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第52話 眠る君を想う
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サフタールは、瞼が閉じられたアザレアの顔を見つめる。
(アザレアが起きたら、なんと声を掛けたらいいのだろう……)
掛ける言葉が見つからない。実親の、自分への態度や行動に憤る気持ちは痛いほど分かるのに。
サフタールは現ブルクハルト国王の庶子である。生まれてすぐに母は亡くなり、彼は医法院へ預けられた。
王の子だというのに、王城で育てられることはなかった。
今はイルダフネ侯爵家の次期当主として国王に謁見することはあるが、国王から自分を捨てたことに対し、謝罪されたことはない。今更謝られたところで困るだけだとサフタールは分かっているが、その事実が今でも彼の心の中で燻っている。
五歳の時にイルダフネ家へ養子に入り、義理の両親であるツェーザルとリーラに愛されて育った。自分にとって彼らこそが両親だという考えはある。……だが。
それはそれ、これはこれなのだ。
実の父親への蟠りは、なかなか消えてくれない。
サフタールはそう思う一方で、ストメリナの気持ちは理解できないと思う。
自分よりも目を掛けられている下のきょうだいを憎む気持ちが、分からないのだ。
王太子であるオイゲンの顔を思い浮かべる。
サフタールよりも四歳下のオイゲンは、国王と正妃の間に生まれた男子だ。
幼い頃から自分を兄と慕ってくれるオイゲンのことは心から可愛いと思っている。
(王位継承者であるオイゲン殿下を「大変そうだ」と思うことはあっても、オイゲン殿下を恨むことなんて……)
いくら血の繋がった兄弟とはいえ、オイゲンは王太子、自分は筆頭とはいえ一介の貴族に過ぎない。
兄として弟を溺愛したいという気持ちを抑えることはあっても、憎いだなんて思ったことはまったくない。
(私がオイゲン殿下を可愛らしく思えるのは、父上と母上のおかげかもしれないな……)
実の父親から愛されなくても、ツェーザルとリーラから愛されている。その余裕が、自分にオイゲンを愛しく想う気持ちを与えてくれたのかもしれない。
(ストメリナ様は孤独だったのだろう……。だからと言って、アザレアにしたことは許せないが……)
アザレアの寝顔を見つめていたサフタールは、ふとあることに気がつく。よく見るとアザレアの髪の色が、うっすらだが銀髪になりかけているのだ。
(……魔法を使いすぎたせいか?)
アザレアはかなり魔力が多い方だが、それでも炎魔法を連発するのは辛かったのだろう。
サフタールの捕縛魔法があっさり彼女に効いたのも、魔力が欠乏していたからかもしれない。
(アザレアの魔力を回復させなくては)
魔力の欠乏は、体調不良に繋がる。
アザレアの魔力を回復させたほうがいいと思いつつも、サフタールは躊躇する。
魔力を回復させる手っ取り早い方法は、口移しで分け与えることだからだ。
(婚約しているとはいえ、私達はまだ結婚前だ。唇を触れ合わせるなんて、そんな破廉恥なまねをしても良いものだろうか……)
いくらアザレアのためとはいえ、寝ている彼女に勝手に口づけてもいいものだろうかと、サフタールは胸の前で腕を組むと、うんうんと悩み出した。
そして、十分が経過した頃、彼はどうすべきか結論を出した。
(これはアザレアを助けるための行為だ)
けして彼女と口づけしたいからとか、そんな不埒な気持ちではない。
そう言い訳しながら、サフタールは椅子から立ち上がると、アザレアが眠るベッドに手のひらをついたのだった。
(アザレアが起きたら、なんと声を掛けたらいいのだろう……)
掛ける言葉が見つからない。実親の、自分への態度や行動に憤る気持ちは痛いほど分かるのに。
サフタールは現ブルクハルト国王の庶子である。生まれてすぐに母は亡くなり、彼は医法院へ預けられた。
王の子だというのに、王城で育てられることはなかった。
今はイルダフネ侯爵家の次期当主として国王に謁見することはあるが、国王から自分を捨てたことに対し、謝罪されたことはない。今更謝られたところで困るだけだとサフタールは分かっているが、その事実が今でも彼の心の中で燻っている。
五歳の時にイルダフネ家へ養子に入り、義理の両親であるツェーザルとリーラに愛されて育った。自分にとって彼らこそが両親だという考えはある。……だが。
それはそれ、これはこれなのだ。
実の父親への蟠りは、なかなか消えてくれない。
サフタールはそう思う一方で、ストメリナの気持ちは理解できないと思う。
自分よりも目を掛けられている下のきょうだいを憎む気持ちが、分からないのだ。
王太子であるオイゲンの顔を思い浮かべる。
サフタールよりも四歳下のオイゲンは、国王と正妃の間に生まれた男子だ。
幼い頃から自分を兄と慕ってくれるオイゲンのことは心から可愛いと思っている。
(王位継承者であるオイゲン殿下を「大変そうだ」と思うことはあっても、オイゲン殿下を恨むことなんて……)
いくら血の繋がった兄弟とはいえ、オイゲンは王太子、自分は筆頭とはいえ一介の貴族に過ぎない。
兄として弟を溺愛したいという気持ちを抑えることはあっても、憎いだなんて思ったことはまったくない。
(私がオイゲン殿下を可愛らしく思えるのは、父上と母上のおかげかもしれないな……)
実の父親から愛されなくても、ツェーザルとリーラから愛されている。その余裕が、自分にオイゲンを愛しく想う気持ちを与えてくれたのかもしれない。
(ストメリナ様は孤独だったのだろう……。だからと言って、アザレアにしたことは許せないが……)
アザレアの寝顔を見つめていたサフタールは、ふとあることに気がつく。よく見るとアザレアの髪の色が、うっすらだが銀髪になりかけているのだ。
(……魔法を使いすぎたせいか?)
アザレアはかなり魔力が多い方だが、それでも炎魔法を連発するのは辛かったのだろう。
サフタールの捕縛魔法があっさり彼女に効いたのも、魔力が欠乏していたからかもしれない。
(アザレアの魔力を回復させなくては)
魔力の欠乏は、体調不良に繋がる。
アザレアの魔力を回復させたほうがいいと思いつつも、サフタールは躊躇する。
魔力を回復させる手っ取り早い方法は、口移しで分け与えることだからだ。
(婚約しているとはいえ、私達はまだ結婚前だ。唇を触れ合わせるなんて、そんな破廉恥なまねをしても良いものだろうか……)
いくらアザレアのためとはいえ、寝ている彼女に勝手に口づけてもいいものだろうかと、サフタールは胸の前で腕を組むと、うんうんと悩み出した。
そして、十分が経過した頃、彼はどうすべきか結論を出した。
(これはアザレアを助けるための行為だ)
けして彼女と口づけしたいからとか、そんな不埒な気持ちではない。
そう言い訳しながら、サフタールは椅子から立ち上がると、アザレアが眠るベッドに手のひらをついたのだった。
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