【R18】侯爵令嬢は騎士の夫と離れたくない

野地マルテ

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およばれ

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「すまない。王城まで呼び出してしまって」
「いいえ、いいんですよ。私もそろそろマルク様にご挨拶をした方が良いと思っていましたし」
「そう言って貰えるとありがたい」

 リオノーラの気安い笑顔に、アレスは眉尻を下げる。
 二人は王城内の廊下を歩いていた。厚手の絨毯が敷き詰められた細長い空間は、この国の王の自室に繋がっていた。

「はぁ、なんだか緊張しますねえ」

 髪を緩やかに編み上げ、王の御前にふさわしいドレスを着たリオノーラは胸に手を当てる。
 今から会う相手は父親違いの弟だが、一国の主だ。そして、夫の主君でもある。失礼があったらいけない相手だと思うと鼓動が早くなった。

「緊張する必要なんて無い。陛下は君に会えるだけで大喜びされるはずだ」
「そうですかねえ」

 アレスがそう言うのなら、そうなのかもしれないとリオノーラは思う。何度も会ったことがあるわけではないが、マルクは気さくで明るい王だ。下手に緊張したり、かしこまったりすると逆に場が白けてしまうかもしれない。
 リオノーラは手のひらをじっと見つめると、その上に短い指をなぞらせ、ぽいっと口の中へ何かを放り込む動作をした。

「何だ、それは?」
「緊張しないおまじないですよ。これから会う人の名前を手のひらに書いて口の中へ放り込むと、いざその人と対面しても緊張しないのです」
「それは良いことを聞いた。俺の口にも放り込んでくれ」
「ええ? 旦那様もマルク様にお会いするのに緊張するのですか?」
「まぁな。いつだって緊張している」
「それは大変ですね」

 リオノーラは手のひらにマルクと刻むと、屈んだアレスの口許へ持っていく。手首を使って放った瞬間、ふっと手のひらに息が掛かる感覚を覚えたリオノーラは、笑い声を漏らす。

「ふふっ、くすぐったいで……」
「あーー‼︎ 遅いと思ったら!」

 前方から突如聞こえた不満声に、二人はバッと振り向く。
 そこにはこの国の王、マルクがいた。


 ◆


「二人とも、来るのが遅いと思ったら廊下でイチャイチャしてるんだもん。なんなの?」

 赤い髪の若い男はぷくっと頬を膨らませる。
 マルク、こと、マルドゥーク九世。この国の歴とした王である。

「お待たせして申し訳ございませ」
「人がせっかく妻とイチャイチャしていたのに、邪魔するとは何様のつもりですか」
「王様のつもりだよ!」

 リオノーラの謝罪をアレスは遮ると、不遜に満ち満ちた言葉を主君に返した。思わずリオノーラは夫の顔をまじまじと見上げる。
 アレスはマルクがまだ五歳だった頃からの付き合いがあるとはいえ、今の発言は失礼過ぎやしないか。
 さっきはマルク相手に緊張すると言っていたのに。
 腑に落ちないと思いながらも、なんとなく口を挟めず、リオノーラは案内されるがまま、白いクロスが掛けられたテーブルの前の椅子に腰掛けた。

「わっ、素敵なティーセット!」

 テーブルの上には目にも楽しいスイーツがずらりと並んでいた。
 色とりどりの一口サイズのケーキに卵やきゅうりを挟んだミニサンド、美味しそうな焼き菓子が並ぶ。食器も飾られた花も美しい。

 テーブルの奥では、アレスが侍女から台車を受け取っていた。どうも、彼がお茶を淹れてくれるらしい。

 (絵になるわね……)

 ティーポットに茶漉しをセットし、熱湯を注いでいるだけなのにむちゃくちゃカッコいい。騎士服を一分の隙なく着こなした美形が、自分の為にお茶を淹れてくれるなんて。何と贅沢なことか。
 ときめきすぎて寿命が縮まりそうだ。

「うふふ。旦那様にお茶を淹れて貰うだなんて。寿命が縮まりそうですわ」
「毒は入れていないぞ」

 よく分からないが睨まれてしまった。リオノーラはこてんと首を傾ける。褒めたつもりなのに怒られてしまうことがたまにあった。

「リオノーラ、寒くはないか? ここは冷えるから膝掛けを使うといい」
「あら、ありがとうございます」
「この菓子は君の好みだと思って、俺が用意したんだ。このミニサンドも、今日の茶会のために料理人と打ち合わせを重ねた。喜んで貰えると嬉しいのだが……」

 あれ食べるかこれ食べるか寒くないかお茶のおかわりはいるかと何かと世話を焼いてくれるアレス。この場にいるのが自分達だけならば良いが、向かいにはぽつねんと一人で茶を啜っているマルクがいた。
 マルクの目はあきらかに沈んでいる。

「あの、旦那様……。私は大丈夫ですから、マルク様を……」
「兄上、僕も膝掛け欲しーい」
「自分で持ってきてください。俺は忙しいので」

 マルクはアレスのことを兄上と呼んでいる。
 二人は実の兄弟のように気の置けない仲なのだろうが、見ているこっちはハラハラする。
 リオノーラの脳裏には、不敬罪の文字が浮かび上がる。背に汗が浮いた。


 結局、変に緊張したままお茶会は終わった。
 せっかく豪華なお茶会セットを用意してもらったのに、味はよく分からなかった。
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