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第72話 対極の調和 前編:理論と挑戦
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感情測定の実験から一晩。再び研究ノートに向かっていた。
昨夜、装置が暴走して壊れた時のデータを、何度も見返す。ルミナの感情が魔力に変換される過程。その瞬間の波形。魔力値の急激な上昇パターン。
そして——気づいた。
「感情は...対極でも、共存できるんだ」
ペンを走らせながら、頭の中で理論が組み上がっていく。数式と波形図が次々と浮かび、それを紙に落とし込む作業に没頭する。研究者として最も幸福な瞬間だ。
ルミナの感情を分析していて、面白い発見があった。喜びと不安。嬉しさと恥ずかしさ。相反する感情が、同時に彼女の中に存在していた。でも、その二つの感情は打ち消し合わなかった。むしろ、混ざり合って、もっと豊かな感情を作っていた。
「だとしたら...魔法も同じかもしれない」
机の上のホワイトボードに、図を描き始める。
炎と氷。対極属性。
従来の魔法理論では、相反する属性は互いに打ち消し合うとされている。炎は氷を溶かし、氷は炎を冷やす。ただそれだけ。
でも、本当にそうだろうか?
「音楽を考えてみよう」
音符を描く。
ドの音とミの音。異なる音だけど、同時に鳴らすとハーモニーになる。二つの音の波が重なり合って、新しい和音を作る。打ち消し合うんじゃなくて、調和する。
「炎と氷も...波として捉えれば」
波形の図を追加する。二つの波が重なり合い、新しい波形を形成する様子。
「タイミングと強度を合わせれば、打ち消し合うんじゃなくて、新しいエネルギーを生むはずだ」
まるで、光と影が混ざって夕焼けの美しいグラデーションを作るように。あるいは、春と秋が重なって初夏や晩秋の繊細な季節を作るように。
対極は、敵対するものじゃない。補完し合って、新しい何かを生み出すもの——。
扉が開いて、シグレが入ってきた。
「おはようございます、レオン様。また早朝から理論構築ですか?」
「シグレ!見て、これ」
興奮気味に図を指差す。
「炎と氷の共鳴理論だよ」
シグレが図を見て、目を細める。
「視覚的で分かりやすいですね」
彼女は図の前で立ち止まり、しばらく黙考した。
「しかし...実証は相当難しいと思われます。対極属性の同時制御は、理論上極めて不安定です」
「そう、だからこそ面白いんだ」
笑顔で答えながら、シグレの懸念を心に刻む。理論の美しさと実証の困難さ——その間にある深い溝を、いかにして埋めるか。それこそが科学者の挑戦だ。
シグレが少し考え込むような表情になる。
「レオン様、一つ質問してもよろしいですか?」
「うん、何でも」
「なぜ、この理論を思いつかれたのですか?」
シグレの質問に、少し考えて答えた。
「ルミナの実験で気づいたんだ。感情って、相反するものが共存できる。喜びと不安、嬉しさと恥ずかしさ。それが混ざり合って、もっと豊かになる」
シグレが静かに頷く。
「なるほど。人の心の複雑さから、魔法の本質を見抜かれたのですね」
「心も魔法も、きっと同じ原理だと思うんだ」
ホワイトボードに新しい図を描き足す。
「この理論が正しければ、フィルミナとクリスタの力を合わせて、今まで誰も見たことのない魔法が生まれるかもしれない」
---
午前中、フィルミナとクリスタを研究室に呼んだ。
「レオン様、お呼びでしょうか?」
フィルミナが優雅に入室する。白いドレス姿が、朝日に映えて美しい。
「私たちの力が必要とのこと」
クリスタも静かに微笑む。氷のような透明感が、神秘的だ。
「二人とも、ありがとう」
図を見せる。
「今日は、炎と氷の共鳴実験をしたいんだ」
二人が図を見る。その瞬間、微妙な空気が流れた。
「炎と氷が...調和する?」
クリスタが首を傾げる。
彼女の声に、わずかな疑念が混じっている。炎と氷——対極の属性が調和するなど、今まで聞いたことがない。魔法の歴史書にも、そんな記述はなかった。理論として美しくても、実現できるのだろうか。クリスタの胸に、小さな不安の種が芽生える。でも、レオン様が考えた理論。信じたい。その二つの気持ちが、心の中でせめぎ合う。
「はい。例えば、音楽を想像して」
説明を始める。
「フィルミナは低音のパート、クリスタは高音のパート。別々だと単なる音だけど、同時に演奏すれば美しいハーモニーになる」
フィルミナが少し考え込むような表情になった。
「音楽のように...ですか」
彼女の声には、期待と同時に、わずかな不安が混じっている。炎と氷。相反する属性。長い歴史の中で、決して交わることのなかった二つの力。
「でも、レオン様...」
クリスタが慎重に言葉を選ぶ。
「炎と氷は、本能的に反発し合うものです。私とフィルミナ様が近づくだけで、お互いの魔力が不快に感じることがあります」
フィルミナも静かに頷いた。
「ええ...正直に申し上げますと、私もクリスタの冷気に近づくと、炎が勝手に強くなってしまうんです。まるで、身を守ろうとするように」
二人の言葉に、新しい視点を得る。
「それは...魔力の防衛反応か」
メモを取りながら考えを巡らせる。対極属性の本能的反発——これは理論を組み立てる上で重要な鍵になる。二人の体験こそが、最も価値あるデータだ。研究者として、この発見に胸が高鳴る。
「対極属性が近づくと、本能的に力を強めて相手を打ち消そうとする...」
これは、理論を組み立てる上で重要な情報だ。
「でも、だからこそ挑戦する価値があるんだ」
二人を見る。
「本能的な反発を超えて、調和できたら...それは、心の絆が本能を超えた証拠になる」
フィルミナとクリスタが、顔を見合わせる。
二人の目に、決意の色が浮かぶ。炎と氷——今まで決して交わらなかった対極の力。でも、レオン様はそれが調和できると信じている。その信頼に応えたい。たとえ本能が反発しても、心の絆でそれを超えたい。フィルミナの胸に、静かな覚悟が芽生える。クリスタも同じ想いを抱いている——二人の視線が交わり、無言の誓いが交わされた。
「レオン様のため...でしたら」
フィルミナが静かに微笑んだ。
「私も、挑戦してみたいと思います」
クリスタも頷く。
「レオン様が信じてくださるなら、私も全力を尽くします」
二人の決意に、胸が温かくなった。フィルミナとクリスタ——二人が示してくれた勇気。対極の力を持つ者同士が、互いを信じて挑戦しようとしている。その姿が、どれほど美しいか。科学者として、人として、この瞬間を胸に刻みたい。二人の絆が、きっと奇跡を起こしてくれる——そう信じられる。
---
実験場に移動する。
フィルミナとクリスタが、三メートルほど離れて向かい合う。
「それじゃ、第1回実験を始めよう」
計測装置を準備する。魔力測定器、共鳴石、波動記録計。昨日の失敗を活かして、今日は丈夫な装置を用意した。
「まず、フィルミナ、炎の強さを30%に抑えて」
「はい、レオン様」
フィルミナが手を前に出す。白い炎が現れる。控えめで美しい炎だ。
「完璧。次に、クリスタ、氷の壁を同じ強さで」
「わかりましたわ」
クリスタが手を前に出す。透明な氷の壁が形成される。
「両者の魔素出力が均等です」
シグレが確認する。
「それじゃ、この二つを...ゆっくりと近づけてみよう」
緊張しながら指示を出す。心臓が高鳴る。未知の領域への挑戦——理論が正しければ、ここで何かが起こるはずだ。実験装置のメモリを見つめながら、期待と不安が入り混じる。
フィルミナとクリスタが、互いに一歩ずつ前に進む。
距離が二メートルに縮まった時——
ジリジリジリ!
炎と氷が、互いに反応し始めた。
「あっ...炎が、勝手に強くなって」
フィルミナが驚く。彼女の炎が30%から50%に膨れ上がっている。
「私の氷も...制御が難しい」
クリスタの氷の壁が厚くなっていく。
「二人とも、一旦停止!」
慌てて指示を出す。
フィルミナとクリスタが魔法を解除する。二人とも、額にうっすらと汗をかいていた。
「やはり...本能的な反発ですね」
シグレがデータを分析する。
「距離が二メートル以下になると、両者の魔力が防衛反応で急増しています」
メモを取りながら考えを巡らせる。防衛反応——本能的な拒絶。これは予想していたことだが、実際にデータで見ると、その強さに驚かされる。しかし、失敗は成功の母。この反応パターンこそが、次の実験設計の礎となる。
「第1回実験、失敗。原因:近接時の防衛反応」
でも、これで終わりじゃない。
「二人とも、大丈夫?」
「はい...少し、疲れましたが」
フィルミナが微笑む。
「私も大丈夫です」
クリスタが頷く。
「じゃあ、第2回実験に進もう」
新しいアプローチを考える。
「今度は、距離を五メートルに保って、魔力の波長を合わせることに集中してみよう」
---
第2回実験。
フィルミナとクリスタが、今度は五メートル離れて立つ。
「波長を合わせる...ということは?」
クリスタが聞く。
「炎と氷、それぞれの魔力が波のように振動しているんだ」
ホワイトボードを持ってきて、図を描く。
「この波のタイミングを合わせれば、近づいても反発しないかもしれない」
「なるほど...音楽のリズムを合わせるように」
フィルミナが理解を示す。
「その通り。じゃあ、まず波長の測定から」
装置を調整する。
「フィルミナ、炎を30%で維持して」
「はい」
白い炎が現れる。装置が波形を記録していく。
「波長は...0.8秒周期」
シグレが読み上げる。
「次、クリスタも同じ強度で」
「わかりました」
氷の壁が形成される。
「こちらの波長は...1.2秒周期」
シグレが眉を寄せる。
「波長が合っていません。これでは共鳴は難しいでしょう」
「じゃあ...クリスタ、波長を0.8秒に調整できる?」
「やってみます」
クリスタが集中する。氷の形成速度を変えて、波長を調整しようとする。
でも——
「難しい...です」
クリスタの額に汗が浮かぶ。
「無理に波長を変えると、氷が不安定になってしまいます」
氷の壁が、微妙に歪んでいる。
「一旦停止」
指示を出す。
クリスタが魔法を解除して、深く息をつく。
「すみません、レオン様...」
「ううん、クリスタのせいじゃないよ」
優しく答えながら、心の中で分析を続ける。波長は魔力の本質的な性質——無理に変えようとすれば、魔法そのものが不安定になる。これも重要なデータだ。失敗から学ぶべきことは多い。
「波長は、その人の魔力の性質そのものだから、無理に変えると逆効果なんだ」
