最弱職【掃除士】が実は環境最強でした ~ダンジョンの浄化で世界を救う~

宵町あかり

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第34話 虚無との対峙

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夜明けは、来なかった。

正確に言えば、第二の太陽は昇ったが、その光は虚無の霧に阻まれ、地上には薄暗い影しか届かなかった。まるで世界が、永遠の黄昏に包まれたようだ。

誰も眠れなかった。

焚き火を囲んで座る仲間たちの顔は、疲労と決意が入り混じっている。救出した夫婦は、ローラの看護を受けながら、虚ろな目で炎を見つめていた。

「今日で、決着をつける」

俺の言葉に、全員が頷いた。もう後戻りはできない。



「みんな、聞いてくれ」

俺は立ち上がり、仲間たちを見回した。誰もが真剣な表情で俺を見つめている。パチパチと焚き火の音だけが響く中、俺は深呼吸をした。

救出した夫婦も、毛布にくるまりながら顔を上げた。彼らの体は昨夜よりも実体を取り戻していたが、心の傷は深い。失った子供たちの記憶が、その瞳に影を落としている。

「大丈夫ですか?」エリーゼが優しく声をかけた。

妻が弱々しく頷いた。「あなたたちに...託します。もう私たちには戦う力はありません。でも...」

夫が続けた。「村の人たちの仇を...いえ、これ以上犠牲を出さないために、お願いします」

その言葉の重さが、胸に突き刺さる。

ローラが立ち上がった。薬師の彼女の手には、淡い光を放つ小瓶が握られている。

「これを」彼女は誇らしげに小瓶を掲げた。「一晩かけて作りました。『愛情調合薬』です」

ミーナが興味深そうに覗き込む。「愛情...調合薬?」

「はい。昨日の戦いで気づいたんです。愛の力が虚無に対抗できるなら、その力を薬に込められないかって」ローラの目が輝いた。「材料は普通の薬草ですが、調合の過程で愛情を込めました。みんなを守りたいという想いを」

小瓶の中の液体は、蜂蜜のような甘い香りを放っている。温かく、優しい香り。まるで母親の抱擁のような。

「効果は?」ソフィアが分析的な視線を向ける。

「浄化力を約2倍にします。ただし、30分が限界です」ローラは申し訳なさそうに付け加えた。「それ以上は、体が耐えられません」

「十分だ」俺は感謝を込めて言った。「ありがとう、ローラ」

その時、小さな声が上がった。

「僕も...僕も戦います!」

レオだった。昨日、虚無の影響で苦しんだあの少年が、震えながらも立ち上がっている。その手には、小さな浄化の杖が握られていた。

「レオ...」

「昨日は怖くて何もできませんでした」彼の声は震えているが、瞳には決意が宿っている。「でも、もう逃げません。翔太さんたちと一緒に戦いたいんです」

俺は微笑み、懐から小さな杖を取り出した。それは、俺が最初に使っていた浄化の杖を改良したものだ。

「これを君に」

レオの目が丸くなる。「でも、これは...」

「君なら使いこなせる。信じているよ」

杖を受け取ったレオの目に、涙が浮かんだ。マルコが彼の肩を叩く。鎧の金属音が、朝の静寂に響いた。

突然、空が明滅した。

第二の太陽が、激しく点滅している。まるで何かと戦っているような、不規則な光の明滅。時に強く、時に弱く、まるで苦しんでいるような。

「あれは...」エリーゼが不安そうに呟いた。

ソフィアが魔力探知の術式を展開する。青白い光の紋様が空中に浮かび上がり、複雑な幾何学模様を描いた。

「第二の太陽自体が、虚無と戦っています」彼女の顔が青ざめる。「このままでは、太陽さえも飲み込まれるかもしれません」



作戦会議は、朝食を取りながら行われた。

レオとエリーゼが作った温かいスープが、冷えた体を温めてくれる。普通なら何気ない朝食の時間が、今日は特別な意味を持っていた。これが最後の食事になるかもしれない。その思いが、誰の心にもあった。

