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番外編・温泉回!
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「神代、もうそれくらいにしとけ。参ノ宮先輩も抑えてくださいませんかね? せっかく楽しい温泉旅行に来たっていうのに。ケンカなんかして、わざわざ不愉快な気分になることはないじゃないですか」
散歩中に偶然出会った飼い犬同士がきゃんきゃん吠えて威嚇し合っているかのような、くだらない口ゲンカを横で延々と聞かされてうんざりしたのか。賢悟が愛想笑いを浮かべながら、まあまあと仲裁してきた。
「そうですよ参ノ宮さん、神代さん。僕の立場も考えていただけないでしょうか? ここはうちの会社の保養施設ですから。僕が連れてきた人がここでケンカなんかされると、後々僕が会社のほうから怒られることになるんですよ」
さらに冬丘も、困ったような笑みを浮かべつつなだめるように口を開く。
そのように言われると、聖たちも黙らないわけにはいかない。
聖も参ノ宮も、お金を払ってお客さまとしてこの保養施設に来たわけではなく。施設を利用する権利のある熊さんや冬丘の、いわばおこぼれで招待してもらっているのである。
にも関わらずそこで問題などを起こしたら、聖たちが怒られるだけではすまない。熊さんたちの責任問題にまで発展することも充分ありうるのだから。
「……分かりましたわ。今日のところは冬丘さんに免じてここらで勘弁して差し上げることに致しましょう」
参ノ宮も同じように考えたらしく。不承不承ながらといったふうではあるけれど、そのように言葉を締めくくった。
その『命拾いしましたわね』とでも言わんばかりの高慢な口ぶりが、聖はまた癇に障ったけれど。ここはぐっとガマンするしかない。
「ですがこのまま、あっさりと休戦というのもあまり面白くない話ですわね」
だが。せっかく聖がおとなしく退こうとしているというのに、参ノ宮のほうは挑発的ににやりと嗤い、さらにそんな言葉を放ってくる。
「……なんですか先輩。ここでケンカなんかして、熊さんや冬丘さんに迷惑をかけるわけにはいかないということで合意したんじゃなかったんですか?」
「そんなことは貴女に言われなくても分かってますわ。さすがにあたくしもここでこれ以上不毛な言い争いをするつもりはありません。ですが、おとなしく引き下がるつもりも、またないということです」
「はあ? それってどういう意味ですか?」
「神代さん。貴女明日、この温泉で行なわれる大会のことはご存知ですか?」
その参ノ宮の言葉で、聖は彼女がなにを言いたいのかということに気づき。なるほどねと呟きながら小さくうなずいて見せた。
「温泉大騎馬戦大会……」
「その通りですわ。その大会をあたくしたちダイヤモンズ・ネックレスと貴女がたスカイ6との勝負の場とするというのはいかがでしょう? それなら、冬丘さんやそちらの熊谷さんに迷惑をかけることなく、思う存分決着をつけられますでしょう?」
「なるほど。いいですよ。そのケンカ……いえ、勝負、受けて立ちましょう!」
「……えぇー~っ?」×8
その会話を聞いて、賢悟と小夢と敦哉と愁貴と春山と夏池と秋里と冬丘……要するにいまこの場にいる聖と参ノ宮以外の全員はことごとく表情を歪め、ものすごくイヤそうな声を出したけれど。二人はそんなものには構うことなく、話を続けていく。
「では、決まりですわね。決着は明日の午後行なわれる温泉大騎馬戦大会でつけることにしましょう。逃げるんじゃありませんわよ、神代さん」
「それはこちらのセリフですよ、先輩」
言って、互いの顔の中央でバチバチと寒色の火花を散らしあう聖と参ノ宮だった。そんな二人を見て残りの八人は全員、やれやれと言わんばかりに顔を見合わせ、同時に肩をすくめながら湿ったため息をこぼした。
「あの、お客さまがた。なにかあったのでしょうか?」
そんな中。階段のほうから従業員用の着物を着た若い女性が一人、聖たちのほうに向かい早足でパタパタと駆け寄ってくる様子が見られる。
まずい。そう思い聖は心臓がドクン! と一つ大きく跳ね上がるように鼓動するのを覚えた。参ノ宮と二人、不穏な表情でじっと睨み合い続けていたため、なにかトラブルが起きたのかと思われてしまったようだ。
瞬時にそのことを理解した聖と参ノ宮はちらと顔を見合わせると、即座に無言の協定を結び。なんでもないんですよとアピールするようにお互いニッコリ微笑みながら従業員女性のほうに顔を向けた。
「……なんだ。あかりさんじゃないですか」
駆け寄ってきた従業員のほうを見て、聖はほっと安堵の息をつく。そう。彼女は入野あかり。先程聖たちの部屋に食事を運んできて、さらに明日、自分のお古の水着を聖にプレゼントしてくれると約束してくれた女性だったのだ。
「あ。神代さん、でしたか。あの。なにか問題でも……」
「いえいえいえ。なんでもない、なんでもないんですよ。ちょっとその、学校の先輩と思わぬ所で会ったものですから、嬉しくて話が弾んじゃって。ねえ、先輩?」
「そ、そうなんですわ。神代さんのおっしゃる通り。旅行先で予期せず可愛い後輩と会えたものですから嬉しくなって、つい睨み合ってしまいましたの。おほほほ」
お互い肩を抱きながら、笑顔と共に白々しく言葉を紡ぐ聖と参ノ宮。仲が悪いくせに、妙なところでだけ息がぴったり合うのである。
そんな二人を、賢悟たちはそろって生暖かい目つきでじっと見つめている。
だが。あかりはそんな聖たちのほうなどすでに見てはいなかった。
さらに、聖たちのほうを見ていない人物がこの場にもう一人だけいた。
「……あかりさん? どうして君がここに?」
「清二こそ。あなた、瞑竜町で本職冒険者をやっていたんじゃ……」
あかりと冬丘は驚いたような表情を浮かべながら、互いに目を丸く見開きながら呆然と相手の顔を見つめ続けていたのである。
「あの……お二人はお知り合いなんですか?」
小夢が首をかしげながら尋ねると、二人はハッとしたような表情を浮かべ。互いに気まずそうに目をそらした後、あかりのほうが小さくうなずいて見せた。
「先程お話しましたよね? 高校を卒業したら瞑竜町に行って、一緒に冒険者をやらないかって誘ってくれた友達がいたって。それが」
「え? じゃあもしかしてその友達っていうのが冬丘さん……」
聖は唖然として呟いた。その話はもちろん聞いていたが、あかりの話しぶりからして、彼女が言っていた友達というのは女性だとばかり思っていたからだ。
そんな聖たちの思いをよそに。あかりと清二は、聖たちの存在など忘れてしまったかのごとく、会話を続けている。
「ごめん、あかりさん。実は本職冒険者はとっくの昔に馘首になっていたんだ」
「馘首に? でも前に電話で話した時は、そんなことは一言も……」
「言えなかったんだよ。いっぱしの本職冒険者になるって意気ごんで村を出たのに、レベルは三〇からいっこうに上がらなくて。そのくせ体力はどんどん下がってきて、そのうち仲間から戦力外通告を受けてしまいましたなんて、恥ずかしくて」
「そんな……。清二が所属していたパーティーのリーダーって、あなたの恋人なんでしょう? その恋人に馘首にされたの?」
「恋愛沙汰と冒険は別物だよ。プライベートで恋人だからって、パーティーの役に立たない冒険者を、リーダーが私情で仲間に残し続けているっていうわけにはいかないさ。他の仲間との兼ね合いもあるしね」
もっともパーティーを馘首になった後はその彼女との関係も切れて。清々しいくらいにあっさりと自然消滅してしまったけれどねと。冬丘は自嘲するように続けた。
「だったらさ、清二。村に帰ってきなよ。おじさんやおばさんも清二のことをずっと心配していたし。帰ったらきっと喜ぶよ」
「そんなわけにいかないよ。ほとんどケンカ別れ同然で家を飛び出したんだぜ? それに家の畑はもう兄貴夫婦が継いでいるし。僕の居場所はもうあの村にはないよ。なのにどの面下げて帰れるってんだ」
「大丈夫だって! おじさんたちはもう怒ってなんかいないから。なんならあたしが口添えしてあげてもいいし。お兄さんだって、あたしが頭を下げて頼めば畑の一部くらいは清二に任せてくれると思う……」
「止してくれ! そんなみっともないことをあかりさんにさせられるわけないだろ。それにおれはもう、瞑竜町で就職して暮らしているんだ。冒険者としても、こちらの参ノ宮さんのパーティーにお世話になっているし。週末冒険者だけど」
「で、でも! 冒険者としてはもう引導を渡されたも同然なんでしょう? ならこれ以上、瞑竜町にい続ける意味なんてないじゃない」
「引導を渡されたわけじゃない! 週末冒険者としてならまだまだやっていけるし。レベルアップが止まったのだってもしかしたらただのスランプかもしれないんだ。だとしたらまたレベルアップするかもしれないし。そうなれば本職への復帰だって」
「そんな甘いわけないでしょう! 仮に本職冒険者に復帰出来たとしたって、そんな中途半端な実力で迷宮探検なんか続けていたら、いつ死んだり大怪我したりすることになるか分かったもんじゃないじゃないの!」
「お……大げさだな。僕が死ぬわけないじゃないか」
「死ぬわけないわけないでしょう! 大体清二が冒険者になるって言って村を飛び出した後、あたしがどんな気持ちでいたと思っているのよ! 今日清二の死亡通知が届くかもしれない、明日届くかもしれないって、ずっと怖かったんだからね!」
「だ……だったら君も僕と一緒に瞑竜町に来て冒険者になればよかったじゃないか。僕がどんなに誘っても、首を縦に振らなかったくせに」
「はあ? あたしが悪いって言うの!?」
「そんなこと言っていないだろう! 大体君は昔から……」
「……あの~」
ケンカを横取りされて、すっかり蚊帳の外に追いやられてしまった感のある聖は彼らに恐る恐る声をかけたけれど。当の本人たちはそんな聖の声など聞こえないとばかりに、構わず口論を続けている。
聖は途方に暮れて、仲間たちの顔を見やった。
どうしよう。このままこの場に居続けるというのは、他人の痴話ゲンカを間近で見物しているようでどうにも居心地が悪いし。かと言って『じゃあ、あたしたちはこれで』と言って立ち去るのも、なんとなく具合が悪いような気がする。
賢悟や小夢らも聖たちと同じ思いのようで。スカイ6のメンバー五人は途方に暮れながらお互いの顔を見やるしかない。
そんな膠着状態を崩したのは、意外にもと言うか参ノ宮だった。
「もし! お二人さん。ちょっとよろしいでしょうか?」
激しく平手打ちをするような鋭い口調で言い放った参ノ宮の言葉に、さしもの冬丘とあかりもぴたりと言い争いを止め、思わずと言うように彼女の顔を見やる。
「あたくしの認識違いでしたら申しわけないのですけど。ええと、そちらの従業員さん? 貴女、冬丘さんの恋人かなにかですの?」
「はあ? ち、違います。単なる幼なじみと言うか友人と言うか、同じ村出身の知り合いというか。ねえ、清二?」
「そ、そうだよです。こう見えても僕にはちゃんと別に恋人がいますし……いや、もう別れたと言うか捨てられたからいまはいないけど。でも……」
「そんなことはどうでもよろしいですわ!」
自分で訊いておきながら、慌てたように釈明するあかりと冬丘の言葉をあっさりと一刀両断する参ノ宮だった。当のあかりたちも『そんな理不尽な』と憤慨するどころか、親に叱られた子供のように二人そろってしゅんとうなだれている。
一喝しただけで年上二人を言葉もなく、当然のように黙らせてしまう。この辺りの無駄に威厳があるところはさすがだなと。これは参ノ宮とはウマが合わない聖でさえも認めざるをえない部分であった。
