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第86話 炎と水のペア試練
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朝靄が残る王都の道を、三人の姿が進んでいく。レオン、フィルミナ、マリーナ。古の神殿へ向かう最初のペアだ。
レオンは歩きながら、予言者の言葉を思い返していた。六つの心、それぞれが己の闇と向き合う時が来る。対照的な属性が互いを補い合う。炎と水、大地と氷、風と光。フィルミナとマリーナは、まさにその最初のペアだった。
「レオン様、あれが古の神殿ですか?」
フィルミナの声に顔を上げる。木々の向こうに、古代の石造りの建造物が見えてきた。苔むした壁、崩れかけた柱、それでもなお威厳を放つ巨大な門。数百年の時を経てなお、その存在感は圧倒的だった。
「すごい...!」
マリーナが目を輝かせる。朝の光を浴びて、神殿の表面に刻まれた古代文字が淡く光っている。
レオンの胸に、期待と不安が入り混じった感情が満ちていく。予言者の言葉は明確だった。ペアで協力し、試練に挑む。フィルミナとマリーナは、対照的な属性を持つ。炎と水。普通なら相容れない二つの力だが、だからこそ互いを補い合える可能性がある。二人を信じている。この試練を乗り越えれば、六体共鳴はさらに深まるはずだ。だが、試練の内容は分からない。何が待ち受けているのか。不安がないと言えば嘘になる。それでも、フィルミナとマリーナなら大丈夫だ。二人の絆を信じている。
神殿の入り口に立つ。巨大な石の扉が、ゆっくりと開いていく。ギィィィという重い音が響き、古い空気が流れ出てきる。埃っぽいが、どこか神聖な香りがした。
「行こう」
レオンが一歩を踏み出す。フィルミナとマリーナが、その後に続いた。
---
神殿の内部は、薄暗い回廊が続いていた。壁には古代の魔法陣が刻まれ、微かに青白い光を放っている。足音が石の床に反響し、静寂の中に響く。
突然、床の魔法陣が赤く輝き始めた。
「危ない!」
フィルミナが叫ぶ間もなく、回廊の両側から炎の柱が噴き出した。ゴォッという轟音とともに、熱波が押し寄せてくる。
レオンが後退する。フィルミナは咄嗟に白い炎を展開し、迫りくる炎を相殺した。火花が散り、赤と白の炎がぶつかり合う。
だが、それだけでは終わらなかった。
炎の柱が消えた瞬間、今度は天井から水の壁が落ちてきた。冷たい水塊が回廊を塞ぎ、道を遮断する。温度の急激な変化に、空気が震えた。
「マリーナ!」
「任せて!」
マリーナが両手を前に突き出す。水の壁がゆっくりと左右に分かれ、道が開いていく。水滴が宙に浮かび、青い光を反射している。
フィルミナの心に、試練への緊張感が満ちていく。炎の柱、水の壁。交互に現れる罠は、まるで自分たちを試しているようだった。対照的な属性が互いを補い合う。予言者の言葉が、今まさに現実のものとなっている。マリーナがいなければ、水の壁は突破できなかった。自分がいなければ、炎の柱は防げなかった。二人で協力すれば、どんな罠も乗り越えられる。その確信が、胸の奥で強まっていく。
回廊の奥から、また別の魔法陣が光り始める。
「また来るよ!」
マリーナの声に、フィルミナが頷く。二人は視線を交わし、同時に構えを取った。
---
幾つもの罠を突破し、三人は試練の部屋に辿り着いた。
円形の広い空間だった。床全体に巨大な魔法陣が描かれ、淡い光を放っている。六芒星の紋様、その周囲を囲む古代文字。空気が微かに震えている。
部屋の中央に立つと、どこからともなく声が響いた。
『炎と水、対極の二つが一つとなる時、新たな可能性が生まれる』
古代の声だ。壁全体から響くような、不思議な音色。性別も年齢も分からない、ただ荘厳な声。
『課題を示す。炎と水を融合させ、温かい蒸気を生み出せ』
温かい蒸気。フィルミナとマリーナが顔を見合わせた。
「炎と水を...融合...?」
フィルミナが呟く。炎と水は対極の属性だ。普通なら、ぶつかり合って打ち消し合うだけ。融合なんて、考えたこともなかった。
「どうやってやるの...?」
マリーナも困惑している。水色の瞳に不安の色が浮かんでいる。
レオンが二人を見つめる。
「まずは試してみよう。失敗しても、何度でもやり直せる」
