リドル・ストーリーズ!~riddle stories~

魔法組

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第25話 魔法少女(Magical Girl)

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 そこは、一言で言うならクリスタルで作られた箱庭ジオラマのような空間スペースやった。

 大地もクリスタル、岩もクリスタル。草木や花や、河川を流れる水ですらもクリスタルを細かく砕いた砂のようなもので作られとる。

 そこには生命あるものは現在、三つしか存在してへんかった。ウチと、その肩にちょこんと乗っかっている羽の生えたキリンみたいな妙ちくりんな生きモンと。

 そして。

 他と同じくクリスタルで出来た小高い丘の上に立ち、ウチらを冷然と見下ろしている、年齢二十代後半くらいに見える凍えるほどの美貌びぼうを持つ女との。

 女はき通るよーな白い肌の持ち主で、新雪を思わせる白銀のストレートヘアーを風にふわふわとたなびかせとった。背丈せたけは女にしては高く百七十センチほどはありそうやが、体型は子供みたいに細くて華奢きゃしゃ。身にまとっとるモンはこれまたクリスタル製としか思えへん真紅の王冠クラウンと、クリスタルで作ったウェディングドレスとしか形容しようのあらへん白いドレスとハイヒールや。

「……なあ、キリン。やっぱりこいつが?」

「そうだよ。間違いない」

 ちらと自分の肩に……正確に言うなら肩の上に乗っかっとるモノにちらと視線を向けて問いかけたウチの言葉に対し、そのけったいな生きモンは間髪かんはついれずうなずいた。

「こいつこそが水晶の魔女クリスタル・ウィッチさ! 妖精世界フェアリーリーフをその圧倒的な魔力によって蹂躙じゅうりんし、王さまと女王さまをさらってクリスタルの彫像にと変えた諸悪の根源にして、ボクたちがたおすべき最後の敵だよ、魔法少女マカデミアン・ナッツ!」

 ……その名前はなんか恥ずかしいから、あんまり大声で叫ばんで欲しいんやけどなぁ。

 ウチは思わずそう声をあげそーになったけれど、寸でのところでなんとかこらえた。

 そう。なにを隠そう、ウチこそは水晶の魔女を斃し、人間世界と妖精世界の平和を守るべく選ばれた正義の魔法少女だったりするんや!

 とは言うても、ウチは元々人間世界に暮らすどこにでもいるようなごく普通の、小学四年生の女の子に過ぎひんかったんやけどな。

 ところがそんなウチの当たり前でありふれた平和な日常はある日、妖精世界からの使者を名乗る羽の生えた小さなキリンと出会ってしもうたことで、百八十度の急展開を余儀よぎなくされることとなったんや。

 いきなりそんな『ふぁんたじっく』な生きモンと遭遇エンカウントすることになったウチは当然のようにおったまげて口もロクにけへん状態やったけど。そんなウチに構うことなく、キリンは一方的に語りかけてきたんねん。

 その内容はまあ、詳しく話すと長くなるさかい手っ取り早う言うとや。

 要するに妖精世界フェアリーリーフが、邪悪な女魔法使いである水晶の魔女によって侵略されて、王さまや女王さまが捕まってもうた。

 魔女の目的は自分の魔力を究極まで増大させ、神に等しい存在へと昇華しょうかすること。せやけどそのためには心の美しい人間のみが心のうちに持つ『純な夢ピュア・ドリーム』とかいう魔力の結晶を大量に集める必要があったんや。

 そこでまず人間世界と表裏一体の存在である妖精世界を占領し、そこを橋頭堡きょうとうほとして人間世界に攻め込んで『純な夢』を集めようとしたっちゅーことらしい。

 その恐ろしい事実に気づいたのは、父王たちによってかばわれてかろうじて水晶の魔女の攻撃から逃れることの出来た、フェアリーリーフの王女さまやった。

 水晶の魔女の野望をくじいて両親を助け出し、妖精世界救うため、王女さまは自らが持つ魔法のステッキをペットであるキリンに預け、そして言うたそうや。

《お前は人間世界に行き、最も大きな『純な夢』を持つ人間を探して、その人物にこのステッキをたくすのです》

 と。

 そのステッキは『純な夢』から魔力を精製せいせいすることによって、本来なら魔法が使えないはずの人間を魔法使いにする力があるっちゅーことらしい。

 それでキリンが見つけたのがウチっちゅーわけや。

 そないしてまあ色々あったんやけど、そこらへんの話も面倒やからはぶくとして。結局ウチはキリンの頼みを聞いてステッキを受け取り、ヒラヒラフリルつきでそでとスカート部分がふんわりとした桜色のワンピースタイプのドレスを身に着けた魔法少女に変身。『純な夢』を奪うべく、水晶の魔女によって人間世界に送られてきた魔物たちと死闘をり広げ、そのことごとくに勝利を収めてきたんや。

