妹に婚約者を寝取られたとグチったら、王弟に求婚され、復讐しようと誘われた件

野地マルテ@2月27日『帝国後宮録』発売

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愛の拳

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 ──すげぇ……。

 もう、すげぇとしか言いようが無かった。
 うちの義姉が格闘の師範なので、女同士の殴り合いはあるていど見慣れていたものの、ここまですごい闘いは、俺は未だかつて見たことがない。
 下手したら、騎士の剣術大会以上の迫力だ。

 何せこの姉妹、殴り合いながら二人とも宙に浮いていた。拳の残像がいくつも見えるほどの激しい殴打をお互いに繰り出していたのだ。

 そして俺はというと、かつて玉座があった場所の裏、古びた幕がかけられたままになっていたところで、姉妹の戦況を固唾をのんで見守っていた。

 ……あまりの迫力に、少しちびってしまったのは内緒だ。

 そんな俺に近寄る人影があった。
 義姉だ。
 何故かレティシアのような道着姿になっている。

「……戦況はどうですか? パヴェル」
「義姉上! いったいどちらへ……?」
「……ええちょっと。婚約者がいるのに、その妹に手を出すようなクソ男と、姉妹間で愛情をあからさまに偏らせるクソ両親をギチギチに締め上げていたのです。……おそらく、レティシアはモーラを倒すだけで精一杯でしょうから」
「そんなにモーラは強いのですか……?」
「そうですね……。何せ、私の侍女候補になるぐらいですから。弱くては私の侍女は務まりません」

 義姉はそう、きっぱり仰った。

 モーラは典型的なぶりっ子だ。
 ちょっと羽虫が飛んできたぐらいで悲鳴をあげる、軟弱な女だと思っていた。
 それがレティシアと対等に殴り合っているどころか、ちょっとモーラが押しているようにも見える。
 しかも、モーラはドレス姿だ。

「モーラは類まれな格闘センスの持ち主です。でも、私はレティシアの拳のほうが好きですよ」
「義姉上……」
「レティシアを見ていると思い出します。昔の私を……」

 ツンとほどよく尖った顎をあげ、姉妹の殴り合いを見つめる、義姉の目尻が優しげに下がる。

「あなたのお兄様と結婚した時、まだ私は闘う術を何も持ってはおりませんでした」
「えっ、義姉上は最初からお強かったんじゃないんですか?」
「ぜんぜん! ……格闘術を身につけたのは、一人目の子を産んだあとです」

 知らなかった。ちなみに義姉の一番上の息子は俺よりも年長だ。
 しかし何故、王子を産んだあとに義姉は格闘術を身につけたのだろうか。
 たしかにこの王城内は安全とは言い難いが、王妃自ら拳を振るわないといけないほどでもない。

「私が格闘術を身につけた理由を知りたいですか?」
「ええ、まあ……」

 ぶっちゃけどっちでもいいが、義姉は話したそうにしている。
 俺は保身のため、頷いた。

「陛下が……あなたのお兄様が浮気をなさったからです」
「なっ……、あの、堅物な兄が浮気……⁉︎」

 信じられない。
 あれほど王侯貴族に蔓延する性の乱れに憂い、『浮気をするものは特権階級にあらず』と常々言っている兄が浮気。

「それはそれはショックでした」
「は~~……ですよね」

 ちなみに俺は二十二年間生きてきて、女と付き合ったことはただの一度もない。
 だから浮気は未知の世界だ。

 俺はずっとイリス家のレティシアのことが好きだった。
 しかし、レティシアには婚約者がいた。だから俺は、生涯誰とも交わることなく、一生を終えるものだと去年までは覚悟していたのだ。
 妻以外の者に手を出すなんて、到底理解ができない。しかも兄と義姉は恋愛結婚だ。一生愛し抜くと決めた相手以外と関係を持つなんて。

「夫と浮気相手を罰そうとしましたが、不貞は残念ながら犯罪ではありません。私はわずかながらの慰謝料と、うわべばかりの謝罪の言葉を受けたのみ。……気持ちは晴れませんでした」

 この国では不貞は犯罪ではない。
 なぜなら犯罪にすると、犯罪者だらけになってしまうからだ。

「もやもやもやもや……。私は女性としての自信を失い、夫への愛をすり減らす日々。このままでは、私の家庭は駄目になってしまう。……そこで私は考えました。どうにかこうにか、もやもやを吹っ飛ばし、スカッとする方法がないかと」
「それが……格闘術ですか?」
「……ええ。とりあえず、夫と浮気相手をタコ殴りにすればスカッとするのではないかと考えまして。私は高明な格闘家を城に招き、毎日鍛錬を重ねました。……でも、朝晩夫と浮気相手をボコボコに殴り続けてもなかなかスカッと出来なくて……」
「うわあ」

 なかなかの地獄絵図だと思う。
 朝晩妻からボコボコにされる。
 そりゃ、一生妻に忠誠を誓うわ。

「残念なことに、夫の浮気相手は流行り病にかかり、私がボコボコにしはじめた僅か半年後に急に息を引き取りました。まだ若く美しい女性だったのに。……流行り病は恐ろしいですね」

 いや、あんたが嬲り殺しにしたんだろう。
 言わないけど。
 死にたくないから言わないけど。

「……そして、私のサンドバッグは夫だけになりました。その頃には私は人を殴ることにも慣れ、ワンパンで夫を気絶させられるようになっていました」
「……ワンパンで」
「はい、ワンパンで。……だから、私は夫を許そうと思いました」
「えっ?」

 この流れで?

「だってつまらないんですもの。ワンパンで気絶されたら、タコ殴りにできない。……だから夫を許して、仲良くやっていくことにしました」

 義姉はにっこり微笑む。
 たしかに、義姉と兄は今はとてもラブラブだ。というか、俺は仲の良い二人の姿しか知らない。

「……その、兄は義姉上を恐れたりはしなかったのですか?」
「自分が悪かったから殴られていたのに、私を恐れるなんておかしいでしょう? 閨でも拳を見せて『私に奉仕しろ、己を奮い立たせなさい』と、可愛くおねだりして、その後、四人の子を授かりました」
「……」
「男はね、なかなか女の言うことを聞けない脳の構造になっているそうなんです。だから、愛の拳で分からせないといけないのです」

 浮気は絶対にいけない。
 熱弁を振るう義姉をみて、俺は固く心に誓った。
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