その言葉に、二人は頷いた。フィルミナとマリーナの瞳に、決意の光が戻る。
---
最初に動いたのは、フィルミナだった。
「私がやってみる」
魔法陣の中央に歩み出る。両手を前に突き出し、白い炎を生み出し始めた。
最初は小さな火の玉だった。だが、次第に大きくなっていく。温かい光が部屋を照らし、魔法陣が反応して輝き始める。
いい調子だ。フィルミナは炎の出力を上げていく。もっと強く、もっと熱く。蒸気を生み出すためには、十分な熱量が必要なはずだ。
だが、その判断が誤りだった。
炎が急激に膨れ上がった。フィルミナの制御を超えて、白い炎が渦を巻き始める。ゴォォォという轟音が部屋を震わせ、熱波が四方に広がっていく。
「くっ...!」
フィルミナが顔を歪める。額から汗が流れ落ち、紫の瞳に焦りの色が浮かぶ。炎を抑えようとするが、逆に勢いを増していく。
「フィルミナ!」
マリーナが叫ぶ。レオンが後退し、壁際に身を寄せる。部屋全体が赤く染まり、パチパチという爆発音が響く。
魔法陣が歪み始めた。光が不規則に明滅し、古代文字が薄れていく。炎の熱量に耐えられないのだ。
フィルミナの心に、焦りと不安が渦巻いていく。ダメだ。炎が、強すぎる。制御できない。こんなはずじゃなかった。もっと強く、もっと熱くすれば、蒸気を生み出せると思った。でも、違った。力任せに押し通そうとした結果、炎は暴走し、魔法陣は耐えられなくなった。マリーナに申し訳ない。レオン様に申し訳ない。炎の守護者として、こんな失敗をするなんて。
やがて、炎が燃え尽きた。魔法陣の光は完全に消え、部屋は暗闇に包まれた。
---
しばらくして、魔法陣が再び光を取り戻した。試練はやり直しが可能なようだ。
「私がやってみるね!」
今度はマリーナが前に出た。水色の髪を揺らしながら、魔法陣の中央に立つ。
「フィルミナの炎が強すぎたなら、私の水で調整すればいいんだよ!」
マリーナが両手を広げる。透明な水流が生まれ、空中に浮かび始めた。ゆらゆらと揺れる水の塊は、青い光を反射して美しく輝いている。
だが、部屋には炎がない。フィルミナの試練で消えてしまった後、新たな炎は生まれていない。
マリーナは構わず水を操り続けた。もっと多く、もっと広く。水流を増やせば、何かが起きるかもしれない。
水の量が増えていく。床に水たまりができ、壁際まで広がっていく。冷気が部屋を満たし、湿った空気が肌にまとわりつく。
ジュウウウという音がした。魔法陣の微かな熱が、水に触れて蒸発している。だが、それは蒸気と呼べるようなものではない。ただの冷たい水滴が、空中に漂っているだけだ。
「あ...」
マリーナの声が小さく漏れた。魔法陣が反応しない。光が灯らない。シーンと静まり返った部屋に、水滴が落ちる音だけが響く。
「消えちゃった...」
フィルミナが呟く。魔法陣は完全に沈黙している。炎がないのだから、蒸気が生まれるはずもない。
マリーナの心に、後悔と不安が押し寄せてくる。やりすぎた。炎がないのに、水だけで何とかしようとした。でも、蒸気は炎と水の両方がなければ生まれない。当たり前のことだ。フィルミナの失敗を見て、自分がカバーしようと焦った。でも、それも間違いだった。水だけでは足りない。炎だけでも足りない。どちらか一方では、この試練は乗り越えられない。
マリーナの手が、微かに震えていた。
---
二度の失敗を経て、三人は部屋の隅で息を整えていた。
レオンが口を開く。
「二人とも、よく頑張った」
優しい声だ。責める気配は微塵もない。
「でも、気づいたことがある」
フィルミナとマリーナが顔を上げる。
「フィルミナの炎は、強すぎた。一人で全てをやろうとして、制御を失った」
フィルミナが頷く。その通りだ。
「マリーナの水は、炎を補おうとした。でも、炎がない状態で水だけを出しても、蒸気にはならない」
マリーナも頷く。理解している。
レオンが続ける。
「炎が強すぎても、弱すぎてもダメだ。水が多すぎても、少なすぎてもダメだ。大切なのは、バランスなんだ」
バランス。フィルミナとマリーナが、その言葉を噛み締める。
「二人で同時に、力を合わせてみよう。強すぎず、弱すぎず。ちょうど良い加減で、炎と水を融合させるんだ」
レオンの言葉が、試練の本質を示していた。
フィルミナとマリーナが顔を見合わせる。二人の瞳に、新たな決意が宿っていく。