「そんなことよりも、従業員さん? 貴女、冬丘さんに冒険者を辞めさせたいみたいですが、それではこちらが困るんですのよ。彼は、あたくしたちが苦労してようやく見つけることが出来た、高レベルの戦士系の仲間なのですから」
「は……はあ」
「とは言え。大切な恋人を自分の元に取り戻したいと願う、健気な従業員さんの想いを無碍にするというのも、いけずな話ではありますわ」
「……いけず?」
「い、いえ! あたしと彼は別に恋人同士というわけでは」
「そこで! 提案がございます」
首をかしげる冬丘と、顔を真っ赤にして首を横に振りながら否定するあかりだったけれど。そんな二人の言葉などどうでもいいとばかりに……と言うか、そもそもそんなものは聞いてすらいないかのように、参ノ宮は一人でどんどん話を広げていく。
「従業員さん。貴女、神代さんのチームの一員として、 明日の温泉大騎馬戦大会に参加なさい」
「は、はあっ? あたしがですかぁ」
「別に、構いませんでしょう? 従業員が参加してはいけないというルールはなかったはずですから。もしその勝負に神代さんとあなたがたが勝ったのなら、冬丘さんはあなたに返して差し上げてもよろしいですわよ」
驚いて目を丸くするあかりなど一顧だにすることなく。参ノ宮は、平然と言葉を続けてくる。
「ちょ……ちょっと待ってくださいよ、参ノ宮さん。そんなことを勝手に決められても困るんですけど……」
冬丘も、あたふたとしながら控え目に抗議の意を表したけれど。
「では特に反対意見もなさそうですので、そういうことに決定ということでよろしいですわね。それでは神代さん、また明日。あなたがたとの試合を楽しみにしてますので、どうか逃げないでくださいませね」
そんな彼の抗弁にもまるっきり構うことなく。参ノ宮は意味もなく前髪をふぁさりと掻き上げながら言いたいことだけを言って、そのままくるりときびすを返すと。そのまま階段を上って行ってしまった。
春夏秋の取り巻き三人娘も慌ててその後を追って行き。冬丘もしばしそのままでおろおろと戸惑っていたが、やがて聖たちに対してぺこりと一つ頭を下げてから、早足で彼女らの後を追いかけていく。
そんな彼らの背中に向けて聖は、あんたらなにしに一階まで降りてきたのよと心の中だけでツッコミを浴びせかけた。
「……なんとまあ。ずいぶんと強引と言うか、思いこみの激しい人みたいねえ。あの参ノ宮さんという人」
参ノ宮たちの姿が見えなくなって大分しばらくしてから。なし崩し的に温泉大騎馬戦大会への出場を決定させられてしまった小夢が呆れたような声を出した。
「まあね。悪い人じゃないんだけど。どうにも視野が狭い上に、一度こうと思いこんだら絶対その意見を変えない、頑ななところがあるみたいなんだよなあ」
お陰で彼女に敵性認定された自分たちはもう大変なんだと、賢悟は肩を落としながら疲れたように愚痴をこぼしたのだけれど。
「まあ、いいじゃないの。あの先輩にはいつか一発がつんと食らわせてやらなきゃいけないと思ってたことだし。考えてみればいい機会よ」
賢悟たちが一様にうんざりとした表情を隠せないでいる中。聖一人だけが鼻息を荒くして、『参ノ宮先輩をぶちのめすぞ、おー!』と一人盛り上がっていた。
「……思いこみが激しくて強引なところや視野の狭い点は、うちのサブリーダーも同じみたいね」
そんな聖を見て小夢がはあと湿った息をつき。賢悟や敦哉や愁貴もそれに追従するように、天を仰いで嘆息したのだった。
散歩中に偶然出会った飼い犬同士がきゃんきゃん吠えて威嚇し合っているかのような、くだらない口ゲンカを横で延々と聞かされてうんざりしたのか。賢悟が愛想笑いを浮かべながら、まあまあと仲裁してきた。
