【R18・完結】騎士団長とは結婚したくない

野地マルテ@2月27日『帝国後宮録』発売

文字の大きさ
3 / 14

いつものお誘い






「サラ、今日は俺の家で呑まないか? 実家から酒がたくさん届いたんだ」
「わーい、行きます行きます!」

 団長の実家領では果物がたくさん採れる。ぶどうや桃を使ったお酒が名産品で、これがとってもフルーティで口あたりが良くて美味しい。私は団長の家にお酒が届くたび、呑みに行っていた。最初に宅呑みに誘われた時はさすがに「二人きりはちょっと……」と警戒したが、もう私と団長の付き合いは三年にもなる。その間、手を握られたことすらない。いつ如何なる時も業務の延長のような団長の態度に、私はいつしか団長への警戒心を完全に失っていた。

 階段を降ろうとしたその時、抱えていた書類を上からすぽんと抜かれた。ふと斜め上を見ると、団長の手には私が今まで抱えていた書類がある。

「階段を降りる時は荷物を持つなといつも言っているだろう? 」
「え~~大丈夫ですよ」
「転んだらどうするんだ」

 私は七年前、右足の膝の靭帯を断裂していた。かつての私は父と同じ騎士を志し、日々魔物討伐をしていたが、任務中に誤って怪我をしてしまったのだ。リハビリのかいあって私は杖がなくとも歩けるようにはなったが、階段は一段ずつ脚を降ろすようにしないと降りられなくなった。膝の可動域が少なくなってしまったからだ。
 左腕にも怪我を負い、こちらも少し麻痺がある。右手で算盤を弾くので現在の業務には支障はないが、団長はやたらと私の心配をする。

 いつも言い方はつっけんどんだが、優しいのだ。団長は。
 でも結婚はしたくない。


 ◆


「ぷはぁっ! 最高ですね!」

 果実酒を炭酸で割ったものを煽る。お風呂あがりの身体にしゅわしゅわした炭酸酒は文字どおり甘露だ。

「相変わらず良い呑みっぷりだな」

 私と交代でお風呂に入っていた団長が出てきた。濡れた頭にタオルを被っている。うーん、水も滴る良い団長だ。

 仕事のあと、私は団長の家へ来た。プロポーズは断っても、酒の誘いは断れない。
 いつもどおりお風呂を借りて、団長が士官学校時代に使っていた運動着を着る。少し大きいが、適度にゆったりしていて着心地が良い。これを着るのも団長の家の大きなお風呂に浸かるのもあと残り少しかと思うと寂しい。でも、団長と結婚するのはなぁ、と思う。寂しさよりも面倒くささのほうが上回る。

「団長は、いつご実家へ戻られるのですか?」
「一ヶ月後だ。来月には実家の父がもう六十になる。そろそろ引退したいと言い出してな」
「団長のお家は領地がありますもんねえ、管理は大変ですよね」
「ああ。父上も昔は単騎で領地を駆けずり回っていたんだがな。これ以上年寄りに無理はさせられない」
「年寄りだなんて言ったら、怒られますよ?」

 団長のお父様とは何度か会ったことがある。相当な子煩悩なのか、近くに寄ったからと詰所まで挨拶に来たのだ。齢六十には見えないほど若々しく、団長も三十年後はああなるのかなと容易に想像できるような御仁だ。きっと団長のお父様は、若かりし頃はものすごくモテたはず。なぜなら団長とは違い、フレンドリーで優しい素敵な紳士だからだ。
 団長もつっけんどんな物言いをなんとかすればモテるだろうに……と思いながら、団長お手製のおつまみを摘みつつ、炭酸酒の次に勧められたワインをぐびぐび煽る。このワインも一月後には呑めなくなると思うと切ない。思わずグラスを見つめてしまう。

「……なあ、サラ」
「はぁい?」
「一晩考えたんだが、やはり君をここに一人で置いていけない」
「団長……」
「どうか俺と一緒になってくれないか?」

 見ると、団長のグラスの中身はぜんぜん減っていない。

「う~~ん」
「君が嫌だと思うところは正せるよう、善処する。うちの両親はカントリーハウスで暮らすから同居の必要もない。子どもが出来れば乳母も雇う。屋敷には使用人がいるから君は家事をしなくていい」
「う~~ん」