フィルミナの心に、マリーナへの信頼が満ちていく。一人じゃ駄目だった。強すぎる炎は暴走するだけ。でも、マリーナと一緒なら違う。マリーナの水が、自分の炎を和らげてくれる。対照的な属性だからこそ、補い合える。今度こそ、バランスを取ろう。マリーナを信じている。
「マリーナ、一緒にやろう」
「うん!」
二人が手を取り合った。
---
魔法陣の中央に、フィルミナとマリーナが並んで立つ。
レオンは少し離れた場所で見守っている。二人を信じて、口を挟まない。
「せーの」
「うん!」
同時に、二人が力を解放した。
フィルミナの手から白い炎が生まれる。今度は暴走させない。優しく、静かに、ちょうど良い熱量を保つ。
マリーナの手から透明な水流が生まれる。今度は消しすぎない。炎を包み込むように、そっと寄り添う。
炎と水が、空中で触れ合った。
シュウウウという音がする。蒸気が生まれ始める。白い霧が立ち上り、二人の周囲を包んでいく。
だが、まだ足りない。温かい蒸気には届いていない。
フィルミナが炎の出力を少しだけ上げる。マリーナがそれに合わせて水の量を調整する。息を合わせるように、二人の力がバランスを取っていく。
蒸気の色が変わり始めた。白から、虹色へ。七色の光が渦を巻き、美しい輝きを放つ。
シャランという音が響いた。鈴の音のような、澄んだ音色。蒸気が音楽を奏でている。
部屋全体に、甘い花の香りが広がっていく。優しく、穏やかな香り。心が落ち着いていく。
魔法陣が眩しく輝き始めた。古代文字が浮かび上がり、金色の光を放つ。床全体が輝き、天井に向かって光の柱が立ち上る。
「できた...!」
フィルミナの声が震えている。紫の瞳に涙が浮かんでいる。
「わぁ...綺麗...」
マリーナが息を呑む。虹色の蒸気が二人を包み、温かな光が頬を撫でる。
フィルミナとマリーナの心に、言葉にできない喜びが満ちていく。できた。二人でできた。炎と水が融合し、温かい蒸気が生まれた。対照的な属性が、補い合って一つになった。一人では絶対に成し遂げられなかった。マリーナがいたから。フィルミナがいたから。この絆こそが、試練を乗り越える力だった。
古代の声が響く。
『試練を突破せり。炎と水の融合、温かき蒸気。対極の調和を成し遂げた者よ、祝福を与えん』
魔法陣の光が最高潮に達し、神殿全体が虹色に輝いた。
---
その光は、神殿の外にまで溢れ出ていた。
虹色の光柱が空に向かって伸び、王都からも確認できるほどの輝きを放っている。
ヴァレリア王国。炎龍騎士団長ガルヴァンが、その報告を受けて眉をひそめた。
「古の神殿から虹色の光だと...?」
部下の騎士が頷く。
「はい。レオン王子一行が神殿に入った後、突如として発生しました」
ガルヴァンは窓の外を見つめる。遠くの空に、確かに虹色の光が見えている。
「温度制御技術...いや、これは新たな魔法兵器の実験か」
独り言のように呟く。レオン王子の行動は、常に軍事的な意味を持つ。古の神殿で何かを成し遂げたに違いない。
「報告書を作成しろ。至急、軍務卿に提出する」
「はっ!」
騎士が走り去っていく。ガルヴァンは険しい表情で光を見つめ続けた。
セレスティア聖教国。大司教メルキオールが、祈りの最中にその光を目撃した。
「おお...!」
感嘆の声が漏れる。虹色の光は、まるで神の祝福のようだった。
「神の奇跡だ...!レオン王子は、神の御業を成し遂げられたのだ...!」
跪いて祈りを捧げる。涙が頬を伝う。これは神託の成就に違いない。
「聖職者を集めよ!緊急の祝福儀式を行う!」
教団全体が騒然となった。
アルブレヒト商会。会頭が報告を聞いて、茶を飲む手を止めた。
「虹色の蒸気、だと...?」
商会の情報員が頷く。
「温度を制御する新技術の可能性があります。夏の冷却、冬の暖房...商業的価値は計り知れません」
会頭は顎に手を当てて考え込む。
「レオン王子め...また我々の先を行くか」
唇を噛む。この技術を手に入れられれば、莫大な利益になる。だが、レオン王子は簡単には技術を渡さないだろう。
「接触の機会を探れ。商談の可能性を検討しろ」
「かしこまりました」
各国の思惑が、虹色の光に向かって収束していく。誰もが、自分たちの都合の良いように解釈している。
だが、神殿の中では、フィルミナとマリーナが手を取り合って笑っているだけだった。