「そうですよ参ノ宮さん、神代さん。僕の立場も考えていただけないでしょうか? ここはうちの会社の保養施設ですから。僕が連れてきた人がここでケンカなんかされると、後々僕が会社のほうから怒られることになるんですよ」
さらに冬丘も、困ったような笑みを浮かべつつなだめるように口を開く。
そのように言われると、聖たちも黙らないわけにはいかない。
聖も参ノ宮も、お金を払ってお客さまとしてこの保養施設に来たわけではなく。施設を利用する権利のある熊さんや冬丘の、いわばおこぼれで招待してもらっているのである。
にも関わらずそこで問題などを起こしたら、聖たちが怒られるだけではすまない。熊さんたちの責任問題にまで発展することも充分ありうるのだから。
「……分かりましたわ。今日のところは冬丘さんに免じてここらで勘弁して差し上げることに致しましょう」
参ノ宮も同じように考えたらしく。不承不承ながらといったふうではあるけれど、そのように言葉を締めくくった。
その『命拾いしましたわね』とでも言わんばかりの高慢な口ぶりが、聖はまた癇に障ったけれど。ここはぐっとガマンするしかない。
「ですがこのまま、あっさりと休戦というのもあまり面白くない話ですわね」
だが。せっかく聖がおとなしく退こうとしているというのに、参ノ宮のほうは挑発的ににやりと嗤い、さらにそんな言葉を放ってくる。
「……なんですか先輩。ここでケンカなんかして、熊さんや冬丘さんに迷惑をかけるわけにはいかないということで合意したんじゃなかったんですか?」
「そんなことは貴女に言われなくても分かってますわ。さすがにあたくしもここでこれ以上不毛な言い争いをするつもりはありません。ですが、おとなしく引き下がるつもりも、またないということです」
「はあ? それってどういう意味ですか?」
「神代さん。貴女明日、この温泉で行なわれる大会のことはご存知ですか?」
その参ノ宮の言葉で、聖は彼女がなにを言いたいのかということに気づき。なるほどねと呟きながら小さくうなずいて見せた。
「温泉大騎馬戦大会……」
「その通りですわ。その大会をあたくしたちダイヤモンズ・ネックレスと貴女がたスカイ6との勝負の場とするというのはいかがでしょう? それなら、冬丘さんやそちらの熊谷さんに迷惑をかけることなく、思う存分決着をつけられますでしょう?」
「なるほど。いいですよ。そのケンカ……いえ、勝負、受けて立ちましょう!」
「……えぇー~っ?」×8
その会話を聞いて、賢悟と小夢と敦哉と愁貴と春山と夏池と秋里と冬丘……要するにいまこの場にいる聖と参ノ宮以外の全員はことごとく表情を歪め、ものすごくイヤそうな声を出したけれど。二人はそんなものには構うことなく、話を続けていく。
「では、決まりですわね。決着は明日の午後行なわれる温泉大騎馬戦大会でつけることにしましょう。逃げるんじゃありませんわよ、神代さん」
「それはこちらのセリフですよ、先輩」
言って、互いの顔の中央でバチバチと寒色の火花を散らしあう聖と参ノ宮だった。そんな二人を見て残りの八人は全員、やれやれと言わんばかりに顔を見合わせ、同時に肩をすくめながら湿ったため息をこぼした。
「あの、お客さまがた。なにかあったのでしょうか?」
そんな中。階段のほうから従業員用の着物を着た若い女性が一人、聖たちのほうに向かい早足でパタパタと駆け寄ってくる様子が見られる。
まずい。そう思い聖は心臓がドクン! と一つ大きく跳ね上がるように鼓動するのを覚えた。参ノ宮と二人、不穏な表情でじっと睨み合い続けていたため、なにかトラブルが起きたのかと思われてしまったようだ。
瞬時にそのことを理解した聖と参ノ宮はちらと顔を見合わせると、即座に無言の協定を結び。なんでもないんですよとアピールするようにお互いニッコリ微笑みながら従業員女性のほうに顔を向けた。
「……なんだ。あかりさんじゃないですか」