 とは言え。守ってばかりじゃあ、らちがあかへん。

 なにせ攻めてくるのは、魔女の手下の魔物ばかり。こんなザコどもをいくらやっつけても、根本的な解決にはならへん。戦術的な勝利をなんぼ重ねたところで、戦略的な勝利に結びつかへんゆーのは兵法の常識やしな。

 ならば攻撃は最大の防御なりっちゅーし。いっそのことこっちから攻めたれ思うて、奇襲ハートラント・アタックをかけて敵の親玉である水晶の魔女のタマったろかいと、こうしてキリンと一緒に妖精世界へやって来たゆーわけや。

 魔女としては、まさか人間の女の子が独りっきりで攻めてくるとは予想も出来へんやろうからな。油断しきってのほほんとしとるところに襲撃を受けたら、ひとたまりもないやろ。ことわざで言う『敵は桶狭間おけはざまにあり!』っちゅーやつや(ちょっと違ったかもしれへん)。

 とまあ、そんなわけで水晶の魔女の要塞ようさい(元・妖精世界の王さまたちが住んどったお城)に攻め入ったウチはこうしてラスボスと合間見えることになった、とゆーんがいまの現在の状況いうわけねん。

「ほっほっほ。たかが人間の小娘の分際で、この水晶の魔女に単身ぼっちで戦いを挑もうとは。その勇気、いや蛮勇ばんゆうめてあげましょう」

 ウチの予想に反して、不意を突かれたにも関わらず敵さんにはあせった様子も驚いた様子もまるであらへんかった。もっとも、本心では焦ったり驚いたりしてたかもしれへんけどな。少なくとも動揺した様子を表に出さへんかったのは確かや。

「しかしわらわの送った低級の魔族どもを何匹か斃した程度で妾に勝てると思うのは、いささか図に乗りすぎと言うものですよ? そなたには『純な夢』狩りを邪魔された恨みもあることですし。丁度いい。そなたを倒してその心のうちにある『純な夢』をいただくことにしましょう」

 そう言うて魔女は、左手の指を無造作にパチン! と鳴らした。同時に奴の背後に巨大な棺桶かんおけを思わせるクリスタルのかたまりが、まるで水面から浮かび上がってきたかのように唐突とうとつ姿を現ポップしたんやった。

「あ……あれはまさか、水晶の柩クリスタル・コフィン!?」

「知っているんか、キリン!?」

 肩の上で驚きの声をあげるキリンに、ウチはシリアス顔でそのように問いかけた。キリンは小さくこくこくと何度もうなずきながら、口の中で独り言でも呟くように言葉を続ける。

うわさで聞いたことがあるんだ、マカデミアン・ナッツ。あれは一度閉じこめた人間を死ぬまで幽閉ゆうへいし続けるっていう呪われた魔法の道具マジック・アイテムなんだ。あのひつぎに入れられた人間は強制的に眠りにかされ、永久に楽しく幸せな夢を見続けることになるって言われている……」

「なんやて!?」

 そのあまりに恐ろしいアイテム効果に、ウチは驚愕きょうがくの声をあげざるを得んかった。て言うかそれはそれとして、ウチをその名前で呼ぶのはやめい! 恥ずかしい!

 そんなウチらを見下ろし、魔女はおほほと嘲笑ちょうしょうするような声をあげる。

「その通り。妾は寛大かんだいなので、そなたの生命いのちまで取るとは言いますまい。その代わりこの柩の中で眠り幸福な夢を見続けることで、寿命尽きるまで妾に『純な夢』を供給きょうきゅうする道具となってもらいましょう。名誉に思ってもらっていいですよ? ただの人間の小娘の分際ぶんざいで、妾が神となるための手助けをすることがかなうのですから」

「……抜かせ!」

 恐怖を振り払うように、ウチは声をあげた。

「誰がそんなガラクタアイテムなんかの中に閉じ込められてやるもんかいな!」

「その意気だよ、マカデミアン・ナッツ! 大丈夫! あの柩にも弱点はある。それは体力と魔力が限界近くまで低下した人間しか閉じ込められないってことなんだ!」

 そんなウチを鼓舞こぶするがごとく、鼻息も荒くキリンが声をあげた。しかしどうでもええけど、ウチをその名前で以下略。

「つまり体力と魔力が尽きる前に、ウチがお前をこてんぱんにいてこましたればええだけのことってわけや。やったるわ! お前なんか指先一本でひねり倒して、妖精世界と人間世界の両方を救って見せたるわい!」

