14 / 34
私は貴方のことが嫌い
しおりを挟むううっと小さく呻く声がした。
はっと顔を上げると、そこにはうっすら翡翠色の瞳を開けているエリオンがいた。
「旦那様……!」
「アレクシア……。……顔に傷が出来てしまったな、すまない……守りきれなくて……」
掠れた声で謝罪するエリオンに、ふるふると大きく首を横に振る。
じんわり広がる安堵感で胸がいっぱいになる。やっと、エリオンが目を開けてくれた。
このまま死んじゃったらどうしようかと思った。
「すまなかった……。この数日、俺は君に金を残したいばかりに酷いことをしてしまった」
エリオンはどこか痛むのか、ずっと顔を顰めている。絞り出すような声に涙がとまらない。
意識を取り戻してくれて、本当に良かった。
「金を残す……?」
「どこから説明をすればいいか……。聞いてくれるだろうか?」
エリオンの手を取り、うんうんと頷く。目覚めたばかりの怪我人に何か話をさせるのは良くないんじゃないかと思ったが、この機会を逃すと彼はまた黙りを決め込んでしまうんじゃないかと思い、怖かった。
「はい……。話してください。でも、無理はしないでくださいね」
私はエリオンの手を握る、両手の力を強めた。
◆
エヴニール家の当主になる際、最初は結婚するつもりは無かったとエリオンはつぶやいた。
「貴族の社交場には妻帯が必須だと兄から言われても、俺は結婚に乗り気じゃなかった……。女性は面倒な生き物だと俺は思いこんでいて、妻の相手なんか出来ないと兄に言ったのだが……気がついたら、兄は君の家と期限付きの婚姻関係を結んでいた」
そうだろうなと思った。
はじめて私と会ったエリオンは、死んだ魚のような目をしていたから。
私の地味な顔や毛色を見て、さぞやがっかりしたのだろう。
私はお世辞にも美人とは言えないから。
事実をかなしく思い、俯いていると、エリオンはまたとんでもないことを言い出した。
「女性の美の基準はよく分からないが、はじめて逢った君の腰回りの線はいいなと思った」
──こいつぅ……。
なんでこの人は人の身体ばかり見ているのか。いや、まだ若い男なんだから色欲で女性を見るのは仕方がないのかもしれないが、それをわざわざ口に出して言うか普通。
やっぱりこの人はおかしい。
いくら顔がよくても、女性の身体についてアレコレ言うのは許されないだろう。
「他の女性と比べないでください! 不愉快です!」
「他の女性? 俺は誰かと君を比べてなんかいないし、そもそも君としか性的な経験はしていないが……」
「嘘! そんな嘘、通用しませんよ!」
「嘘って……。俺は結婚が決まって、王宮から来た閨指導員に猛特訓をさせられたんだ。毎日毎日、蒟蒻芋粉で作った女性器に指を入れさせられて、こんなもん何が楽しいのかと思ったが……」
私との結婚が決まり、義兄がエリオンのためにと呼んだ閨指導員は五十代の夫婦だった。彼らはありとあらゆる性技を彼に叩き込んだらしい。
「五十代の夫婦のまぐわいを毎日見させられた」
「……」
「子どもを作る行為はなんて大変なんだろうと思ったし、ぜったいにしたくないと思っていたんだが……」
しかしまだ二十歳の健康的な女性である私がお嫁に来て、それはそれはエリオンは高まったらしい。いかに性的に私の存在が刺さったのか嬉々として語られたが、とうぜん嬉しくない。性的な対象として見られないのも辛いが、そういう目でしか見られないのも微妙だ。
が、エリオンには私に手出し出来ない事情があったらしい。
彼は結婚前から、武力蜂起──つまり植民地で反乱が起き次第、西国へ行くことになっていたのだ。
「俺は兄がエヴニールへ戻り次第、西国の植民地へと出征する。反乱軍との戦いはたいへん厳しいと聞いている。俺は西国で命を落とすかもしれない……。それを考えると、君と仲良くするのはよくない事だと思ったんだ」
