義姉から虐げられていましたが、温かく迎え入れてくれた婚家のために、魔法をがんばります!

野地マルテ

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第51話 今、一番辛いのは

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「あぁぁっっ!!」

 アザレアは泣き叫ぶ。
 ゴッッ……と乾いた音が、坑道内に響く。
 彼女の拳が、大公の頬にめり込んだ。

「ぐっ……!」

 大公はその場に尻餅をつくと、頬を手で押さえた。

「アザレア! 落ち着くんだ!」
「いやっ! 離してぇっ!!」

 さらに拳を振り上げようとするアザレアを、サフタールが羽交い締めにする。

「くっ……! 捕縛!!」

 アザレアに魔法を使われたら敵わない。
 サフタールは補助魔法の「捕縛」を使い、アザレアの動きを止める。
 そしてサフタールはアザレアに「睡眠」の魔法も追加で掛ける。
 腕の中にいるアザレアの力がふっと抜けた。サフタールは気絶した彼女を腕に抱き抱えると、大公をキッと睨む。

「……まずはここから脱出しましょう」
「私の魔法を使おう。……転移!」

 大公が片腕を上げると、一瞬にして周囲の景色が変わった。周囲は岩壁になっているが、どうやら外へ出られたようだ。
 風が吹き、サフタールは思わず深呼吸した。

 大公は羽織っていた外套を脱ぐと、変わり果てたストメリナの顔と身体を覆う。

「大公閣下、私がストメリナ様を運びましょう」
「いや、いい……。私が運ぼう」

 クレマティスの申し出を大公はやんわりと断る。
 そして大公は腕に魔法を掛けると、ストメリナを抱き上げた。

「……婿殿。今回の件はすべて私に責任がある。賠償は必ずしよう」
「大公閣下、ストメリナ様は……」
「……しばらくしたら、病で倒れ、亡くなったことにする。ここで亡くなったことにはできないからな」

 ◆

「アザレアッ!!」
「アザレアちゃんッ!?」
「サフタール……!」

 サフタールは気を失ったアザレアを抱きかかえたまま、イルダフネの城塞へ戻った。
 アザレアは錯乱していた。王城へは戻らず、イルダフネで休養すべきだとサフタールは判断した。
 城塞の前では、魔道士のローブ姿のゾラとリーラ、それにツェーザルがいた。三人とも「もしも」を想定し、城塞の前でバリアを張り続けていたのだ。

「アザレアは無事です。……詳しいことは後でお話しします。まずはアザレアを休ませてもいいですか?」
「分かったわ。救護室が空いてるから、使って」
「ありがとうございます、母上」

 消毒の匂いが薄く香る真っ白な救護室に入り、奥のベッドにアザレアを寝かせる。すでに浄化の魔法はかけていて、煤汚れていた彼女の顔は綺麗になっていた。

「アザレア……」

 ゾラとリーラは救護室の外へ出た。
 救護室にはサフタールとアザレアの二人が残される。
 サフタールはアザレアのすべらかな頬を撫でた。
 彼女の目の下には涙の痕が残っている。

 (私の危険予知は外すことができたが……)

 クレマティスの号泣と、大公の高笑い。
 この二つの危険予知はとりあえず回避できた。
 ディルクとストメリナの交戦は避けることができなかったようだが、ディルクは一応無事だ。
 
 (だが、アザレアの心は深く傷ついた……)

 あの場にアザレアが居合わせことで、展開が変わった。だが、アザレアはストメリナの本心と、彼女の出生の秘密を知ったことで酷く傷つくことになった。

 (大公閣下……)

 大公は正妻と異母弟への復讐心をストメリナにぶつけた。
 ストメリナがアザレアにやってきたことはけして許されることではないが、大公が二人の娘に関心を払い、平等に愛を注いでいれば、姉妹の対立を防げた可能性は高い。

 サフタールの心にも、ふつふつと怒りが湧いてくる。
 だが、冷静にならなければならない。
 今、一番辛い思いをしているのはアザレアなのだから。
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