週末は迷宮探検

魔法組

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「怪我はありませんでしたか、お嬢さん」
 賢悟は聖や敦哉のほうなどは見向きもせず。少し離れた場所に立っていた少女に向かって歩み寄り、にこやかな笑みを浮かべながら彼女を気遣うような声を出した。

 なにが『お嬢さん』よ!

 聖はなんとなく面白くない気分になり、心の中でこっそり毒づいてみせた。脳筋朴念仁の女嫌いのくせに、なにをフェミニストぶっていやがるのか。

「ええ。お陰さまで。ありがとう」
 少女のほうはニコリともせず、しかし一応感謝の意を示すと言うように、軽く頭を下げてきた。

 それっきり会話はあっさりと途絶える。賢悟としては、少女がもう少し激しく感謝してくれるだろうと虫のいいことを思っていたらしいが。当てが外れて、戸惑ったような表情を浮かべている。

「え……ええと、その武器、面白いね」
 言葉の接ぎ穂を失って、賢悟は苦しまぎれに少女の持っている柄を指差した。彼女の持っているそれはすでに鞭や短剣の形ではなく。黒い革が捲かれたただの剣の柄と言うか、棒のような姿にと戻っている。

「これ? これは万能棒といってマジック・アイテムの一種なの。見ていたなら分かると思うけど、使い手の発するコマンド・ワードに反応して、様々な武器に変形するのが特徴よ。軽くて使いやすいから愛用しているんだけど。欲しいの?」
「え? あ、いや、そんなことはないよ。ただ、珍しいなと思って」
「そう。よかった。一応は義父が私にくれたものだから、それなりに愛着があるの。助けてやったお礼にそれをよこせなんて言われたら、どうしようと思った」
「そんなことは言わないさ。別に恩を着せようと思って助けたわけじゃないし」
「そう」
 少女はぽつりと呟いたきり、そのまま再び黙りこんだので、またまた会話が停止する。なんとも、コミュニケーションの取りにくい少女だ。賢悟は困ったように、首を右に曲げたり左に曲げたりを繰り返している。

 少女は無愛想と言うより、他人にはあまり関心がないようで。言葉を交わしている時にすら、その相手の顔をほとんど見ていない。いま賢悟と話しているのも、助けてもらった義理があるから仕方なくといったふうだ。

 その話しかたもどちらかと言えば芝居の台本を棒読みしているかのような、熱も感情もこもっていない平坦な口調である。

 本人にその気があるのかどうかは知らないが。なまじ美人なだけにこういう突き放した喋りかたをされると、馬鹿にされているような感じがしないでもない。

「えぇと……。お父さんからもらったってことは、もしかして君のお父さんも冒険者なのかな? 今日はお父さんと一緒に迷宮探検に来たの?」
「違うわ」
 なんとか会話の糸口を探そうとして懸命になっている賢悟をよそに、少女は一言呟くように言葉を返したきりだった。

 賢悟は、彼女が言葉を続けるのではないかと思ってしばらく待ち続けていたらしいが。残念ながら補足説明をしてくれるつもりはないみたいだと察したのか。あきらめたように小さく息をこぼしてから、さらに言葉をつまびく。

「じゃ、じゃあ、誰とパーティーを組んでいるんだい? よかったら紹介してくれないかな? あ、いや、別に変な意味じゃなくて、同じ迷宮探検の趣味を持つ週末冒険者同士、親睦を深めたいというか。友達になれたらいいなと思って」
「わたしは誰ともパーティーを組んでいないわ。わたしはいつも一人で迷宮に入っている。一人のほうが性に合っているから。さっきあの本職冒険者たちに言っていたのを、あなたも聞いていたでしょう?」
「え? ま、まあ。聞いてたような、いないような」
 にべもない口調で言ってくる少女に、賢悟は心底困ったらしく。助けを求めるように聖と愁貴のほうにチラチラと視線を送ってくる。

 しょうがないなあと、聖はため息をついた。
 別にあの少女と話をしなければならないわけではないのだから、放っておけばいいようなものだが。賢悟にしてみればそうもいかないらしい。責任感が強いと言えば聞こえはいいが、要するにお節介焼きなのだ。

(でもまあ、それが砂川くんのいいところでもあるわけだけど)
 そんなふうに思った聖は出来るだけ人懐っこい笑顔を浮かべながら少女の元へ近づいていくと、賢悟を押し退けて自ら少女の正面にと真向かう。

