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第8話 宮廷の激震
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「緊急事態だ!」
重々しい扉が勢いよく開かれ、皇帝陛下の第一秘書官が謁見の間に駆け込んできた。普段は威厳を保つ彼が、額に汗を浮かべながら息を切らしている。
「どうした、ベルナール」
玉座から皇帝エドワード・アルケイオスが低い声で問いかけた。五十歳を過ぎてなお背筋を伸ばして座る皇帝の眼光は鋭く、帝国を統べる者の威厳を漂わせている。
「は、はい。第三王子レオン殿下の件で、緊急の王室会議を開催したいとの申し出が複数の大臣から」
皇帝は静かに頷いた。三日前から王宮中が騒然としていることは承知している。レオンが「人工生命体を創造した」という報告を受けてから、保守派と革新派の対立は激化の一途を辿っていた。
「分かった。一時間後に会議を招集しろ」
「畏まりました。なお、ヴァレンタス宰相閣下からは『帝国の未来に関わる重大事案』として、全閣僚の出席を要請されております」
皇帝の眉がわずかに動いた。ヴァレンタス・グラディウス宰相。帝国政治の実質的な舵取り役であり、保守派の絶対的なリーダーだ。その彼が「重大事案」と称するとき、それは決して軽い意味ではない。
「承知した。では準備を」
秘書官が一礼して退出すると、謁見の間には重い沈黙が流れた。皇帝は深いため息をついて玉座にもたれかかる。
(レオンよ、お前は一体何を始めたのだ...)
◆◇◆
一時間後、王室会議室は緊張に満ちた空気に包まれていた。楕円形の大理石テーブルを囲んで、帝国の最高幹部たちが座している。革新派の内務大臣シルヴィア・ノーブルクロスは書類を何度も確認し、保守派の財務大臣ロベルト・ハインケルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
そして、上座に座るヴァレンタス・グラディウス宰相。
六十歳を迎えたその男は、白髪混じりの髪を後ろで束ね、深い皺の刻まれた顔に鋭い眼光を宿していた。帝国政界で四十年を過ごし、三代の皇帝に仕えてきた政治の鬼才。その威厳ある風貌は、会議室にいる誰もが一目置く存在感を放っている。
「皆様、お忙しい中お集まりいただき、感謝いたします」
ヴァレンタスが立ち上がると、会議室の空気が一層重くなった。低く響く声が会議室を支配する。
「本日は、第三王子レオン殿下の研究活動について、緊急に協議する必要があります」
彼はゆっくりと席を回りながら続けた。
「諸君もご存知の通り、殿下は『人工生命体』なるものを創造されたとの報告が上がっております。しかし、私はこれを単なる学術的成果とは考えておりません」
革新派の内務大臣シルヴィアが口を開いた。
「宰相閣下。しかし、これは画期的な発見ではないでしょうか。魔法と科学の融合という我が帝国の国策にも合致します」
「シルヴィア大臣」
ヴァレンタスが振り返る。その瞳には冷徹な光が宿っていた。
「『画期的』という言葉で片付けるには、あまりに危険すぎませんか。人工的に生命を作り出すことが、神への冒涜でないと断言できますか?」
会議室にざわめきが走った。保守派の議員たちが頷き、革新派は顔をしかめる。
「それに」ヴァレンタスは続けた。「この技術が悪用された場合を考えてみてください。敵国がこの技術を手に入れれば、我が帝国に対する脅威となりかねません」
◆◇◆
議論が白熱する中、謁見の間の扉が開かれた。レオンとフィルミナ、そしてリヴィエルが入室する。
レオンは相変わらず研究者然とした格好で、緊張した様子はまったく見せていない。その隣を歩くフィルミナは、薄青色の髪が光に透けて美しく、透明感のある肌は人間と見分けがつかないほどだった。
「失礼いたします」
レオンが軽く頭を下げる。その態度は、まるで研究発表会に参加するような気軽さだった。
「レオン」皇帝が息子に向かって言った。「お前の研究について、詳しく説明してもらいたい」
「はい、父上。こちらがフィルミナです」
レオンがフィルミナの手を引いて前に出る。フィルミナは緊張した様子で会議室を見回した後、丁寧にお辞儀をした。
「は、初めまして。フィルミナと申します」
その美しい声に、会議室の空気が一瞬止まった。書類上での報告と、実際に目の前で話す存在とでは、衝撃の度合いが全く違う。
内務大臣シルヴィアが驚愕した。
「これは...本当に人工的に?」
