転生王子はスライムを育てたい ~最弱モンスターが世界を変える科学的飼育法~

宵町あかり

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第5話 魔素との出会い

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「殿下、シグレ様がお見えです」

リヴィエルの声に振り返ると、昨日の興奮がまだ冷めやらぬ様子のシグレ・マカレアが立っていた。宮廷魔導師らしい深緑のローブを纏い、手には大きな革鞄を抱えている。

「おはようございます、レオン殿下。昨夜は興奮して一睡もできませんでした」

シグレの目は血走っているが、その瞳に宿る光は純粋な研究への情熱だった。僕は苦笑いを浮かべる。

「あの、シグレさん。そんなに大げさに考えなくても...」

「大げさですって?」シグレは僕の言葉を遮った。「殿下、あなたは魔導学五百年の歴史を塗り替える可能性があるんですよ」

またこのパターンか。僕はため息をつきながら、昨日作った簡易培養器の方に向かった。中のスライムは相変わらず透明な球体のまま、ゆっくりと脈動している。

「でも結局、栄養の調整をしただけじゃないですか」

「栄養って...まさか魔素の組成を栄養と?」

シグレの声が裏返った。リヴィエルは慣れた様子で茶器を並べながら、「また始まった」という表情を浮かべている。

「魔素?」

僕は首を傾げた。昨日シグレが興奮して話していた単語だが、正直よく分からなかった。

「魔素をご存じない?」シグレは目を丸くした。「あれだけ精密な魔素操作をしておいて?」

「えっと...もう少し詳しく教えてもらえませんか」

シグレは革鞄から分厚い本を取り出すと、テーブルに広げた。「魔素理論概論」と書かれた表紙には、複雑な図形が描かれている。

「魔素とは、この世界に存在する生命エネルギーの一種です」シグレは本のページをめくりながら説明を始めた。「すべての生物は魔素を必要とし、魔素の濃度や純度、流動性によって成長や進化が左右されるんです」

ふむふむ、なるほど。つまり、この世界では生命エネルギーが魔素という形で具現化しているということか。前世の生物学でいうところのATPみたいなものなのだろうか。

「興味深いですね」僕は身を乗り出した。「その魔素の濃度を変えることで、生物の成長速度を調整できるということですか?」

「そ、その通りです!」シグレの声が震えた。「でも、それを意図的に行うには高度な魔法制御技術が必要で、通常は長年の修行を積んだ魔導師でないと...」

「あ、でも感覚的に分かりますよ」僕はスライムの容器に手をかざした。「なんというか、この辺りにエネルギーが漂っているのが感じられて、それを調整すれば...」

僕は前世の知識で、培養液のpHを調整するような感覚で、周囲の「何か」を操作してみた。すると、容器の中の魔素濃度が微妙に変化したようだった。

「っ!」

シグレが息を呑んだ。僕には見えないが、どうやら魔素の流れが視覚化されているらしい。

「殿下、今の制御精度は...まさに芸術的です」

「そうですか?」僕は首を傾げた。「ただ感覚で調整しただけなんですが」

感覚で、と言うが、実際には前世で学んだ生物学の知識が働いている。培養環境の最適化というのは、要は生物にとって最も成長しやすい条件を整えることだ。この世界では、その条件の一つが魔素の濃度や質なのだろう。

「リヴィエル、記録用紙をお願いします」

「はい、レオン様」

リヴィエルが羽根ペンと紙を持ってきた。僕は今の操作を再現しながら、シグレに説明する。

「まず、現在の魔素濃度を確認して...」

「どうやって確認を?まさか魔素視ができるのですか?」

「魔素視?」僕は困惑した。「いえ、なんとなく分かるというか...周囲の『密度』みたいなものが感じられるんです」

これも前世の知識の応用だった。研究室で培養液の状態を見極める時、経験を積むと目で見ただけで大体の濃度や汚染度が分かるようになる。それと同じ感覚で、この世界の魔素も感じ取れるのだ。

「では、濃度を段階的に上げてみましょう」

僕は再び手をかざし、魔素の『密度』を少しずつ濃くしていく。前世で行っていた段階希釈と同じ要領だった。

「現在の約1.2倍...1.5倍...」

「信じられない」シグレは震え声で呟いた。「段階的魔素制御を、計測器具も使わずに...」

スライムの様子を観察していると、魔素濃度の上昇に伴って、その動きが活発になってきた。脈動のリズムが早くなり、透明な体がかすかに膨らんでいる。

「おや、反応が出始めましたね」

「反応って...まさか」

シグレは容器を覗き込んだ。次の瞬間、彼女の顔が青ざめた。

「レオン殿下、これは...」

スライムの体が、みるみるうちに変化し始めていた。単純な球体だったはずの形が、まるで細胞分裂を繰り返すように複雑になっていく。表面に細かい突起が現れ、体の一部が伸びたり縮んだりしている。

「わあ、活発になりましたね」僕は嬉しそうに観察を続けた。「まるで成長期の微生物みたいです」

「微生物...?」シグレは呆然としている。「殿下、これは単なる成長ではありません。進化です」

「進化?」

「魔素による強制進化促進です。理論上は可能とされていましたが、実現には魔王級の魔力制御が必要とされていて...」

僕はスライムの変化を興味深く観察していた。体の表面に現れた突起は、まるで感覚器官のようだった。そして、僕の方を向いているような気がする。

「あ、こっちを見てる」

僕が指を容器に近づけると、スライムの体がその方向に伸びてきた。まるで僕を認識しているかのようだ。

「殿下...」シグレの声が震えていた。「これは知能の発達です。スライムが学習能力を獲得し始めています」

「そうなんですか?かわいいですね」

僕はにっこりと笑った。前世でも、培養していた細胞が予想外の成長を見せると嬉しかったものだ。今回も同じような感情が湧き上がってくる。

「殿下はなぜそんなに冷静でいられるのですか?」シグレは僕を見つめた。「あなたは今、生命創造の技術を完成させようとしているんですよ」

「生命創造?」僕は首を傾げた。「ただ培養条件を改良しただけですよ」

リヴィエルが深いため息をついた。

「レオン様、シグレ様のお話はもっともです。でも、レオン様はいつもこうなんです」

「こう、とは?」

「ご自分がどれほど凄いことをしているか、全然理解していらっしゃらないんです」

シグレは僕とリヴィエルを交互に見つめていたが、やがて深く息を吸った。

「分かりました。レオン殿下のお考えがどうであれ、この研究は継続すべきです」彼女は決意を込めて言った。「私も参加させてください。この発見を記録し、理論化し、魔導学会に報告する必要があります」

「別に構いませんが...」僕は困惑した。「そんなに大げさにしなくても」

その時、容器の中のスライムが大きく脈動した。そして、今度ははっきりと形を変え始めた。球体の一部が伸び、まるで小さな手のような形になる。

「あ」僕は目を輝かせた。「形態変化が始まりました」

「殿下」シグレは震え声で言った。「明日、魔導学会の緊急会議を招集させていただきます」

「え、でも...」

「これは歴史が変わる瞬間です」

スライムの新しい『手』が、容器の壁を軽く叩いた。まるで僕に挨拶をしているかのように。

僕はその様子を見て微笑んだ。前世では叶わなかった、生命の神秘を間近で観察する喜び。それを今、この異世界で体験できているのだ。

「よろしくお願いします、小さな友達」

僕が話しかけると、スライムはまた嬉しそうに脈動した。
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