転生王子はスライムを育てたい ~最弱モンスターが世界を変える科学的飼育法~

宵町あかり

文字の大きさ
34 / 110

第34話 外交と謀略

しおりを挟む
 影が、影を追う。

 宰相府の天井裏を、リヴィエルは音もなく移動していた。布で包んだ靴底が梁を踏む音さえ、聞こえない。彼女の影魔法は、本体を闇に溶け込ませるだけでなく、存在感そのものを希薄にする。

(レオン様のために——)

 震える手を握りしめる。主君への忠誠心と、初めて裏切るような真似をする罪悪感が胸を締め付けた。でも、これが最善の道だと信じて。

 通気口から執務室を覗き込む。深夜にもかかわらず、ヴァレンタスは書類に向かっていた。その横に、見慣れない文書がある。

「...最後の鍵の座標は...」

 ヴァレンタスの呟きが聞こえた。リヴィエルは懐から撮影魔道具を取り出す。無音で動作する特殊仕様——皮肉にも、帝国の諜報部が開発したものだ。

 カチリ。

 光も音もなく、文書が記録される。暗号化された協力者リスト、クーデター計画の詳細、そして——

「陛下の側近にも...」

 リヴィエルは息を呑んだ。裏切り者は予想以上に深く潜伏している。でも名前が暗号化されていて読めない。

 足音が近づいた。

「閣下、緊急の報告が」

 側近が扉を開ける音。リヴィエルは即座に通気口から離れ、影に溶け込んだ。心臓の鼓動が異様に大きく聞こえる。

(まだだ...もう少し...)

 影の中を滑るように移動し、書庫へ向かう。そこで見つけたのは、東方連合との密約書だった。

「明日の会談で...罠を...」

 証拠は掴んだ。窓から飛び降り、影に溶け込みながら脱出する。宰相府から十分離れてから、リヴィエルは通信魔道具を取り出した。

『レオン様、重要な情報があります』

---

 翌朝、レオンのもとに東方連合からの招待状が届いた。

「研究協力の提案...中立保証の交渉...」

 ガイウス隊長が警戒の表情を浮かべる。

「罠の可能性が高いですな」

「でも無視もできない」

 レオンはリヴィエルを見た。彼女は小さく頷く。

「私も同行します。護衛として」

 会談場所は帝都の中立地帯にある古い商館。東方連合の治外法権が及ぶ場所だ。逃げ道は限られている。

 そこで待っていたのは、チェン・ロン。三十代の細身の商人で、常に魔道計算機を操作している。

「レオン王子、お会いできて光栄です」

 鋭い眼光がレオンを値踏みするように見つめた。

「単刀直入に申し上げましょう。利益を共有しませんか?」

 魔道計算機が数値を弾き出す。

「研究データと引き換えに、我々は中立を保証します。そして...」

 チェン・ロンが身を乗り出した。

「宰相の計画も知っています。協力すれば、それも——」

 その瞬間だった。

 煙幕が室内に充満し、東方の暗殺者たちが現れた。麻痺毒の匂いがする。

「やはり罠か!」

 ガイウスが剣を抜く。しかし、チェン・ロンの顔が驚愕に染まった。

「私の指示ではない!」

 内部に別の裏切り者がいる。暗殺者たちは容赦なく攻撃を仕掛けてきた。

 影から、リヴィエルが飛び出した。

「お待たせしました、レオン様」

 彼女の短剣が暗殺者の急所を正確に狙う。麻痺毒を塗った暗器を使い、次々と無力化していく。

「事前に罠を察知していました。逃走経路も確保済みです」

 諜報員としての本領発揮。敵の通信魔道具を傍受し、情報を得る。

「真の黒幕は別にいます。東方内部の強硬派が...」

 チェン・ロンが苦笑した。

「利用されたようですね、私も」

---

 捕らえた暗殺者の尋問が始まった。

 リヴィエルは心理的圧迫を巧みに使う。相手の目を見つめ、沈黙で追い詰める。そして真実薬を少量投与。

「誰の指示だ?」

 暗殺者の口が震えながら開いた。

「枢密院議長...様の...」

 衝撃が走った。

 枢密院議長——六十歳の温厚な老紳士で、皇帝の幼馴染。改革派の重鎮として知られる人物が、まさか内通者だったとは。

「なぜ...」

 レオンが呟いた時、暗殺者が続けた。

「三百年前...魔王戦争で...家族を見捨てられ...」

 復讐心を隠して出世し、帝国の弱体化を画策していたという。しかし——

「陛下個人は...憎めないと...言っておられました...」

 複雑な感情が絡み合っている。

 レオンは決断を迫られた。皇帝に報告すべきか? 証拠はまだ不完全で、下手に動けば内戦になる。

「泳がせましょう」

 リヴィエルが進言した。

「もっと大きな魚がいるはずです。私が監視します」

 その瞳に、一瞬だけ寂しさがよぎった。レオン様と一緒に行きたい。でも、私にできる最善は、彼を守ることだから。

---

 意外な展開が起きた。

 チェン・ロンが魔道計算機を操作しながら言う。

「裏切られた借りは返します。それに...」

 計算結果を見せた。

「利益計算をやり直しました。レオン側につく方が得です」

 彼は懐から古いレシピ帳を取り出した。亡き妻の形見らしい。

「最近、計算できないものの価値を知り始めています。『全てを数字にしないで』と、妻はよく言っていました」

 情報提供を申し出た。東方強硬派のリスト、各国の動向、そして——

「最後の鍵の場所も」

 条件は研究データの一部共有。独占ではなく、共に発展する道を選ぶという。

 そこへ、北方のアイゼン男爵から密書が届いた。

『我々は中立を守る。しかし、一つ情報を。ヴァレンタスが古代兵器を...』

 三百年前の封印兵器。一度使えば大陸が割れるという。

「止めなければ...」

 三体からも緊急連絡が入った。

『始まりの地に到着~! でも、すごい数の軍勢が~!』

 マリーナの声に続き、フィルミナが言う。

『みんな鍵を狙って...』

 テラが静かに告げた。

『...大地が泣いています。ここで戦えば...取り返しがつかない』

 さらに、意外な申し出が。

「父上の命令だ。お前を護衛する」

 ユリオスが現れた。兄弟の和解が少しずつ進んでいる。

「...個人的にも手伝いたい」

 帝国軍は皇帝派と宰相派に分裂している。中立派の動向が鍵だという。

---

 作戦会議が開かれた。

 参加者はレオン、リヴィエル、ガイウス隊長、通信でチェン・ロン、そしてユリオス。

「時間がない。各国軍が集結中で、ヴァレンタスが演説を予定している」

 レオンは二正面作戦を提案した。

「A班は帝都で宰相阻止。B班は始まりの地へ急行。両方成功させる」

 役割分担が決まる。リヴィエルが枢密院議長の監視、ユリオスが皇帝の護衛、そしてレオンは始まりの地へ。

「切り札があります」

 レオンがプリマを見つめた。

「全スライムへの呼びかけ。戦いではなく、理解を」

 リヴィエルは複雑な表情を浮かべた。

(本当は一緒に行きたい...)

 でも、諜報員としての使命がある。レオンの手を握り、決意を込めて言った。

「必ず生きて戻ってください」

「君に任せる」

「はい!」

 言葉にしない想いが交錯する。

 そして別れの時。

 レオンは始まりの地へ向かい、リヴィエルは再び影の中へ消えた。枢密院議長を泳がせながら、決定的証拠を掴むために。

(私の全てを賭けて、レオン様をお守りします)

 彼女は手に甘い紅茶の香りがする飴を握りしめた。諜報中でも欠かさない、小さな習慣。それが彼女を人間らしく保っている。

 運命の朝が、刻一刻と近づいていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生辺境の雑用兵、知らぬ間に世界最強になっていた件 〜追放されたけど美女たちに囲まれて安寧生活〜

eringi
ファンタジー
辺境軍の雑用兵として転生した青年・レオン。異世界に転生したのに、剣も魔法も地味でパッとしない日々。ところが彼の“地味な努力”が、実は世界の理をゆるがすほどの能力だと気づく者が次々と現れる。貴族令嬢、魔族の姫、神官少女──気づけばハーレム状態に。追放された元仲間が破滅していく流れの中、本人だけは「俺、そんな強いかな?」と首をかしげる。無自覚最強×ざまぁ×追放後スローライフ×英雄伝説が交錯する、異世界逆転ストーリー。

ホームレスは転生したら7歳児!?気弱でコミュ障だった僕が、気づいたら異種族の王になっていました

たぬきち
ファンタジー
1部が12/6に完結して、2部に入ります。 「俺だけ不幸なこんな世界…認めない…認めないぞ!!」 どこにでもいる、さえないおじさん。特技なし。彼女いない。仕事ない。お金ない。外見も悪い。頭もよくない。とにかくなんにもない。そんな主人公、アレン・ロザークが死の間際に涙ながらに訴えたのが人生のやりなおしー。 彼は30年という短い生涯を閉じると、記憶を引き継いだままその意識は幼少期へ飛ばされた。 幼少期に戻ったアレンは前世の記憶と、飼い猫と喋れるオリジナルスキルを頼りに、不都合な未来、出来事を改変していく。 記憶にない事象、改変後に新たに発生したトラブルと戦いながら、2度目の人生での仲間らとアレンは新たな人生を歩んでいく。 新しい世界では『魔宝殿』と呼ばれるダンジョンがあり、前世の世界ではいなかった魔獣、魔族、亜人などが存在し、ただの日雇い店員だった前世とは違い、ダンジョンへ仲間たちと挑んでいきます。 この物語は、記憶を引き継ぎ幼少期にタイムリープした主人公アレンが、自分の人生を都合のいい方へ改変しながら、最低最悪な未来を避け、全く新しい人生を手に入れていきます。 主人公最強系の魔法やスキルはありません。あくまでも前世の記憶と経験を頼りにアレンにとって都合のいい人生を手に入れる物語です。 ※ ネタバレのため、2部が完結したらまた少し書きます。タイトルも2部の始まりに合わせて変えました。

『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!

たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。 新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。 ※※※※※ 1億年の試練。 そして、神をもしのぐ力。 それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。 すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。 だが、もはや生きることに飽きていた。 『違う選択肢もあるぞ?』 創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、 その“策略”にまんまと引っかかる。 ――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。 確かに神は嘘をついていない。 けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!! そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、 神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。 記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。 それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。 だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。 くどいようだが、俺の望みはスローライフ。 ……のはずだったのに。 呪いのような“女難の相”が炸裂し、 気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。 どうしてこうなった!?

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

世界一簡単にレベルアップ ~魔物を倒すだけでレベルが上がる能力を得た俺は、弱小の魔物を倒しまくって異世界でハーレム作る事にしました~

きよらかなこころ
ファンタジー
 シンゴはある日、事故で死んだ。  どうやら、神の手違いで間違って死んでしまったシンゴは異世界に転生することになる。  転生する際にオマケに『魔物を倒すだけでレベルが上がる』能力を貰ったシンゴ。  弱小の魔物を倒してレベルを上げ、異世界でハーレムを作る事を企むのだった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...