「こんにちは。あたしの名前は神代聖。スカイ5っていうパーティーで僧侶をやってる週末冒険者よ。もう半年もやってるんだけどレベルはまだ四。なかなか上がらないのよねえ。あなたは?」
「そう」
「そうって……」
 冷淡なほど素っ気ない少女の言葉に、さすがに聖も困って。次の言葉を舌に乗せることも忘れ、しばし絶句した。

 女の子同士であることだし。こちらから親しみを見せて話しかければ、すぐに打ち解けてくれると思ったのだが、甘かったようだ。

「あ、あなたのお名前と職業とレベルは? よかったら教えてくれないかな?」
「何故? わたしはそんなことをあなたに教える義務などないし。あなたにもそんなことを尋ねる権利はないと思うけど?」
 さらに素っ気なく、少女は言った。

 賢悟相手の時よりも五割増しくらいに冷たい口調である。賢悟には危ないところを助けてもらった恩があるが、聖にはそんなものはないからということか。

「あ、あなたねえ。人がせっかく仲良くなろうと思って話しかけてるのに、義務とか権利とかはないんじゃない?」
「余計なお世話。わたしは別にあなたがたと仲良くなどなる必要はない」
 ミもフタも容赦もない口調で、少女は聖の言葉をあっさり斬り捨てる。

 これにはさすがの聖も鼻白んだ。一事が万事この調子では、彼女にからんだショットガンズの連中ばかりを一概に愚かだと責めるわけにもいかないかもしれない。

「……あっ、そう! それならあなたの好きな義務の話をしましょうか」
「お、おい、神代」
「聖さん、落ち着いて下さい」
 聖の口調に不穏なものを感じたのか、賢悟と愁貴が心配するように声をかけてくるが、聖はそれを無視してさらに言葉を続ける。

「あたしはさっきね。あなたが吹っ飛ばしてくれたショットガンズの人たちに上から次々とのしかかられちゃって、潰れちゃいそうになったのよ。あなたは加害者としてこの責任を取る義務があると思うけど、どうしてくれるの?」
「……なにを言うのかと思えば」
 聖の言葉に、しかし少女は心底軽蔑しきったような視線を向けた。

「週末とは言え、仮にも冒険者を名乗る人がその程度の危険を自分で払いのけられないでどうするの? 迷宮の中には外とは比べものにならないほど大きな危険が山ほど待ち受けているというのに」
「そ、それとこれとは話が……」
「違わないわよ。もしもあなたが迷宮の中で魔物に襲われて怪我をしたら、その責任を誰に帰するわけ? あなたを助けてくれなかったお仲間? それともあなたが迷宮に入ることを止めなかったご両親やお友達や地下迷宮管理ギルドの人?」
「うぐぅ……」
「違うでしょう。冒険中に自分の身に起きたことは全て自分の責任よ。どんな大怪我を負おうが、たとえ生命を失おうとも、誰のせいにもすることは出来ない。逆に言えば、自分で責任を取れないような人間はこの地下迷宮に入るべきではないわ」
 自分はなにか間違ったことを言っているかと尋ねるように。少女は聖の顔をじろりと睨みつけた。

 聖がなにも言い返せずに口ごもっていると、少女はさらに言葉を続ける。

「それに冒険は迷宮に入った時から始まるのではなく、準備をして家を出た時に始まるもの。いまもあなたは冒険中なのよ。その冒険中の災難を人のせいにするなんて、勘違いも甚だしいわ」
「そ、それを言うならあなただって! 冒険中に遭遇した災難を自分独りでは払いのけることが出来なくて、砂川くんに助けてもらったくせに!」
 いまも折り重なって倒れたままでいる木谷と宮下のほうを指差しながら、聖はようやく声をあげ。『どうだ!』と言うように睨み返したけれど。少女はまるで堪えた様子もなく、平然と首をすくめて見せる。

「見くびらないで欲しいわね。さっきわたしがそっちの侍くんに助けられたのは事実だけど。仮にその助けがなかったとしても、あの程度の危機くらい独りで切り抜けられたわ。まあ、さすがに無傷でっていうわけにはいかなかったでしょうけど」
 これまで、もっと大きな危機に陥ったことだって何度もあったけれど。わたしはその度に自分だけの力でそれを乗り越えてきたのだからと。淡々とした口ぶりで、少女は言葉を積み上げてくる。

「だけどもしわたしが、あの本職冒険者たちに大怪我を負わされることになったとしても。それを誰かのせいにして喚きたてるつもりもないわ。あなたと違ってね」
「ぐ」
 少女の放った刺すような皮肉に、聖はグゥの音も出せず黙るしかなかった。

 悔しいが、彼女の言う通りである。
 冒険者をやっていれば、様々な危険に遭遇するのは当然のことだし。結果として、重傷を負ったり死亡したりすることもあるだろう。

 だがそうなったとしても、その責任を誰かに押しつけることなど出来はしない。全て自分が負わなければならないのだ。それが嫌なら、冒険者なんて辞めてしまえばいい。いや。そもそも最初から冒険者などになるべきではないのである。

〈八五番の整理券をお持ちの冒険者のかた。迷宮内にお入り下さい〉

「……やっと順番が来たようね」
 しばしの気まずい沈黙の後。どこかに設置されているスピーカーから、合成された女性の声でそのように呼び出されると。少女はセーラー服の胸元にしまってあった整理券を取り出し、その番号を確認しながら呟いた。

 それから少女は賢悟や、口唇を噛みうつむいている聖などには一顧だにすることなく。迷宮の入り口のほうへと向かい歩いていく。

「ま、待って下さい。本当に一人で迷宮に入る気ですか?」
 そんな彼女の後ろ姿に向けて、愁貴が慌てて声をかけた。
「やっぱり一人で迷宮に入るのは危険ですよ。誰かとパーティーを組んだほうがいいと思います。ぼくたちももうすぐ順番が回ってきますから、よかったら」
「気遣いは無用よ」
 愁貴の言葉に彼女はひたと足を止め。しかし振り向くことなく言葉を続ける。

「さっきも言った通り、わたしは一人が性に合っているから」
「でも……」
「厚意には感謝するわ。だけど仲間を守りながら戦えるほどの余裕はわたしにはないの。わたしは自分一人を守るだけで精一杯」
 それだけを言うと、少女はこれ以上の会話を拒むかのように再び歩みを進め。今度こそ迷宮の入り口へと向かっていく。

 聖は無言でそれを見据えていた。賢悟と愁貴はどちらからともなく互いに顔を見合わせたかと思うと。続いて二人そろってなにかを言いたげな表情で、聖の顔を盗み見るようにちらりと覗きこんでくる。

「……。なによ?」
「いや。別に」×2
 聖がジロリと睨みつけると、二人は同時に口を開いて同じように言い。同じように慌ててそっぽを向くと再び顔を見合わせ、同じように湿ったため息をこぼす。

 まるであらかじめ打ち合わせでもしてあったかのような、見事なまでの息の合いようである。もっとも当人たちは、そんなことは自覚していないだろうが。

「みんな。いま戻ったよ。さっきからずいぶん待たせて悪かったね。どうにも話が長びいちゃって。でも整理券の番号が呼ばれるまでに戻れてよかった」
 少女と入れ違いになるようにして、熊さんが笑顔を浮かべながら戻ってきた。同時にアナウンスが流れて、聖たちが迷宮に入る順番が来たことを告げてくる。

「? どうか、したのかい?」
 聖たちの様子がおかしいと思ったのか、熊さんが眉をしかめて尋ねてきた。
「ええ。まあ、色々ありまして。詳しいことは、後で話しますよ」
 賢悟が困ったように頭を掻きながら言うと、熊さんも軽く首をかしげたものの。それ以上は訊こうとしなかった。

「じゃあそろそろ、行こうか。……おっと。また忘れるところだったが、敦哉くんはどこにいるんだね? 姿が見えないようだが」
「あれ? そういえばどこに……ああ、あそこにいました」
 言って賢悟は、ここから少し離れた場所で血を流しながら倒れている敦哉のほうを指差した。

 それを見て熊さんはなんとも困ったような、途方に暮れたような表情を浮かべて、聖たちの顔を一人ずつゆっくりと眺めてくる。

「……なんか、私の気のせいかもしれないんだけどね。私がちょっと席を外してから帰ってくると、いつも必ず敦哉くんが頭から血を流して倒れているように思えるんだが。これは一体どういうことかね?」
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