メモに記録する。
「第2回実験、失敗。原因:波長の不一致。無理な調整は魔法の不安定化を招く」
フィルミナとクリスタが、申し訳なさそうな表情をしている。
二人とも、レオン様の期待に応えられなかったことへの自責の念が、胸を締め付けている。炎と氷——やはり、調和することなど不可能なのではないか。魔法の本質が、そもそも対極属性の融合を拒んでいるのではないか。フィルミナの心に、暗い影が差す。クリスタも同じ想いを抱いている。二人の視線が交わり、互いの不安を確認し合ってしまう。
「レオン様...私たち、お役に立てなくて」
「いや、十分役に立っているよ」
笑顔で答えながら、二人の不安を和らげたいと思う。失敗は決して無駄ではない——その想いを、どう伝えればいいだろう。研究者として、そして彼女たちを導く者として、適切な言葉を探す。
「失敗から学ぶことは多いんだ。これで、どうアプローチすべきか見えてきた」
二人が、その言葉に少し安心したような表情になる。
「でも...本当に成功するのでしょうか」
クリスタが不安そうに呟く。
「フィルミナ様と私...あまりにも違いすぎます」
フィルミナも、わずかに眉を曇らせた。
「ええ...私の炎は激しく、クリスタの氷は静か。性質が正反対すぎて...」
二人の声に、失意が滲む。炎と氷——生まれ持った属性の違い。それは、単なる性質の差ではない。存在そのものの根源的な違い。フィルミナの心に、深い諦めが忍び寄る。どれだけ努力しても、本質は変えられない。クリスタも同じ暗闇に沈んでいく——二人の心が、静かに離れていこうとしている。
ここで励ましの言葉が必要だと感じた。
「違うからこそ、価値があるんだよ」
二人を見る。
「もし同じ属性だったら、共鳴しても新しいものは生まれない。でも、正反対だからこそ、今まで誰も見たことのない魔法が生まれる可能性がある」
フィルミナとクリスタが、顔を上げる。
「違いは...弱点じゃなくて、強みなんだ」
その言葉に、二人の目に光が戻った。
「レオン様...」
フィルミナが微笑む。
レオン様の言葉が、心の奥深くに染み込んでいく。違いは弱点ではなく、強み——その視点が、今まで見えなかった世界を照らし出す。フィルミナの胸に、温かい希望が芽生える。対極だからこそ、新しい何かが生まれる。その可能性を、もう一度信じてみたい。
「ありがとうございます」
クリスタも静かに頷く。
クリスタの心にも、同じ光が差し込む。フィルミナ様との違い——それは、乗り越えるべき壁ではなく、活かすべき個性。氷の属性を持つ自分と、炎の属性を持つフィルミナ様。二人が協力すれば、きっと——。
「もう一度、挑戦してみます」
---
第3回実験。
今度は、新しい仮説を立てた。
「波長を合わせるんじゃなくて、波長の比を調整しよう」
ホワイトボードに図を描く。
「フィルミナの波長が0.8秒、クリスタが1.2秒。これは、2対3の比率だ」
「比率...ですか」
シグレが興味深そうに見る。
「そう。音楽で言えば、完全五度の関係。異なる音程だけど、調和する組み合わせなんだ」
説明を続ける。
「だから、この比率を保ったまま、魔力を同時に放出すれば...」
「ハーモニーになる、ということですね」
フィルミナが理解を示す。
「理論的には、可能性があります」
シグレが頷く。
「じゃあ、やってみよう」
フィルミナとクリスタが、再び五メートルの距離で向かい合う。
「準備はいい?」
聞くと、二人が頷いた。
でも——その目に、まだ不安の色が残っている。理論は理解できる。でも、本当に成功するのだろうか。失敗を重ねるたびに、心は少しずつすり減っていく。フィルミナの手が、わずかに震えている。クリスタも、唇を噛みしめている。二人とも、期待と不安の狭間で揺れている。レオン様を信じたい。でも、もし失敗したら——そんな想いが、胸を締め付ける。
「フィルミナ、クリスタ。一つ言っておきたいことがある」
二人を見る。
「この実験が成功しても失敗しても、二人の価値は変わらない。大切なのは、挑戦する勇気なんだ」
二人が、その言葉を聞いて、表情を和らげる。
「はい、レオン様」
フィルミナが微笑む。
レオン様の言葉が、心の重荷を軽くしてくれる。成功しても失敗しても、価値は変わらない——その保証が、どれほど心強いか。フィルミナの震えが止まる。クリスタの表情も和らいでいく。二人とも、ようやく肩の力が抜ける。
「私たち、頑張ります」
クリスタも決意を込めて頷く。
「それじゃ、始めよう」
合図を出す。
「フィルミナ、0.8秒周期で炎を」
「はい」
白い炎が現れる。規則的なリズムで揺れている。
「クリスタ、1.2秒周期で氷を」
「わかりました」
透明な氷の壁が形成される。こちらもゆっくりとしたリズムで変化している。
「両者の波長比は2対3。理論値通りです」
シグレが確認する。
「それじゃ、二つを...近づけてみよう」
フィルミナとクリスタが、一歩ずつ前に進む。
四メートル、三メートル——
ジリジリ...
また、反発の兆候が現れた。
「あっ...また、炎が」
フィルミナの炎が強くなり始める。
「私の氷も...」
クリスタの氷の壁が厚くなっていく。
「二人とも、波長を保って!」
叫ぶ。
フィルミナとクリスタが、必死に魔力を制御する。
でも——
バチバチバチッ!