「ソフィア、昨夜の分析結果は?」俺は尋ねた。

ソフィアは手元の羊皮紙を広げた。そこには、黒い結晶の構造が詳細に描かれている。

「結晶の核は、見た目以上に深いです」彼女は図を指し示した。「地下深く、まるで『根』のように伸びています。世界そのものに侵食しているような...」

カールが眉をひそめた。「つまり、表面だけを浄化しても意味がないと?」

「その通りです。根本から断たなければ、また再生してしまうでしょう」

俺は考え込んだ。単純な力押しでは勝てない。戦略が必要だ。

「三段階作戦でいこう」俺は決断した。「第一段階は外殻の浄化。Cチームが担当する。ソフィア、レオ、そして志願者5名だ」

レオが緊張で身を固くした。ソフィアが彼の手を優しく握る。

「第二段階は中層への侵入。Bチームが道を切り開く。ミーナ、カール、ローラ、マルコ」

四人が頷く。ミーナの杖が微かに光を放った。

「そして第三段階。核心部の浄化は、Aチームが行う。俺とエリーゼ、リクだ」

リクが剣を抜いた。刃が朝の薄明かりを反射して、銀色に輝く。

「待って」エリーゼが手を挙げた。「もう一つ、提案があります」

全員の視線が彼女に集まる。

「『愛の連鎖』作戦です」彼女は微笑んだ。「最後は、全員で手を繋いで力を集中させましょう。一人一人の愛の力は小さくても、繋げば大きな力になるはずです」

「なるほど」ミーナが理解を示した。「調和浄化の応用ね」

「素晴らしいアイデアだ」俺は感心した。さすが俺の妻だ。

リクが突然、重い口を開いた。

「もし...最悪の場合」彼の声は低く、決意に満ちていた。「俺が盾になる。みんなを逃がすために」

「リク!」ミーナが悲鳴のような声を上げた。涙が頬を伝い始める。「そんなこと言わないで!」

「現実を見ろ」リクは優しく、しかし断固として言った。「相手は世界を無に還そうとしている存在だ。誰かが犠牲になる可能性は...」

「誰も犠牲にはさせない」俺は強く言い切った。「全員で生きて帰る。それが俺たちの作戦だ」



村への再突入は、午前10時に開始された。

昨日より濃くなった虚無の霧が、俺たちを待ち受けていた。一歩踏み入れただけで、体力が吸い取られていく感覚。まるで底なし沼を歩いているような重さ。

「Cチーム、配置につけ」

ソフィアの指示で、レオと他の5名が扇形に展開した。彼らの役割は重要だ。外殻を浄化し、俺たちが中に入る道を作る。

「浄化開始!」

七つの浄化の光が、黒い結晶に向かって放たれた。

その中でも、レオの光は特別だった。

「みんなを...守りたい!」

少年の純粋な想いが、浄化の光に特別な輝きを与えた。他の光が青白いのに対し、レオの光は金色に輝いている。それは純粋な心が生み出す、特別な浄化力だった。

結晶の外殻が震え始めた。表面に亀裂が走り、黒い破片が剥がれ落ちる。

しかし、次の瞬間。

地面が爆発した。

黒い触手が無数に噴出し、Cチームに襲いかかる。それは物理的な攻撃というより、存在そのものを否定しようとする意思の塊だった。

「ソフィア!」

触手の一本が、ソフィアの体を貫いた。いや、貫いたのではない。彼女の存在の一部が、消失したのだ。右腕が、肘から先が透けて見える。

「うあああ!」

マルコが身を挺してソフィアを守った。鍛冶師の頑強な体が盾となり、次の攻撃を防ぐ。しかし、彼もまた左足の一部が消失し始めている。

「退け!第一段階は成功だ!」

俺の叫びに、Cチームが後退した。外殻は大きく損傷している。しかし、代償は大きかった。

5名中3名が戦闘不能。ソフィアは意識を保っているが、右腕がほぼ透明になっている。マルコは左足を引きずり、もう一人の浄化士は完全に気を失っていた。

「ローラ!」

「分かってます!」

薬師が負傷者の元へ駆け寄る。治療魔法と薬品を駆使し、懸命に存在の安定化を図る。

レオが泣きそうな顔で俺を見た。

「ごめんなさい...僕がもっと強ければ...」

「違う」俺は彼の頭を撫でた。「君のおかげで外殻を破れた。君の純粋な浄化力がなければ、ここまで来れなかった」



第二次攻撃は、Bチームが担った。

ミーナが大魔法の詠唱を始める。魔力が渦を巻き、空間が歪み始めた。

「時空固定・展開!」

透明な壁が、虚無の触手を一時的に固定した。時間と空間を部分的に停止させる、彼女の新魔法だ。

「今だ!」

カールが前に出た。聖騎士の鎧が黄金に輝く。

「絶対防御・鉄壁の城!」

彼の周囲に、光の城壁が築かれた。それは物理的な壁ではなく、存在を守護する概念的な防壁だった。

「ローラ、今だ!」

ローラが愛情調合薬を全員に配った。甘い液体を飲み込むと、体中に温かい力が満ちてくる。浄化力が倍増し、虚無への抵抗力も上がった。

Bチームが結晶内部へ突入した。

中は、異様な空間だった。

壁も床も天井もない。ただ無限に広がる黒い虚空。その中を、無数の残留思念が漂っている。

「助けて...」
「寂しい...」
「怖い...」

消えた村人たちの最後の想いが、亡霊のように彷徨っている。特に胸を締め付けるのは、子供たちの泣き声だった。

「ママ...どこ...?」
「暗いよ...」
「おうちに帰りたい...」

ミーナが涙を流しながらも、杖を構えた。

「ごめんなさい...でも、これ以上の犠牲は出させない!」

虚無の核が反応した。

人型の影が、虚空から現れた。それは完全な人の形をしているが、顔がない。ただ虚無の塊が人の形を取っただけの、不気味な存在。

「我は虚無の使者、第六位」

声が頭に直接響く。性別も年齢も分からない、無機質な声。

「お前たちに世界は救えない。全ては無に還る。それが定められた運命」

カールが剣を構えた。「運命なんて、俺たちが変えてやる!」

激戦が始まった。

虚無の使者の攻撃は、通常の戦闘とは全く違った。物理攻撃でも魔法攻撃でもない。ただ、存在を否定してくる。

「消えろ」

その一言で、カールの剣が消失した。

「存在するな」

ミーナの魔法陣が崩壊した。

しかし、ミーナは諦めなかった。

「存在を否定するなら...存在を肯定すればいい!」

彼女の体が光り始めた。レベル50から55へ。限界を超えた成長が起きている。

「希望の灯火!」

新しい魔法が発動した。それは攻撃でも防御でもない。ただ、希望の光を灯す魔法。しかし、その光は虚無の使者を明確に傷つけた。

「不可能...希望など幻想...」

「幻想でも構わない!」ミーナは叫んだ。「それでも信じる価値はある!」

激戦の末、虚無の使者は撤退した。しかし、勝利の代償は大きかった。

カールが膝をついた。鎧の随所が消失し、体のあちこちが透けている。重傷だ。

「カール!」

「大丈夫だ...まだ...戦える...」

しかし、彼の声は弱々しかった。



最終決戦の時が来た。

Aチーム、つまり俺とエリーゼ、リクの三人が、核心部へ向かう。

通路の奥に、それはあった。

巨大な「穴」。

世界の外側へ通じる、虚無の穴。そこから無限に虚無が流れ込んでいる。まるで世界に開いた傷口のような、おぞましい光景。

穴の縁は常に崩壊と再生を繰り返し、不安定に揺らいでいる。その向こうには、完全な無。光も闇も、音も静寂も、何もない絶対的な虚無が広がっていた。

「これが...元凶」リクが息を呑んだ。

俺とエリーゼは手を取り合った。二人の愛を、最大限に解放する時が来た。

「聖愛浄化・世界樹!」

究極の調和浄化が発動した。二人の愛が巨大な光の樹となって、虚無の穴を塞ごうとする。

光の根が穴の縁に食い込み、枝が虚無を押し返していく。愛の力が、存在の肯定が、世界を守ろうとしている。

穴が少しずつ小さくなっていく。

しかし。

「足りない...」エリーゼが苦しげに呟いた。

穴は小さくなったが、完全には塞がらない。俺たちの愛だけでは、世界規模の虚無に対抗するには不十分だった。

「もっと...もっと大きな愛が必要だ」

その時、背後から声が聞こえた。

「なら、俺たちの愛も加えろ!」

振り返ると、リクとミーナが手を繋いで立っていた。ミーナは重傷のカールを支えながら。

「私たちも!」

ローラとマルコ、ソフィア、レオ。負傷しているにも関わらず、全員が集まってきた。

そして。

「私たちの愛も...使ってください」

救出した夫婦も、よろよろと歩いてきた。



全員が手を繋いだ。

負傷者も含めて15名、そして夫婦を加えた17名が、大きな輪を作った。

「愛の連鎖、発動!」

エリーゼの号令で、全員の愛が一つに繋がった。

それぞれの愛。恋人への愛、友への愛、家族への愛、世界への愛。全てが混ざり合い、巨大な力となって虚無の穴に向かっていく。

「この世界を、愛で満たす!」

俺たちの叫びが、一つになった。

奇跡が起きた。

虚無の穴が、目に見えて縮小し始めた。グレープフルーツ大、オレンジ大、卵大、ビー玉大...

同時に、黒い結晶が変化し始めた。漆黒だった表面が、少しずつ白く輝き始める。虚無が愛に浄化され、新たな形へと生まれ変わろうとしている。

風に乗って、声が聞こえた。

「ありがとう...」
「やっと...安らげる...」
「愛してくれて...ありがとう...」

消えた村人たちの魂が、解放されていく。彼らは完全に消滅したのではなく、虚無に囚われていただけだった。愛の力が、彼らを解き放った。

しかし。

穴は米粒大になったところで、それ以上小さくならなかった。

「限界か...」俺は息を切らしながら呟いた。

完全勝利ではない。穴は小さくなったが、完全には消えていない。いつか再び広がる可能性がある。継続的な監視が必要だろう。

黒い結晶は白い結晶へと変わったが、その中心には小さな黒い核が残っている。完全な浄化には至らなかった。

風が吹いた。

その風に乗って、不吉な言葉が聞こえてきた。

「これは始まりに過ぎない」

誰の声でもない、世界そのものが発するような声。

「真の虚無王が目覚める時、全ては無に還る」

エリーゼが俺の手を強く握った。不安と決意が入り混じった表情。

「まだ...終わってないのね」

「ああ」俺は頷いた。「でも、今日は勝った。不完全でも、俺たちは虚無を押し返した」

レオが俺たちを見上げた。

「次は...どうなるんですか?」

俺は少年の頭を優しく撫でた。

「分からない。でも、俺たちには仲間がいる。愛がある。それがある限り、どんな虚無にも負けはしない」

夕日が、虚無の霧を貫いて差し込んできた。

第二の太陽は、まだ不規則に明滅している。戦いは続いている。世界の危機は去っていない。

でも、希望はある。

今日、俺たちは証明した。愛の力が、虚無に打ち勝てることを。

たとえ不完全でも、前に進むことができることを。

「さあ、帰ろう」俺は仲間たちに声をかけた。「王都のみんなが待っている」

歩き始めた俺たちの背後で、白い結晶が静かに光を放っていた。

その中心の黒い核が、微かに脈動している。

まるで、心臓のように。

これは終わりではない。

始まりだ。

真の戦いの、始まり。

その時、遠くから馬蹄の音が聞こえた。

「援軍が来るという知らせが届いていた」カールが弱々しく言った。「浄化士ギルド北部支部と、国軍の特殊部隊から、最精鋭が派遣されるらしい」

「よかった」俺は安堵の息をついた。「次の戦いは、もっと大規模になるだろうからな」
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