「ほほほ。ずいぶんと威勢いせいのいいことですね。なら試してみるといいでしょう。そなたの言う通り妾を倒して世界に平和を取り戻すことが出来るのか。それとも無残に敗れ、妾に『純な夢』を供給するだけの道具となるのかをね」

「望むところや! 往生おうじょうせい!!」

 ウチのその言葉を引き金トリガーとして、正義の魔法少女(あの名前は意地でも言わへん)と邪悪な水晶の魔女との一騎打ちタイマンが、ついに始まったのやった。

 ウチのステッキから飛び出す炎のうずは、水晶の魔女が生み出した氷雪の壁にこばまれ。お返しとばかりに魔女が放った無数の雷撃は、ウチの作り出した竜巻によってその全てを食らい尽くされる。

 魔女が召喚しょうかんした超重力のくびきはウチが放った光の砲弾によって打ち砕かれ、ウチが作った巨岩の障壁しょうへきは魔女が吐いた闇のブレスによってつらぬかれる。

 人間世界と妖精世界、二つの世界の命運を懸けた激しい戦いは一進一退。互角の勝負が続いたんや。

 いや、正確に言えば六分四分くらいで魔女のほうが優勢やったかもしれへん。

 互いの持つ魔力自体は同じくらいだったんやが、敵は何百年もの長きに渡って生き続けている老獪ベテランで、こっちはまだ十年しか生きとらん小娘ルーキー。しかも魔法少女になってからまだ一年と経たん素人アマチュアや。その経験の差はくやしいけどいかんともせえへん。

 加えて、ここは水晶の魔女の本拠地ホーム敵地アウェーで戦わなあかんウチのほうがどう考えても不利や。

 もちろんそないなことは最初から承知しとったけど。頭で分かったつもりになっとんのと実際にその身で体験してみたこととは当然ながら全然違う。さすがにちょっと考えが甘かったと、これは認めへんわけにはいかんかった。

 その上、魔女は必ずしもウチに勝利せんでもええ。このままズルズル消耗戦しょうもうせんを仕掛けてくればええんや。そないなればやがてウチは体力と魔力を極限までけずられ、水晶の柩に閉じこめられてまうことになる……。

 そうなる前に、なんとか起死回生の一手を打たないと手詰まりや。となると、その方法は……。

「……しゃあない。奥の手を使うで」

 激しい戦いが続く中。ウチは肩に乗っかったままのキリンに向けてボソッと小さな声で呟いた。

「奥の手って……まさか、マカデミアン・ナッツ。あれを使う気なのかい?」

「せや。魔法少女絶対無敵の究極きゅうきょくにして至高しこう奥義おうぎ超新星撃破スーパーノヴァ・ストラッシュ』。ウチがこの戦いに勝利するには、もはやこいつをぶっ放すしかあらへん!」

「だけど危険だよ。あれは文字通り究極ファイナルの技。決まればもちろん、いくら水晶の魔女でもひとたまりもないだろうけど。だけどあれは君の身体の中にあるほとんど全ての体力と魔力をエネルギーに変えて一気に放出する魔法だ。もし万が一防がれたり避けられたりしたら……」

 そうなったらその時点で試合終了ゲームオーバーや。全ての力を失ったウチはなすすべもなく水晶の柩とやらに閉じこめられてまうやろう。そうしてその中で幸福で楽しい夢を見続けながら、残りの一生を魔女のために魔力を生み出すだけの道具として生き続けねばならんちゅーことになる。

 せやけどそれは……。

「覚悟の上や。てゆーか、このままじゃどっちにしろウチが勝つ目はゼロに近い。ジリ貧や。となればもう一か八か賭けギャンブルにでも出る他ない。そうやないか?」

 そのことはキリンも薄々勘付かんづいていたんやろう。キリンはウチの言葉に反論せず。しばし苦しげな表情を浮かべていたけれど。やがて小さく首を縦に振った。

「……分かった。やってみよう。人間世界と妖精世界の命運、ついでにボクの生命も君に預けたよ。魔法少女マカデミアン・ナッツ!」

「だからくどいようやけど……まあええわ」

 ウチは小さく苦笑いを浮かべるとその場で動きを止め、自らの持つ全ての魔力を手に持ったステッキにこめると、その先端せんたんを水晶の魔女のほうへと向けた。

 魔女も、こちらが最後の大技をぶちかまそうしとるゆーことは分かったんやろう。警戒けいかいしたようにウチから距離をとり、防御の構えを取り始めよった。

 さらに口の中でなにやら防御ぼうぎょの呪文らしきモンをとなえ始めたようやったが。そうはさせへん! 敵の呪文が完成する前にと、ウチは全魔力全体力、全気力全精神力を右手に持つステッキにこめて。そのままおのれの生命そのものをしぼり出さんがごとく声を張り上げたねん。

