そう言いつつ、僕はリンゴの皮をくために用意された果物ナイフを取り上げると……。




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