義姉から虐げられていましたが、温かく迎え入れてくれた婚家のために、魔法をがんばります!

野地マルテ

文字の大きさ
54 / 57

第54話 右手をじっと見つめる

しおりを挟む
 アザレアは自分の右手をじっと見つめる。

「……ごめんなさい、サフタール。恥ずかしいところを見せてしまって」

 婚約者に取り乱すところを見られてしまった。
 いくら大公の非道すぎる行いに怒ったからと言って、頬をいきなり殴りつけるのはよくなかった。その場面をサフタールに見せたのも最悪だ。
 でも、あの場では冷静になれなかった。まだ、心の中が落ち着かなくてざわざわする。

「私がアザレアの立場だったとしても、同じことをしていたと思います……いや、もっと激昂していたでしょうね」
「サフタールが?」
「……はい。私は普段なんとか領主家の人間の顔を取り繕っていますが、実はけっこう矮小なんですよ。人としての器が」
「サフタールは矮小なんかじゃないです」

 アザレアは身体をベッドに横たえたまま、首を横に振る。

「……申し訳ありませんでした」
「どうしてサフタールが謝るのですか?」
「あなたに辛い思いをさせました」
「……サフタールが悪いんじゃないです。すべてはお父様が悪いんです」

 (……ストメリナの両親のことは、ストメリナには関係ないのに)

 大公は、異母弟や妻に裏切られ、辛い思いをしたのかもしれないが、それをストメリナにぶつけるのは間違っている。
 ストメリナが憎いのならば、いっそ彼女を母親の祖国である帝国に返せば良かったのだ。
 そうすれば、ストメリナは少なくとも肉親と暮らせたはず。

 アザレアの瞳から、また涙が溢れ出す。

「お父様は最低……最低です」
「アザレア……」
「でも、ストメリナに同情はしません……。ストメリナも、それを望んでいないでしょう……」

 大公のことは憎い。だが、ストメリナには同情しない。彼女がそんなことを一縷も望んでいないからだ。

「私はこれから……どうしたら」
「なかなか気持ちの整理はつかないと思います。辛くなったら、いつでも私に吐き出してください」
「ありがとうございます。サフタール……」

 (サフタールは、優しい)

 大事な魔石鉱山があんなことになって、これからサフタールは大変になるはずだ。それでも今、自分の手を握り、励ましてくれる。こんなに優しい彼が矮小だとは思えない。

 二人が手を握り合っていると、救護室のベルが鳴った。
 サフタールは名残惜しそうに、アザレアの手をゆっくり離す。

「アザレア、少し席を外します」
「私はもう大丈夫ですから、行ってきてください」

 ◆

「若様!」

 サフタールが救護室を出ると、廊下には魔道士のローブを着た男達がいた。

「お前達、体調や気分は大丈夫なのか?」
「ええ、ストメリナ一行に倒されたのはデコイ達ですから、我々本体は無事です」

 魔石鉱山の入り口を守っていた魔道士達は、実は人間そっくりに造られたデコイであった。
 魔石鉱山はいつ何時誰に狙われるか分からない。
 そこでサフタールは医法院と、エレメンタルマスターの魔道士を模したデコイを共同開発したのだ。
 デコイは精巧に造られており、傷つけば血を流す。
 事情を知らぬ人間には、デコイだと見破ることは困難だろう。

「……だが、デコイはお前達と精神的に繋がっている。巨氷兵に斬られ、痛い思いをしただろう」
「斬られそうになった瞬間、接続を切りましたから平気ですよ。……ですが、やはりデコイでは限界がありますね。バリアは張れても、まともに戦えません」
「ふむ……」

 デコイはエレメンタルマスターが使うような高難易度のバリアは張れても、襲撃があった際、とっさに動くことが難しい。
 デコイと本体となる人間は精神的に繋がっていて、本体はデコイへ指示は出せるが、多少のタイムラグが生じるからだ。
 戦では、そのタイムラグが命取りになる。

「やはり本体が医法院にあっては、何かあった時にすぐ動けません。我々もこれからは魔石鉱山へ常駐します」
「駄目だ。夜間のあの場所は危険すぎる。これからもデコイで守っていこう」
「しかし、若様!」
「人命は失われれば取り返しがつかない。もっとデコイの性能を上げていこう」

 (彼らを魔石鉱山に常駐させていなくて良かった……)

 サフタールは腹から息を吐き出す。
 もしもの時を考え、デコイを置くことにして本当に良かったと思う。

 サフタールはアザレアが眠っている間、魔石鉱山の襲撃シーンを映した動画を見ていた。魔道具が撮影したそれは、恐ろしいものだった。
 ストメリナが呼び出した巨氷兵が、魔道士のデコイを襲い、四肢を刎ね回っている様を見てゾッとした。
 あれが生身の人間だったらと、考えるだけで背筋が凍る。

「若様、今代わりのデコイが魔石鉱山へ向かっています」
「ありがとう。また変わったことがあったら教えてくれ」
「はっ!」

 魔道士の男達は去っていく。
 サフタールは彼らの背を見送ると、自分の唇に指先で触れながら、俯いた。

 (結局、できなかったな……)

 サフタールはアザレアに口づけることが叶わなかった。その前に、彼女が目覚めてしまったからである。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...