「はい」レオンが答える。「スライムを培養して、魔素濃度を調整しながら育成しました。基本的には通常の生物学的手法です」
「通常って...」財務大臣ロベルトが呟いた。「これのどこが通常なんだ」
レオンは首をかしげた。
「えーっと、培養液の作成、環境制御、段階的な魔素供給...どれも基礎的な手法ですが」
会議室の全員が絶句した。彼にとっては「基礎的」でも、この世界の常識を完全に覆している。
ヴァレンタス宰相が一歩前に出た。
「殿下。この『フィルミナ』という存在は、果たして何なのでしょうか。人間なのか、魔物なのか」
フィルミナが困った顔でレオンを見上げた。レオンは彼女の頭を優しく撫でながら答える。
「彼女は彼女です。分類学的にはスライム族ですが、自我を持った独立した存在です」
「自我を持った...魔物?」
ヴァレンタスの声に警戒の色が混じった。
「それは帝国の安全保障上、極めて危険な存在では?」
「危険?」レオンが眉をひそめた。「フィルミナが誰かを傷つけるわけがありません。彼女はとても優しい性格ですよ」
まるで愛犬を紹介するような口調だった。レオンにとって、フィルミナは研究対象であり、大切な存在だった。しかし、宮廷の人々には全く違って聞こえる。
「レオン様」フィルミナが小さな声で言った。「私、皆さんを不安にさせてしまってますか?」
その純真な問いかけに、会議室の空気が微妙に変わった。
◆◇◆
ちょうどその時、再び扉が開かれた。今度は帝国魔法学会の代表団が入室する。先頭を歩くのは学会長のシグレ・マカレアだった。
「陛下、お忙しい中失礼いたします」
シグレが一礼する。その後ろには、見慣れない外国の使節たちが続いていた。
「シグレ博士、この方々は?」
「隣国カドリア王国と東方連合の魔導学者団です。レオン殿下の研究について、緊急の学術調査を申し出られました」
カドリア王国の使節が前に出た。金髪に青い瞳の壮年男性で、魔導師のローブを身に纏っている。
「カドリア王国宮廷魔導師、アーカス・ヴェインハルトと申します。『人工生命体創造』の報告が我が国にも届いており、学術的な検証をお願いしたく参りました」
続いて東方連合の使節も挨拶した。
「東方連合魔導研究所のライラ・シンと申します。この技術の平和利用について、協議させていただければと」
レオンの目が輝いた。
「おお、同じ研究者の方々ですね!ぜひフィルミナを見ていってください。培養方法についても詳しく説明できますよ」
レオンの無邪気な反応に、会議室の緊張感が一気に高まった。各国の使節たちは互いに視線を交わし、明らかに何かを探り合っている。
ヴァレンタス宰相の表情が厳しくなった。
「殿下。軽々しく技術を開示するおつもりですか?」
「え?なぜダメなんです?学術的発見は共有するものでしょう」
「それは...」
レオンの純粋すぎる反応に、ヴァレンタスは言葉を詰まらせた。しかし、その様子を見た各国使節の表情が変わる。
(これは思っていたより重要な技術だ)
彼らの視線がフィルミナに集中した。
◆◇◆
「陛下」ヴァレンタス宰相が皇帝に向き直った。「このような重要な技術を、安易に外国に開示すべきではありません。帝国の国益を考えるべきです」
カドリア王国のアーカスが反論する。
「宰相閣下。しかし、学術的発見の共有は大陸諸国の伝統です。秘匿することこそ、国際的な緊張を生みませんか?」
「その通りです」東方連合のライラも続いた。「むしろ透明性を保つことで、技術の平和利用を保証できるのでは」
革新派のシルヴィア内務大臣が立ち上がった。
「私も外国使節の皆様の意見に賛成です。この技術は人類全体の財産として共有すべきです」
保守派の財務大臣ロベルトが激しく首を振った。
「とんでもない!帝国独自の技術優位こそが、我々の安全保障の基盤だ」
議論が激化する中、レオンは困惑していた。
「あの...皆さん、なぜそんなに争っているんです?僕はただスライムの研究をしただけで...」
その時、フィルミナがレオンの袖を引いた。
「レオン様、私のせいで皆さんが困っているんですね。私、消えた方がいいでしょうか?」
その言葉に、レオンの表情が変わった。
「何を言ってるんだ、フィルミナ。君は君だ。誰も君を消したりなんてさせない」
レオンがフィルミナの手を握る。その瞬間、会議室の全員が息を呑んだ。
純粋な愛情に満ちたその光景は、政治的思惑を一瞬忘れさせるほど美しく見えた。
ヴァレンタス宰相が眉をひそめる。
(この少年は本当に何も理解していないのか、それとも...)
◆◇◆
長い沈黙の後、皇帝エドワードが立ち上がった。
「静粛に」
皇帝の一言で、会議室が完全に静まり返った。
「レオン」皇帝が息子を見据えた。「お前の研究が、これほど大きな波紋を呼ぶとは思っていたか?」
「正直に言うと、思っていませんでした」レオンが答える。「でも、新しい発見が議論を呼ぶのは当然です。科学の発展とはそういうものですから」
皇帝は小さく笑った。
「相変わらず、お前は研究者だな」
そして会議室全体を見回す。
「諸君、私の決断を述べる」
全員が固唾を呑んで見守った。
「レオンの研究は継続を許可する。ただし、以下の条件を付ける」
皇帝が指を立てて列挙した。
「第一に、研究内容は帝国機密とし、外部への開示は朕の許可を要する」
各国使節の表情が変わった。
「第二に、魔法学会による定期的な監査を受けること」
シグレが頷く。
「第三に、軍事転用の可能性については、別途検討会を設ける」
ヴァレンタス宰相が複雑な表情を見せた。
「以上だ。異論のある者は申し出よ」
しばしの沈黙の後、ヴァレンタスが口を開いた。
「陛下の御英断を尊重いたします。しかし、監視体制については十分な配慮を」
「承知している。シグレ博士、よろしく頼む」
「畏まりました、陛下」
こうして、レオンの研究は帝国公認の重要プロジェクトとなった。しかし、レオン本人は相変わらず状況を理解していない。
「よかった、研究を続けられるんですね。フィルミナ、安心して」
フィルミナが嬉しそうに微笑んだ。
「はい、レオン様。これからもよろしくお願いします」
会議室の全員が、この無邪気な二人を複雑な思いで見詰めていた。
◆◇◆
会議が終了し、それぞれが退室していく中、各勢力の思惑が交錯していた。
ヴァレンタス宰相は廊下で部下に指示を出す。
「第三王子の監視を強化しろ。あの少年が意図的にやっているのか、本当に天然なのか、まだ判断がつかん」
「はい、閣下。しかし、万が一彼が帝国転覆を企んでいるとすれば...」
「その時は容赦はしない。帝国の安定が最優先だ」
一方、革新派のシルヴィア内務大臣は興奮していた。
「これは新時代の幕開けよ!レオン殿下こそ、我々が待ち望んでいた改革者だわ」
「しかし大臣、殿下は政治にまったく興味がおありでないようですが」
「それがいいのよ。純粋な理想主義者こそ、真の変革を起こせるの」
各国使節も密談を交わしていた。
「アーカス、あの技術は本物だったな」
「ああ。我が国でも独自に研究を始める必要がある。遅れをとるわけにはいかん」
「しかし、あの王子の無警戒さは驚きだな。本当に何も考えていないのか?」
「だからこそ危険だ。天才の無自覚な行動ほど、予測不可能なものはない」
そして当のレオンは、フィルミナと手を繋いで研究室に向かっていた。
「レオン様、今日は大変でしたね」
「そうだね。でも、これで堂々と研究を続けられる。君の能力についても、もっと詳しく調べたいし」
「はい!私、レオン様のお役に立ちたいです」
リヴィエルが二人の後ろを歩きながら、心配そうに呟いた。
「坊ちゃま、もう少し政治的なことも考えていただかないと...」
しかし、レオンの関心は既に次の実験に向いていた。
(フィルミナの進化はまだ途中段階のはず。さらなる可能性を探ってみよう)
そんな彼の無邪気な研究欲が、やがて帝国全体、さらには大陸全体を巻き込む大事件へと発展していくことを、まだ誰も知らなかった。
宮廷の激震は、これからが本番だった。
重々しい扉が勢いよく開かれ、皇帝陛下の第一秘書官が謁見の間に駆け込んできた。普段は威厳を保つ彼が、額に汗を浮かべながら息を切らしている。
「どうした、ベルナール」
玉座から皇帝エドワード・アルケイオスが低い声で問いかけた。五十歳を過ぎてなお背筋を伸ばして座る皇帝の眼光は鋭く、帝国を統べる者の威厳を漂わせている。
「は、はい。第三王子レオン殿下の件で、緊急の王室会議を開催したいとの申し出が複数の大臣から」
皇帝は静かに頷いた。三日前から王宮中が騒然としていることは承知している。レオンが「人工生命体を創造した」という報告を受けてから、保守派と革新派の対立は激化の一途を辿っていた。
「分かった。一時間後に会議を招集しろ」
「畏まりました。なお、ヴァレンタス宰相閣下からは『帝国の未来に関わる重大事案』として、全閣僚の出席を要請されております」
皇帝の眉がわずかに動いた。ヴァレンタス・グラディウス宰相。帝国政治の実質的な舵取り役であり、保守派の絶対的なリーダーだ。その彼が「重大事案」と称するとき、それは決して軽い意味ではない。
「承知した。では準備を」
秘書官が一礼して退出すると、謁見の間には重い沈黙が流れた。皇帝は深いため息をついて玉座にもたれかかる。
(レオンよ、お前は一体何を始めたのだ...)
◆◇◆
一時間後、王室会議室は緊張に満ちた空気に包まれていた。楕円形の大理石テーブルを囲んで、帝国の最高幹部たちが座している。革新派の内務大臣シルヴィア・ノーブルクロスは書類を何度も確認し、保守派の財務大臣ロベルト・ハインケルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
そして、上座に座るヴァレンタス・グラディウス宰相。
六十歳を迎えたその男は、白髪混じりの髪を後ろで束ね、深い皺の刻まれた顔に鋭い眼光を宿していた。帝国政界で四十年を過ごし、三代の皇帝に仕えてきた政治の鬼才。その威厳ある風貌は、会議室にいる誰もが一目置く存在感を放っている。
「皆様、お忙しい中お集まりいただき、感謝いたします」
ヴァレンタスが立ち上がると、会議室の空気が一層重くなった。低く響く声が会議室を支配する。
「本日は、第三王子レオン殿下の研究活動について、緊急に協議する必要があります」
彼はゆっくりと席を回りながら続けた。
「諸君もご存知の通り、殿下は『人工生命体』なるものを創造されたとの報告が上がっております。しかし、私はこれを単なる学術的成果とは考えておりません」
革新派の内務大臣シルヴィアが口を開いた。
「宰相閣下。しかし、これは画期的な発見ではないでしょうか。魔法と科学の融合という我が帝国の国策にも合致します」
「シルヴィア大臣」
ヴァレンタスが振り返る。その瞳には冷徹な光が宿っていた。
「『画期的』という言葉で片付けるには、あまりに危険すぎませんか。人工的に生命を作り出すことが、神への冒涜でないと断言できますか?」
会議室にざわめきが走った。保守派の議員たちが頷き、革新派は顔をしかめる。
「それに」ヴァレンタスは続けた。「この技術が悪用された場合を考えてみてください。敵国がこの技術を手に入れれば、我が帝国に対する脅威となりかねません」
◆◇◆
議論が白熱する中、謁見の間の扉が開かれた。レオンとフィルミナ、そしてリヴィエルが入室する。
レオンは相変わらず研究者然とした格好で、緊張した様子はまったく見せていない。その隣を歩くフィルミナは、薄青色の髪が光に透けて美しく、透明感のある肌は人間と見分けがつかないほどだった。
「失礼いたします」
レオンが軽く頭を下げる。その態度は、まるで研究発表会に参加するような気軽さだった。
「レオン」皇帝が息子に向かって言った。「お前の研究について、詳しく説明してもらいたい」
「はい、父上。こちらがフィルミナです」
レオンがフィルミナの手を引いて前に出る。フィルミナは緊張した様子で会議室を見回した後、丁寧にお辞儀をした。
「は、初めまして。フィルミナと申します」
その美しい声に、会議室の空気が一瞬止まった。書類上での報告と、実際に目の前で話す存在とでは、衝撃の度合いが全く違う。
内務大臣シルヴィアが驚愕した。
「これは...本当に人工的に?」
「はい」レオンが答える。「スライムを培養して、魔素濃度を調整しながら育成しました。基本的には通常の生物学的手法です」
「通常って...」財務大臣ロベルトが呟いた。「これのどこが通常なんだ」
レオンは首をかしげた。
「えーっと、培養液の作成、環境制御、段階的な魔素供給...どれも基礎的な手法ですが」
会議室の全員が絶句した。彼にとっては「基礎的」でも、この世界の常識を完全に覆している。
ヴァレンタス宰相が一歩前に出た。
「殿下。この『フィルミナ』という存在は、果たして何なのでしょうか。人間なのか、魔物なのか」
フィルミナが困った顔でレオンを見上げた。レオンは彼女の頭を優しく撫でながら答える。
「彼女は彼女です。分類学的にはスライム族ですが、自我を持った独立した存在です」
「自我を持った...魔物?」
ヴァレンタスの声に警戒の色が混じった。
「それは帝国の安全保障上、極めて危険な存在では?」
「危険?」レオンが眉をひそめた。「フィルミナが誰かを傷つけるわけがありません。彼女はとても優しい性格ですよ」
まるで愛犬を紹介するような口調だった。レオンにとって、フィルミナは研究対象であり、大切な存在だった。しかし、宮廷の人々には全く違って聞こえる。
「レオン様」フィルミナが小さな声で言った。「私、皆さんを不安にさせてしまってますか?」
その純真な問いかけに、会議室の空気が微妙に変わった。
◆◇◆
ちょうどその時、再び扉が開かれた。今度は帝国魔法学会の代表団が入室する。先頭を歩くのは学会長のシグレ・マカレアだった。
「陛下、お忙しい中失礼いたします」
シグレが一礼する。その後ろには、見慣れない外国の使節たちが続いていた。
「シグレ博士、この方々は?」
「隣国カドリア王国と東方連合の魔導学者団です。レオン殿下の研究について、緊急の学術調査を申し出られました」
カドリア王国の使節が前に出た。金髪に青い瞳の壮年男性で、魔導師のローブを身に纏っている。
「カドリア王国宮廷魔導師、アーカス・ヴェインハルトと申します。『人工生命体創造』の報告が我が国にも届いており、学術的な検証をお願いしたく参りました」
続いて東方連合の使節も挨拶した。
「東方連合魔導研究所のライラ・シンと申します。この技術の平和利用について、協議させていただければと」
レオンの目が輝いた。
「おお、同じ研究者の方々ですね!ぜひフィルミナを見ていってください。培養方法についても詳しく説明できますよ」
レオンの無邪気な反応に、会議室の緊張感が一気に高まった。各国の使節たちは互いに視線を交わし、明らかに何かを探り合っている。
ヴァレンタス宰相の表情が厳しくなった。
「殿下。軽々しく技術を開示するおつもりですか?」
「え?なぜダメなんです?学術的発見は共有するものでしょう」
「それは...」
レオンの純粋すぎる反応に、ヴァレンタスは言葉を詰まらせた。しかし、その様子を見た各国使節の表情が変わる。
(これは思っていたより重要な技術だ)
彼らの視線がフィルミナに集中した。
◆◇◆
「陛下」ヴァレンタス宰相が皇帝に向き直った。「このような重要な技術を、安易に外国に開示すべきではありません。帝国の国益を考えるべきです」
カドリア王国のアーカスが反論する。
「宰相閣下。しかし、学術的発見の共有は大陸諸国の伝統です。秘匿することこそ、国際的な緊張を生みませんか?」
「その通りです」東方連合のライラも続いた。「むしろ透明性を保つことで、技術の平和利用を保証できるのでは」
革新派のシルヴィア内務大臣が立ち上がった。
「私も外国使節の皆様の意見に賛成です。この技術は人類全体の財産として共有すべきです」
保守派の財務大臣ロベルトが激しく首を振った。
「とんでもない!帝国独自の技術優位こそが、我々の安全保障の基盤だ」
議論が激化する中、レオンは困惑していた。
「あの...皆さん、なぜそんなに争っているんです?僕はただスライムの研究をしただけで...」
その時、フィルミナがレオンの袖を引いた。
「レオン様、私のせいで皆さんが困っているんですね。私、消えた方がいいでしょうか?」
その言葉に、レオンの表情が変わった。
「何を言ってるんだ、フィルミナ。君は君だ。誰も君を消したりなんてさせない」
レオンがフィルミナの手を握る。その瞬間、会議室の全員が息を呑んだ。
純粋な愛情に満ちたその光景は、政治的思惑を一瞬忘れさせるほど美しく見えた。
ヴァレンタス宰相が眉をひそめる。
(この少年は本当に何も理解していないのか、それとも...)
