4 / 7
04
しおりを挟むあの馬鹿げた罠に嵌ったアオイと、そんなアオイに騙されてしまった王子が、あの後どうなったのかと申しますと。
王子はわたくしとの復縁を望みませんでした。あっさり王家の廃嫡を受け入れ、島流しに応じると言いました。
ただの黒毛族の娘であったアオイを聖女として受け入れ、王家とも縁が深いわたくしとの婚姻を無下にした罪を、何の弁解もすることなく受け入れるというのです。
信じられません。
「シャルル、どうして? アオイとの関係は浮気であったと、ただ一言そう仰れば皆も許してくれますわ」
そう。何度も申し上げておりますが、この国は性的な事に寛容で、とても大らかです。王子が女の一人や二人、つまみぐいしたぐらいでとやかく言うものはおりません。
それにアオイの件に関しては、王家や内務卿の後押しもありました。皆が皆、騙されていたので、シャルルさえアオイのことは浮気であったと認めれば、皆黙って不問にすることでしょう。
しかしシャルルは首を縦には振りませんでした。
「僕はこの国の王になりたくない」
「何ですって」
「ずっと、この城から出たかったんだ。どんな形でもいい。この国で、生きながら死ぬよりも、たとえ短命になっても、自由になりたかったんだ」
「だからって、アオイと寝たのですか? わたくしには指一本、触れてくれたことが無いくせに」
「そうだ。僕にとってアオイが聖女かどうかなんて、どうでもいいことだった」
「どうでもいい……? 敢えてわたくしにバレるように、アオイと寝たとでも仰るのですか!」
「そうだ!悪いか!」
王子は、シャルルは、はじめてわたくしに怒鳴り声をあげました。共に赤ん坊の頃からの交流がありましたが、こんなことは今までに一度もありませんでした。
「君との婚約も嫌だったさ……! 君は昔から傲慢で、生まれと美貌を鼻にかけたクソ意地の悪い女だった。義母ととてもよく似た君のことが生理的に嫌で嫌で仕方が無かったよ」
「……っ」
「アオイが現れて、君との婚約を破棄出来て、本当に幸せだった。天にも昇る気持ちだったよ。今度は忌々しいこの城からも去ることが出来る……! 僕は嬉しくて堪らない!」
「シャルル……」
「さようなら、ルナリア。僕を島流しに追い込んでくれてありがとう。君のことは厨房に現れる茶羽の脚がギザギザした虫より嫌いだったが、少しはマシになりそうだよ」
王子、いえ、シャルルは、そう吐き捨てると、高笑いをしながら去っていきました。
シャルルが、わたくしのことをそこまで嫌っていただなんて。わたくしはまったく気がつきませんでした。
彼はいつもわたくしに優しく、甘かったからです。
たしかにシャルルが、国王の正妻であるわたくしの叔母と上手くいっていなかった事は本当です。シャルルは今は亡き第二夫人の長子でした。
シャルルの母はうちの叔母に毒殺されたなどと根も葉もない噂が立ったこともありましたが、叔母はとても優しい方です。そんな恐ろしい真似をするわけはなく、シャルルは勘違いしているのでしょう。
わたくしとシャルルが結婚したら、わたくしと仲の良い叔母と国王様とシャルルの四人で、毎日楽しく食卓を囲む生活が送れると思っておりましたのに。とても残念でなりません。
これだけかつての婚約者に辛辣な言葉を吐きかけられましたのに、わたくしは自分でも驚くほど心が落ち着いていました。シャルルに婚約破棄をされた段階である程度耐性が出来ていたのもありますが、何より、今のわたくしにはハイドランがいます。
ハイドランは婚約破棄された直後のわたくしの嘆きに熱心に付き合ってくれましたし、『このままでは終わらせない』と彼だけはそう言ってくれました。咽び泣くわたくしの肩を強く抱きしめてくれたのです。
きっと、ハイドランは何年掛かっても、わたくしの無念を完全に晴らしてくれることでしょう。彼は内政者としても優れていますが、復讐者としても右に出るものがいないと言われるほど、徹底しているのです。
現に、ハイドランはわたくしの恋敵であった令嬢達を殱滅させました。わたくしはかつて、シャルルの事をとても愛しておりましたので、是が非でも彼の妃になりたかったのです。
わたくしもハイドランも、どこか狂っています。似たもの同士なのでしょうね。
応援ありがとうございます!
2
お気に入りに追加
967
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる