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番外編・温泉回!
4
「聖、そろそろ着くってさ」
小夢に軽く肩を揺すられて、聖はハッと意識を取り戻した。
「……あれ? あたし、寝てた?」
「思いっきりね」
帆比辺駅から保養施設へと向かう、送迎バスの中。聖の隣、通路側の席に座り文庫本を開いていた小夢はわずかに表情を緩め、いたずらっぽい笑い声をあげた。
「いびきも盛大にかいていたわよ」
「ほえっ? いびき? 本当に?」
「冗談よ。いびきなんてかいていなかったわ。可愛らしい寝息を立てていただけ」
「な、なんだ。よかった……」
「代わりに『愁くん大好き! 愛してるわ! 愁くんにならあたし、なにもかもを捧げてもいいの!!』って大声で寝言を言って、バス中の注目を浴びていたけどね」
「……それも、冗談、だよね?」
「ううん。残念ながら、これは本当」
「はああぁぁぁ~っ!?」
さらっと告げられた衝撃の事実に、聖は慌てて周囲に座っている他の乗客たちのほうを見やったが。すると彼らのうち何人かは慌てて目を逸らし。何人かは非難するように軽く睨み返してきて。残りの何人かはくすくすとおかしげに笑い声をあげた。
「お陰でボクたちもえらい恥ずかしい目にあいましたよ。神代さんには猛省を促したいですね」
「神代は冒険中にキャンプ内で休んでる時でも、時々似たような寝言を叫んでたけどな。まさかバスの中でまであれが出るとは思わなかったぞ」
前の席に座っていた敦哉と賢悟もわざわざこちらを振り返りながら、げんなりとした表情を浮かべ非難するような視線を向けてきている。
この二人に非難されようが軽蔑されようが、屁でもないが。問題は……そう思い、聖は恐る恐る背後を振り向いた。
後ろの席には、熊さんと愁貴が座っているのだ。熊さんは聖に気がつくと『ドンマイ!』と言うように生暖かい笑みを浮かべながらサムズアップをしてきて。愁貴は聖と目が合いそうになるや、顔を真っ赤にしてぷいと横を向いてしまう。
「うぅ。愁くんが目を合わせてくれないよぉ~」
「……そっちのほうが問題なんだ?」
元通り前に向き直り、しゅんと落ちこむ聖に小夢は、バスの中で大声で叫んで恥をかいたことはどうでもいいのかとつっこむような口調で呟いた。
「当たり前じゃん。一緒のバスにたまたま乗り合わせただけで、今後はもう二度と会うことがないような人たち相手にかいた恥なんてどうってことないし。それより愁くんに話しかけてもらえないことのほうが何万倍も深刻だよ」
「そういうもんなの?」
小夢は理解し難いと言うように首をかしげた。
そうこうしているうちにバスは目的地に到着したらしく、次第に減速していき停車した。運転手さんの『お待たせいたしました』の声と共に前後の扉が開かれる。
乗客たちがぞろぞろと降りていく中。聖たちもその後について降車していく。
バスは他にも何台か止まっており、全部あわせれば五〇〇人以上が来ているのではないだろうか。これまでは三シーズンあわせて一〇〇人ほどしか利用していなかったことを考えると、なかなかの盛況である。
税金免除のためとは言え、この全員を二泊三日も食費滞在費込みでタダで泊める上に、行き帰りには送迎バスまで出してくれると言うのだから、熊さんの会社もかなり豪気だ。聖も将来、就職するならこういう会社に勤めたいものだと切実に思った。
一方、肝心の保養施設だが。こちらはなんと言うか。一言で表現するのなら、地上で待機している巨大な空飛ぶ円盤といった形の建物である。
実際、モチーフはそうなのかもしれないが。人里離れた山奥にこのような未来的というか斬新なデザインの建物が一つだけでん! と鎮座ましましている姿というのはシュールと言うかなんと言うか……。
「それではみなさん。順番に建物の中にお入りいただくようお願いします。夕飯は午後六時に、係の者がそれぞれのお部屋にお運びしますので、それまでは各自、ご自由にお過ごしください。消灯は午後一〇時。明日の朝食は午前八時になります」
案内役、という腕章をつけたガイドさんたちの指示で、客たちは砂糖菓子に群がるアリのごとく、一列に並んでぞろぞろと空飛ぶ円盤……もとい、保養施設の中へと吸いこまれるように入っていく。
建物の外観がああなので、内側は一体どうなっているのかと思ったが。こちらは案外普通の作りだ。
