転生王子はスライムを育てたい ~最弱モンスターが世界を変える科学的飼育法~

宵町あかり

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第34話 外交と謀略

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 影が、影を追う。

 宰相府の天井裏を、リヴィエルは音もなく移動していた。布で包んだ靴底が梁を踏む音さえ、聞こえない。彼女の影魔法は、本体を闇に溶け込ませるだけでなく、存在感そのものを希薄にする。

(レオン様のために——)

 震える手を握りしめる。主君への忠誠心と、初めて裏切るような真似をする罪悪感が胸を締め付けた。でも、これが最善の道だと信じて。

 通気口から執務室を覗き込む。深夜にもかかわらず、ヴァレンタスは書類に向かっていた。その横に、見慣れない文書がある。

「...最後の鍵の座標は...」

 ヴァレンタスの呟きが聞こえた。リヴィエルは懐から撮影魔道具を取り出す。無音で動作する特殊仕様——皮肉にも、帝国の諜報部が開発したものだ。

 カチリ。

 光も音もなく、文書が記録される。暗号化された協力者リスト、クーデター計画の詳細、そして——

「陛下の側近にも...」

 リヴィエルは息を呑んだ。裏切り者は予想以上に深く潜伏している。でも名前が暗号化されていて読めない。

 足音が近づいた。

「閣下、緊急の報告が」

 側近が扉を開ける音。リヴィエルは即座に通気口から離れ、影に溶け込んだ。心臓の鼓動が異様に大きく聞こえる。

(まだだ...もう少し...)

