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第2話 奴隷たちの反撃
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少女は必死に動揺を抑えようと、深呼吸を繰り返した。
首の頸動脈に激しい衝撃を与えると、人は声を出すことなく気絶すると教わっていたが、実際にやるのは初めてだった。男が首を無防備に晒す瞬間をずっと待っていた。
しかしこうまで、ことがうまく運ぶとは思っていなかった。
手直にあった布で男の口、手足を縛り付ける。これで、男が意識を取り戻しても、動くことも声を出すことも叶わないだろう。
それでも安心はできない。男が意識を取り戻すまで2、3分というところか。しかも外にはまだ3人いる。奴隷を監視する男2人に、それらをまとめている1人。
荷車の揺れが収まっているところからすると、今は休憩中だろう。むやみに外に飛び出して3人と対峙するのは分が悪い。ここでしばらく身を潜めているべきだろうか。
それともいますぐ荷車から飛び出すか。いいや、と少女はかぶりを振る。それはあまりに博打だ。荒事になれた盗賊まがいの商人だ。どれほどの腕前かもわからない。
ならばどうする。少女は必死に思考を巡らせた。
男が戻らないことにほかの男が直ぐに気づくだろう。ならば──
倒れている男の身体を、自分に覆いかぶさるように引き寄せた。心臓の鼓動が早鐘のように鳴った。
「いつまでやってる?」
その瞬間、別の男が荷車の布をめくった。間一髪。男の目には先ほどの男が、少女にのしかかっているように見えただろう。
「て、てめえ! 商品に手を出すなって言ったろ!」
慌てて男を引きはがそうと、荷車に乗り込んできた。手を伸ばし、引き離す。
思いのほかなんの抵抗もないことを不思議に思ったのが、男の最後の思考だった。
少女は、自分にのしかかっている男ごと渾身の力で蹴り飛ばす。男はそのまま後ろにはじき出されて、荷車から足を踏み外した。
間髪入れずに、少女が膝から地面に飛び降り、ついでに男の顔面に着地してとどめをさした。どこかの骨が砕けただろうか。何とも不思議な男の顔のひしゃげる音がした。すぐまた静かになる。
気絶した男の腰から長刀を引き抜き、構えながら一気に飛び出す。
ざわっ、と奴隷たちの中から声が漏れた。荷車から突然男と少女が飛び出して来たのだ。一体何事かと思うのは無理からぬことだ。
とはいえ、説明している余裕も猶予もない。外の強い日差しに視界が一瞬奪われたが、全神経を集中しつつ、もう一人の男を探す。少女の目が男を発見する。男はすでに自分の長刀を構えていた。先ほどの音ですぐ異常事態だと気づいたらしい。油断ならない男だ。きっとこんな荒事にも慣れているのだろう。
この場合、間髪入れずに男の間合いに飛び込んで先制したいところだが、なにしろここは砂漠。砂に足をとられてしまい、駆けても速度はたかが知れている。そうなると力で勝る男が圧倒的に有利だ。男はそれを理解しているのか、じりじりと歩み寄って距離を詰めてくる。まともに打ちあえば分が悪い。だが、まともに打ちあえば、の場合だ。
「砂!」
少女は叫んだ。呼びかけたのはそこにいる奴隷たちにである。奴隷たちは一瞬唖然としていたが、ややあってその意図に気づいた。
少女は男に砂を浴びせろと、言っていたのである。奴隷たちはすぐに行動した。いきなり現れたこの救世主に、いくらかでも助太刀すべく、ぼろぼろの身体に鞭打って砂を掴んで、男のほうに一斉に投げつけた。
突然の砂嵐に男は視界を奪われる。目にも砂が入ったらしく、開けていられない。よろめきながら後ずさる。
「なんてことしやがる!」
男は吠えていたが、なにが変わるわけでもない。少女は容赦なく近づいて、長刀を振り下ろす。太刀筋は男の片腕に綺麗な一本線を描いた。刀の道筋上に裂傷が走る。
鈍痛。やがて、力が抜けて、男の手から長刀が落ちた。
そこを少女の肘が一撃。それが男の顎を打ち砕いた。男は砂の上にどたりと倒れ伏す。まさかこんな場所で少女に手痛い一撃を受けることになるとは、思いもよらなかっただろう。男はなすすべなく意識を失った。奴隷たちは事態の好転に歓声をあげた。
少女は男の傍に跪くようにして、腰につけていた鎖のカギを引き抜く。それを掴んで、奴隷たちの方に放り投げた。奴隷たちはカギに飛びついて、自分たちを長らく拘束していた器具を打ち捨てた。
「あとは前のやつだけ」
少女は呟いて、急いでラクダのほうに駆ける。リーダーと思わしき人物は、背後の様子を見て逃げようとしていた。