炎と氷が激しく反発し、二人とも後ろに弾き飛ばされた。
「二人とも!」
シグレと一緒に駆け寄る。
「大丈夫...です」
フィルミナが立ち上がる。でも、息が荒い。
「私も...無事です」
クリスタも立ち上がるが、顔色が少し悪い。
「すみません、レオン様...またしても」
フィルミナが悔しそうに呟く。
「私たち...やはり、調和できないのかもしれません」
クリスタの声には、深い失望が滲んでいた。
何度挑戦しても、壁は越えられない。炎と氷——対極の属性は、やはり融合できないのではないか。フィルミナの心に、諦めの影が濃く落ちる。努力しても、願っても、本質は変えられない。クリスタも同じ絶望に沈んでいく。二人の心が、暗闇の中で震えている。もう、これ以上レオン様に迷惑をかけたくない——そんな想いが、二人を縛り付ける。
「そんなことない」
二人を見る。
「今回、少しだけ近づけたよね?前回は二メートルで反発したけど、今回は三メートルまで近づけた」
シグレが頷く。
「確かに。波長の比を調整したことで、防衛反応が弱まっています」
「つまり、アプローチは正しいんだ」
笑顔で言いながら、二人に希望を持ってほしいと願う。データは確実に改善を示している——その事実を、彼女たちに伝えたい。科学者として、一歩一歩前進することの大切さを知っている。
「あとは、もっと調整すれば...」
でも、二人の表情は晴れない。
「レオン様...」
フィルミナが俯く。
「私、クリスタを傷つけてしまうかもしれない...怖いです」
クリスタも同じように俯いた。
「私も...フィルミナ様を。対極属性は、やはり危険すぎます」
二人が、互いを見る。
その目には、恐怖と申し訳なさが混ざっていた。
「私たち...もしかしたら、一緒にいない方が...」
フィルミナが辛そうに言いかけた時——
「待って」
二人の間に入る。
「二人とも、考えてみて。なぜ、今日こうして一緒に実験できているのか」
フィルミナとクリスタが、こちらを見る。
「それは...レオン様が呼んでくださったから」
「そうじゃなくて」
首を振る。
「二人が、互いを信頼しているからだよ」
二人が、ハッとした表情になる。
「もし本当に危険だと思っていたら、最初から実験を拒否していたはず。でも、二人とも引き受けてくれた」
続ける。
「それは、互いを傷つけたくないという気持ちと同時に、互いを信じているからなんだ」
フィルミナとクリスタが、顔を見合わせる。
「クリスタ...」
「フィルミナ様...」
二人の目に、涙が浮かんでいた。
レオン様の言葉が、心の奥底に眠っていた真実を照らし出す。わたくしたち、互いを信じていた——その事実が、涙となって溢れ出す。フィルミナの心に、温かい光が満ちていく。対極の属性を持つ二人が、こうして共に挑戦できているのは、互いへの信頼があるから。その絆が、どれほど尊いものか——今、ようやく理解できた。
「私...あなたを傷つけたくない。でも、あなたを信じています」
フィルミナが言った。
「私も...フィルミナ様を。信じています」
クリスタが答えた。
クリスタの心にも、同じ光が差し込む。フィルミナ様を信じている——その想いが、今までの不安や恐怖を溶かしていく。対極の属性を持つからこそ、互いを尊重し、信頼し合えた。その絆こそが、わたくしたちの真の力。涙が頬を伝う。でも、それは悲しみの涙ではない。喜びと感謝の涙——。
二人が、そっと手を伸ばす。
その手が、触れ合った瞬間——
温かい光が、二人を包んだ。
「これは...」
シグレが驚く。
炎でもなく、氷でもない。二人の絆から生まれた、優しい光。
「絆の光...」
感動で胸が震える。理論では説明できない現象——でも、それが科学の最も美しい瞬間だ。人の心と魔力が共鳴する様子を、目の当たりにしている。研究者として、これ以上の喜びはない。
「明日...もう一度、挑戦してみませんか?」
二人に提案する。
「今日は失敗したけど、でも、大切なことがわかった。二人の絆が、本能的な反発を超え始めているんだ」
フィルミナとクリスタが、互いを見て、静かに頷いた。
「はい...もう一度、挑戦します」
フィルミナが微笑む。
「私たちの絆を、信じて」
クリスタも微笑んだ。
---
その日の夕方、各国の諜報員は報告を送った。
ガルヴァン(神聖騎士団)が冷や汗を流しながら報告書を書く。
「第三王子レオン、対極融合兵器の開発を開始」
「実験は現在失敗中だが、改善速度が異常」
「第1回実験:完全失敗」
「第2回実験:理論的アプローチ確立」
「第3回実験:近接距離が延長、絆の光が発生」
「このペースで進めば、三日以内に完成の可能性」
「全軍に通達!対極融合戦術への対応策を至急検討せよ!」
---
メルキオール(聖教国神官)が厳かに祈りを捧げる。
「炎の天使と氷の天使が絆で結ばれた!」
「これは神の奇跡の予行演習!」
「失敗を繰り返し、学び、成長する...まさに神の教えの実践!」
「全信者に告げよ!絆の力が、対立を超える時代が来る!」
---
チェン・ロン(東方連合商会)が興奮気味に報告する。
「対極融合技術、研究開発段階に突入」
「失敗データの蓄積により、成功確率が上昇中」
「推定完成時期:三日以内」
「市場投入時の経済効果:計り知れず」
「全商隊に通達!特許取得の準備を開始せよ!」
---
学術国の学者たちが色めき立つ。
「対極融合理論の実証実験だと!?」
「物理学と魔法学の根本概念が書き換わる!」
「絆による共鳴制御...これは新しい学問分野だ!」
「全学術機関に通達!対極融合研究チームを即座に編成せよ!」
---
一方、レオンは研究室で——
「明日は、もっと丁寧にアプローチしよう」
失敗データを整理しながら、次の実験計画を練っていた。
「二人の絆を信じて...」
ただの科学実験。
心の調和を証明したいという、純粋な想い。
世界が揺れ動こうとも、レオンは知らない。
その温度差が、果てしなく大きい——。
昨夜、装置が暴走して壊れた時のデータを、何度も見返す。ルミナの感情が魔力に変換される過程。その瞬間の波形。魔力値の急激な上昇パターン。
そして——気づいた。
「感情は...対極でも、共存できるんだ」
ペンを走らせながら、頭の中で理論が組み上がっていく。数式と波形図が次々と浮かび、それを紙に落とし込む作業に没頭する。研究者として最も幸福な瞬間だ。
ルミナの感情を分析していて、面白い発見があった。喜びと不安。嬉しさと恥ずかしさ。相反する感情が、同時に彼女の中に存在していた。でも、その二つの感情は打ち消し合わなかった。むしろ、混ざり合って、もっと豊かな感情を作っていた。
「だとしたら...魔法も同じかもしれない」
机の上のホワイトボードに、図を描き始める。
炎と氷。対極属性。
従来の魔法理論では、相反する属性は互いに打ち消し合うとされている。炎は氷を溶かし、氷は炎を冷やす。ただそれだけ。
でも、本当にそうだろうか?
「音楽を考えてみよう」
音符を描く。
ドの音とミの音。異なる音だけど、同時に鳴らすとハーモニーになる。二つの音の波が重なり合って、新しい和音を作る。打ち消し合うんじゃなくて、調和する。
「炎と氷も...波として捉えれば」
波形の図を追加する。二つの波が重なり合い、新しい波形を形成する様子。
「タイミングと強度を合わせれば、打ち消し合うんじゃなくて、新しいエネルギーを生むはずだ」
まるで、光と影が混ざって夕焼けの美しいグラデーションを作るように。あるいは、春と秋が重なって初夏や晩秋の繊細な季節を作るように。
対極は、敵対するものじゃない。補完し合って、新しい何かを生み出すもの——。
扉が開いて、シグレが入ってきた。
「おはようございます、レオン様。また早朝から理論構築ですか?」
「シグレ!見て、これ」
興奮気味に図を指差す。
「炎と氷の共鳴理論だよ」
シグレが図を見て、目を細める。
「視覚的で分かりやすいですね」
彼女は図の前で立ち止まり、しばらく黙考した。
「しかし...実証は相当難しいと思われます。対極属性の同時制御は、理論上極めて不安定です」
「そう、だからこそ面白いんだ」
笑顔で答えながら、シグレの懸念を心に刻む。理論の美しさと実証の困難さ——その間にある深い溝を、いかにして埋めるか。それこそが科学者の挑戦だ。
シグレが少し考え込むような表情になる。
「レオン様、一つ質問してもよろしいですか?」
「うん、何でも」
「なぜ、この理論を思いつかれたのですか?」
シグレの質問に、少し考えて答えた。
「ルミナの実験で気づいたんだ。感情って、相反するものが共存できる。喜びと不安、嬉しさと恥ずかしさ。それが混ざり合って、もっと豊かになる」
シグレが静かに頷く。
「なるほど。人の心の複雑さから、魔法の本質を見抜かれたのですね」
「心も魔法も、きっと同じ原理だと思うんだ」
ホワイトボードに新しい図を描き足す。
「この理論が正しければ、フィルミナとクリスタの力を合わせて、今まで誰も見たことのない魔法が生まれるかもしれない」
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午前中、フィルミナとクリスタを研究室に呼んだ。
「レオン様、お呼びでしょうか?」
フィルミナが優雅に入室する。白いドレス姿が、朝日に映えて美しい。
「私たちの力が必要とのこと」
クリスタも静かに微笑む。氷のような透明感が、神秘的だ。
「二人とも、ありがとう」
図を見せる。
「今日は、炎と氷の共鳴実験をしたいんだ」
二人が図を見る。その瞬間、微妙な空気が流れた。
「炎と氷が...調和する?」
クリスタが首を傾げる。
彼女の声に、わずかな疑念が混じっている。炎と氷——対極の属性が調和するなど、今まで聞いたことがない。魔法の歴史書にも、そんな記述はなかった。理論として美しくても、実現できるのだろうか。クリスタの胸に、小さな不安の種が芽生える。でも、レオン様が考えた理論。信じたい。その二つの気持ちが、心の中でせめぎ合う。
「はい。例えば、音楽を想像して」
説明を始める。
「フィルミナは低音のパート、クリスタは高音のパート。別々だと単なる音だけど、同時に演奏すれば美しいハーモニーになる」
フィルミナが少し考え込むような表情になった。
「音楽のように...ですか」
彼女の声には、期待と同時に、わずかな不安が混じっている。炎と氷。相反する属性。長い歴史の中で、決して交わることのなかった二つの力。
「でも、レオン様...」
クリスタが慎重に言葉を選ぶ。
「炎と氷は、本能的に反発し合うものです。私とフィルミナ様が近づくだけで、お互いの魔力が不快に感じることがあります」
フィルミナも静かに頷いた。
「ええ...正直に申し上げますと、私もクリスタの冷気に近づくと、炎が勝手に強くなってしまうんです。まるで、身を守ろうとするように」
二人の言葉に、新しい視点を得る。
「それは...魔力の防衛反応か」
メモを取りながら考えを巡らせる。対極属性の本能的反発——これは理論を組み立てる上で重要な鍵になる。二人の体験こそが、最も価値あるデータだ。研究者として、この発見に胸が高鳴る。
「対極属性が近づくと、本能的に力を強めて相手を打ち消そうとする...」
これは、理論を組み立てる上で重要な情報だ。
「でも、だからこそ挑戦する価値があるんだ」
二人を見る。
「本能的な反発を超えて、調和できたら...それは、心の絆が本能を超えた証拠になる」
フィルミナとクリスタが、顔を見合わせる。
二人の目に、決意の色が浮かぶ。炎と氷——今まで決して交わらなかった対極の力。でも、レオン様はそれが調和できると信じている。その信頼に応えたい。たとえ本能が反発しても、心の絆でそれを超えたい。フィルミナの胸に、静かな覚悟が芽生える。クリスタも同じ想いを抱いている——二人の視線が交わり、無言の誓いが交わされた。