建物は四階建てで。一階にはエントランス、ホール、ロビー、カウンター、休憩所や遊戯場などがあり。二階と三階が客室。
四階は全てが一つの巨大な浴場となっており、その広さは五〇メートルプール二つ分。壁と天井は総ガラス張りのためお湯に浸かりながら、眼下に広がる山や森の雄大な眺望をほぼ三六〇度ビューで楽しめる。
もちろんお湯は全て源泉かけ流し。地下からポンプで汲み上げた温泉を薄めることなくそのまま使っているのだそうだ。
部屋はあらかじめ指定されており、聖たちは二階にある六人用の和室をあてがわれている。部屋は便宜上三つに分かれているのだが、和室なので仕切りはふすま戸のみであり、全部を開け放てば一つの大きな部屋として使うことも可能だ。
寝る時は部屋一つに布団を二組ずつ敷くことになる。そのため男性陣と女性陣もふすま一枚隔てだけのあちら側とこちら側とで眠らなくてはならない。
そういうのが嫌だという人は少なくないだろうけれど。聖たちスカイ6のメンバーの中には『ふすまで隔てただけのすぐ隣に異性がいるのに、眠るなんて出来っこないよー。ドキドキ』などと気にするような繊細な神経の持ち主は存在しない。
なにしろ聖たちは、冒険者なのである。冒険者というのは迷宮の中で眠る時は狭いキャンプ内で寝袋にもぐりこんで、全員身を寄せ合うようにしての雑魚寝が普通なのだから。ふすまのあちらとこちらで一緒に眠るくらいどうってことはない。
「さて。夕食の六時までまだかなり時間があるが、どうするね? 先にひとっ風呂浴びてきてもいいし。温泉は食後の楽しみに取っておいて、夕食まで各自自由時間ということにしてもいいし」
部屋に荷物を置き、備え付けの浴衣にと着替えた後。熊さんが聖たちに向けて尋ねてきた。
「……うーん。正直、まだ風呂に入ってくつろぎたいっていう気分じゃないんですよねえ。今日は電車とバスであわせて八時間くらいずっと座りっぱなしだったもんだから、ちょっと身体がなまってる感じですし」
肩を大きく振り回しながら、賢悟が控え目な調子で口を開く。
「なら、わたしとこれで一勝負して汗をかくっていうのはどう、リーダー? 確か一階の遊戯場に、スポーツチャンバラが出来るプレイルームがあったと思うから」
右手で剣を振る仕草をして見せ、小夢がやや挑発的な口ぶりで言う。
「いいね」
賢悟も不敵に笑って、それに応える。
この二人は共に剣や刀などといった棒状の武器の使い手であり、パワーよりスピード、テクニックを重視した戦いかたを得意としている。
そのため戦闘スタイルもよく似ており実力も伯仲しているため、小夢がパーティーに入ってからはよく模擬戦を行なっているのだ。
戦績はと言うと、賢悟のほうが少しだけ勝率が高い。レベルは小夢のほうが圧倒的に上なのだが、盗賊の戦闘能力は戦士系に比べるとやや劣るし。なにより賢悟は低レベルとは言え、直接戦闘に特化した上級職の侍であるのだから。
地下迷宮での冒険でこの二人は熊さんと共に、パーティーの前衛で魔物と直接戦う役割を担っている。なので連携を深める意味でも、単純に戦闘能力を鍛えるという意味でも、この二人が頻繁に剣を交えるのはいいことだと思う。
ただ。賢悟と小夢が二人きりの世界に入りこみ、真剣かつ楽しそうに戦っている姿を傍から見ていると。聖としてはなんとなく複雑な気分になってしまうのである。
というのも。小夢がパーティーに入る以前は、賢悟の訓練相手を勤める役は聖が一手に引き受けていたためだ。
もちろん、僧侶が侍である賢悟とまともに戦えるわけはないのだけれど。冒険中はそれなりに重量のある錫杖をいつも振り回しているだけあって、聖は女の子にしては結構腕力があるほうなのである。
運動神経のほうはかなり鈍いためスピードやテクニックはからっきしなのだけれど体力とパワーだけはまあまああるという、丁度賢悟や小夢とは正反対のタイプだ。
そのためハンデとして、賢悟が両手足にそれぞれ一キロ程度の重りをつけた上で戦うと、意外といい勝負になるのである。もちろんそれでも僅差ながら賢悟が勝つことのほうが圧倒的に多かったのだけれど。
だが、小夢がパーティーに加わり賢悟の訓練相手を務めるようになると、聖は完全にお役ご免になってしまった。
