海底の魔素採掘師と竜人の約束

宵町あかり

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第20話 理想を守る絆

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政府代表たちとの会議から三日が経った深夜、アビス・パレス地下の古い研究室に、忍び足で集まる影があった。

「こんな場所があったなんて」

エルンストが驚きの声を上げる。水晶の明かりが青白く輝く研究室は、古代竜人族の魔法技術で作られた秘密の場所だった。石造りの壁には古代文字が刻まれ、魔素を感知する装置が静かに光を放っている。

「祖先たちが政治的圧力から技術を守るために作った場所です」

リヴァイアが振り返る。彼女の表情には、普段の冷静さに加えて、決意に似た強さが宿っていた。

「つまり、昔から同じような問題があったということですね」

ユエファンが壁の古代文字に手を触れながら言う。彼女の声には、諦めにも似た苦悩が込められていた。

「僕の国の政府も、もう技術者の自由な研究を制限し始めています」

タカハシが重い口調で話す。「軍事機密として扱うべきだという声が日に日に強くなって」

マリナは三人の表情を見回した。会議の後、それぞれが自国からの圧力について相談してきていた。純粋な技術への情熱が、政治的思惑に押し潰されそうになっている現実を、全員が実感している。

「私たちの研究は、本来すべての人々のためのものです」

エルンストが拳を握りしめる。「それが特定の国の利益のために使われるなんて」

「でも現実問題として、政府の支援なしには大規模な研究は続けられません」

ユエファンが苦しそうに言う。「東方王国では、すでに技術者への監視が始まっています」

リヴァイアがゆっくりと古代の装置に手を置く。すると、装置全体が柔らかな青い光に包まれた。

「この装置は、古代の『技術者の誓い』を記録したものです」

光の中に浮かび上がったのは、古代文字で刻まれた文章だった。

「『我らは知識を分かち合い、技術の純粋性を守り、すべての生命の繁栄のために智慧を用いることを誓う』」

リヴァイアが古代語を現代語に翻訳する。「千年前の技術者たちも、同じ理想を持っていました」

マリナの胸に熱いものが込み上げる。「私たちも同じ気持ちです」

「ええ、技術に国境なんてありません」

エルンストが力強く頷く。「海洋保護も、環境技術も、地球全体の問題です」

「私たちにできることはないでしょうか」

タカハシが前に出る。「政府の圧力に屈することなく、純粋な研究を続ける方法は」

リヴァイアが振り返る。「実は、古代の記録に興味深いシステムがあります」

彼女が装置を操作すると、新しい文字が浮かび上がった。

「『技術者同盟』という組織です。政治的中立を保ちながら、技術者同士の自由な交流を保障する仕組みでした」

「現代でも実現可能でしょうか」

ユエファンが身を乗り出す。

「竜人族には外交的特権があります」

リヴァイアが説明する。「古代三族協定により、アビス・パレスは中立地帯として認められています。ここでの活動は、どの国の法律にも縛られません」

マリナの心に希望が灯る。「つまり、ここを拠点にすれば」

「自由な技術交流を続けられます」

リヴァイアが微笑む。「各国政府に対しては、正式な外交ルートを通じて協力体制を築く。でも技術者としての純粋な研究は、政治的圧力から完全に独立させる」

「素晴らしいアイデアです」

エルンストが興奮して言う。「それなら、どの国の利益にも偏らない、本当に公正な技術開発ができます」

「でも、政府が反対したら」

タカハシが心配そうに言う。

「技術者個人としての自由な学術交流です」

マリナが答える。「政府間の正式協定とは別に、私たち研究者同士の知識共有を行う。それ自体は、どの国でも保障されている学問の自由の範囲内です」

「なるほど、二重システムですね」

ユエファンが理解を示す。「政府レベルでは正式な国際協力、技術者レベルでは自由な学術交流」

リヴァイアが頷く。「そして竜人族が両者の調整役を務めます。政治的中立性を活かして、真の技術協力を実現する」

マリナは四人の顔を見回した。それぞれの目に、同じ決意の光が宿っているのが見える。

「皆さん、一緒にやりませんか」

マリナが手を差し出す。「技術者としての理想を守るために」

「もちろんです」

エルンストが真っ先に手を重ねる。「純粋な技術への情熱を、政治に汚させるわけにはいきません」

「私も参加します」

ユエファンが繊細な手を重ねる。「東方の技術を、世界のために役立てたい」

「僕も同感です」

タカハシが力強く手を重ねる。「現実的な解決策を見つけて、理想を実現しましょう」

最後にリヴァイアが手を重ねる。「竜人族として、技術者たちの理想を全力で支援します」

五つの手が重なった瞬間、古代の装置が一段と明るく輝いた。まるで古代の技術者たちが、現代の仲間たちを祝福しているかのようだった。

「これで『技術者同盟』の結成ですね」

マリナが感動に声を震わせる。

「政府の思惑に左右されない、純粋な技術協力のために」

エルンストが誓うように言う。

「具体的にはどのような活動を?」

タカハシが実用的な質問をする。

リヴァイアが考えを整理する。「まず、この秘密研究室を技術者同盟の本部とします。ここで自由な研究と情報交換を行う」

「各国での研究は、それぞれの政府との協力の下で進める」

マリナが続ける。「でも、得られた知識は同盟で共有し、全人類の利益のために活用する」

「技術の軍事転用については、同盟として厳しい制限を設ける」

ユエファンが提案する。「環境保護と平和利用を最優先にして」

「そして、新しい技術者の育成も重要ですね」

タカハシが付け加える。「次世代に、私たちの理想を引き継いでもらうために」

リヴァイアが古代装置に再び手を置く。「古代の智慧も活用しましょう。竜人族に伝わる技術で、現代の問題解決に役立つものがたくさんあります」

装置から新しい光が放たれ、部屋全体が神秘的な青い光に包まれた。

「この光は『誓いの証』です」

リヴァイアが説明する。「古代から続く技術者の絆を示すもの。私たちの決意が本物であることを、祖先たちが認めてくださったのです」

マリナの心に、深い感動が広がる。転生前の世界では味わえなかった、仲間との真の絆を感じている。

「明日からは、表向きは政府との正式協議を続けます」

マリナが整理する。「でも、私たち技術者の本当の活動は、ここから始まる」

「政府の皆さんにも、きっと理解していただけます」

エルンストが前向きに言う。「技術者の自由な発想こそが、本当のイノベーションを生むということを」

「そのためにも、まず成果を示すことが大切ですね」

ユエファンが現実的な視点を示す。「理論だけでなく、実際の技術で政府を納得させる」

「みんなで力を合わせれば、きっとできます」

タカハシが希望に満ちた声で言う。

リヴァイアがマリナの方を見る。「あなたの提案から始まったこの技術協力が、こんな形で発展するなんて」

「私一人では何もできませんでした」

マリナが微笑む。「皆さんがいてくださったから、こんな素晴らしい仲間に出会えました」

「これからが本当の始まりです」

リヴァイアの瞳に、これまで見たことのない温かさが宿る。「技術者として、そして」

彼女が少し照れたように視線を逸らす。

「そして、大切な人として」

マリナの頬が薄く赤らむ。政治的な困難の中で育まれた絆が、今、確かなものになろうとしている。

「技術者同盟の活動方針を、もう少し詳しく決めましょう」

エルンストが実務的な提案をする。「まずは研究テーマの優先順位から」

「環境保護技術を最優先にしたいと思います」

マリナが答える。「海洋浄化、大気保全、生態系保護」

「エネルギー技術も重要ですね」

ユエファンが付け加える。「クリーンで持続可能な魔素活用法」

「それから災害対策技術」

タカハシが提案する。「自然災害から人々を守る技術」

リヴァイアが頷く。「竜人族の古代技術には、それらすべてに関する知識があります。喜んで共有させていただきます」

「では、活動の基本原則を確認しましょう」

マリナが提案する。

「第一に、技術の平和利用」

エルンストが言う。

「第二に、環境と生命の保護」

ユエファンが続ける。

「第三に、知識の自由な共有」

タカハシが付け加える。

「第四に、政治的中立の維持」

リヴァイアが締めくくる。

「そして第五に、次世代への継承」

マリナが最後の原則を述べる。

五人が改めて手を重ねる。古代の装置が再び光を放ち、技術者同盟の誓いを祝福するかのようだった。

「明日からの政府協議では、このシステムを提案してみましょう」

マリナが言う。「技術者の自主性を尊重しながら、政府の要求にも応える方法として」

「きっと理解していただけます」

リヴァイアが確信を込めて言う。「竜人族の外交力も活用して、最良の結果を目指しましょう」

夜が明けかけた空が、研究室の小さな窓から見えている。新しい一日が、希望に満ちて始まろうとしていた。

「技術者同盟の第一回会議を、これで終了します」

マリナが宣言する。

「次回会議は明日の夜、政府協議の結果を受けて」

リヴァイアが続ける。

「それまでに、各自で具体的な研究計画を考えてきましょう」

エルンストが提案する。

「私たちの理想を、現実のものにするために」

ユエファンが決意を新たにする。

「必ず成功させましょう」

タカハシが力強く宣言する。

五人は秘密の研究室を後にした。表面的には何も変わらない朝が来ても、彼らの心には確かな絆と希望が宿っている。

技術者としての純粋な情熱を守り抜く。そのための仲間が、今ここに結集した。

海底のアビス・パレスに、新しい時代の扉が静かに開かれようとしていた。
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