「レオン様のため...でしたら」
フィルミナが静かに微笑んだ。
「私も、挑戦してみたいと思います」
クリスタも頷く。
「レオン様が信じてくださるなら、私も全力を尽くします」
二人の決意に、胸が温かくなった。フィルミナとクリスタ——二人が示してくれた勇気。対極の力を持つ者同士が、互いを信じて挑戦しようとしている。その姿が、どれほど美しいか。科学者として、人として、この瞬間を胸に刻みたい。二人の絆が、きっと奇跡を起こしてくれる——そう信じられる。
---
実験場に移動する。
フィルミナとクリスタが、三メートルほど離れて向かい合う。
「それじゃ、第1回実験を始めよう」
計測装置を準備する。魔力測定器、共鳴石、波動記録計。昨日の失敗を活かして、今日は丈夫な装置を用意した。
「まず、フィルミナ、炎の強さを30%に抑えて」
「はい、レオン様」
フィルミナが手を前に出す。白い炎が現れる。控えめで美しい炎だ。
「完璧。次に、クリスタ、氷の壁を同じ強さで」
「わかりましたわ」
クリスタが手を前に出す。透明な氷の壁が形成される。
「両者の魔素出力が均等です」
シグレが確認する。
「それじゃ、この二つを...ゆっくりと近づけてみよう」
緊張しながら指示を出す。心臓が高鳴る。未知の領域への挑戦——理論が正しければ、ここで何かが起こるはずだ。実験装置のメモリを見つめながら、期待と不安が入り混じる。
フィルミナとクリスタが、互いに一歩ずつ前に進む。
距離が二メートルに縮まった時——
ジリジリジリ!
炎と氷が、互いに反応し始めた。
「あっ...炎が、勝手に強くなって」
フィルミナが驚く。彼女の炎が30%から50%に膨れ上がっている。
「私の氷も...制御が難しい」
クリスタの氷の壁が厚くなっていく。
「二人とも、一旦停止!」
慌てて指示を出す。
フィルミナとクリスタが魔法を解除する。二人とも、額にうっすらと汗をかいていた。
「やはり...本能的な反発ですね」
シグレがデータを分析する。
「距離が二メートル以下になると、両者の魔力が防衛反応で急増しています」
メモを取りながら考えを巡らせる。防衛反応——本能的な拒絶。これは予想していたことだが、実際にデータで見ると、その強さに驚かされる。しかし、失敗は成功の母。この反応パターンこそが、次の実験設計の礎となる。
「第1回実験、失敗。原因:近接時の防衛反応」
でも、これで終わりじゃない。
「二人とも、大丈夫?」
「はい...少し、疲れましたが」
フィルミナが微笑む。
「私も大丈夫です」
クリスタが頷く。
「じゃあ、第2回実験に進もう」
新しいアプローチを考える。
「今度は、距離を五メートルに保って、魔力の波長を合わせることに集中してみよう」
---
第2回実験。
フィルミナとクリスタが、今度は五メートル離れて立つ。
「波長を合わせる...ということは?」
クリスタが聞く。
「炎と氷、それぞれの魔力が波のように振動しているんだ」
ホワイトボードを持ってきて、図を描く。
「この波のタイミングを合わせれば、近づいても反発しないかもしれない」
「なるほど...音楽のリズムを合わせるように」
フィルミナが理解を示す。
「その通り。じゃあ、まず波長の測定から」
装置を調整する。
「フィルミナ、炎を30%で維持して」
「はい」
白い炎が現れる。装置が波形を記録していく。
「波長は...0.8秒周期」
シグレが読み上げる。
「次、クリスタも同じ強度で」
「わかりました」
氷の壁が形成される。
「こちらの波長は...1.2秒周期」
シグレが眉を寄せる。
「波長が合っていません。これでは共鳴は難しいでしょう」
「じゃあ...クリスタ、波長を0.8秒に調整できる?」
「やってみます」
クリスタが集中する。氷の形成速度を変えて、波長を調整しようとする。
でも——
「難しい...です」
クリスタの額に汗が浮かぶ。
「無理に波長を変えると、氷が不安定になってしまいます」
氷の壁が、微妙に歪んでいる。
「一旦停止」
指示を出す。
クリスタが魔法を解除して、深く息をつく。
「すみません、レオン様...」
「ううん、クリスタのせいじゃないよ」
優しく答えながら、心の中で分析を続ける。波長は魔力の本質的な性質——無理に変えようとすれば、魔法そのものが不安定になる。これも重要なデータだ。失敗から学ぶべきことは多い。
「波長は、その人の魔力の性質そのものだから、無理に変えると逆効果なんだ」
メモに記録する。
「第2回実験、失敗。原因:波長の不一致。無理な調整は魔法の不安定化を招く」
フィルミナとクリスタが、申し訳なさそうな表情をしている。
二人とも、レオン様の期待に応えられなかったことへの自責の念が、胸を締め付けている。炎と氷——やはり、調和することなど不可能なのではないか。魔法の本質が、そもそも対極属性の融合を拒んでいるのではないか。フィルミナの心に、暗い影が差す。クリスタも同じ想いを抱いている。二人の視線が交わり、互いの不安を確認し合ってしまう。
