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しおりを挟む「ごめんなさい。もう何十回も言ってますけど、あなたとは結婚できません」
今日も今日とて私は目の前にいる金髪碧眼の美丈夫、ロレシオに頭を下げる。
「どうしても駄目なのか? マリヴェル……」
すがるような声と揺れる大きな青い瞳に決心が揺らぎそうになるが、ぐぬぬとなんとかこらえる。
「どうしてもダメです!」
これでもう何回目だろうか。ロレシオにはじめてプロポーズされたのは私が十三歳、彼が十六歳の時だった。あれから七年の月日が経つけれど、あいも変わらず彼は私に求婚し続けている。
断るのは正直に言って、とても辛い。ロレシオは何しろ魅力的な男だ。少し癖のある金髪に切れ長の瞼から覗く碧眼、すらりと背は高く脚は長い。惚れぼれするような容姿を持つ上に、家柄もとても良かった。彼は名門侯爵家の嫡男で、現在彼は王家に仕える近衛騎士だ。職業も安定している。
こんなに条件の良い男に求められて、断るのはかなりの精神力が必要だった。正直、自分が弱っている時にプロポーズされたら頷いてしまうかもしれない。それぐらいロレシオは超・優良物件だった。
というか、私はぶっちゃけ彼の事が好きだ。好きだから、想っているから、大切な幼馴染だから、結婚を断り続けている。
「お願いだ。何もかも君の言う通りにするから! 君のドレス商の仕事も応援するし、無理に私と同居しろとは言わない。侯爵家の仕事に関われとも言わない。侯爵夫人としての役割も一切押し付けない。契約書も交わそう。だから……だから頼む! 私と一緒になってくれないか?」
問題はこれである。ロレシオは自分を犠牲にしてでも私と結婚しようとしているのだ。私はこれが嫌だった。彼の家は名門侯爵家、当主夫人の尽力なしに家を切り盛りするのは難しい。しかも彼は騎士の仕事に就いている。妻の支え無しに家を継ぐのは困難なのである。
私はそれこそ彼とは赤ん坊の頃からの付き合いなので、彼の家の事情を嫌というほど知っている。
だから私は彼と結婚できなかった。私に侯爵夫人の役目は務まらない。彼と結婚し、自分の手腕のせいで名門モンシプール家を没落させたらと思うと、怖くて求婚を受けることなど出来なかった。
「ダメです。だいたい、モンシプール家はどうするんです? 当主夫人の力がないと切り盛りなんか出来ないでしょう?」
「私の代になったら、家令を使って執務を回していこうと考えている。それに私も騎士を退役する。君の力がなくても何とかなるさ」
なんて楽天的なのだろう。絶対に無理だ。私はドレス商をしているから分かっているが、女性同士の繋がりはそれはそれは大事なのだ。この人は完全に貴族の役目を舐めている。……というより知らないのだろう。何故なら彼は騎士だから。家も七年前に出たままなのだ。
「むぅーりーですぅ!」
「無理じゃない!」
「だいたい何で私なんですか? 他にも年頃の娘さんはいくらでもいるでしょうが!」
「そ、それは……とにかく君がいいんだ!」
きゃんきゃんきゃんきゃん。私たちは子犬の喧嘩のように言い合い、いつも日が暮れそうなところでお腹が鳴り、「夕飯でも一緒にどうですか?」となる。
「そうだな、何が食べたい?」
「奢ってくれます? 私、ヴァリジーニが食べたい気分なんです!」
お腹はすでにぐるぐる鳴いている。喧嘩をするとお腹が減るのは何でだろうか?
「ヴァリジーニ?」
「薄切りの豚肉で詰め物を巻いたトマト煮で、白ワインととっても合うんです! 良いお店を知っているので、一緒に行きませんか?」
もちのろん、ちょっと値のはるお店だ。ちょうど行きたいお店があってタイムリーだった。
「腹の音がうるさいな、すぐに行こう」
「プロポーズした女の腹の音に言及しますか?普通」
「プロポーズを断った男の前で腹の音を鳴らせる君も大概だぞ」
ロレシオは呆れ顔だが、嬉しそうだ。彼も私もかなりの食いしん坊である。赤ん坊の頃からの付き合いなので、食の好みもお互い熟知していた。
「ほら、行きましょう!」
私は彼の腕をぐいぐい引っ張った。このまままた喧嘩が始まれば、夕飯を食べ損ねてしまう。私はロレシオを引きずるようにして、目的の料理屋を目指した。
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