「やったね~、フィルミナ!」
「ええ、マリーナ。二人でできたわ」
虹色の蒸気が、二人の笑顔を優しく包み込んでいる。レオンは、その光景を静かに見守っていた。
レオンは歩きながら、予言者の言葉を思い返していた。六つの心、それぞれが己の闇と向き合う時が来る。対照的な属性が互いを補い合う。炎と水、大地と氷、風と光。フィルミナとマリーナは、まさにその最初のペアだった。
「レオン様、あれが古の神殿ですか?」
フィルミナの声に顔を上げる。木々の向こうに、古代の石造りの建造物が見えてきた。苔むした壁、崩れかけた柱、それでもなお威厳を放つ巨大な門。数百年の時を経てなお、その存在感は圧倒的だった。
「すごい...!」
マリーナが目を輝かせる。朝の光を浴びて、神殿の表面に刻まれた古代文字が淡く光っている。
レオンの胸に、期待と不安が入り混じった感情が満ちていく。予言者の言葉は明確だった。ペアで協力し、試練に挑む。フィルミナとマリーナは、対照的な属性を持つ。炎と水。普通なら相容れない二つの力だが、だからこそ互いを補い合える可能性がある。二人を信じている。この試練を乗り越えれば、六体共鳴はさらに深まるはずだ。だが、試練の内容は分からない。何が待ち受けているのか。不安がないと言えば嘘になる。それでも、フィルミナとマリーナなら大丈夫だ。二人の絆を信じている。
神殿の入り口に立つ。巨大な石の扉が、ゆっくりと開いていく。ギィィィという重い音が響き、古い空気が流れ出てきる。埃っぽいが、どこか神聖な香りがした。
「行こう」
レオンが一歩を踏み出す。フィルミナとマリーナが、その後に続いた。
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神殿の内部は、薄暗い回廊が続いていた。壁には古代の魔法陣が刻まれ、微かに青白い光を放っている。足音が石の床に反響し、静寂の中に響く。
突然、床の魔法陣が赤く輝き始めた。
「危ない!」
フィルミナが叫ぶ間もなく、回廊の両側から炎の柱が噴き出した。ゴォッという轟音とともに、熱波が押し寄せてくる。
レオンが後退する。フィルミナは咄嗟に白い炎を展開し、迫りくる炎を相殺した。火花が散り、赤と白の炎がぶつかり合う。
だが、それだけでは終わらなかった。
炎の柱が消えた瞬間、今度は天井から水の壁が落ちてきた。冷たい水塊が回廊を塞ぎ、道を遮断する。温度の急激な変化に、空気が震えた。
「マリーナ!」
「任せて!」
マリーナが両手を前に突き出す。水の壁がゆっくりと左右に分かれ、道が開いていく。水滴が宙に浮かび、青い光を反射している。
フィルミナの心に、試練への緊張感が満ちていく。炎の柱、水の壁。交互に現れる罠は、まるで自分たちを試しているようだった。対照的な属性が互いを補い合う。予言者の言葉が、今まさに現実のものとなっている。マリーナがいなければ、水の壁は突破できなかった。自分がいなければ、炎の柱は防げなかった。二人で協力すれば、どんな罠も乗り越えられる。その確信が、胸の奥で強まっていく。
回廊の奥から、また別の魔法陣が光り始める。
「また来るよ!」
マリーナの声に、フィルミナが頷く。二人は視線を交わし、同時に構えを取った。
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幾つもの罠を突破し、三人は試練の部屋に辿り着いた。
円形の広い空間だった。床全体に巨大な魔法陣が描かれ、淡い光を放っている。六芒星の紋様、その周囲を囲む古代文字。空気が微かに震えている。
部屋の中央に立つと、どこからともなく声が響いた。
『炎と水、対極の二つが一つとなる時、新たな可能性が生まれる』
古代の声だ。壁全体から響くような、不思議な音色。性別も年齢も分からない、ただ荘厳な声。
『課題を示す。炎と水を融合させ、温かい蒸気を生み出せ』
温かい蒸気。フィルミナとマリーナが顔を見合わせた。
「炎と水を...融合...?」
フィルミナが呟く。炎と水は対極の属性だ。普通なら、ぶつかり合って打ち消し合うだけ。融合なんて、考えたこともなかった。
「どうやってやるの...?」
マリーナも困惑している。水色の瞳に不安の色が浮かんでいる。
レオンが二人を見つめる。
「まずは試してみよう。失敗しても、何度でもやり直せる」