私と仲良くすれば、自分が死んだ時に私が悲しむと思い、エリオンは敢えて私と距離を取ったらしい。
ワケが分からない。
今は戦乱の世だ。
皆が皆、いつ命を落とすか分からない世に生きている。
いつか来る永遠の別れを恐れて、距離を空けるなんて馬鹿げた考えだ。
「それで、結婚から半年間も私を無視したんですか?」
「ああ……」
「……私、あなたと一言も口をきかなくても、あなたが死んだらとても悲しんだと思います」
彼の兄ほどではないにせよ、エリオンもこの屋敷の人達から愛されている。そんな愛されている存在が亡くなったら、私は辛く思っただろう。たとえ、自分の存在を無視されていたとしてもだ。
「毎日、一緒に朝ごはんを食べてた人が亡くなったら辛いですよ……」
「アレクシア……」
「……私にそんな気なんか使わなくても良かったのに」
すんと鼻を鳴らす。短い間でも、私はエリオンと仲良くしたかった。たとえ死に別れたとしても、仲良くしたせいで悪い方向へ転ぶ事なんかなかっただろう。
エリオンと私とでは、徹底的に考え方が違うのだ。
ここで一つの疑問が浮かぶ。
エリオンは死に別れる事を恐れて私と距離を取っていたのに、なぜ、急に添い遂げようと言い出したのか。
「俺が西国の植民地で戦死した場合、妻には多額の死亡補償金が入る。しかしこれは無期限の婚姻を交わした相手にのみ、入る金なんだ。契約妻には支払われない。俺はその事を知って、いてもたっても居られなかった。すぐにでも君と無期限の婚姻関係を結ばねばならないと思った」
「それで私を抱いたのですか……?」
「閨指導員から、俺は筋がいいと言われていたんだ。性的に迫れば落ちない女はいないと言われて……間に受けてしまった」
──なんですって……!
もうムカムカした。身体だけ貪られても、心はついていかないのに。
何より腹が立つのは、私にお金を残すために、婚姻契約を二年の有期から無期限にしようとしたことだ。
この人は、死んで利益が出る契約を私と結ぼうとした。
私に、何の説明もなく!
「旦那様のばか!」
「あ、アレクシア?」
「ばか、ばかぁ! 貴方が死んで出る、お金なんかいらない‼︎」
どんどんとベッドの上を叩く。
「私、二年間だけでも、短い間だけでも、あなたと仲良くしたくてお嫁に来たのに! どうして何でも自分一人で決めて、勝手にすすめちゃうの? 信じられない! ……私、ぜったいに貴方と別れますから‼︎」
いきなりわあわあ喚き出した私に、エリオンはあっけにとられている。もう最悪だ。
エリオンはエリオンなりの考えがあって、私と距離を置いていた。それは分かる。でも、半年間も口をきかないなんてあんまりだ。朝の挨拶だけ交わす夫婦なんて、夫婦じゃない。
心が通いあってないのに、死亡補償金のためだけに無期限の婚姻関係を結ぶのも嫌だ。エリオンの死なんか一縷も望みたくないのに。
「ごめん、アレクシア! 俺は……俺はその……!」
「言い訳なんか聞きたくない! 絶対に西国から生きて帰るって、誓って! 謝罪なんかもう聞きたくないの! 私はあなたのことが嫌いだけど、大嫌いだけどっ! あなたにぜったいに死んでほしくない! 生きてっっ‼︎」
部屋に私の泣き声が響く。
もう最悪だ。
「ああ、ああ、誓うよ。……絶対に生きて帰る」
私の手を取り、握りしめ、エリオンは言う。
西国へ出征するという話も、もっと早くに聞きたかった。どうして何も言ってくれないのか。義兄が戻ってきても、エリオンはここにいると思っていたのに、ひどい裏切りだ。かなしい。つらい。肝心なことを何も言ってくれないこんな薄情な人と、真の夫婦になんかなれない。
私はエリオンが嫌いだ──。
32
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる