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第26話 賢弟愚兄(Black or White)
しおりを挟むジャーナリストになるという夢を叶えるため、大学を卒業してからとある大手出版社に就職した俺は、会社の先輩から研修を兼ねた一つの課題を出された。
それは見知らぬ町に行き、そこで見知らぬ百人の人からなんらかの話を聞き出してその内容をレポートにまとめ提出するというもの。ジャーナリストになれば見知らぬ人を約束なしで訪ね、一定の成果を上げなければならないこともあるのだから、その練習というわけである。
正直、有名人でもなくなんらかの事件に巻きこまれたわけでもないごく普通の市井の人から話なんか聞いたって面白いわけがないと思う。そんなものを百人分も聞いてしかもその内容をレポートにまとめるなんて、面倒臭い以外の何物でもないのだが……。
とは言え、研修だと言われれば断れるわけもなく。俺は渋々、これまで行ったことのなかった町へ足を運び、話を聞かせてくれそうな人を探しているのだ。
そうして見つけたのは、河原で橋げたに寄りかかってぼんやり座っている中年の男だった。
恐らくホームレスなのだろう。身に着けている衣服やズボンは古くて汚い上に所々破れているし、髪などはもう何日も洗っていないのかボサボサのテカテカ。頬はげっそりと痩せこけており顔色も悪い。そのくせ目だけは妙にギラギラして澱んだ光を放っている。
その目の奥の光がなんとなく気になったので、俺は河原まで降りて行って親しげな表情と口調を作り、彼に向けて話しかけた。
最初男は迷惑そうだったけれど、俺がこんなこともあろうかと思って買っておいた缶ビールを一本手渡すと途端に表情が和らぎ、ぽつりぽつりと自らの生い立ちについて話してくれるようになった。
「オレはよ、こう見えても昔は社長だったんだぜ。それもそれなりに大きなところのさ」
すするように、ビールを一口一口ちびちびと喉に流しこみながら、男はどこか自嘲するみたいな口ぶりで言葉を紡いだ。
「と言っても、自分で興したってわけじゃなくて、親父が作った会社だったんだがな。親父は資本金も従業員の数も規模も売り上げも同じくらいの会社を二つも作って、その両方で社長をやってたんだ」
「へえ。それはすごいですねえ」
俺が合いの手を入れると、男は全くだと言わんばかりにのろのろと頷いて見せる。
「全身エネルギーの塊みたいな人だったよ。なにをやるにも常に全力投球で、休むということを知らなかった。もっともそのせいで身体を壊して、四十代半ばくらいでぽっくり逝っちまったんだがな」
「はあ」
「で、その親父だが。死ぬ前に、自分の作った会社をオレと弟に一つずつ遺してくれたってわけだ。兄弟で協力して、二つの会社をそれぞれもっと大きくするようにっていう遺言と共にな」
「あなたと弟さんは、仲が良いんですか?」
「いいや」
俺の質問に、男は軽く肩をすくめながら首を横に振るという器用な真似をして見せた。
「顔立ちは似ていたが性格のほうは正反対で、そのせいか子供のころから大人になっても顔を合わせりゃケンカばかりさ。親父もそれが分かっていたから、兄弟で協力しろなんてわざわざ言い遺したんだろうよ。もっとも、その遺言が守られることはなかったがな」
「そうだったんですか」
「受け継いだ会社の経営方針もまるで反対で」
言って、男は一息つくようにビールを一口ちびりと舐めるみたいに飲みこむ。
「片方は社員を大事にしていて、保険制度や福利厚生を充実させて給料も増やし、休みも週に二日は必ず取らせるようにした。さらには障害者や元受刑者などの雇用も積極的に行ない、下請けに対しても決して無理な要求はしなかったし不当に代金を値切るような真似もしなかったから、社内や取り引き先からの評判も上々だったよ。その分、利益も少なかったが」
「ホワイト企業というやつですね」
「それに対してもう一方は社員なんか道具、それも使い捨て同様にしか思ってなくて。安い給料で週に七十時間以上働かせた上、サービス残業の強要も当たり前。取り引き先に対しては高圧的で、少しでも品質が悪かったりノルマが達成出来なかったりしたら、それを理由に代金を値切ることも日常茶飯事。当然内外からの評判は最悪だったが、皮肉なことに業績は好調だった」
「……ブラック企業というやつですね」
「当然のようにオレたち兄弟は、お互いの会社の経営方針が不満で、常に口汚く相手を罵っていたな」
「罵る?」
「かたや『そんな社員を使い捨てて、下請けを人間として見ないような経営を続けてたら、いまは良くてもそのうち多くの人から見捨てられて倒産することになるぞ!!』と怒鳴りつけ。こなた『そっちこそ! よそでは潰しのきかないような能無しばかり大量に雇って、しかもその全員に世間一般以上の給料を払ったり、私生活でまで色々面倒を見たりなんかしてたら、たちまち財政が困窮して経営破綻するのは目に見えている!』てな具合だな」
「なるほど」
「もちろんオレたち兄弟は相手の言葉なんぞに耳を貸すことなく、それぞれ自分の思う通りの経営を続けていたんだが……」
と、そこで男はもう一口ビールをすすってから、切なげなため息をこぼした。
「いまになって思えば、弟の言い分のほうが正しかったというのが痛いほどよく分かる。その証拠に兄であるオレが経営していた会社はすぐに屋台骨が崩れガタガタになって倒産。一方で弟のほうは親父から受け継いだ会社を何倍にも大きくして、いまや色んな方面から注目される押しも押されぬ大企業だからな」
あの時弟の言うことをちゃんと聞いて経営方針を改めていれば、オレもいまごろは……。
最後の一口をすすりながら、男は愚痴をこぼすように呟いた。
なるほど。二人とも同じくらいの規模の会社を受け継ぎながら、兄は経営に失敗して会社を潰した挙げ句自らはホームレスにまで落ちぶれ。弟は会社を順調に成長させて、成功者への道を歩み続けていると言うわけだ。
これは俗に言う賢弟愚兄というやつですね……などとはもちろん俺は口にすることなく。これで話は終わりのようだと察し、彼に向けて軽く会釈をしてその場を立ち去ろうとした。
だが数歩進んだところであることに気がつき、その場で立ち止まるとくるりと彼のほうに向き直り口を開いた。
「あの。そういえば訊き忘れていたんですが」
「分かってるよ。オレが経営していたほうの会社はホワイトかブラックか、どっちだったんだって言うんだろ?」
お見通しだとばかりに、男はフンと鼻を鳴らしながら面白くもなさそうに吐き捨てた。俺が小さく首肯すると、彼は目をすっと細め、どこか乾いた感じの笑い声をあげてからおもむろに口を開く。
「教えてやらね。オレが社員を大事にしすぎて、利益の追求を二の次にしたせいで会社を潰したのか。それとも逆に利益に走りすぎて社員の人格をおろそかにしたせいで色んな人から見放され倒産する羽目になったのか。それはあんた自身が、自分でよぉく考えてみるんだな」
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