その言葉に、二人は頷いた。フィルミナとマリーナの瞳に、決意の光が戻る。
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最初に動いたのは、フィルミナだった。
「私がやってみる」
魔法陣の中央に歩み出る。両手を前に突き出し、白い炎を生み出し始めた。
最初は小さな火の玉だった。だが、次第に大きくなっていく。温かい光が部屋を照らし、魔法陣が反応して輝き始める。
いい調子だ。フィルミナは炎の出力を上げていく。もっと強く、もっと熱く。蒸気を生み出すためには、十分な熱量が必要なはずだ。
だが、その判断が誤りだった。
炎が急激に膨れ上がった。フィルミナの制御を超えて、白い炎が渦を巻き始める。ゴォォォという轟音が部屋を震わせ、熱波が四方に広がっていく。
「くっ...!」
フィルミナが顔を歪める。額から汗が流れ落ち、紫の瞳に焦りの色が浮かぶ。炎を抑えようとするが、逆に勢いを増していく。
「フィルミナ!」
マリーナが叫ぶ。レオンが後退し、壁際に身を寄せる。部屋全体が赤く染まり、パチパチという爆発音が響く。
魔法陣が歪み始めた。光が不規則に明滅し、古代文字が薄れていく。炎の熱量に耐えられないのだ。
フィルミナの心に、焦りと不安が渦巻いていく。ダメだ。炎が、強すぎる。制御できない。こんなはずじゃなかった。もっと強く、もっと熱くすれば、蒸気を生み出せると思った。でも、違った。力任せに押し通そうとした結果、炎は暴走し、魔法陣は耐えられなくなった。マリーナに申し訳ない。レオン様に申し訳ない。炎の守護者として、こんな失敗をするなんて。
やがて、炎が燃え尽きた。魔法陣の光は完全に消え、部屋は暗闇に包まれた。
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しばらくして、魔法陣が再び光を取り戻した。試練はやり直しが可能なようだ。
「私がやってみるね!」
今度はマリーナが前に出た。水色の髪を揺らしながら、魔法陣の中央に立つ。
「フィルミナの炎が強すぎたなら、私の水で調整すればいいんだよ!」
マリーナが両手を広げる。透明な水流が生まれ、空中に浮かび始めた。ゆらゆらと揺れる水の塊は、青い光を反射して美しく輝いている。
だが、部屋には炎がない。フィルミナの試練で消えてしまった後、新たな炎は生まれていない。
マリーナは構わず水を操り続けた。もっと多く、もっと広く。水流を増やせば、何かが起きるかもしれない。
水の量が増えていく。床に水たまりができ、壁際まで広がっていく。冷気が部屋を満たし、湿った空気が肌にまとわりつく。
ジュウウウという音がした。魔法陣の微かな熱が、水に触れて蒸発している。だが、それは蒸気と呼べるようなものではない。ただの冷たい水滴が、空中に漂っているだけだ。
「あ...」
マリーナの声が小さく漏れた。魔法陣が反応しない。光が灯らない。シーンと静まり返った部屋に、水滴が落ちる音だけが響く。
「消えちゃった...」
フィルミナが呟く。魔法陣は完全に沈黙している。炎がないのだから、蒸気が生まれるはずもない。
マリーナの心に、後悔と不安が押し寄せてくる。やりすぎた。炎がないのに、水だけで何とかしようとした。でも、蒸気は炎と水の両方がなければ生まれない。当たり前のことだ。フィルミナの失敗を見て、自分がカバーしようと焦った。でも、それも間違いだった。水だけでは足りない。炎だけでも足りない。どちらか一方では、この試練は乗り越えられない。
マリーナの手が、微かに震えていた。
---
二度の失敗を経て、三人は部屋の隅で息を整えていた。
レオンが口を開く。
「二人とも、よく頑張った」
優しい声だ。責める気配は微塵もない。
「でも、気づいたことがある」
フィルミナとマリーナが顔を上げる。
「フィルミナの炎は、強すぎた。一人で全てをやろうとして、制御を失った」
フィルミナが頷く。その通りだ。
「マリーナの水は、炎を補おうとした。でも、炎がない状態で水だけを出しても、蒸気にはならない」
マリーナも頷く。理解している。
レオンが続ける。
「炎が強すぎても、弱すぎてもダメだ。水が多すぎても、少なすぎてもダメだ。大切なのは、バランスなんだ」
バランス。フィルミナとマリーナが、その言葉を噛み締める。