「『超新星撃破』!」

 と。

    ☆         ☆

 二年後……。

「へっへぇ~。似合う?」

 我が家の玄関前。今年から通うこととなった中学校の制服であるブルーのセーラー服を身にまとい、くるりと一回転して見せながら、ウチはぱちんと片目をつむって見せつつそのように声をあげた。

「うんうん。よく似合ってるよ」

「本当。すっごく可愛いわあ」

 そんなウチの姿を見て、パパは一眼いちがんレフカメラを手にしたまま両の目から滂沱ぼうだの涙を流しながら、ママはニコニコ微笑ほほえみつつも感慨かんがい深げな表情と口調で言ってきたねん。

「二人ともちょっと親バカが過ぎるんじゃない? こんなののどこが似合ってて可愛いって言うんだよ。どちらかって言うとセーラー服を着たゴリラ……痛っ!」

 その脇では冷めたとゆーか白けきった顔をした弟があきれたよーに口をはさんできたけど。その言葉を全て言い終えるより前にウチの鉄拳制裁てっけんせいさいを頭に受けて、半分涙目になりながら頭を抱えその場にうずくまる羽目になる。

「痛ってーな! なにすんだよ、このゴリラ!!」

「ハァン? 誰がゴリラやって?」

「決まってるじゃんか。姉ちゃん以外に誰がいるん……いや。なんでもないです。ごめんなさい」

 弟は抗議の声をあげてきたけれど、ウチがにっこり天使のよーな微笑びしょうを浮かべて見せると何故だか鬼にでもガンをつけられたみたいなおびえの表情を浮かべ、こそこそママの背中に隠れながら謝ってきよった。

 そんなうちら姉弟きょうだいの様子を目にして、パパとママはハッハと笑い声をあげる。

「そんなことより、そろそろ行かなくていいのか?」

「そうよ。早く行かないと入学式に遅れちゃうんじゃないの?」

 パパとママの言葉に、ウチは何気なく左手にはめた腕時計を見やり、次の瞬間思わずうげげと声をあげてまう。

「ホンマや! いつの間にこないな時間に!? パパ、ママ、行って来ます!」

「おお、行っておいで」

「車に気をつけるのよ」

 パパとママの見送りの言葉を背中に受けながら、うちは伸ばし始めた髪とセーラー服のスカートをふわりとたなびかせながら、中学校への道を走り始めた。

「やあ。マカデミアン・ナッツ!」

 そんなウチの耳に、どこかで聞いたことがあるよーな声が飛びこんでくる。声のしたほうにちらりと視線を向けると、そこでは羽の生えたキリンみたいなけったいな生きモンがパタパタ忙しくつばさを羽ばたかせながら、ウチと並走へいそうするかのよーに飛んでいる様子を見ることが出来た。

 ちなみにこいつは妖精世界の住人だけあって、普通の人間にはその姿を見ることも声を聞くことも出来へんゆーご都合主義的能力があるんで、道行く人たちはウチ以外、誰もその姿を認識にんしきすることはあらへん。

「……久しぶりやな、キリン。二年ぶりか?」

 ウチはスカートのポケットからスマートフォンを取り出すと、それを右の耳に当てながら、足を止めることなく言葉を返したった。

 なぜそないなことをするんかは言うまでもないやろ。他の人たちにはキリンの姿が見えへんのやから、こないせんとウチは目に見えない誰かとしゃべっとる、可愛らしいけどちょっと可哀想な女の子に思われてまうねん。

 せやけどこうしてスマートフォンを耳に当ててれば、ああ、あの娘は電話で誰かと話しとるんやなと思ってくれるっちゅー寸法すんぽうや。

 もっとも、歩き(走り)スマホは危険なんで、良い子は真似したらあかんで!

