ハイスペックすぎる幼馴染からしつこく求婚されて困っています!

野地マルテ@2月27日『帝国後宮録』発売

文字の大きさ
2 / 7

02

しおりを挟む




「美味いな」

 私の目の前で屈強な肢体をもつ、甘やかな美男子が青い瞳をきらきらさせて、顔を綻ばせている。目にも鮮やかなトマト料理とお酒、雰囲気の良い店内、空調がほどよく効いた個室、そして目の前には良い男。

「最高ですね……!」

 すでにボトル一本開けた私は上機嫌だった。くすぐったいような小さな高揚感がおさまらない。きっと蕩けたような顔をしていることだろう。

「マリヴェル、ペースが早すぎないか? ヤケ酒を煽りたいのはこっちのほうだ」

 ゴキゲンな私とは裏腹に、ロレシオは顔をしかめる。彼は私が持っていたグラスをひょいと奪いとると、ぐぐっと一気に飲み干しやがった。

「ああーっ! 何するんですか!」
「このままではまた酔い潰れるぞ?」
「潰れたらいつもどおり家まで送ってください、先にカギを渡しますから」

 いそいそと私は鞄のなかから部屋のカギを取り出すと、彼の大きな掌に握らせた。私は伯爵家の娘だけど一人暮らしをしている。運営しているドレス商の工房の一室で毎日寝泊りしているのだ。

「……君は私のプロポーズを断ったよな? 少しは警戒したらどうだ」

 ロレシオは怪訝な顔をして銀色のそれを摘んで持ち上げている。そうですね、今日も今日とてあなたは私にプロポーズしましたね。
 理解できないとばかりに彼は眉間にしわを刻んでいる。
 確かに私の行動は軽率そのものだ。分かっている。しかし今日の私はプロポーズを断った相手に部屋のカギを自ら進んで渡すぐらい、自暴自棄になっていた。

「大丈夫! いざそういうことになっても、私は月経不順で悩んでいて、毎日ホルモン剤を飲んでますから妊娠しませんよ!」
「妊娠するしないの問題じゃないぞ? 君に明らかに好意のある男を家にあげるんじゃない!……いや、好意が無くてもダメだ!」

 ロレシオは誇り高き騎士である。実は彼の前で酔い潰れたことは一回や二回ではないが、手出しされたことは一度もない。彼のことは信頼しているし、もしも信頼を破られたところでノーダメージである。
 なぜなら私は彼のことが大好きだからだ。

「うるさいな~。辛いことがあったんですよおお~~お酒ぐらい好きに呑ませてくださいよぉ~~」
「辛いこと? 私からプロポーズされたことか?」
「それはいつものことじゃないですか……」

 彼からのプロポーズはもはやルーティンである。それに嫌なことではない。困ったことだ。断るのが面倒なだけである。あと心が痛いだけだ。

 なんかロレシオが愚痴を聞いてくれそうな雰囲気を醸し出していたので、ついつい私はお酒の勢いもあって、家の事情をつい、……口をすべらせてしまった。

「ぐすっ、兄のステファンが、うちの家督を放棄したいって言い出したんです」
「ステファンが?」

 私たち兄妹は何故か商才に恵まれていて、私はドレス商、兄は貿易会社を起こしていた。しかしうちはそこそこ裕福な伯爵家。いつかは誰かが跡目を継がなきゃいけない。

「兄の貿易会社が軌道にのりすぎて……兄は貴族の身分を捨てて商人になると言い出して」
「ステファンらしいなぁ」

  ロレシオは呆れたような、関心したような、そのどちらとも取れるようなため息を漏らす。うちの兄とロレシオは同い年だ。仲が良かった。

 ここ数年うちの兄は仕事で外国へ行ったままだった。いつかは帰ってきて家を継ぐものだと思っていたのに、やっと帰ってきたと思ったら家督を放棄するだなんてあんまりだ。

「タチの悪いことにうちの両親も兄の夢を応援してるんです」
「……モルガン家の家督はどうするんだ?」
「それなんですよ」

 私は空になったワインのボトルをぐぐぐと握りしめる。思い出したらまた涙が出てきた。

「急に両親が私に婿を取れと言ってきたんです」
「なんと……」
「ひどいと思いません⁉︎」

 バンッと私は空いたほうの手のひらをテーブルに振り下ろす。両親の横暴すぎる要求に嗚咽が止まらなくなってきた。両親はさっそく婿にきてくれそうな男を何人か見繕うという。私は目の前が真っ暗になったが、それでも希望がないわけでは無かった。

「でも、婿取りなら、最悪ドレス商はやめなくても済みますから」

 そう、それだけが救いだった。愛のない結婚をするかもしれないが、やりがいのある仕事は残る。
 それに長年悩んできたロレシオからも求婚されなくなる。彼は名門侯爵家の嫡子だ。これで私と結婚できなくなる。嫡子が他家へ婿に行くことなどありえないからだ。

 その事実に胸の奥が焦げるようにじりりと痛むが、やっと彼への気持ちに整理がつきそうだ。さようなら、私の初恋……


「そうか、では私も実家の家督を捨てよう」
「んっ?」

 私が長年燻っていた淡い恋心と決裂しようと、涙が出そうな目を固く瞑り、奥歯を噛み締めていると、ふいに頭上からとんでもない言葉が振り下ろされた。

 ──いま、家督を捨てるって言った?ロレシオ?


「……なんて?」
「ああ、家督を放棄しよう」
「誰が?」
「私がだ。うちは幸い弟が三人もいるし、父も元気だ。なんとかなるだろう」
「どうして……? なんで?」
「マリヴェルの家の婿になろう。私がモルガン家を継げば、何の問題もない」

 ──えっ、え、……は?

 ロレシオは極上の柔らかい笑みを浮かべて、テーブルの上に沈んでいる酔っ払いの私を見下ろしている。
 問題がない? は?


「だ、だめですよ!」

 がばりと起き上がる。ダメだ!それだけはダメだ!

「何故だ?」
「モンシプール家の相続権を捨てるだなんて、そんなのダメに決まってるじゃないですか!」

 皆が皆、喉から手が出るほど欲しがる大貴族の爵位だ。私は貴族の役目が心底めんどくさいと考える変わり者なので、絶対にいらないし、大貴族の嫁になんか死んでもなりたくないが、ロレシオにとっては無くなった困るものだろう、侯爵の地位は。

「マリヴェルとの結婚の足枷になる、侯爵位なぞいらない」
「なっ──」
「君が私の求婚を断っていたのは、侯爵夫人になるのが嫌だったからだろう? 私が君の家の婿になれば、何の障壁もなくなる」

 何を言っているのだろう。うちも確かに貴族だが、彼の実家の格に比べれば足元にもおよばない。彼がうちの婿になるメリットはゼロだった。

「そんなの、あなたのご両親が許すわけないじゃないですか!」
「許す許さないの問題じゃない。私はマリヴェルと結婚したいんだ。君とともに生涯を歩みたい」
「ロレシオ……」
「マリヴェル、君を愛している。私を君の家、モルガン家の当主にしてくれ」

 恭しく両手を取られ、熱っぽい視線を注がれる。彼の青い瞳は真剣そのもので、私の心臓はどくんと跳ねた。

  お酒が入りすぎて回らない頭、目の前には大好きな男の人、他家の嫁にはなれなくなった自分。
 なにより、私は自分が想像していたよりも「ロレシオと結婚できなくなった」自分に絶望していた。それなのに、彼は自分の家督を捨ててまで、私と一緒になると言っている。

「はい……」

 気がついたら、私はロレシオのプロポーズに頷いてしまっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?

江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。 大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて…… さっくり読める短編です。 異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

幼馴染の執着愛がこんなに重いなんて聞いてない

エヌ
恋愛
私は、幼馴染のキリアンに恋をしている。 でも聞いてしまった。 どうやら彼は、聖女様といい感じらしい。 私は身を引こうと思う。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

処理中です...