「二人で同時に、力を合わせてみよう。強すぎず、弱すぎず。ちょうど良い加減で、炎と水を融合させるんだ」
レオンの言葉が、試練の本質を示していた。
フィルミナとマリーナが顔を見合わせる。二人の瞳に、新たな決意が宿っていく。
フィルミナの心に、マリーナへの信頼が満ちていく。一人じゃ駄目だった。強すぎる炎は暴走するだけ。でも、マリーナと一緒なら違う。マリーナの水が、自分の炎を和らげてくれる。対照的な属性だからこそ、補い合える。今度こそ、バランスを取ろう。マリーナを信じている。
「マリーナ、一緒にやろう」
「うん!」
二人が手を取り合った。
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魔法陣の中央に、フィルミナとマリーナが並んで立つ。
レオンは少し離れた場所で見守っている。二人を信じて、口を挟まない。
「せーの」
「うん!」
同時に、二人が力を解放した。
フィルミナの手から白い炎が生まれる。今度は暴走させない。優しく、静かに、ちょうど良い熱量を保つ。
マリーナの手から透明な水流が生まれる。今度は消しすぎない。炎を包み込むように、そっと寄り添う。
炎と水が、空中で触れ合った。
シュウウウという音がする。蒸気が生まれ始める。白い霧が立ち上り、二人の周囲を包んでいく。
だが、まだ足りない。温かい蒸気には届いていない。
フィルミナが炎の出力を少しだけ上げる。マリーナがそれに合わせて水の量を調整する。息を合わせるように、二人の力がバランスを取っていく。
蒸気の色が変わり始めた。白から、虹色へ。七色の光が渦を巻き、美しい輝きを放つ。
シャランという音が響いた。鈴の音のような、澄んだ音色。蒸気が音楽を奏でている。
部屋全体に、甘い花の香りが広がっていく。優しく、穏やかな香り。心が落ち着いていく。
魔法陣が眩しく輝き始めた。古代文字が浮かび上がり、金色の光を放つ。床全体が輝き、天井に向かって光の柱が立ち上る。
「できた...!」
フィルミナの声が震えている。紫の瞳に涙が浮かんでいる。
「わぁ...綺麗...」
マリーナが息を呑む。虹色の蒸気が二人を包み、温かな光が頬を撫でる。
フィルミナとマリーナの心に、言葉にできない喜びが満ちていく。できた。二人でできた。炎と水が融合し、温かい蒸気が生まれた。対照的な属性が、補い合って一つになった。一人では絶対に成し遂げられなかった。マリーナがいたから。フィルミナがいたから。この絆こそが、試練を乗り越える力だった。
古代の声が響く。
『試練を突破せり。炎と水の融合、温かき蒸気。対極の調和を成し遂げた者よ、祝福を与えん』
魔法陣の光が最高潮に達し、神殿全体が虹色に輝いた。
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その光は、神殿の外にまで溢れ出ていた。
虹色の光柱が空に向かって伸び、王都からも確認できるほどの輝きを放っている。
ヴァレリア王国。炎龍騎士団長ガルヴァンが、その報告を受けて眉をひそめた。
「古の神殿から虹色の光だと...?」
部下の騎士が頷く。
「はい。レオン王子一行が神殿に入った後、突如として発生しました」
ガルヴァンは窓の外を見つめる。遠くの空に、確かに虹色の光が見えている。
「温度制御技術...いや、これは新たな魔法兵器の実験か」
独り言のように呟く。レオン王子の行動は、常に軍事的な意味を持つ。古の神殿で何かを成し遂げたに違いない。
「報告書を作成しろ。至急、軍務卿に提出する」
「はっ!」
騎士が走り去っていく。ガルヴァンは険しい表情で光を見つめ続けた。
セレスティア聖教国。大司教メルキオールが、祈りの最中にその光を目撃した。
「おお...!」
感嘆の声が漏れる。虹色の光は、まるで神の祝福のようだった。
「神の奇跡だ...!レオン王子は、神の御業を成し遂げられたのだ...!」
跪いて祈りを捧げる。涙が頬を伝う。これは神託の成就に違いない。
「聖職者を集めよ!緊急の祝福儀式を行う!」
教団全体が騒然となった。
アルブレヒト商会。会頭が報告を聞いて、茶を飲む手を止めた。
「虹色の蒸気、だと...?」
商会の情報員が頷く。
「温度を制御する新技術の可能性があります。夏の冷却、冬の暖房...商業的価値は計り知れません」