まあ、賢悟にしても。戦士ではない聖を相手にするとなると多少は遠慮があるらしく、あまり思い切った手は使ってこないし。ハンデの重りのせいで自分の長所を充分に生かした戦いかたを出来ないため、ややストレスが溜まる点もあるのだろう。
その点、小夢が相手ならハンデはいらないので、思い切り戦うことが出来るのだから。聖よりも小夢を訓練相手にしたほうが楽しいし、実になるのは確かだろう。
聖としても、別に好きで賢悟の相手を務めていたわけではない。どちらかと言えば頼まれたので仕方なく、渋々訓練相手をやっていたというのが正確なのだから。対戦役を免除されて喜びこそすれ、不満に思う筋合いなどないはずなのだけれど。
だけど。それでもこれまでは自分が立っていた場所に自分ではない女の子が立っていて。しかもその役割を聖よりもよっぽど手際よく適切にこなしているのを横からまじまじと見せつけられると、やっぱりなんとなく寂しい気分になるのだった。
「ボクもどちらかと言えば、少し身体を動かしたい気分ですね。遊戯場に卓球台があるのも見ましたし。やっぱり温泉地に来たなら卓球は欠かせないですからね。八島くん、勝負しませんか?」
軽くラケットを振る真似をしながら、敦哉も愁貴にそう声をかけた。
「楽しそうですね。受けて立ちますよ。聖さんも一緒にやりませんか?」
愁貴も嬉しそうにうなずきながら、聖のほうを見やる。その様子からすると、どうやらご機嫌は直ってくれたらしい。聖は内心ほうっと深い安堵のため息をつきながら喜んで! と応えた。
「熊さんも一緒にどうですか?」
「いや、愁貴くん。せっかくだけど、そういうことなら私は夕食まで部屋で休んでいることにするよ。君たち若者と違って、電車とバスと待ち時間を合わせて八時間以上という長旅の後で、すぐ遊びに行けるほどの元気はさすがにないからね」
熊さんが苦笑しながら辞退したので。聖たちは五人だけで再び一階に降りて、遊戯場へと向かった。
そうしてチャンバラや卓球やテーブルホッケーをしたり、ボルダリングを楽しんだり。オセロや将棋などで勝負をしているうちにあっと言う間に二時間ほどが過ぎたので。そろそろ夕食の時間だろうということでそろって二階の部屋へと戻って行く。
食事は寿司や刺身やカニに、山菜や採れたて野菜のてんぷらといった山海の珍味が盛り沢山……と言った豪勢なものではなく。
白いご飯にハンバーグやおしんこに味噌汁と言ったごく普通の定食のようなものばかりなので、過大な期待はしないようにと熊さんにあらかじめ釘を刺されている。
それを聞いた聖が少しがっかりしたことは否定出来ないけれど。考えてみれば当たり前だ。なにしろこちらはタダで温泉つきの宿泊をさせてもらう身なのだから。これで豪勢な食事まで期待するのはさすがに図々しいと言うものである。
「さあてと。ご飯の後は愁くんと温泉かあ。楽しみだなー」
一番奥の部屋に入り、ふすま戸を閉じて男性陣の目を遮ってから、聖は着替えの下着やタオルや水着を用意するために持ってきたカバンのチャックを開けた。
だが。下着などはすぐに見つかったが、肝心の水着がなかなか見つからない。
おかしいなあと、バッグの中身をあさりながら聖は眉をしかめる。
今日この日のために、わざわざ専門店まで足を運んで選んだものなのに。
カッティングとカラーリングに工夫がされているらしく、不自然でない程度に胸が大きく見えて脚もすらりと長いように見せ。可愛らしいのに色っぽく、露出度もそれなりに高いのに下品ではないというセパレートタイプの水着だ。
店員さんに『お客さまのようにお胸が控え目で腰の位置の低いかたにはぴったりですよ』などとなにげに失礼な勧めかたをされた時にはさすがに少しカチンと来たけれど。それを補って余りあるくらいに気に入ったデザインだったのだが。
「? どうしたの、聖」
「んー。水着が見当たらないのよ」
隣で同じように水着や着替えの用意をしていた小夢が訝しげな表情を浮かべて尋ねてきたので、聖は小首をかしげながら応える。
ちなみに小夢が持ってきている水着は白のワンピースタイプ。
ただ背面は首の辺りから、太腿の上辺りまでびっちり隙間なく覆っているウエットスーツのようなつくりだが。前面は胸元が大きく露出し、その下も下胸からおへその下の際どい部分ギリギリまで大きく開いているという、着る人を選ぶデザインだ。
