33 / 57
第33話 ストメリナの情夫
しおりを挟む
一方その頃。すでにブルクハルト城に到着し、客室に通されていたストメリナ。
彼女は姿見鏡の前でいくつもポーズをとり、身体をくねらせていた。
(髪も化粧も、ドレスも完璧だわ……!)
銀色の長い髪を、頭の天辺でとぐろを巻くように纏めた。がっつり露出させた背中や腰を目立たせるためだ。
ドレスは髪の色と同色で、首元は詰まっているが、喉の下辺りから胸の下までざっくりとスリットが入っている。胸の谷間や下乳が露わになった扇情的な装いだ。
記念式典にふさわしいとはとても言えないような露出具合だが、それもそのはずで、ストメリナは王国に男を漁りに来ていた。
彼女の夢は自身が大公になり、高貴な男達を侍らせること。
記念式典自体には当然、興味はない。
(記念式典には興味はないけれど……)
ストメリナは舌なめずりする。
先日、魔道具の通信機越しに報告があった、イルダフネ領の魔石鉱山で新たに発掘されたという朱い魔石には非常に興味がある。
(並の魔石の百倍以上の魔力を秘めているという、伝説の朱い魔石バーミリオン。あれを巨氷兵達に食べさせれば……!)
バーミリオンを食べさせた巨氷兵達がいれば、自分一人でもブルクハルト王国を落とせるかもしれない。
屍の山を築く想像をしたストメリナは、にやりと唇を歪ませる。
そんな彼女に近づく者がいた。
「ああ……! 我が麗しの白銀の姫君。こんなところにいたのですね!」
自分を褒め讃えるその声に、ストメリナは振り向く。
そこには情夫のディルクがいた。
「ディルク!」
「探しましたよ、ストメリナ様」
ディルクはストメリナの手を取ると、その甲に恭しく口づける。
自分のことが好きで好きで堪らない、ディルクの顔にはそう書いてあるような気がして、ストメリナは彼に会うといつも上機嫌になった。
(……私の美しい忠犬、ディルク)
ディルクは皇帝の息子だが、母親の身分が低く、帝国には居場所が無いという。
公国に遊学に来ているディルクは、コネを作るために数多くの貴族婦人と関係を持っているが、本命は自分だとストメリナは確信を持っている。
(ディルクは私だけを特別だと思ってる。だって、他の女にはしない顔を私にはするもの)
どこか憎しみにも似た、力強い視線をディルクから感じることがある。それだけ、ディルクは自分に執着しているのだろう。
そう考えると、ストメリナの胸に多幸感が広がった。
「ディルク、今夜の式典のエスコートは頼んだわよ」
「はい、ストメリナ様」
「……でも、エスコートは『行き』だけでいいわ」
帰りは別の男を捕まえて帰る。
そんな意味を込めて、ストメリナはディルクを意味ありげに見つめる。ディルクはすぐにストメリナの言葉の裏にあるものを感じ取ったのか、少し不機嫌そうに「御意」と短く答えた。
「あら? 怒った?」
「そりゃ怒りますよ。ストメリナ様の肌を誰か別の男が触れると思うと……」
「ふふっ、……仕方がないわね」
ストメリナは女の欲を丸出しにした目で、ディルクを見上げた。
「まだ時間があるわ、寝室で休んでいきましょう?」
◆
「チッ……! 色情魔め」
ディルクはガチャガチャと音を立て、舌打ちしながら腰のベルトを締め直す。
「ディルク様、廊下に声が丸聞こえでしたよ……」
「……文句ならあの色情魔に言ってくださいよ、クレマティス将軍」
股間や腰に不快感を覚えながら、ディルクは渋い顔をしたクレマティスに言い返す。
「……言っときますけど、好きでも何でもない女としたって、気持ちよくないですから!」
「別にそんなことは聞いておりません」
「ふんっ!」
クレマティスは公国軍の将軍。平時の時は大公やその娘達の警護をしている。
今までストメリナとの情事の声を聞かれたことなんて何度もあるはずなのに、ディルクの心は乱れていた。
(ああ、くそっ……!)