会頭は顎に手を当てて考え込む。
「レオン王子め...また我々の先を行くか」
唇を噛む。この技術を手に入れられれば、莫大な利益になる。だが、レオン王子は簡単には技術を渡さないだろう。
「接触の機会を探れ。商談の可能性を検討しろ」
「かしこまりました」
各国の思惑が、虹色の光に向かって収束していく。誰もが、自分たちの都合の良いように解釈している。
だが、神殿の中では、フィルミナとマリーナが手を取り合って笑っているだけだった。
「やったね~、フィルミナ!」
「ええ、マリーナ。二人でできたわ」
虹色の蒸気が、二人の笑顔を優しく包み込んでいる。レオンは、その光景を静かに見守っていた。
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辺境軍の雑用兵として転生した青年・レオン。異世界に転生したのに、剣も魔法も地味でパッとしない日々。ところが彼の“地味な努力”が、実は世界の理をゆるがすほどの能力だと気づく者が次々と現れる。貴族令嬢、魔族の姫、神官少女──気づけばハーレム状態に。追放された元仲間が破滅していく流れの中、本人だけは「俺、そんな強いかな?」と首をかしげる。無自覚最強×ざまぁ×追放後スローライフ×英雄伝説が交錯する、異世界逆転ストーリー。
ホームレスは転生したら7歳児!?気弱でコミュ障だった僕が、気づいたら異種族の王になっていました
たぬきち
ファンタジー
1部が12/6に完結して、2部に入ります。
「俺だけ不幸なこんな世界…認めない…認めないぞ!!」
どこにでもいる、さえないおじさん。特技なし。彼女いない。仕事ない。お金ない。外見も悪い。頭もよくない。とにかくなんにもない。そんな主人公、アレン・ロザークが死の間際に涙ながらに訴えたのが人生のやりなおしー。
彼は30年という短い生涯を閉じると、記憶を引き継いだままその意識は幼少期へ飛ばされた。
幼少期に戻ったアレンは前世の記憶と、飼い猫と喋れるオリジナルスキルを頼りに、不都合な未来、出来事を改変していく。
記憶にない事象、改変後に新たに発生したトラブルと戦いながら、2度目の人生での仲間らとアレンは新たな人生を歩んでいく。
新しい世界では『魔宝殿』と呼ばれるダンジョンがあり、前世の世界ではいなかった魔獣、魔族、亜人などが存在し、ただの日雇い店員だった前世とは違い、ダンジョンへ仲間たちと挑んでいきます。
この物語は、記憶を引き継ぎ幼少期にタイムリープした主人公アレンが、自分の人生を都合のいい方へ改変しながら、最低最悪な未来を避け、全く新しい人生を手に入れていきます。
主人公最強系の魔法やスキルはありません。あくまでも前世の記憶と経験を頼りにアレンにとって都合のいい人生を手に入れる物語です。
※ ネタバレのため、2部が完結したらまた少し書きます。タイトルも2部の始まりに合わせて変えました。
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
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かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
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『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
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最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
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呪いのような“女難の相”が炸裂し、
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旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
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