義姉から虐げられていましたが、温かく迎え入れてくれた婚家のために、魔法をがんばります!

野地マルテ

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第14話 辛い過去

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 客室に戻ったアザレアは、カーテンを少しだけ開けて夜空を眺めていた。

(お父様が、ブルクハルト王国の国王へ向けて書状を送っていただなんて……)

 意外だとアザレアは思った。
 父は昔から自分には無関心で、何もしてくれなかったのにと思ったところで、彼女は首を振る。

 (……何も、ということはないわね)

 唯一、誕生日だとか、何か節目の時には贈り物をしてくれたこともあった。
 父である大公から贈られたもののことを思い出すと、今も胸の奥が痛む。すべてストメリナに壊されてしまったからだ。

 あれは母が亡くなってから初めて迎えた誕生日のこと。
 父は三羽の文鳥を贈ってくれた。羽の色はそれぞれ違い、白・灰・クリーム色をしていた。
 文鳥はとても愛らしく、初めから人に慣れていて、アザレアがケージの中に細い腕を入れると、我先にと止まった。
 名前は何にしようかとアザレアがわくわくしながら考えていると、ストメリナがやってきた。
 ストメリナがアザレアを可愛がる姉ならば、一緒に文鳥の世話をしようと提案しただろう。だが、ストメリナは何かにつけてアザレアに嫌がらせを繰り返していた。
 文鳥をストメリナに渡しては大変なことになる。
 アザレアは咄嗟にケージの前に立った。

 (私はあの子達を守れなかった……)

 ストメリナは『文鳥をもっと可愛く飾ってあげる』と楽しそうに言い、アザレアからゲージごと文鳥を奪った。
 アザレアは必死で抵抗したが、なすすべが無かった。部屋から追い出された彼女は必死になって使用人に助けを求めたが、皆聞こえていないふりをした。

 あれほど自分の無力さを感じたことはない。

 アザレアが部屋に戻ると、文鳥たちは羽ばたいていた。……氷の、檻の中で。
 ストメリナは羽ばたいている文鳥を、自身の魔法でそのまま氷漬けにしたのだ。
 目を見開き、かたかたと全身を震わせているアザレアの後ろで、ストメリナは愉快そうに腹を抱えて笑っていた。

「……っ!」

  アザレアは両耳を手で覆い、身を屈める。あの時のストメリナの高笑いは、今も鼓膜にこびりついていた。
 文鳥達は自分のところにさえ来なかったら、今でもどこかの家で大切に飼われていただろう。
 そう思うと、胸が痛かった。

「ごめんなさい……っ! ごめんなさい……」

 ストメリナから受けた迫害の記憶は、今もアザレアを苦しめている。誰かと一緒にいる時は何とか遠くへ追いやっているが、一人でいると思い出してしまう。

 アザレアの頬に一筋の涙がこぼれ落ちる。

 (……泣いてはだめ。涙の痕が残ったら、皆に心配されてしまう)

 イルダフネ家の人達は、皆良い人だった。不義の子との疑惑のある自分を快く受け入れてくれた。
 そんな良い人達を心配させたくない。
 だが、泣いてはいけないと思うと、ますます涙が止まらなくなる。

「うっ、ううっっ」

 隣りの客室にいるゾラに、泣き声が聞こえてしまうかもしれない。アザレアはハンカチで鼻や口元を覆った。
 
 アザレアが一人で涙をこぼしていると、扉が叩かれた。迷ったように叩かれたそれに、彼女はゾラが心配してやってきたのだと思った。
 アザレアは扉に近づくと、そっと開けた。

「……アザレア様?」

 扉の向こう側にいたのは、ゾラでは無かった。

「サフタール様……」
「夜分遅くに申し訳ありません。その、いつもの『嫌な予感』がしたものですから……。こんな時間に部屋を訪ねるのは非常識だと分かってはいたのですが」

 廊下にいたのはサフタールだった。危険予知の能力がある彼は、アザレアに何かあったのだと思い、迷いながらも駆けつけてくれたのだ。

「ご心配をおかけしてすみません。ちょっと、昔のことを思い出してしまって……」
「アザレア様、宜しければお話頂けませんか?」
「でも……」
「吐き出せば、心の整理がつくかもしれません」

 ◆

 サフタールに部屋へ入って貰うと、アザレアは泣いていた理由を話した。時間にして三十分程だろうか。サフタールはずっと耳を傾けてくれた。
 十年経っても忘れられない、今でも涙が出るほど辛いエピソード。口にするのは正直嫌だと思ったが、話した後は意外なほど胸が軽くなった。

「文鳥たちには悪いことをしました。私の元に来なければ、あんな死に方をしなかったのに……」

 ソファに座ったアザレアは、背を丸めると自分の手をぎゅっと握りしめた。
 アザレアの話をずっと黙って聞いていたサフタールは口を開く。

「……悪いのはすべて、嫉妬したストメリナ様です」
「嫉妬……? ストメリナが、私に?」
「はい」

 サフタールの言葉の意味が分からず、アザレアは聞き返す。
 ストメリナは前妻の娘で、父と同じ銀髪をしている。生まれが確かなストメリナが、自分に嫉妬するなど考えられないとアザレアは思う。

「大公閣下は陛下へ書状を送られた。内容はアザレア様の幸せを願うものです。……ストメリナ様は、大公閣下がアザレア様のことを愛しているのを知っていて、幼い頃から嫉妬していたと思われます」
「そうでしょうか……」
「そうとしか思えません。ストメリナ様は大公閣下に愛されていなかったのでしょう。ストメリナ様は幼稚な嫌がらせを繰り返す卑劣な人間です。大公閣下に愛されるはずがない」

 サフタールは、アザレアへ嫌がらせを繰り返していたストメリナの姿を、まるで見ていたかのように話す。
 自分のことのように考え、親身になってくれるサフタールを見ていると、つい先ほどまで感じていた絶望的な気持ちが和らいできた。

「アザレア様は何も悪くありません」
「ありがとうございます、サフタール様」

 何も悪くないとサフタールに力強く言われると、後ろ向きだった考えが前向きになってくる。
 執務室でも、サフタールはこの婚姻は厄介払いではないとはっきり言ってくれていた。

 (そして、私のことを「大切にしていきたい」「我が家の一員」と言ってくれた……)

 この結婚が決まった当初は、サフタールと上手くやれるよう努力しなければと思っていた。イルダフネへ向かう戦船の中でも、侍女として付いてきてくれたゾラのためにもサフタールに気に入られるよう、頑張らなくてはと考えていた。
 だが、今は。

 (私は、もっとサフタール様と仲良くなりたい)

「あの、サフタール様、お願いがあるのですが」
「何でしょうか?」
「アザレア『様』はやめませんか? 私たちは夫婦になりますから……」

 夫が妻を様付けで呼ぶのは不自然だ。それに、アザレアはサフタールに気安い言葉遣いで話しかけて欲しいと思っている。もっと親しくなりたいのだ。

「では、お互いに。アザレアも、私のことをサフタールと呼んでください」
「良いのですか?」
「ええ」

 サフタールの薄紫色の瞳が優しげに細められる。
 アザレアはずっと昔にも、このような視線を向けられたことがあったような気がした。

「ありがとうございます、サフタール」
「ふふ、何だか気恥ずかしいですね。……あ、そうだ。明日ですが、さっそく魔物討伐へ行きませんか?」
「えっ、もう行けるのですか?」
「ええ、午後から見回りの予定がありまして。危険なルートではありませんし、良かったら……」
「行きます!」

 名前だけで呼び合うことになり、良い雰囲気になったのも束の間。会話は魔物討伐の話題に転ぶ。
 アザレアは両手に拳を作ると、勢いよく返事をしたのだった。
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