駆け寄ってきた従業員のほうを見て、聖はほっと安堵の息をつく。そう。彼女は入野あかり。先程聖たちの部屋に食事を運んできて、さらに明日、自分のお古の水着を聖にプレゼントしてくれると約束してくれた女性だったのだ。
「あ。神代さん、でしたか。あの。なにか問題でも……」
「いえいえいえ。なんでもない、なんでもないんですよ。ちょっとその、学校の先輩と思わぬ所で会ったものですから、嬉しくて話が弾んじゃって。ねえ、先輩?」
「そ、そうなんですわ。神代さんのおっしゃる通り。旅行先で予期せず可愛い後輩と会えたものですから嬉しくなって、つい睨み合ってしまいましたの。おほほほ」
お互い肩を抱きながら、笑顔と共に白々しく言葉を紡ぐ聖と参ノ宮。仲が悪いくせに、妙なところでだけ息がぴったり合うのである。
そんな二人を、賢悟たちはそろって生暖かい目つきでじっと見つめている。
だが。あかりはそんな聖たちのほうなどすでに見てはいなかった。
さらに、聖たちのほうを見ていない人物がこの場にもう一人だけいた。
「……あかりさん? どうして君がここに?」
「清二こそ。あなた、瞑竜町で本職冒険者をやっていたんじゃ……」
あかりと冬丘は驚いたような表情を浮かべながら、互いに目を丸く見開きながら呆然と相手の顔を見つめ続けていたのである。
「あの……お二人はお知り合いなんですか?」
小夢が首をかしげながら尋ねると、二人はハッとしたような表情を浮かべ。互いに気まずそうに目をそらした後、あかりのほうが小さくうなずいて見せた。
「先程お話しましたよね? 高校を卒業したら瞑竜町に行って、一緒に冒険者をやらないかって誘ってくれた友達がいたって。それが」
「え? じゃあもしかしてその友達っていうのが冬丘さん……」
聖は唖然として呟いた。その話はもちろん聞いていたが、あかりの話しぶりからして、彼女が言っていた友達というのは女性だとばかり思っていたからだ。
そんな聖たちの思いをよそに。あかりと清二は、聖たちの存在など忘れてしまったかのごとく、会話を続けている。
「ごめん、あかりさん。実は本職冒険者はとっくの昔に馘首になっていたんだ」
「馘首に? でも前に電話で話した時は、そんなことは一言も……」
「言えなかったんだよ。いっぱしの本職冒険者になるって意気ごんで村を出たのに、レベルは三〇からいっこうに上がらなくて。そのくせ体力はどんどん下がってきて、そのうち仲間から戦力外通告を受けてしまいましたなんて、恥ずかしくて」
「そんな……。清二が所属していたパーティーのリーダーって、あなたの恋人なんでしょう? その恋人に馘首にされたの?」
「恋愛沙汰と冒険は別物だよ。プライベートで恋人だからって、パーティーの役に立たない冒険者を、リーダーが私情で仲間に残し続けているっていうわけにはいかないさ。他の仲間との兼ね合いもあるしね」
もっともパーティーを馘首になった後はその彼女との関係も切れて。清々しいくらいにあっさりと自然消滅してしまったけれどねと。冬丘は自嘲するように続けた。
「だったらさ、清二。村に帰ってきなよ。おじさんやおばさんも清二のことをずっと心配していたし。帰ったらきっと喜ぶよ」
「そんなわけにいかないよ。ほとんどケンカ別れ同然で家を飛び出したんだぜ? それに家の畑はもう兄貴夫婦が継いでいるし。僕の居場所はもうあの村にはないよ。なのにどの面下げて帰れるってんだ」
「大丈夫だって! おじさんたちはもう怒ってなんかいないから。なんならあたしが口添えしてあげてもいいし。お兄さんだって、あたしが頭を下げて頼めば畑の一部くらいは清二に任せてくれると思う……」
「止してくれ! そんなみっともないことをあかりさんにさせられるわけないだろ。それにおれはもう、瞑竜町で就職して暮らしているんだ。冒険者としても、こちらの参ノ宮さんのパーティーにお世話になっているし。週末冒険者だけど」
「で、でも! 冒険者としてはもう引導を渡されたも同然なんでしょう? ならこれ以上、瞑竜町にい続ける意味なんてないじゃない」
「引導を渡されたわけじゃない! 週末冒険者としてならまだまだやっていけるし。レベルアップが止まったのだってもしかしたらただのスランプかもしれないんだ。だとしたらまたレベルアップするかもしれないし。そうなれば本職への復帰だって」
「そんな甘いわけないでしょう! 仮に本職冒険者に復帰出来たとしたって、そんな中途半端な実力で迷宮探検なんか続けていたら、いつ死んだり大怪我したりすることになるか分かったもんじゃないじゃないの!」
「お……大げさだな。僕が死ぬわけないじゃないか」
「死ぬわけないわけないでしょう! 大体清二が冒険者になるって言って村を飛び出した後、あたしがどんな気持ちでいたと思っているのよ! 今日清二の死亡通知が届くかもしれない、明日届くかもしれないって、ずっと怖かったんだからね!」
「だ……だったら君も僕と一緒に瞑竜町に来て冒険者になればよかったじゃないか。僕がどんなに誘っても、首を縦に振らなかったくせに」
「はあ? あたしが悪いって言うの!?」
「そんなこと言っていないだろう! 大体君は昔から……」
「……あの~」
ケンカを横取りされて、すっかり蚊帳の外に追いやられてしまった感のある聖は彼らに恐る恐る声をかけたけれど。当の本人たちはそんな聖の声など聞こえないとばかりに、構わず口論を続けている。
聖は途方に暮れて、仲間たちの顔を見やった。
どうしよう。このままこの場に居続けるというのは、他人の痴話ゲンカを間近で見物しているようでどうにも居心地が悪いし。かと言って『じゃあ、あたしたちはこれで』と言って立ち去るのも、なんとなく具合が悪いような気がする。
賢悟や小夢らも聖たちと同じ思いのようで。スカイ6のメンバー五人は途方に暮れながらお互いの顔を見やるしかない。
そんな膠着状態を崩したのは、意外にもと言うか参ノ宮だった。
「もし! お二人さん。ちょっとよろしいでしょうか?」
激しく平手打ちをするような鋭い口調で言い放った参ノ宮の言葉に、さしもの冬丘とあかりもぴたりと言い争いを止め、思わずと言うように彼女の顔を見やる。
「あたくしの認識違いでしたら申しわけないのですけど。ええと、そちらの従業員さん? 貴女、冬丘さんの恋人かなにかですの?」
「はあ? ち、違います。単なる幼なじみと言うか友人と言うか、同じ村出身の知り合いというか。ねえ、清二?」
「そ、そうだよです。こう見えても僕にはちゃんと別に恋人がいますし……いや、もう別れたと言うか捨てられたからいまはいないけど。でも……」
「そんなことはどうでもよろしいですわ!」
自分で訊いておきながら、慌てたように釈明するあかりと冬丘の言葉をあっさりと一刀両断する参ノ宮だった。当のあかりたちも『そんな理不尽な』と憤慨するどころか、親に叱られた子供のように二人そろってしゅんとうなだれている。
一喝しただけで年上二人を言葉もなく、当然のように黙らせてしまう。この辺りの無駄に威厳があるところはさすがだなと。これは参ノ宮とはウマが合わない聖でさえも認めざるをえない部分であった。
「そんなことよりも、従業員さん? 貴女、冬丘さんに冒険者を辞めさせたいみたいですが、それではこちらが困るんですのよ。彼は、あたくしたちが苦労してようやく見つけることが出来た、高レベルの戦士系の仲間なのですから」
「は……はあ」
「とは言え。大切な恋人を自分の元に取り戻したいと願う、健気な従業員さんの想いを無碍にするというのも、いけずな話ではありますわ」
「……いけず?」
「い、いえ! あたしと彼は別に恋人同士というわけでは」
「そこで! 提案がございます」
首をかしげる冬丘と、顔を真っ赤にして首を横に振りながら否定するあかりだったけれど。そんな二人の言葉などどうでもいいとばかりに……と言うか、そもそもそんなものは聞いてすらいないかのように、参ノ宮は一人でどんどん話を広げていく。