 団長ばかり我慢する結婚はなんとなく嫌だなと思った。それに私と結婚しても、団長にはメリットは何もない。私は血統が良いわけでも美人でもない。昔は運動神経だけがとりえだったけど、怪我のせいで歩くのが精一杯。性格だって、良いとは言えないだろう。なにせ、せっかくプロポーズしてくれた人のことを面倒くさいなどと、バチ当たりなことを思ってしまうのだから。

「やっぱり、ごめんなさい」

 私はグラスをテーブルに置くと、頭を下げた。
 私と結婚しても、団長には良いことが何もない。
 それが一番、団長と結婚したくない理由かもしれない。
 団長は下唇を噛むと、眉尻を下げた。

「……俺のことが嫌いなのか? どうしても嫌なら別居したっていい」
「それ、結婚する意味ありますか?」
「俺はサラが好きなんだ」
「どうして私のことなんかが好きなんですか? 良いとこ、別に無いですよね?」
「くるくるの髪とか、そばかすとか、とても可愛いと思う」
「それ、欠点ですよ」
「俺と対等に接してくれるところとか」
「団長、上官ですから。無礼な部下は褒められた存在じゃありませんよ」
「一緒にいて楽しい」
「そっ……」
「俺はサラと一緒にいる時が、一番楽しい。たまにこうやって一緒に宅呑みしている瞬間が何より大事なんだ。……それが結婚したい理由では、駄目か?」
「それ、友人でいいじゃないですか」

 あぶないあぶない。団長が真剣な顔をするから、一瞬堕ちかけてしまった。団長は目元が涼やかな美形だ。身体つきは騎士らしくがっしりしているものの、ガチムチというよりも、細身でしなやかな感じである。ぶっちゃけ外見だけなら相当タイプだ。



 団長と話していて、ふと思ったことがある。
 団長はもしかしたら、私の知らないところがあるから、好きだと思い込んでいるのかもしれない、と。私たちはなまじ付き合いが長い。本懐を遂げてもらえば、気が済むかもしれないと思ったのだ。

「団長」
「なんだ、改まって」
「私とセックスしませんか?」

 団長は切れ長の目を瞬かせると、岩のようにぴしりと固まった。

「な、何を言ってるんだ」
「団長、私と結婚したいんでしょう? 私のこと、抱けますよね?」
「まあ……でも」

 なんとも煮え切らない団長。普通、二十八歳の男女が二人きりで宅呑みしていたら、一回や二回そういう展開になったっておかしくないと思う。それに団長は私のことが好きなのだ。どうして今まで団長は私に手出ししなかったのだろうか。

「団長、私……。団長に抱かれたら、団長と結婚する気になれるかもしれません」
「本当か?」
「私は元騎士です。二言はありませんよ」

 私が鼻を鳴らして笑うと、団長はすがるような視線を向けてきた。
感想 7

あなたにおすすめの小説

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

後宮入りしたら、冷酷な幼なじみ皇太子に囲われて逃げられません

由香
恋愛
幼い頃、ただ一人だけ優しかった少年。 けれど彼は――皇太子になっていた。 家の都合で後宮に入れられた私は、二度と会うはずのなかった幼なじみと再会する。 冷酷無慈悲と噂される彼は、なぜか私にだけ異常に甘くて―― 「他の男に触れるな。……昔から、お前は俺のものだろ」 囲われるように守られ、逃げ場を失う距離感。 けれど後宮は甘さだけじゃ生き残れない。 陰謀、嫉妬、命を狙う妃たち―― それでも彼は、私の手を離さない。 これは、後宮で“唯一の執着”に愛された少女の物語。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

【完結】 君を愛せないと言われたので「あーそーですか」とやり過ごしてみたら執着されたんですが!?

紬あおい
恋愛
誰が見ても家格の釣り合わない婚約者同士。 「君を愛せない」と宣言されたので、適当に「あーそーですか」とやり過ごしてみたら…? 眉目秀麗な筈のレリウスが、実は執着溺愛男子で、あまりのギャップに気持ちが追い付かない平凡なリリンス。 そんな2人が心を通わせ、無事に結婚出来るのか?

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。