彼女の場合。ちょっと事情があって、背中を人前に晒すわけにはいかないため。とにかく背中を完全に隠すことだけを考えて水着を選んだのだろう。背中だけでなく前を隠すことも少しは考えたらどうなのだとも思うが。まあそれは余計なお世話か。
「水着がない? まさか、家に忘れてきたんじゃないでしょうね?」
「そんなことないよ。先週買ってすぐ、バッグの中にしまったんだから」
「それ以来、一度も取り出していないの?」
「うん。そのはずだけど……あ、いや、ちょっと待ってよ。確か昨日、もう一度バッグの中身の確認をしておこうと思って取り出したっけ。そこで、えーと。水着の肩の部分に取り忘れてたらしい小さなタグが一つ、残ってるのを見つけたのよねえ」
喋っているうちに、嫌な予感が湯煙のようにだんだんと湧き上がってきて。顔面から血の気が引いていくのを覚えたが。いったん動き始めた舌はすぐには止まってくれず、脳の命令とは無関係にペラペラと滑るように言葉を紡いでいく。
「それでカバンから水着を取り出して、タグを取ろうと思ってハサミを探したんだけど、何故だか見つからなくて。後でハサミが見つかってから切ればいいやと思って、水着はとりあえず椅子の上に置いておいたような気が……」
「その後、タグを外して水着をカバンの中に戻した記憶は?」
「……ない。すっかり忘れてた。てことは、水着はあのままいまも、椅子の上?」
そのように呟くと聖は、顔面を両手で左右から挟みこみながら、保養所中に響き渡るかと思うような大声で悲鳴をあげたのだった。
小夢に軽く肩を揺すられて、聖はハッと意識を取り戻した。
「……あれ? あたし、寝てた?」
「思いっきりね」
帆比辺駅から保養施設へと向かう、送迎バスの中。聖の隣、通路側の席に座り文庫本を開いていた小夢はわずかに表情を緩め、いたずらっぽい笑い声をあげた。
「いびきも盛大にかいていたわよ」
「ほえっ? いびき? 本当に?」
「冗談よ。いびきなんてかいていなかったわ。可愛らしい寝息を立てていただけ」
「な、なんだ。よかった……」
「代わりに『愁くん大好き! 愛してるわ! 愁くんにならあたし、なにもかもを捧げてもいいの!!』って大声で寝言を言って、バス中の注目を浴びていたけどね」
「……それも、冗談、だよね?」
「ううん。残念ながら、これは本当」
「はああぁぁぁ~っ!?」
さらっと告げられた衝撃の事実に、聖は慌てて周囲に座っている他の乗客たちのほうを見やったが。すると彼らのうち何人かは慌てて目を逸らし。何人かは非難するように軽く睨み返してきて。残りの何人かはくすくすとおかしげに笑い声をあげた。
「お陰でボクたちもえらい恥ずかしい目にあいましたよ。神代さんには猛省を促したいですね」
「神代は冒険中にキャンプ内で休んでる時でも、時々似たような寝言を叫んでたけどな。まさかバスの中でまであれが出るとは思わなかったぞ」
前の席に座っていた敦哉と賢悟もわざわざこちらを振り返りながら、げんなりとした表情を浮かべ非難するような視線を向けてきている。
この二人に非難されようが軽蔑されようが、屁でもないが。問題は……そう思い、聖は恐る恐る背後を振り向いた。
後ろの席には、熊さんと愁貴が座っているのだ。熊さんは聖に気がつくと『ドンマイ!』と言うように生暖かい笑みを浮かべながらサムズアップをしてきて。愁貴は聖と目が合いそうになるや、顔を真っ赤にしてぷいと横を向いてしまう。
「うぅ。愁くんが目を合わせてくれないよぉ~」
「……そっちのほうが問題なんだ?」
元通り前に向き直り、しゅんと落ちこむ聖に小夢は、バスの中で大声で叫んで恥をかいたことはどうでもいいのかとつっこむような口調で呟いた。
「当たり前じゃん。一緒のバスにたまたま乗り合わせただけで、今後はもう二度と会うことがないような人たち相手にかいた恥なんてどうってことないし。それより愁くんに話しかけてもらえないことのほうが何万倍も深刻だよ」
「そういうもんなの?」
小夢は理解し難いと言うように首をかしげた。
そうこうしているうちにバスは目的地に到着したらしく、次第に減速していき停車した。運転手さんの『お待たせいたしました』の声と共に前後の扉が開かれる。
乗客たちがぞろぞろと降りていく中。聖たちもその後について降車していく。
バスは他にも何台か止まっており、全部あわせれば五〇〇人以上が来ているのではないだろうか。これまでは三シーズンあわせて一〇〇人ほどしか利用していなかったことを考えると、なかなかの盛況である。
税金免除のためとは言え、この全員を二泊三日も食費滞在費込みでタダで泊める上に、行き帰りには送迎バスまで出してくれると言うのだから、熊さんの会社もかなり豪気だ。聖も将来、就職するならこういう会社に勤めたいものだと切実に思った。
一方、肝心の保養施設だが。こちらはなんと言うか。一言で表現するのなら、地上で待機している巨大な空飛ぶ円盤といった形の建物である。
実際、モチーフはそうなのかもしれないが。人里離れた山奥にこのような未来的というか斬新なデザインの建物が一つだけでん! と鎮座ましましている姿というのはシュールと言うかなんと言うか……。
「それではみなさん。順番に建物の中にお入りいただくようお願いします。夕飯は午後六時に、係の者がそれぞれのお部屋にお運びしますので、それまでは各自、ご自由にお過ごしください。消灯は午後一〇時。明日の朝食は午前八時になります」
案内役、という腕章をつけたガイドさんたちの指示で、客たちは砂糖菓子に群がるアリのごとく、一列に並んでぞろぞろと空飛ぶ円盤……もとい、保養施設の中へと吸いこまれるように入っていく。
建物の外観がああなので、内側は一体どうなっているのかと思ったが。こちらは案外普通の作りだ。
建物は四階建てで。一階にはエントランス、ホール、ロビー、カウンター、休憩所や遊戯場などがあり。二階と三階が客室。
四階は全てが一つの巨大な浴場となっており、その広さは五〇メートルプール二つ分。壁と天井は総ガラス張りのためお湯に浸かりながら、眼下に広がる山や森の雄大な眺望をほぼ三六〇度ビューで楽しめる。
もちろんお湯は全て源泉かけ流し。地下からポンプで汲み上げた温泉を薄めることなくそのまま使っているのだそうだ。
部屋はあらかじめ指定されており、聖たちは二階にある六人用の和室をあてがわれている。部屋は便宜上三つに分かれているのだが、和室なので仕切りはふすま戸のみであり、全部を開け放てば一つの大きな部屋として使うことも可能だ。
寝る時は部屋一つに布団を二組ずつ敷くことになる。そのため男性陣と女性陣もふすま一枚隔てだけのあちら側とこちら側とで眠らなくてはならない。
そういうのが嫌だという人は少なくないだろうけれど。聖たちスカイ6のメンバーの中には『ふすまで隔てただけのすぐ隣に異性がいるのに、眠るなんて出来っこないよー。ドキドキ』などと気にするような繊細な神経の持ち主は存在しない。
なにしろ聖たちは、冒険者なのである。冒険者というのは迷宮の中で眠る時は狭いキャンプ内で寝袋にもぐりこんで、全員身を寄せ合うようにしての雑魚寝が普通なのだから。ふすまのあちらとこちらで一緒に眠るくらいどうってことはない。
「さて。夕食の六時までまだかなり時間があるが、どうするね? 先にひとっ風呂浴びてきてもいいし。温泉は食後の楽しみに取っておいて、夕食まで各自自由時間ということにしてもいいし」
部屋に荷物を置き、備え付けの浴衣にと着替えた後。熊さんが聖たちに向けて尋ねてきた。
「……うーん。正直、まだ風呂に入ってくつろぎたいっていう気分じゃないんですよねえ。今日は電車とバスであわせて八時間くらいずっと座りっぱなしだったもんだから、ちょっと身体がなまってる感じですし」
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そのため戦闘スタイルもよく似ており実力も伯仲しているため、小夢がパーティーに入ってからはよく模擬戦を行なっているのだ。
戦績はと言うと、賢悟のほうが少しだけ勝率が高い。レベルは小夢のほうが圧倒的に上なのだが、盗賊の戦闘能力は戦士系に比べるとやや劣るし。なにより賢悟は低レベルとは言え、直接戦闘に特化した上級職の侍であるのだから。
地下迷宮での冒険でこの二人は熊さんと共に、パーティーの前衛で魔物と直接戦う役割を担っている。なので連携を深める意味でも、単純に戦闘能力を鍛えるという意味でも、この二人が頻繁に剣を交えるのはいいことだと思う。
ただ。賢悟と小夢が二人きりの世界に入りこみ、真剣かつ楽しそうに戦っている姿を傍から見ていると。聖としてはなんとなく複雑な気分になってしまうのである。
というのも。小夢がパーティーに入る以前は、賢悟の訓練相手を勤める役は聖が一手に引き受けていたためだ。
もちろん、僧侶が侍である賢悟とまともに戦えるわけはないのだけれど。冒険中はそれなりに重量のある錫杖をいつも振り回しているだけあって、聖は女の子にしては結構腕力があるほうなのである。
運動神経のほうはかなり鈍いためスピードやテクニックはからっきしなのだけれど体力とパワーだけはまあまああるという、丁度賢悟や小夢とは正反対のタイプだ。
そのためハンデとして、賢悟が両手足にそれぞれ一キロ程度の重りをつけた上で戦うと、意外といい勝負になるのである。もちろんそれでも僅差ながら賢悟が勝つことのほうが圧倒的に多かったのだけれど。
だが、小夢がパーティーに加わり賢悟の訓練相手を務めるようになると、聖は完全にお役ご免になってしまった。
まあ、賢悟にしても。戦士ではない聖を相手にするとなると多少は遠慮があるらしく、あまり思い切った手は使ってこないし。ハンデの重りのせいで自分の長所を充分に生かした戦いかたを出来ないため、ややストレスが溜まる点もあるのだろう。
その点、小夢が相手ならハンデはいらないので、思い切り戦うことが出来るのだから。聖よりも小夢を訓練相手にしたほうが楽しいし、実になるのは確かだろう。
聖としても、別に好きで賢悟の相手を務めていたわけではない。どちらかと言えば頼まれたので仕方なく、渋々訓練相手をやっていたというのが正確なのだから。対戦役を免除されて喜びこそすれ、不満に思う筋合いなどないはずなのだけれど。
だけど。それでもこれまでは自分が立っていた場所に自分ではない女の子が立っていて。しかもその役割を聖よりもよっぽど手際よく適切にこなしているのを横からまじまじと見せつけられると、やっぱりなんとなく寂しい気分になるのだった。
「ボクもどちらかと言えば、少し身体を動かしたい気分ですね。遊戯場に卓球台があるのも見ましたし。やっぱり温泉地に来たなら卓球は欠かせないですからね。八島くん、勝負しませんか?」
軽くラケットを振る真似をしながら、敦哉も愁貴にそう声をかけた。
「楽しそうですね。受けて立ちますよ。聖さんも一緒にやりませんか?」
愁貴も嬉しそうにうなずきながら、聖のほうを見やる。その様子からすると、どうやらご機嫌は直ってくれたらしい。聖は内心ほうっと深い安堵のため息をつきながら喜んで! と応えた。
「熊さんも一緒にどうですか?」
「いや、愁貴くん。せっかくだけど、そういうことなら私は夕食まで部屋で休んでいることにするよ。君たち若者と違って、電車とバスと待ち時間を合わせて八時間以上という長旅の後で、すぐ遊びに行けるほどの元気はさすがにないからね」
熊さんが苦笑しながら辞退したので。聖たちは五人だけで再び一階に降りて、遊戯場へと向かった。
そうしてチャンバラや卓球やテーブルホッケーをしたり、ボルダリングを楽しんだり。オセロや将棋などで勝負をしているうちにあっと言う間に二時間ほどが過ぎたので。そろそろ夕食の時間だろうということでそろって二階の部屋へと戻って行く。
食事は寿司や刺身やカニに、山菜や採れたて野菜のてんぷらといった山海の珍味が盛り沢山……と言った豪勢なものではなく。
白いご飯にハンバーグやおしんこに味噌汁と言ったごく普通の定食のようなものばかりなので、過大な期待はしないようにと熊さんにあらかじめ釘を刺されている。
それを聞いた聖が少しがっかりしたことは否定出来ないけれど。考えてみれば当たり前だ。なにしろこちらはタダで温泉つきの宿泊をさせてもらう身なのだから。これで豪勢な食事まで期待するのはさすがに図々しいと言うものである。
「さあてと。ご飯の後は愁くんと温泉かあ。楽しみだなー」
一番奥の部屋に入り、ふすま戸を閉じて男性陣の目を遮ってから、聖は着替えの下着やタオルや水着を用意するために持ってきたカバンのチャックを開けた。
だが。下着などはすぐに見つかったが、肝心の水着がなかなか見つからない。
おかしいなあと、バッグの中身をあさりながら聖は眉をしかめる。
今日この日のために、わざわざ専門店まで足を運んで選んだものなのに。
カッティングとカラーリングに工夫がされているらしく、不自然でない程度に胸が大きく見えて脚もすらりと長いように見せ。可愛らしいのに色っぽく、露出度もそれなりに高いのに下品ではないというセパレートタイプの水着だ。
店員さんに『お客さまのようにお胸が控え目で腰の位置の低いかたにはぴったりですよ』などとなにげに失礼な勧めかたをされた時にはさすがに少しカチンと来たけれど。それを補って余りあるくらいに気に入ったデザインだったのだが。
「? どうしたの、聖」
「んー。水着が見当たらないのよ」
隣で同じように水着や着替えの用意をしていた小夢が訝しげな表情を浮かべて尋ねてきたので、聖は小首をかしげながら応える。
ちなみに小夢が持ってきている水着は白のワンピースタイプ。
ただ背面は首の辺りから、太腿の上辺りまでびっちり隙間なく覆っているウエットスーツのようなつくりだが。前面は胸元が大きく露出し、その下も下胸からおへその下の際どい部分ギリギリまで大きく開いているという、着る人を選ぶデザインだ。
彼女の場合。ちょっと事情があって、背中を人前に晒すわけにはいかないため。とにかく背中を完全に隠すことだけを考えて水着を選んだのだろう。背中だけでなく前を隠すことも少しは考えたらどうなのだとも思うが。まあそれは余計なお世話か。
「水着がない? まさか、家に忘れてきたんじゃないでしょうね?」
「そんなことないよ。先週買ってすぐ、バッグの中にしまったんだから」
「それ以来、一度も取り出していないの?」
「うん。そのはずだけど……あ、いや、ちょっと待ってよ。確か昨日、もう一度バッグの中身の確認をしておこうと思って取り出したっけ。そこで、えーと。水着の肩の部分に取り忘れてたらしい小さなタグが一つ、残ってるのを見つけたのよねえ」
喋っているうちに、嫌な予感が湯煙のようにだんだんと湧き上がってきて。顔面から血の気が引いていくのを覚えたが。いったん動き始めた舌はすぐには止まってくれず、脳の命令とは無関係にペラペラと滑るように言葉を紡いでいく。
「それでカバンから水着を取り出して、タグを取ろうと思ってハサミを探したんだけど、何故だか見つからなくて。後でハサミが見つかってから切ればいいやと思って、水着はとりあえず椅子の上に置いておいたような気が……」
「その後、タグを外して水着をカバンの中に戻した記憶は?」
「……ない。すっかり忘れてた。てことは、水着はあのままいまも、椅子の上?」
そのように呟くと聖は、顔面を両手で左右から挟みこみながら、保養所中に響き渡るかと思うような大声で悲鳴をあげたのだった。
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*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
東京ダンジョン物語
さきがけ10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。
大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。
ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。
絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。
あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。
やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。
スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。
無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!
ひだまりのFランク冒険者
みなと劉ここは異世界。
そこの冒険者ギルドでは毎日仕事がてんこ盛り。
そんな中
冒険者ギルドには万年Fランクの冒険者が一人いる。
その名は、リルド。
彼は、特に何もない感じに毎日
「薬草採取」「石集め」Fランク向け「討伐」場合によっては「ポーション生成」をする。
この話はこの万年Fランク冒険者リルドの物語である。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。