◆◇◆
長い沈黙の後、皇帝エドワードが立ち上がった。
「静粛に」
皇帝の一言で、会議室が完全に静まり返った。
「レオン」皇帝が息子を見据えた。「お前の研究が、これほど大きな波紋を呼ぶとは思っていたか?」
「正直に言うと、思っていませんでした」レオンが答える。「でも、新しい発見が議論を呼ぶのは当然です。科学の発展とはそういうものですから」
皇帝は小さく笑った。
「相変わらず、お前は研究者だな」
そして会議室全体を見回す。
「諸君、私の決断を述べる」
全員が固唾を呑んで見守った。
「レオンの研究は継続を許可する。ただし、以下の条件を付ける」
皇帝が指を立てて列挙した。
「第一に、研究内容は帝国機密とし、外部への開示は朕の許可を要する」
各国使節の表情が変わった。
「第二に、魔法学会による定期的な監査を受けること」
シグレが頷く。
「第三に、軍事転用の可能性については、別途検討会を設ける」
ヴァレンタス宰相が複雑な表情を見せた。
「以上だ。異論のある者は申し出よ」
しばしの沈黙の後、ヴァレンタスが口を開いた。
「陛下の御英断を尊重いたします。しかし、監視体制については十分な配慮を」
「承知している。シグレ博士、よろしく頼む」
「畏まりました、陛下」
こうして、レオンの研究は帝国公認の重要プロジェクトとなった。しかし、レオン本人は相変わらず状況を理解していない。
「よかった、研究を続けられるんですね。フィルミナ、安心して」
フィルミナが嬉しそうに微笑んだ。
「はい、レオン様。これからもよろしくお願いします」
会議室の全員が、この無邪気な二人を複雑な思いで見詰めていた。
◆◇◆
会議が終了し、それぞれが退室していく中、各勢力の思惑が交錯していた。
ヴァレンタス宰相は廊下で部下に指示を出す。
「第三王子の監視を強化しろ。あの少年が意図的にやっているのか、本当に天然なのか、まだ判断がつかん」
「はい、閣下。しかし、万が一彼が帝国転覆を企んでいるとすれば...」
「その時は容赦はしない。帝国の安定が最優先だ」
一方、革新派のシルヴィア内務大臣は興奮していた。
「これは新時代の幕開けよ!レオン殿下こそ、我々が待ち望んでいた改革者だわ」
「しかし大臣、殿下は政治にまったく興味がおありでないようですが」
「それがいいのよ。純粋な理想主義者こそ、真の変革を起こせるの」
各国使節も密談を交わしていた。
「アーカス、あの技術は本物だったな」
「ああ。我が国でも独自に研究を始める必要がある。遅れをとるわけにはいかん」
「しかし、あの王子の無警戒さは驚きだな。本当に何も考えていないのか?」
「だからこそ危険だ。天才の無自覚な行動ほど、予測不可能なものはない」
そして当のレオンは、フィルミナと手を繋いで研究室に向かっていた。
「レオン様、今日は大変でしたね」
「そうだね。でも、これで堂々と研究を続けられる。君の能力についても、もっと詳しく調べたいし」
「はい!私、レオン様のお役に立ちたいです」
リヴィエルが二人の後ろを歩きながら、心配そうに呟いた。
「坊ちゃま、もう少し政治的なことも考えていただかないと...」
しかし、レオンの関心は既に次の実験に向いていた。
(フィルミナの進化はまだ途中段階のはず。さらなる可能性を探ってみよう)
そんな彼の無邪気な研究欲が、やがて帝国全体、さらには大陸全体を巻き込む大事件へと発展していくことを、まだ誰も知らなかった。
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竜頭蛇
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ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
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