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もう三年の付き合い
私がこのマトロア地区に来て五年になる。ランヴァール団長がこの騎士団の詰所へ赴任してきたのが約三年前。団長とはもう三年の付き合いになる。
ランヴァール団長はとにかく不器用な人だった。よく言えば実直。悪く言えば朴訥で、人の細やかな機微が分からず、よく人間関係でやらかしている。それでも彼が騎士団長でいられるのは、それをカバーできるぐらい武功を立てているからだろう。マトロア地区の魔物討伐件数は常にぶっちぎりの一位だ。
この三年の間にも、団長は実家の家令が寄越したという由緒ある家のご令嬢と付き合っていた事もあるが、速攻でダメになっていた。噂によると、ランヴァール団長は色恋事がまったくダメらしい。
魔族が棲まう地域とほど近いこの国は、男女の貞操観念が貴族であってもかなりユルい。魔族は一般的に刹那的に生きていると知られている。影響は少なからず受けているかもしれない。だからランヴァール団長のように、二十代後半まで独り者でいるのはかなり珍しいことなのだ。
まあ、私も人のことは言えない。
最初の夫が亡くなってから五年。男性と交際するどころか色っぽいことの一つもない私も稀有な存在だった。まあ、出会いがそもそもないし、積極的に誰かと出会おうとも思わないけど。
団長もその事務官の私も変わり者だった。
◆
次の日の昼。
団長は赤と白のギンガムチェックの布が掛かった籠を突き出して、こう言った。
「サラ、弁当を作ってきたから一緒に食おう」
「やったぁ~。今日のランチは何ですか?」
「玉子とエビを薄切り山型パンに挟んだものだ」
「嬉しいっ! 大好物です!」
団長は人間関係は不器用だが、料理は美味かった。
私は毎日のように団長からランチをごちそうになっている。申し訳ないなぁと思うけど、団長が作るものは何でも美味しいので抗いきれない。
詰所の食堂へ行くと、まだ時間が早いからか私たち以外誰もいない。私はヤカンに水を入れ、加熱機器の上に置く。お茶淹れは私の仕事だ。
「サラ、昨日の話だが考えてくれたか?」
──いや、断ったじゃん。
何を言ってるんだこの人は、と思った。
私はげんなりしながら返事をした。
「団長、私断りましたよね?」
「一晩経って気が変わっていないか?」
「変わりませんよ」
二人分のカップとソーサーを用意して、桶にいれる。上からヤカンの湯を注いでカップとソーサーを温めながら、私は団長の血迷ったとしか思えない話を聞く。
団長が私と結婚したいなんて。急にそんなことを言われても困る。今まで三年間一緒に働いてきたが、色っぽい展開になんか一度もなったことが無いのだ。プライベートだって、毎週末のように一緒に呑んでいるのに。
結婚は恋愛とは違うと分かっているが、さすがに『ただの上官』としか思ったことのない人との結婚は難しい。
結婚は生活だからだ。家に帰ってからも、職場の延長のような雰囲気が続くのならば、私は団長とは結婚したくない。
「団長」
「なんだ」
「私は家でのんびりしたい人間なんです」
「のんびりしたらいいじゃないか」
「結婚したら団長が家にいるんでしょう? 気が休まりませんよ」
湯で温めたカップとソーサーを布巾で拭き、茶葉が入ったポットの湯をそそぐ。あたりに立ち込める芳しい香りと、湯気の間から見える団長の不服そうな顔。
「……それを言われてしまうと……。サラは俺がいて、落ち着かないのか?」
「詰所内に団長がいらっしゃると、背筋がピッと伸びますね。仕事には適度な緊張感が必要だと思いますけど、家では嫌ですね」
「むう……」
「私、父が騎士でしょう? 家でだらだらしてると父が怒ったんですよね~~。私、結婚相手は意識しないで済む相手がいいって決めてるんです」
「死んだ旦那も、意識しないで済む相手だったのか?」
「そうですね」
亡くなった夫は穏やかな人だった。王宮で働く文官で、エリートだった。同じく王宮で働く、父の紹介で出会った。
結婚生活はたったの一年。夫は王宮に運ばれた積荷を数えていたところ、貨物のドミノ倒しに巻き込まれてしまった。
あの人のことは一生忘れないと思っていたが、この五年で笑顔も声の記憶も朧げになってしまった。それが少し寂しい。
「さあ! お茶も淹れましたし、ランチにしましょう!」
琥珀色の湯が入ったカップを団長へ差し出し、私は作った笑顔を浮かべる。
結婚なんて、二度と考えられない。
団長がめんどくさい相手だというのもあるが、一回目の結婚が死別で終わった私は、この歳で結婚の煩わしさを嫌というほど思い知ったのだ。
団長は魔物討伐へも出掛ける騎士だ。
亡くなった夫よりも死亡率が高い。しかも団長は伯爵家の嫡男。一人目の夫ロバートよりも、義実家とのやりとりは面倒なことになるだろう。もしも団長と再婚して、団長がすぐ死んでしまったらと思うと、ぜったいに結婚したくないと思う。
「団長、いただきまぁす!」
「ああ」
お皿に団長お手製のパン包みを二つ乗せる。パンとパンの間からは玉子の黄身をつぶしたフィリングが見える。黄身の間に見える赤はエビ。くすんだ緑はピクルスだろうか。
ぱくりと一口。口の中に玉子の甘さと、エビやピクルスの塩っけが広がる。細かく刻んだピクルスの食感が楽しい。
「団長、美味しいです!」
「俺と一緒になれば、毎日作ってやるぞ?」
「ううっっ」
それは魅力的すぎる提案だ。私はあまり料理が得意じゃない。前の夫も料理が得意で、彼が毎日のように食事の準備をしていた。
私が黙って食べていると、団長の呆れたような声が飛んできた。
「おい、なんとか言え」
「むむ……人の胃袋を掴むなんて卑怯です……」
「君が『団長のランチが羨ましいです』って、腹を鳴らしながら言ったんじゃないか」
団長が赴任してきた当初、私は毎日食堂でりんごや蒸し芋を齧っていた。騎士団の詰所には、割としょっちゅう近隣の農家さんから作物の差し入れを頂く。お弁当を作るのが面倒だった私は、お昼は差し入れの果物や野菜を食べて過ごしていたのだ。そんな私の姿を目にした団長は『栄養が偏るぞ!』と怒り出し、次の日からはお弁当を作ってくれるようになった。
「サラ、俺は騎士団を辞めるんだ。家を継ぐ」
「へえ、そうなんですか」
「君をここへ置いていけない」
団長は実家の伯爵家を継ぐことになったらしい。どうも食事の用意一つマトモに出来ない私を心配して、プロポーズをしたようだ。
「大丈夫ですよ、私は団長がいなくても一人で生きていけますって。だいたい、私は団長が来る前からここで働いているんですよ?」
団長がいなくなっても、元の生活に戻るだけだ。私は顔では笑ったが、内心は胸がざわざわしていた。団長が騎士を辞めて実家へ帰ってしまうなんて。三年間、仕事もプライベートもしょっちゅう一緒にいた団長が。一緒にいる時は『いつもつっけんどんだし、めんどくさい人だな』と思っていたが、いなくなると思うと複雑だ。
また、大好物のパン包みを口へ運ぶ。なんだか味があまりしなかった。
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