ディルクはがりがりと癖のある焦茶の髪を掻く。
たった今、自分がストメリナとまぐわったというのに、クレマティスが何とも思ってなさそうなのが気に食わない。
せいぜい、情事の音が廊下に漏れて恥ずかしいとしか、クレマティスは思ってないのだろう。
「クレマティス将軍は、その、……嫌だとか思わないのですか?」
「何がですか?」
「……何でもありません」
主語のないディルクの質問に、クレマティスは疑問を投げ返す。わざわざ説明をするのもどうかと思い、ディルクは何でもないと吐き捨て、視線を逸らす。
ディルクは七日前、ストメリナの命を受け、ブルクハルト王国にあるイルダフネ領へと向かった。
ストメリナから「アザレアをたぶらかすように」と言われていたディルクだったが、彼の本業は大公の間者。
本当にアザレアをたぶらかすわけにはいかなかったディルクは、クレマティスの姿をアザレアに変え、アザレアの姿になったクレマティスに口づけた。
その時の光景は魔道具の撮影機におさめ、ストメリナに提出した。ストメリナは映像に映った人物がアザレアだとあっさり信じたようで、上機嫌だった。
無事、アザレアのたぶらかしの偽造が出来たディルクだったが、クレマティスと口づけをしてからどうも胸のあたりがもやもやする。
クレマティスは家の迷惑になるからと結婚まで童貞を貫こうとしている男で、口づけすらしたことがなかったのだ。
最初ははじめての口づけを奪ってしまった罪悪感だと思っていたのだが……。
ディルクは無意識に唇に触れ、そしてハッとした。
(……俺、きもいな)
クレマティスを、アザレアをたぶらかしたという偽りの証拠づくりに巻き込んだのは、彼の弱みを握るためだった。
クレマティスは次期大公。男と口づけを交わしている映像が出回れば、ただではすまない。
しかしもう、ディルクはクレマティスの弱みを掴もうなどとは微塵も考えていない。
それどころかこの七日間、ディルクはクレマティスのことばかり考えている。
(……クレマティス将軍があんなことを言うからだ)
── 「あなたには自由に生きる権利がある。今はまだ、道が見えなくても」
── 「私が大公になったら、あなたを正式に私の家臣として迎え入れます」
── 「戦船の中で、帰るところがないと何度も言っていたでしょう? 私が正式に用意します。あなたの居場所を」
ディルクは現大公をはじめ、色々な人間相手に尻尾を振ってきた。だが、クレマティスのようなことを言う人間は他にはいなかった。
日を追うごとに、ディルクの中で水を吸ったスポンジのようにクレマティスの存在が膨れていく。
それなのに、クレマティスが自分を意識している様子はない。
この形容出来ない感情が何なのか、ディルクは分からず苛立ちを募らせていた。
彼女は姿見鏡の前でいくつもポーズをとり、身体をくねらせていた。
(髪も化粧も、ドレスも完璧だわ……!)
銀色の長い髪を、頭の天辺でとぐろを巻くように纏めた。がっつり露出させた背中や腰を目立たせるためだ。
ドレスは髪の色と同色で、首元は詰まっているが、喉の下辺りから胸の下までざっくりとスリットが入っている。胸の谷間や下乳が露わになった扇情的な装いだ。
記念式典にふさわしいとはとても言えないような露出具合だが、それもそのはずで、ストメリナは王国に男を漁りに来ていた。
彼女の夢は自身が大公になり、高貴な男達を侍らせること。
記念式典自体には当然、興味はない。
(記念式典には興味はないけれど……)
ストメリナは舌なめずりする。
先日、魔道具の通信機越しに報告があった、イルダフネ領の魔石鉱山で新たに発掘されたという朱い魔石には非常に興味がある。
(並の魔石の百倍以上の魔力を秘めているという、伝説の朱い魔石バーミリオン。あれを巨氷兵達に食べさせれば……!)
