転生王子はスライムを育てたい ~最弱モンスターが世界を変える科学的飼育法~

宵町あかり

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第7話 フィルミナ誕生

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第二章 王子と青い奇跡

朝の陽射しが研究室の窓から差し込み、大理石の実験台と魔導機器を金色に染めていた。重厚な木製の本棚に囲まれた室内で、魔素濃度を高めた培養槽が微かに青白い光を放っている。

レオン・ヴァルディスは培養槽に近づき、蓋を開けた。

「これは...」

培養槽の中央に、12歳ほどの美しい少女が横たわっていた。透明感のある青白い肌、海のような深い青の髪、長いまつげに縁取られた瞳。培養液の中で浮遊していた少女が、ゆっくりと目を開ける。

「本当に人間の姿に...」レオンは手を差し伸べる。「大丈夫?ゆっくりでいいから」

少女は震える手でレオンの手を握り、培養槽から立ち上がった。培養液が彼女の肌を滑り落ち、光の粒子のようにきらめく。レオンは咄嗟に近くのタオルを取り、少女の身体を包んだ。

「あ...あの...」

初めて発せられた声は、透明な風鈴のように美しかった。

「だれ...ですか?」

「僕はレオン。君は...君に名前をつけてもいいかな?フィルミナ。どうだろう?」

「フィルミナ...」少女は首を傾げる。「わたし...フィルミナ?」

「そうだよ。君はフィルミナ。僕は君を育ててきたんだ」

フィルミナは小さく頷き、レオンの手をぎゅっと握った。

「レオン...さま」

「僕のことはレオンでいいよ」

「いえ...レオン様は、わたしに命をくださいました」フィルミナの瞳に涙が浮かぶ。「わたしは、レオン様のものです」

レオンは少し困惑する。研究者として客観的に状況を見ようとするが、彼女の無条件の信頼に父親のような感情が芽生えていた。

「君は誰のものでもない。君は君自身だよ、フィルミナ」

その時、研究室の扉が勢いよく開かれた。

「坊ちゃま、朝食の時間で――きゃあああああ!」

リヴィエルが立ち止まり、盆を取り落とした。銀の食器が石床に響く音が部屋に響く。

「リヴィエル、落ち着いて」レオンは両手を上げる。「これはフィルミナ。僕が育てていたスライムが人間の姿になったんだ」

「ス、スライムが...人間に...?」リヴィエルは食器を拾いながら、震え声で言った。

「と、とりあえず、お着替えを...」リヴィエルは荷物から予備の衣服を取り出す。

フィルミナは衣服に手を伸ばしながら、レオンに振り返る。

「これは...なんですか?」

「服だよ。人間が身に着けるものなんだ」

フィルミナは深く頷く。

しかし、平穏は長く続かなかった。

城の廊下に複数の足音が響き、研究室の扉が再び開かれる。疲労の色を濃く浮かべた父王エドワード・ヴァルディスが、表情を硬くした第一王子ユリオス・ヴァルディスと共に現れた。

王の深紅のマントが石床を擦る音が室内に響く。

「レオン...報告の内容は本当なのか?」

父王の重厚な声に、研究室の空気が一変した。エドワード王は王冠を外し、疲れた表情で額を押さえる。

「父上、これはフィルミナです」レオンは一歩前に出る。「僕が培養していたスライムが進化したんです」

「弟よ...」ユリオスは深いため息をつく。「君は何をしてしまったのだ」

ユリオスは窓際に歩き、外の騒がしい城下町を見下ろした。

フィルミナは突然現れた人たちに戸惑いながら、レオンの後ろに隠れるように身を寄せる。

「レオン様...この方たちは?」

「僕の父と兄だよ。君に害を与える人じゃない」

フィルミナは安心したように小さく頷く。

「シグレ先生を呼んでください」レオンは提案する。「詳しい経緯を説明します」

数分後、魔導師シグレ・マカレアが息を切らして駆けつけた。彼は魔導杖を握りしめ、汗を拭いながら入室する。

「これは...」シグレはフィルミナを見つめ、魔導杖を床に突く。「本当に君が育てたスライムなのか?」

「はい」レオンは頷く。「魔素を使った培養実験の結果です」

シグレは椅子に座り込み、震える手で眼鏡を外した。

「君は...神の領域に踏み込んでしまったのかもしれない」

部屋の緊張感が最高潮に達した。フィルミナはその雰囲気を察知し、レオンの袖を小さく引っ張る。

「レオン様...わたし、悪いことをしましたか?」

「君は何も悪くない」レオンはフィルミナの頭を優しく撫でる。「君は素晴らしい存在だよ」

フィルミナの表情が明るくなる。

「陛下」突然、王の侍従が慌てて部屋に入ってきた。彼は公文書を握りしめ、膝をついて報告する。

「緊急事態です。魔導学会から正式な調査要請が届きました。それに...他国からも情報収集の動きが」

エドワード王は立ち上がり、王冠を再び被った。

「ユリオス、緊急会議を招集せよ」父王は命令する。「レオン、君は当分この研究室から出てはならない」

「父上、僕は別に危険なことは...」

「危険ではない?」ユリオスが振り返る。「弟よ、君が作り出したその少女は、帝国の、いや世界の歴史を変えてしまう存在なのだぞ」

フィルミナは小さく身を震わせ、レオンにさらに身を寄せた。

「彼女を怖がらせないでください」レオンは静かに、しかし強い意志を込めて言った。

エドワード王は深いため息をつき、息子たちを見つめる。

「レオン、お前の研究が帝国を...いや、大陸全体を巻き込む事態になっている。慎重に行動せよ」

その頃、城の外では既に大きな変化が始まっていた。

魔導学会の本部では、緊急理事会が招集されていた。大会議室の円卓に各派の代表者が着席し、激しい議論が続いている。

「諸君、これは単なる魔法実験の成功ではない」最高評議員が杖で机を叩く。「生命創造の実証...これは我々魔導師の存在意義さえ問われる事態だ」

「第三王子への調査許可を要請すべきです」

「いや、技術の流出を防ぐために保護すべきだ」

一方、近隣諸国の情報収集機関も動き始めていた。

エルヴァンス王国の王宮では、軍事顧問が王に報告している。

「ヴァルディス帝国で人工生命体が創造されたと?」

「新たな軍事技術の可能性があります」

「我が国の魔導師を派遣せよ。技術を入手できれば軍事バランスが変わる」

城下町では、既に様々な噂が飛び交っていた。市場の商人たちが群がり、噂話に花を咲かせている。

「王子様が神様になったって」

「人間を作り出したんだって」

「いや、魔王を復活させたって話も」

研究室に戻ると、レオンはフィルミナに簡単な衣服を着せ、椅子に座らせていた。

「フィルミナ、これから少し大変になるかもしれない」レオンは椅子に座り、彼女と向き合う。「でも、僕は君を守るから」

「はい、レオン様」フィルミナは真っ直ぐにレオンを見つめて答えた。

リヴィエルはその光景を見ながら、複雑な心境だった。彼女は窓際に立ち、外の騒がしさを見つめる。

「坊ちゃま、フィルミナちゃんのお部屋はどうしましょう?」

「そうだね...当分は僕の研究室で一緒にいてもらおう」

フィルミナは嬉しそうに微笑んだ。

「レオン様と一緒...」

その瞬間、城の鐘が緊急召集を告げる音で鳴り響いた。重厚な鐘の音が城全体に響き渡る。

「始まったな」シグレが立ち上がり、魔導杖を握りしめる。「君たちの運命を決める戦いが」

レオンはフィルミナの手を握り、決意を込めて頷いた。

フィルミナも、レオンの手の温もりを感じながら心に誓う。

研究室の窓から見える夕日が、二人の新たな門出を祝福するように美しく輝いていた。城の尖塔に夕日が当たり、長い影が中庭に落ちている。

しかし、それは嵐の前の静けさでもあった。

翌日から始まる騒動は、小さな研究室から帝国全体へ、そして世界へと波及していく。宮廷の石廊下には既に緊急会議の参加者たちの足音が響き始めていた。

◇ ◇ ◇

第二章「王子と青い奇跡」の幕が、静かに上がったのである。
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