契約妻と無言の朝食

野地マルテ

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新たな関係

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 仮住まいで過ごす最初の夜。エリオンが手作りしたという夕食を囲んだ。
 カブと人参のクリーム煮も、ニンニクとチリだけで炒めたシンプルなパスタもとても美味しかったが、特に感動したのはメインディッシュの肉料理だ。鴨だろうか。ローストされた薄切り肉の上にはベリーのような甘酸っぱいフルーツソースが掛かっていて、これがもう頬が落ちそうになるぐらい美味しかった。
 鴨もローストも得意じゃないが、これならいくらでも食べられそうだ。
 
「美味しい! しっとり柔らかくて食べやすいです!」
「良かった。料理は昔から得意なんだ」
「えっ、料理なんて出来たんですか?」
「ん? フレデリクが言ってなかったか? エヴニール家で毎朝出していた食事は俺が作ったものだが……」
「うそっ、嘘ですよね?」
「そんな嘘をついて何になる」

 ここにきて衝撃の新事実が発覚する
 私がエヴニール家で食べていた朝食は、なんとエリオン自ら用意したものだった。

「まっ、まさかパンもスープもエリオン様が……?」
「そうだ。ジャムも手作りだし、ハムも自分で燻製にした。料理は唯一の趣味だからな」

 いやいやありえないだろう。
 そう思ったが、この人は何かと規格外なところがある。ちまちま下ごしらえしたり、朝も早くから調理場で色々やっていてもおかしくないのかもしれない。いや、想像できないけど。
 ふつう料理が趣味な人が、朝、羊皮紙に視線を落としたまま食事をするだろうか。
 うちの実家の父も料理が好きな人だが、食べることにも全力だったのでかなり違和感がある。


「君はいつも美味しそうに食べるし、色々アレンジしてもりもり食べてくれるから作りがいがあったよ。君が妻で本当に良かったと思った」

 それならそうと言ってくれれば良かったのに。本当にこの人は肝心なことほど言葉が足らない。
 あの朝食をエリオンが本当に作っていたのなら、メニューのこととか味の感想を言いあって、朝の時間をもっと楽しく過ごすことが出来たのではないか?

「塩パンも、野菜のポタージュもハムもぜんぶ好きでした……」
「そうか。パンに横から切れ目を入れて、野菜やハムを詰めている君を見てそういう手があったかと思ったな。……嬉しそうに食べてくれる君が好きだった」

 あれはやけっぱちでやった行為だ。
 どんな話を振っても聞いてるんだか聞いてないんだか、ろくな返答をしてくれないこちらを見てくれないエリオンに反抗して、あえてマナー的によろしくない食事の仕方をした。

「私は……。ろくに返事をしてくれないし、こちらも見てくれないあなたに、毎朝悲しく思っていました」
「すまない。朝は食事の準備をしていたせいで、食事時間に仕事をするはめになってしまって……」
「唯一私たちが一緒にいられる時間だったのに」
「そうだな……。君には本当に悪いことをした。こうやって今、自分が生きていることが分かっていたら、君のことをもっと構ったと思う。俺は西国の植民地で命を落とすと思っていたから」

 西国には、王家の血をひく元帝国軍の師団長が地下に潜伏しているとの噂があった。王立騎士団の将を一人で何人も打ち倒したという凄腕の騎士で、西国の残党を集め、いつか大規模な武力蜂起を起こすのではないか、と。

「俺は西国に隣接するエヴニール領の人間として、どうしても元帝国軍の師団長イライアスを討つ必要があった。刺し違える覚悟だった」
「エリオン様……」
「アレクシアに生きるように言われていなかったら、捨て身の作戦を取ったかもしれない。今こうして君と食事ができているのも、君のおかげだ。ぜひ、礼と詫びがしたい」

 自分にまっすぐに向けられる翡翠の瞳。
 壮絶な戦いを潜り抜けてきたからだろうか、エリオンの目にはある種の凄みがあった。

「礼と詫び?」
「近衛の指南役は領主と違って暇でな。時間がある。朝昼晩の食事の用意と片付けは俺がしよう。まだまだアレクシアには食べてもらいたいものがたくさんあるんだ。アレクシアは何が好きなんだ? ぜひ聞かせてほしい。君の喜ぶ顔がもっとたくさん見たい」

 こんな展開、ありえるのだろうか。
 自分が鬱々とした気持ちでエヴニールで過ごしていた頃、唯一これは悪くないと思っていた朝食が、実はエリオンが用意していたものだったとは。

 明らかにウキウキしているエリオンをみていると、胸の奥が甘く疼く。
 このまま流されて、上手くまとまってしまいたいとさえ思えてくる。
 
 ──踏ん張りきれるかしら……。

 鴨のローストを、また一切れ口に運ぶ。
 こんなに美味しい食事を毎回出されたら、食べることが何よりも好きな私はあっという間に陥落してしまうかもしれない。




 ◆



 半年後、まんまと胃袋を掴まれてしまった私は、エリオンの専属従者として正式に仕えることになった。
 エリオンと仮住まいで過ごした半年間は、今までの事が嘘だったかのように穏やかだった。
 男女の関係になる気配すらなく、昔からの気のおけない友人のように私たちは毎日三食の食事を一緒に楽しんだ。
 会話は料理を通して盛り上がることもあれば、沈黙が続くことも当然あったけど、視線を上向かせれば、目があい、笑い合う間柄は心を温めた。

 エリオンは無理に復縁を迫っては来なかった。はにかみながら、たまに私に好きだと伝えてくれることはあったけど、それだけだ。
 変わり者だが良いところもあると思い、私はエリオンの従者になることを決めたのだった。


「これからも共にいよう、アレクシア」
「はい、エリオン様」
「……これにサインをしてくれないか?」

 これから私の主人となるエリオンが、おずおずと一枚の書類を差し出してきた。
 主従の契約書類かと思い、何気なく書類の表題を見ると、そこには『復縁届』とあった。
 ぴくりと、羽ペンを持った私の手が止まる。
 ぱちぱちと瞬きをし、もう一度表題を確認してから、エリオンの顔をじっと見つめる。

「……エリオン様、こちらの書類は?」
「これからも俺達が共にいるための契約書だ」
「いや……でもこれ、復縁届って書いてあるんですが」
「何か問題があるのか?」

 大ありだ。
 そんな話一言もしていないのに。
 私が『どうして?』と言わんばかりの視線を投げると、エリオンはどこか呆れたように言った。

「君は子どもが欲しいと言っていただろう? 夫婦にならなければ子どもは作れない。俺は私生児生まれで苦労したから、婚姻関係外で子作りはしない」

 ──私生児? エリオン様が?

 たしかにエリオンの兄と彼は髪の色がまったく違う。
 彼の髪の色は移民に多い黒髪だ。
 
「俺は伯爵だった父が、南方の騎馬民族だった母と交わって作った戦争の駒だ。俺は十五になる歳まで母方の実家で育ったんだ。母は俺を産んで亡くなったから、父が迎えに来た時は嬉しかったが、当然のように父の元で育った兄を見て思うことはあったよ」
「そうだったんですか……」

 知らなかった。
 マクシミリアンと母親が違うのかもしれないと思ったことはあったが、エリオンの母親は後妻だと思っていた。


「俺はアレクシアと家族になりたいし、家族を増やしていきたい。……駄目ならもう二度と結婚は迫らない。君のことは一従者として扱おう」

 エヴニール家にいた頃のように、エリオンは無理やり迫ってくることは無かった。
 私はひとつ息をはくと、羽ペンを再び取り、迷うことなく妻の欄に署名した。
 緊張したからか、少し文字が歪んでしまった。

「……アレクシア、いいのか?」

 信じられないと言わんばかりに、エリオンは目を見開いている。
 私は無言で頷いた。
 破顔するかと思っていたのに、エリオンは大きな手で自分の顔を覆い、うつむいてしまった。

「エリオン様?」
「……ぜったいに駄目だと思った」

 肩を震わせていた。
 指の間から鼻をすするような音もする。
 エリオンは泣いていた。

「やだあ、もう! 泣かないでくださいよ!」
「すまない……」
「謝らなくてもいいですよ」

 まさかこの場でエリオンが泣くとは思わなかった。こんなに大きな身体をしているのに、子どもみたいだ。
 どこまでもエリオンは予想外の行動をする人だ。

「……今度は絶対に幸せにする」
「はい」
「もう卑猥なことは言わない」
「……はい」
「身体の部位も褒めないし、子どもが出来る日以外は行為を求めない」
「そ、それはもっと流動的でいいと思います」

 子作り目的だけの行為をするのも、ちょっと寂しい。この半年間でそんな風に考えられるようになっていた。まあ、この仮住まいでは身体の関係に一度もなっていないけど。

「これからうちの兄や君の両親を説得せねばな。俺は君を不幸にした稀代のクズ野郎だ」
「そうですね」
「……あっさり肯定するんだな」
「だってあなたはクズではありませんか! 私の気持ちなんか一つも考えず、勝手な行動や言動ばかりして。おかげで私の心のなかはめちゃくちゃになったのですよ?」
「うぅ、そうだな……。そんなクズ野郎とよく復縁を考えてくれた」

 テーブルの上で手を握られる。
 結婚していた時と何も変わらない、ごつごつした温かな手。

「まあ、これからは言いたいことを言わせて貰いますから!」
「お手柔らかに頼む」

 お互い、視線を合わせて笑い合う。
 私たちの新たな関係はまたここから始まるのだ。


 <本編完結>

 ※後日談掲載予定あり
 
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