バーミリオンを食べさせた巨氷兵達がいれば、自分一人でもブルクハルト王国を落とせるかもしれない。
屍の山を築く想像をしたストメリナは、にやりと唇を歪ませる。
そんな彼女に近づく者がいた。
「ああ……! 我が麗しの白銀の姫君。こんなところにいたのですね!」
自分を褒め讃えるその声に、ストメリナは振り向く。
そこには情夫のディルクがいた。
「ディルク!」
「探しましたよ、ストメリナ様」
ディルクはストメリナの手を取ると、その甲に恭しく口づける。
自分のことが好きで好きで堪らない、ディルクの顔にはそう書いてあるような気がして、ストメリナは彼に会うといつも上機嫌になった。
(……私の美しい忠犬、ディルク)
ディルクは皇帝の息子だが、母親の身分が低く、帝国には居場所が無いという。
公国に遊学に来ているディルクは、コネを作るために数多くの貴族婦人と関係を持っているが、本命は自分だとストメリナは確信を持っている。
(ディルクは私だけを特別だと思ってる。だって、他の女にはしない顔を私にはするもの)
どこか憎しみにも似た、力強い視線をディルクから感じることがある。それだけ、ディルクは自分に執着しているのだろう。
そう考えると、ストメリナの胸に多幸感が広がった。
「ディルク、今夜の式典のエスコートは頼んだわよ」
「はい、ストメリナ様」
「……でも、エスコートは『行き』だけでいいわ」
帰りは別の男を捕まえて帰る。
そんな意味を込めて、ストメリナはディルクを意味ありげに見つめる。ディルクはすぐにストメリナの言葉の裏にあるものを感じ取ったのか、少し不機嫌そうに「御意」と短く答えた。
「あら? 怒った?」
「そりゃ怒りますよ。ストメリナ様の肌を誰か別の男が触れると思うと……」
「ふふっ、……仕方がないわね」
ストメリナは女の欲を丸出しにした目で、ディルクを見上げた。
「まだ時間があるわ、寝室で休んでいきましょう?」
◆
「チッ……! 色情魔め」
ディルクはガチャガチャと音を立て、舌打ちしながら腰のベルトを締め直す。
「ディルク様、廊下に声が丸聞こえでしたよ……」
「……文句ならあの色情魔に言ってくださいよ、クレマティス将軍」
股間や腰に不快感を覚えながら、ディルクは渋い顔をしたクレマティスに言い返す。
「……言っときますけど、好きでも何でもない女としたって、気持ちよくないですから!」
「別にそんなことは聞いておりません」
「ふんっ!」
クレマティスは公国軍の将軍。平時の時は大公やその娘達の警護をしている。
今までストメリナとの情事の声を聞かれたことなんて何度もあるはずなのに、ディルクの心は乱れていた。
(ああ、くそっ……!)
ディルクはがりがりと癖のある焦茶の髪を掻く。
たった今、自分がストメリナとまぐわったというのに、クレマティスが何とも思ってなさそうなのが気に食わない。
せいぜい、情事の音が廊下に漏れて恥ずかしいとしか、クレマティスは思ってないのだろう。
「クレマティス将軍は、その、……嫌だとか思わないのですか?」
「何がですか?」
「……何でもありません」
主語のないディルクの質問に、クレマティスは疑問を投げ返す。わざわざ説明をするのもどうかと思い、ディルクは何でもないと吐き捨て、視線を逸らす。
ディルクは七日前、ストメリナの命を受け、ブルクハルト王国にあるイルダフネ領へと向かった。
ストメリナから「アザレアをたぶらかすように」と言われていたディルクだったが、彼の本業は大公の間者。
本当にアザレアをたぶらかすわけにはいかなかったディルクは、クレマティスの姿をアザレアに変え、アザレアの姿になったクレマティスに口づけた。
その時の光景は魔道具の撮影機におさめ、ストメリナに提出した。ストメリナは映像に映った人物がアザレアだとあっさり信じたようで、上機嫌だった。
無事、アザレアのたぶらかしの偽造が出来たディルクだったが、クレマティスと口づけをしてからどうも胸のあたりがもやもやする。
クレマティスは家の迷惑になるからと結婚まで童貞を貫こうとしている男で、口づけすらしたことがなかったのだ。
最初ははじめての口づけを奪ってしまった罪悪感だと思っていたのだが……。
ディルクは無意識に唇に触れ、そしてハッとした。
(……俺、きもいな)
クレマティスを、アザレアをたぶらかしたという偽りの証拠づくりに巻き込んだのは、彼の弱みを握るためだった。
クレマティスは次期大公。男と口づけを交わしている映像が出回れば、ただではすまない。
しかしもう、ディルクはクレマティスの弱みを掴もうなどとは微塵も考えていない。
それどころかこの七日間、ディルクはクレマティスのことばかり考えている。
(……クレマティス将軍があんなことを言うからだ)
── 「あなたには自由に生きる権利がある。今はまだ、道が見えなくても」
── 「私が大公になったら、あなたを正式に私の家臣として迎え入れます」
── 「戦船の中で、帰るところがないと何度も言っていたでしょう? 私が正式に用意します。あなたの居場所を」
ディルクは現大公をはじめ、色々な人間相手に尻尾を振ってきた。だが、クレマティスのようなことを言う人間は他にはいなかった。
日を追うごとに、ディルクの中で水を吸ったスポンジのようにクレマティスの存在が膨れていく。
それなのに、クレマティスが自分を意識している様子はない。
この形容出来ない感情が何なのか、ディルクは分からず苛立ちを募らせていた。
66
あなたにおすすめの小説
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる