転生王子はスライムを育てたい ~最弱モンスターが世界を変える科学的飼育法~

宵町あかり

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第15話 視察団の到来

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 扉が勢いよく開かれた。

 現れたのは、宮廷警備隊の隊長だった。彼の後ろには、見慣れない制服を着た騎士たちが控えている。

「殿下、失礼いたします」

 隊長は深く頭を下げた。

「東方連合とカドリア王国の合同視察団が、明後日の正午に到着するとのことです」

 レオンは目を丸くした。

「明後日? 親書には二週間後って書いてあったのに」

 隊長の表情が険しくなった。

「詳細は不明ですが、日程を大幅に前倒ししたようです。おそらく、我々の準備が整う前に、ありのままの研究現場を見たいのでしょう」

 リヴィエルが小さく息を呑んだ。これは明らかに、帝国への牽制だった。

---

 三十分後、特別委員会は緊急招集された。

 会議室には緊張感が漂っている。マルクスが口火を切った。

「予想より早い到着です。何を見せて、何を見せないか、早急に決めなければなりません」

「全部見せればいいじゃないですか」

 レオンの言葉に、また会議室が静まり返った。

 軍部代表が頭を抱えた。

「殿下、それは……」

「だって、隠すものなんてないでしょう?」

 レオンは本当に分からないという顔をした。

「研究室も、実験記録も、フィルミナも。全部ありのままに見てもらえば、誤解は解けるはずです」

 エリーゼが興味深そうに微笑んだ。昨日の会議から参加している商人ギルドの代表である。

「殿下の透明性への姿勢、実に興味深いですね」

 彼女の瞳には、何か計算めいた光が宿っていた。

「では、具体的に何を実演なさるおつもりですか?」

---

「フィルミナの日常を見せようと思います」

 レオンの答えに、マルクスが眉をひそめた。

「日常、ですか?」

「はい。彼女がどんな風に本を読んで、どんな風に考えて、どんな風に笑うか。それを見れば、きっと理解してもらえます」

 シグレが優しく微笑んだ。

「良いアイデアだと思います。ただ、フィルミナ嬢にとっては大きな負担になるかもしれません」

 レオンは振り返った。フィルミナが不安そうな表情を浮かべている。

「大丈夫? 無理はしなくていいよ」

「いえ、私……やります」

 フィルミナは小さく、しかし確かに頷いた。

「レオン様の研究が正しいことを、証明したいです」

 リヴィエルの胸が、複雑な感情でいっぱいになった。フィルミナを守りたい気持ちと、彼女への嫉妬。そして、レオン様を支えたいという思い。全てが混ざり合って、言葉にできない。

---

 会議が終わると、レオンは研究室に戻った。フィルミナとリヴィエルも一緒だ。

「さて、準備を始めよう」

 レオンは明るく言った。

「フィルミナ、まず挨拶の練習から始めようか」

「挨拶……ですか?」

 フィルミナが首をかしげた。

「うん。『はじめまして、フィルミナです』って」

 レオンが手本を見せる。フィルミナは真似をした。

「はじめまして、フィルミナです」

 その様子を見ていた警備兵の一人が、同僚に囁いた。

「あれは……外交訓練か?」

「きっとそうだ。人工生命体に外交プロトコルを教え込んでいるんだ」

 誤解は、こうして静かに広がっていく。

---

 レオンは次に、スライムの観察記録を整理し始めた。

「視察団の人たちにも分かりやすいように、図表を作り直そう」

 彼は熱心にペンを走らせる。成長曲線、行動パターン、知能発達の段階。全てが詳細に記録されている。

 それを遠くから見ていた外務省の職員が、顔を青ざめた。

「あれは……軍事機密レベルの詳細データじゃないか」

「殿下は本当に全部公開するつもりなのか」

 彼らには、純粋な研究記録が、危険な軍事情報に見えていた。

---

 夕方、リヴィエルは一人で街に出た。

 表向きは視察団のための買い出しだが、本当の目的は別にあった。情報屋のネットワークを使って、視察団の詳細を調べるためだ。

(レオン様を守らなければ)

 彼女の決意は固かった。たとえフィルミナがレオン様の「パートナー」だとしても、自分にできることはある。

 路地裏で、顔なじみの情報屋と会った。

「東方連合の視察団について、何か知ってる?」

「ああ、面白い話がある」

 情報屋はニヤリと笑った。

「どうやら、視察団の中に、予定外の人物が紛れ込んでいるらしい」

 リヴィエルの表情が引き締まった。

---

 その頃、研究室では、レオンがフィルミナに簡単な実験を教えていた。

「この試薬を一滴垂らすと、スライムの粘液が固まるんだ。防御反応の一種だね」

 フィルミナは興味深そうに見つめた。

「私にもできますか?」

「もちろん。君の体の一部も、同じ性質を持っているはずだから」

 フィルミナが指先に意識を集中すると、薄い膜のようなものが形成された。

「すごい! できました!」

 彼女の無邪気な笑顔を見て、レオンも微笑んだ。

 しかし、窓の外から様子を伺っていた者には、それが「防御システムの起動訓練」に見えていた。

---

 夜、レオンは自室で考え込んでいた。

(視察団の人たちに、どうやったらフィルミナの素晴らしさを伝えられるだろう)

 彼にとって、フィルミナは研究対象である以上に、大切な友人だった。その存在を否定されることは、耐えられない。

 ふと、前世の記憶が蘇る。

 あの時も、誰も理解してくれなかった。単細胞生物の可能性を信じていたのは、自分だけだった。でも今は違う。シグレがいる。リヴィエルがいる。そして、フィルミナがいる。

「今度こそ、証明してみせる」

 レオンは静かに呟いた。

---

 翌日、視察団到着の前日。

 研究室は慌ただしく動いていた。実験器具の配置、資料の整理、そしてフィルミナの最終準備。

「緊張する?」

 レオンが優しく尋ねた。

「少し……でも、大丈夫です」

 フィルミナは微笑んだ。しかし、その笑顔には不安の色が滲んでいた。

「レオン様、もし私が失敗したら……」

「失敗なんてないよ」

 レオンは断言した。

「君はありのままでいい。それが一番素晴らしいんだから」

 その言葉に、フィルミナの瞳が潤んだ。

---

 午後、シグレが研究室を訪れた。

「準備は順調かね?」

「はい、ほぼ完了です」

 レオンが答えた。シグレは資料に目を通す。

「ふむ、実に詳細だ。しかし……」

 彼は少し心配そうな表情を浮かべた。

「これを全て公開するのは、少々危険かもしれない」

「でも、隠し事があると思われる方が問題じゃないですか?」

 レオンの純粋な問いに、シグレは苦笑した。

(この純粋さが、最大の武器でもあり、最大の弱点でもある)

---

 夕方、リヴィエルが青い顔で戻ってきた。

「レオン様、大変です」

 彼女は息を切らしていた。

「視察団の中に、東方連合の諜報部の人間が紛れているという噂があります」

 レオンは首をかしげた。

「諜報部? でも、公式の視察団でしょう?」

「表向きはそうですが……」

 リヴィエルは言葉を選んだ。

「おそらく、フィルミナの秘密を探りに来るのだと思います」

「秘密なんてないよ」

 レオンはあっさりと答えた。

「全部オープンにするんだから、探るものもないでしょう」

 リヴィエルは、レオン様の無防備さに、愛おしさと不安を同時に感じた。

---

 その夜、フィルミナは一人で月を見上げていた。

 明日、自分は多くの人の前に立つ。人工的に作られた存在として、好奇の目に晒される。

(怖い)

 正直な気持ちだった。でも、それ以上に。

(レオン様のために、頑張りたい)

 彼女の決意は固かった。

 ふと、体の奥で何かが疼いた。まるで、何かが目覚めようとしているような感覚。しかし、それは一瞬で消えた。

---

 深夜、レオンはまだ起きていた。

 最後の準備として、明日の実演内容をもう一度確認している。

「スライムの知能テスト、再生能力の実演、そしてフィルミナとの会話……」

 全てが完璧に準備されている。少なくとも、レオンはそう信じていた。

 窓の外を見ると、星が輝いていた。前世では、こんな風に星を見上げる余裕もなかった。いつも顕微鏡ばかり覗いていて。

「今度は違う」

 レオンは呟いた。

「今度は、みんなと一緒に証明できる」

---

 朝が来た。

 視察団到着の日である。

 レオンは早朝から研究室で最終確認をしていた。フィルミナも緊張した面持ちで準備を整えている。

「大丈夫、きっとうまくいくよ」

 レオンが励ました時、外から馬車の音が聞こえてきた。

 予定より三時間も早い。

「もう到着したのか」

 マルクスが慌てて駆け込んできた。

「殿下、視察団が到着しました」

 レオンは深呼吸をした。

「よし、迎えに行こう」

 彼らが正門に向かうと、豪華な馬車が止まっていた。

 扉が開き、東方連合とカドリア王国の使節団が姿を現した。その中に、一人だけ異質な雰囲気を放つ人物がいた。

 黒いローブに身を包み、顔の半分を覆う仮面を付けている。

 その人物がフィルミナを見た瞬間、彼女の体に異変が——
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