 影の中を滑るように移動し、書庫へ向かう。そこで見つけたのは、東方連合との密約書だった。

「明日の会談で...罠を...」

 証拠は掴んだ。窓から飛び降り、影に溶け込みながら脱出する。宰相府から十分離れてから、リヴィエルは通信魔道具を取り出した。

『レオン様、重要な情報があります』

---

 翌朝、レオンのもとに東方連合からの招待状が届いた。

「研究協力の提案...中立保証の交渉...」

 ガイウス隊長が警戒の表情を浮かべる。

「罠の可能性が高いですな」

「でも無視もできない」

 レオンはリヴィエルを見た。彼女は小さく頷く。

「私も同行します。護衛として」

 会談場所は帝都の中立地帯にある古い商館。東方連合の治外法権が及ぶ場所だ。逃げ道は限られている。

 そこで待っていたのは、チェン・ロン。三十代の細身の商人で、常に魔道計算機を操作している。

「レオン王子、お会いできて光栄です」

 鋭い眼光がレオンを値踏みするように見つめた。

「単刀直入に申し上げましょう。利益を共有しませんか?」

 魔道計算機が数値を弾き出す。

「研究データと引き換えに、我々は中立を保証します。そして...」

 チェン・ロンが身を乗り出した。

「宰相の計画も知っています。協力すれば、それも——」

 その瞬間だった。

 煙幕が室内に充満し、東方の暗殺者たちが現れた。麻痺毒の匂いがする。

「やはり罠か!」

 ガイウスが剣を抜く。しかし、チェン・ロンの顔が驚愕に染まった。

「私の指示ではない!」

 内部に別の裏切り者がいる。暗殺者たちは容赦なく攻撃を仕掛けてきた。

 影から、リヴィエルが飛び出した。

「お待たせしました、レオン様」

 彼女の短剣が暗殺者の急所を正確に狙う。麻痺毒を塗った暗器を使い、次々と無力化していく。

「事前に罠を察知していました。逃走経路も確保済みです」

 諜報員としての本領発揮。敵の通信魔道具を傍受し、情報を得る。

「真の黒幕は別にいます。東方内部の強硬派が...」

 チェン・ロンが苦笑した。

「利用されたようですね、私も」

---

 捕らえた暗殺者の尋問が始まった。

 リヴィエルは心理的圧迫を巧みに使う。相手の目を見つめ、沈黙で追い詰める。そして真実薬を少量投与。

「誰の指示だ?」

 暗殺者の口が震えながら開いた。

「枢密院議長...様の...」

 衝撃が走った。

 枢密院議長——六十歳の温厚な老紳士で、皇帝の幼馴染。改革派の重鎮として知られる人物が、まさか内通者だったとは。

「なぜ...」

 レオンが呟いた時、暗殺者が続けた。

「三百年前...魔王戦争で...家族を見捨てられ...」

 復讐心を隠して出世し、帝国の弱体化を画策していたという。しかし——

「陛下個人は...憎めないと...言っておられました...」

 複雑な感情が絡み合っている。

 レオンは決断を迫られた。皇帝に報告すべきか? 証拠はまだ不完全で、下手に動けば内戦になる。

「泳がせましょう」

 リヴィエルが進言した。

「もっと大きな魚がいるはずです。私が監視します」

 その瞳に、一瞬だけ寂しさがよぎった。レオン様と一緒に行きたい。でも、私にできる最善は、彼を守ることだから。

---

 意外な展開が起きた。

 チェン・ロンが魔道計算機を操作しながら言う。

「裏切られた借りは返します。それに...」

 計算結果を見せた。

「利益計算をやり直しました。レオン側につく方が得です」

 彼は懐から古いレシピ帳を取り出した。亡き妻の形見らしい。

「最近、計算できないものの価値を知り始めています。『全てを数字にしないで』と、妻はよく言っていました」

 情報提供を申し出た。東方強硬派のリスト、各国の動向、そして——

「最後の鍵の場所も」

 条件は研究データの一部共有。独占ではなく、共に発展する道を選ぶという。

 そこへ、北方のアイゼン男爵から密書が届いた。

『我々は中立を守る。しかし、一つ情報を。ヴァレンタスが古代兵器を...』

 三百年前の封印兵器。一度使えば大陸が割れるという。

「止めなければ...」

 三体からも緊急連絡が入った。

『始まりの地に到着~! でも、すごい数の軍勢が~!』

 マリーナの声に続き、フィルミナが言う。

『みんな鍵を狙って...』

 テラが静かに告げた。

『...大地が泣いています。ここで戦えば...取り返しがつかない』

 さらに、意外な申し出が。

「父上の命令だ。お前を護衛する」

 ユリオスが現れた。兄弟の和解が少しずつ進んでいる。

「...個人的にも手伝いたい」

 帝国軍は皇帝派と宰相派に分裂している。中立派の動向が鍵だという。

---

 作戦会議が開かれた。

 参加者はレオン、リヴィエル、ガイウス隊長、通信でチェン・ロン、そしてユリオス。

「時間がない。各国軍が集結中で、ヴァレンタスが演説を予定している」

 レオンは二正面作戦を提案した。

「A班は帝都で宰相阻止。B班は始まりの地へ急行。両方成功させる」

 役割分担が決まる。リヴィエルが枢密院議長の監視、ユリオスが皇帝の護衛、そしてレオンは始まりの地へ。

「切り札があります」

 レオンがプリマを見つめた。

「全スライムへの呼びかけ。戦いではなく、理解を」

 リヴィエルは複雑な表情を浮かべた。

(本当は一緒に行きたい...)

 でも、諜報員としての使命がある。レオンの手を握り、決意を込めて言った。

「必ず生きて戻ってください」

「君に任せる」

「はい!」

 言葉にしない想いが交錯する。

 そして別れの時。

 レオンは始まりの地へ向かい、リヴィエルは再び影の中へ消えた。枢密院議長を泳がせながら、決定的証拠を掴むために。

(私の全てを賭けて、レオン様をお守りします)

 彼女は手に甘い紅茶の香りがする飴を握りしめた。諜報中でも欠かさない、小さな習慣。それが彼女を人間らしく保っている。

 運命の朝が、刻一刻と近づいていた。
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