「従業員さん。貴女、神代さんのチームの一員として、 明日の温泉大騎馬戦大会に参加なさい」
「は、はあっ? あたしがですかぁ」
「別に、構いませんでしょう? 従業員が参加してはいけないというルールはなかったはずですから。もしその勝負に神代さんとあなたがたが勝ったのなら、冬丘さんはあなたに返して差し上げてもよろしいですわよ」
驚いて目を丸くするあかりなど一顧だにすることなく。参ノ宮は、平然と言葉を続けてくる。
「ちょ……ちょっと待ってくださいよ、参ノ宮さん。そんなことを勝手に決められても困るんですけど……」
冬丘も、あたふたとしながら控え目に抗議の意を表したけれど。
「では特に反対意見もなさそうですので、そういうことに決定ということでよろしいですわね。それでは神代さん、また明日。あなたがたとの試合を楽しみにしてますので、どうか逃げないでくださいませね」
そんな彼の抗弁にもまるっきり構うことなく。参ノ宮は意味もなく前髪をふぁさりと掻き上げながら言いたいことだけを言って、そのままくるりときびすを返すと。そのまま階段を上って行ってしまった。
春夏秋の取り巻き三人娘も慌ててその後を追って行き。冬丘もしばしそのままでおろおろと戸惑っていたが、やがて聖たちに対してぺこりと一つ頭を下げてから、早足で彼女らの後を追いかけていく。
そんな彼らの背中に向けて聖は、あんたらなにしに一階まで降りてきたのよと心の中だけでツッコミを浴びせかけた。
「……なんとまあ。ずいぶんと強引と言うか、思いこみの激しい人みたいねえ。あの参ノ宮さんという人」
参ノ宮たちの姿が見えなくなって大分しばらくしてから。なし崩し的に温泉大騎馬戦大会への出場を決定させられてしまった小夢が呆れたような声を出した。
「まあね。悪い人じゃないんだけど。どうにも視野が狭い上に、一度こうと思いこんだら絶対その意見を変えない、頑ななところがあるみたいなんだよなあ」
お陰で彼女に敵性認定された自分たちはもう大変なんだと、賢悟は肩を落としながら疲れたように愚痴をこぼしたのだけれど。
「まあ、いいじゃないの。あの先輩にはいつか一発がつんと食らわせてやらなきゃいけないと思ってたことだし。考えてみればいい機会よ」
賢悟たちが一様にうんざりとした表情を隠せないでいる中。聖一人だけが鼻息を荒くして、『参ノ宮先輩をぶちのめすぞ、おー!』と一人盛り上がっていた。
「……思いこみが激しくて強引なところや視野の狭い点は、うちのサブリーダーも同じみたいね」
そんな聖を見て小夢がはあと湿った息をつき。賢悟や敦哉や愁貴もそれに追従するように、天を仰いで嘆息したのだった。
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代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
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処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
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処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
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これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
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