「レオン様...私たち、お役に立てなくて」
「いや、十分役に立っているよ」
笑顔で答えながら、二人の不安を和らげたいと思う。失敗は決して無駄ではない——その想いを、どう伝えればいいだろう。研究者として、そして彼女たちを導く者として、適切な言葉を探す。
「失敗から学ぶことは多いんだ。これで、どうアプローチすべきか見えてきた」
二人が、その言葉に少し安心したような表情になる。
「でも...本当に成功するのでしょうか」
クリスタが不安そうに呟く。
「フィルミナ様と私...あまりにも違いすぎます」
フィルミナも、わずかに眉を曇らせた。
「ええ...私の炎は激しく、クリスタの氷は静か。性質が正反対すぎて...」
二人の声に、失意が滲む。炎と氷——生まれ持った属性の違い。それは、単なる性質の差ではない。存在そのものの根源的な違い。フィルミナの心に、深い諦めが忍び寄る。どれだけ努力しても、本質は変えられない。クリスタも同じ暗闇に沈んでいく——二人の心が、静かに離れていこうとしている。
ここで励ましの言葉が必要だと感じた。
「違うからこそ、価値があるんだよ」
二人を見る。
「もし同じ属性だったら、共鳴しても新しいものは生まれない。でも、正反対だからこそ、今まで誰も見たことのない魔法が生まれる可能性がある」
フィルミナとクリスタが、顔を上げる。
「違いは...弱点じゃなくて、強みなんだ」
その言葉に、二人の目に光が戻った。
「レオン様...」
フィルミナが微笑む。
レオン様の言葉が、心の奥深くに染み込んでいく。違いは弱点ではなく、強み——その視点が、今まで見えなかった世界を照らし出す。フィルミナの胸に、温かい希望が芽生える。対極だからこそ、新しい何かが生まれる。その可能性を、もう一度信じてみたい。
「ありがとうございます」
クリスタも静かに頷く。
クリスタの心にも、同じ光が差し込む。フィルミナ様との違い——それは、乗り越えるべき壁ではなく、活かすべき個性。氷の属性を持つ自分と、炎の属性を持つフィルミナ様。二人が協力すれば、きっと——。
「もう一度、挑戦してみます」
---
第3回実験。
今度は、新しい仮説を立てた。
「波長を合わせるんじゃなくて、波長の比を調整しよう」
ホワイトボードに図を描く。
「フィルミナの波長が0.8秒、クリスタが1.2秒。これは、2対3の比率だ」
「比率...ですか」
シグレが興味深そうに見る。
「そう。音楽で言えば、完全五度の関係。異なる音程だけど、調和する組み合わせなんだ」
説明を続ける。
「だから、この比率を保ったまま、魔力を同時に放出すれば...」
「ハーモニーになる、ということですね」
フィルミナが理解を示す。
「理論的には、可能性があります」
シグレが頷く。
「じゃあ、やってみよう」
フィルミナとクリスタが、再び五メートルの距離で向かい合う。
「準備はいい?」
聞くと、二人が頷いた。
でも——その目に、まだ不安の色が残っている。理論は理解できる。でも、本当に成功するのだろうか。失敗を重ねるたびに、心は少しずつすり減っていく。フィルミナの手が、わずかに震えている。クリスタも、唇を噛みしめている。二人とも、期待と不安の狭間で揺れている。レオン様を信じたい。でも、もし失敗したら——そんな想いが、胸を締め付ける。
「フィルミナ、クリスタ。一つ言っておきたいことがある」
二人を見る。
「この実験が成功しても失敗しても、二人の価値は変わらない。大切なのは、挑戦する勇気なんだ」
二人が、その言葉を聞いて、表情を和らげる。
「はい、レオン様」
フィルミナが微笑む。
レオン様の言葉が、心の重荷を軽くしてくれる。成功しても失敗しても、価値は変わらない——その保証が、どれほど心強いか。フィルミナの震えが止まる。クリスタの表情も和らいでいく。二人とも、ようやく肩の力が抜ける。
「私たち、頑張ります」
クリスタも決意を込めて頷く。
「それじゃ、始めよう」
合図を出す。
「フィルミナ、0.8秒周期で炎を」
「はい」
白い炎が現れる。規則的なリズムで揺れている。
「クリスタ、1.2秒周期で氷を」
「わかりました」
透明な氷の壁が形成される。こちらもゆっくりとしたリズムで変化している。
「両者の波長比は2対3。理論値通りです」
シグレが確認する。
「それじゃ、二つを...近づけてみよう」
フィルミナとクリスタが、一歩ずつ前に進む。
四メートル、三メートル——
ジリジリ...
また、反発の兆候が現れた。
「あっ...また、炎が」
フィルミナの炎が強くなり始める。
「私の氷も...」
クリスタの氷の壁が厚くなっていく。
「二人とも、波長を保って!」
叫ぶ。
フィルミナとクリスタが、必死に魔力を制御する。
でも——
バチバチバチッ!