「そうだね。君が水晶の魔女クリスタル・ウィッチたおして妖精世界を救ってくれた時以来だから、それくらいになるかな」

 キリンは半分目をつむり、懐かしそうな口ぶりでしみじみとそのように呟いた。

 そう。

 二年前。二つの世界の命運をけたウチと水晶の魔女との戦いは、ウチが放った『超新星撃破スーパーノヴァ・ストラッシュ』が見事に決まったことで、ウチの勝利で終わったんや。

 その後ウチは人間世界へと帰り、キリンは壊滅かいめつ状態やった妖精世界を立て直すためにフェアリーリーフに残ることを選んだため、ウチらは別れることとなったねん。

 せやけど別れの前に、キリンはこない言うた。妖精世界の再興さいこうが終わり、フェアリーリーフがある程度落ち着きを取り戻したなら、ウチに会うために自分はまた人間世界をおとずれるやろうと。

 こうしてキリンが姿を現したゆーことは、妖精世界はなんとか平和を取り戻すことが出来たゆーことやな。

 とは言え。水晶の魔女を斃して人間世界に戻った際、ウチは魔法のステッキを本来の持ち主である王女さまに返却して、魔法少女を引退。ただの女の子に戻っとるさかい、いまさらキリンが戻ってきたところで、ウチが再び魔法少女として彼と一緒に戦うことはもうないんやけど。

「いいじゃない」

 そんなウチの考えを読み取ったかのように、キリンはウチの顔を見てニヤリと意味ありげな微笑びしょうを見せた。

「確かに君はもう魔法少女じゃなくなったけど。だからと言ってボクと君が友達だったっていう事実まで消えてなくなったわけじゃないだろう?」

「……せやな」

「ただ、以前は魔法少女とそのマスコットっていう相棒バディ関係の意味合いが強かったけど。それがこれからは、普通の人間の女の子と普通の妖精との、普通の友人同士に代わるっていうだけのことさ」

 違う? とでも問うよーに、いたずらっぽく片目をつむって見せながらキリンは言うた。

 まあ『普通の』妖精とゆー言いかたにはちょっぴし違和感があるんやけど……。それでもおおむね彼の思いはウチのそれと一致してる言ってもいいやろ。なのでウチはひょいと肩をすくめて見せることで同意の思いを示した。

「じゃあそういうことだから。これからもよろしくね。マカデミアン・ナッツ」

「だから、その呼びかたはやめい!」

 そんな懐かしいやり取りをしながら走っとるうちに、前方にウチと同じブルーのセーラー服を着た女の子二人が並んで歩いとる姿を見ることが出来た。

 もちろん顔は見えへんかったけど、その後ろ姿には見覚えがある。二人ともウチの小学校時代からの知人で、今年から一緒の中学に通うことになっとる親友や。

「……おーい!」

 その後ろ姿に向けてウチが声をかけると、女の子たち二人は怪訝けげんそうな表情を浮かべながらこっちを向いて……そしてその視線の先にいるのがウチだと分かると満面の笑みを浮かべ、足を止め大きく手を振ってきた。

「じゃあ、今日のところはボクはこれで。また今度ね」

 気を使ってくれたのか、キリンはそう言うとゴムボールがねたよーなポン! という軽い音だけを残してその姿を消した。そんな彼に向けて心の中だけで『おぅ、また後でな』と声をかけると、ウチもスマホをポッケの中にしまい直し、手を振りながら親友たちに追いつくべく足を速めていく。

 まるで絵に描いたよーな平和な光景やな、とウチはふとそんなことを思った。

 これも二年前の戦いで一か八かのギャンブルに成功し、水晶の魔女を斃すことが叶ったからこそ見ることが出来た光景なんや。もしもあの時賭けに失敗しとったら妖精世界はもちろんこの人間世界もあの邪悪の権化ごんげによって支配されてたところやったんやからな。

 もちろんその場合はウチも、殺されこそはせえへんもんの水晶の柩クリスタル・コフィンの中に閉じ込められて、死ぬまで楽しく幸福な夢を見続けることによって魔女に『純な夢ピュア・ドリーム』ひいては魔力を与えるだけの存在になっとるとこやった。

 そんなことにならんとホンマ良かったなあと、ウチはいまさらながらほっと胸をで下ろした。

 あの時かろうじてながら勝利できたお陰でこの世界も、そしてウチにもいまという時があるんや。

 優しい両親に、生意気でらず口ばかりたたいてるけどそれなりに可愛い弟。妖精世界で出来た大切な友人。そして小学校時代からの二人の親友。

 そんな彼らと、これからもずっと一緒に過ごすことが出来る。これ以上の幸せがあるやろうか。

「ウチは、ホンマ幸せモンやな」

 走りながら、ウチはしみじみとそー呟いた。

 そう。いまのウチは本当に幸福な人生を過ごしとるんや。

 まるで、楽しい夢の中にでもいるかのように。



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