炎と氷が激しく反発し、二人とも後ろに弾き飛ばされた。
「二人とも!」
シグレと一緒に駆け寄る。
「大丈夫...です」
フィルミナが立ち上がる。でも、息が荒い。
「私も...無事です」
クリスタも立ち上がるが、顔色が少し悪い。
「すみません、レオン様...またしても」
フィルミナが悔しそうに呟く。
「私たち...やはり、調和できないのかもしれません」
クリスタの声には、深い失望が滲んでいた。
何度挑戦しても、壁は越えられない。炎と氷——対極の属性は、やはり融合できないのではないか。フィルミナの心に、諦めの影が濃く落ちる。努力しても、願っても、本質は変えられない。クリスタも同じ絶望に沈んでいく。二人の心が、暗闇の中で震えている。もう、これ以上レオン様に迷惑をかけたくない——そんな想いが、二人を縛り付ける。
「そんなことない」
二人を見る。
「今回、少しだけ近づけたよね?前回は二メートルで反発したけど、今回は三メートルまで近づけた」
シグレが頷く。
「確かに。波長の比を調整したことで、防衛反応が弱まっています」
「つまり、アプローチは正しいんだ」
笑顔で言いながら、二人に希望を持ってほしいと願う。データは確実に改善を示している——その事実を、彼女たちに伝えたい。科学者として、一歩一歩前進することの大切さを知っている。
「あとは、もっと調整すれば...」
でも、二人の表情は晴れない。
「レオン様...」
フィルミナが俯く。
「私、クリスタを傷つけてしまうかもしれない...怖いです」
クリスタも同じように俯いた。
「私も...フィルミナ様を。対極属性は、やはり危険すぎます」
二人が、互いを見る。
その目には、恐怖と申し訳なさが混ざっていた。
「私たち...もしかしたら、一緒にいない方が...」
フィルミナが辛そうに言いかけた時——
「待って」
二人の間に入る。
「二人とも、考えてみて。なぜ、今日こうして一緒に実験できているのか」
フィルミナとクリスタが、こちらを見る。
「それは...レオン様が呼んでくださったから」
「そうじゃなくて」
首を振る。
「二人が、互いを信頼しているからだよ」
二人が、ハッとした表情になる。
「もし本当に危険だと思っていたら、最初から実験を拒否していたはず。でも、二人とも引き受けてくれた」
続ける。
「それは、互いを傷つけたくないという気持ちと同時に、互いを信じているからなんだ」
フィルミナとクリスタが、顔を見合わせる。
「クリスタ...」
「フィルミナ様...」
二人の目に、涙が浮かんでいた。
レオン様の言葉が、心の奥底に眠っていた真実を照らし出す。わたくしたち、互いを信じていた——その事実が、涙となって溢れ出す。フィルミナの心に、温かい光が満ちていく。対極の属性を持つ二人が、こうして共に挑戦できているのは、互いへの信頼があるから。その絆が、どれほど尊いものか——今、ようやく理解できた。
「私...あなたを傷つけたくない。でも、あなたを信じています」
フィルミナが言った。
「私も...フィルミナ様を。信じています」
クリスタが答えた。
クリスタの心にも、同じ光が差し込む。フィルミナ様を信じている——その想いが、今までの不安や恐怖を溶かしていく。対極の属性を持つからこそ、互いを尊重し、信頼し合えた。その絆こそが、わたくしたちの真の力。涙が頬を伝う。でも、それは悲しみの涙ではない。喜びと感謝の涙——。
二人が、そっと手を伸ばす。
その手が、触れ合った瞬間——
温かい光が、二人を包んだ。
「これは...」
シグレが驚く。
炎でもなく、氷でもない。二人の絆から生まれた、優しい光。
「絆の光...」
感動で胸が震える。理論では説明できない現象——でも、それが科学の最も美しい瞬間だ。人の心と魔力が共鳴する様子を、目の当たりにしている。研究者として、これ以上の喜びはない。
「明日...もう一度、挑戦してみませんか?」
二人に提案する。
「今日は失敗したけど、でも、大切なことがわかった。二人の絆が、本能的な反発を超え始めているんだ」
フィルミナとクリスタが、互いを見て、静かに頷いた。
「はい...もう一度、挑戦します」
フィルミナが微笑む。
「私たちの絆を、信じて」
クリスタも微笑んだ。
---
その日の夕方、各国の諜報員は報告を送った。
ガルヴァン(神聖騎士団)が冷や汗を流しながら報告書を書く。
「第三王子レオン、対極融合兵器の開発を開始」
「実験は現在失敗中だが、改善速度が異常」
「第1回実験:完全失敗」
「第2回実験:理論的アプローチ確立」
「第3回実験:近接距離が延長、絆の光が発生」
「このペースで進めば、三日以内に完成の可能性」
「全軍に通達!対極融合戦術への対応策を至急検討せよ!」
---
メルキオール(聖教国神官)が厳かに祈りを捧げる。
「炎の天使と氷の天使が絆で結ばれた!」
「これは神の奇跡の予行演習!」
「失敗を繰り返し、学び、成長する...まさに神の教えの実践!」
「全信者に告げよ!絆の力が、対立を超える時代が来る!」
---
チェン・ロン(東方連合商会)が興奮気味に報告する。
「対極融合技術、研究開発段階に突入」
「失敗データの蓄積により、成功確率が上昇中」
「推定完成時期:三日以内」
「市場投入時の経済効果:計り知れず」
「全商隊に通達!特許取得の準備を開始せよ!」
---
学術国の学者たちが色めき立つ。
「対極融合理論の実証実験だと!?」
「物理学と魔法学の根本概念が書き換わる!」
「絆による共鳴制御...これは新しい学問分野だ!」
「全学術機関に通達!対極融合研究チームを即座に編成せよ!」
---
一方、レオンは研究室で——
「明日は、もっと丁寧にアプローチしよう」
失敗データを整理しながら、次の実験計画を練っていた。
「二人の絆を信じて...」
ただの科学実験。
心の調和を証明したいという、純粋な想い。
世界が揺れ動こうとも、レオンは知らない。
その温度差が、果てしなく大きい——。
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