解放された奴隷たち。倒されてしまった仲間。どう考えても事態は商隊のリーダーに不利に働いていた。
「逃がさない!」
逃げ出すより早く、少女のほうがさきに前に立ちふさがった。首筋に長刀を突きつける。リーダーは腰が抜けたらしく、へたりと座り込んだ。
「ま、待て! 殺さないで!」
少女は長刀で、その人物を覆っていたターバンをゆっくりとめくった。
驚いたことにそのリーダーは、褐色の肌をした女だった。ガタガタと震えていることから、無抵抗なのは演技ではないらしい。
「なんでもする! だから、殺すな!」
命乞いする褐色の女だったが、追いついてきた奴隷たちに取り囲まれてますます青ざめた。
「散々いたぶってくれやがって! 殺してしまおう。こんなやつ!」
奴隷たちのなかにはそう叫ぶものまでいる。とはいえ少女は出来るだけ冷静に言った。
「殺してしまったら、砂漠を抜けられますか? この人に方角を聞いた方が早い」
奴隷たちはそう言われて押し黙った。周りを宥めると、少女は褐色の女に向き合って言う。
「街まで案内してくれたら、命は助けます。ただし逃げようとしたら、気は進みませんが、どんな方法を使ってでも、あなたに街の方角を吐かせることになります。どうですか?」
褐色の女はぶんぶんと首を上下に振った。
首の頸動脈に激しい衝撃を与えると、人は声を出すことなく気絶すると教わっていたが、実際にやるのは初めてだった。男が首を無防備に晒す瞬間をずっと待っていた。
しかしこうまで、ことがうまく運ぶとは思っていなかった。
手直にあった布で男の口、手足を縛り付ける。これで、男が意識を取り戻しても、動くことも声を出すことも叶わないだろう。
それでも安心はできない。男が意識を取り戻すまで2、3分というところか。しかも外にはまだ3人いる。奴隷を監視する男2人に、それらをまとめている1人。
荷車の揺れが収まっているところからすると、今は休憩中だろう。むやみに外に飛び出して3人と対峙するのは分が悪い。ここでしばらく身を潜めているべきだろうか。
それともいますぐ荷車から飛び出すか。いいや、と少女はかぶりを振る。それはあまりに博打だ。荒事になれた盗賊まがいの商人だ。どれほどの腕前かもわからない。
ならばどうする。少女は必死に思考を巡らせた。
男が戻らないことにほかの男が直ぐに気づくだろう。ならば──
倒れている男の身体を、自分に覆いかぶさるように引き寄せた。心臓の鼓動が早鐘のように鳴った。
「いつまでやってる?」
その瞬間、別の男が荷車の布をめくった。間一髪。男の目には先ほどの男が、少女にのしかかっているように見えただろう。
「て、てめえ! 商品に手を出すなって言ったろ!」
慌てて男を引きはがそうと、荷車に乗り込んできた。手を伸ばし、引き離す。
思いのほかなんの抵抗もないことを不思議に思ったのが、男の最後の思考だった。
少女は、自分にのしかかっている男ごと渾身の力で蹴り飛ばす。男はそのまま後ろにはじき出されて、荷車から足を踏み外した。
間髪入れずに、少女が膝から地面に飛び降り、ついでに男の顔面に着地してとどめをさした。どこかの骨が砕けただろうか。何とも不思議な男の顔のひしゃげる音がした。すぐまた静かになる。
気絶した男の腰から長刀を引き抜き、構えながら一気に飛び出す。
ざわっ、と奴隷たちの中から声が漏れた。荷車から突然男と少女が飛び出して来たのだ。一体何事かと思うのは無理からぬことだ。
とはいえ、説明している余裕も猶予もない。外の強い日差しに視界が一瞬奪われたが、全神経を集中しつつ、もう一人の男を探す。少女の目が男を発見する。男はすでに自分の長刀を構えていた。先ほどの音ですぐ異常事態だと気づいたらしい。油断ならない男だ。きっとこんな荒事にも慣れているのだろう。
この場合、間髪入れずに男の間合いに飛び込んで先制したいところだが、なにしろここは砂漠。砂に足をとられてしまい、駆けても速度はたかが知れている。そうなると力で勝る男が圧倒的に有利だ。男はそれを理解しているのか、じりじりと歩み寄って距離を詰めてくる。まともに打ちあえば分が悪い。だが、まともに打ちあえば、の場合だ。
「砂!」
少女は叫んだ。呼びかけたのはそこにいる奴隷たちにである。奴隷たちは一瞬唖然としていたが、ややあってその意図に気づいた。
少女は男に砂を浴びせろと、言っていたのである。奴隷たちはすぐに行動した。いきなり現れたこの救世主に、いくらかでも助太刀すべく、ぼろぼろの身体に鞭打って砂を掴んで、男のほうに一斉に投げつけた。
突然の砂嵐に男は視界を奪われる。目にも砂が入ったらしく、開けていられない。よろめきながら後ずさる。
「なんてことしやがる!」
男は吠えていたが、なにが変わるわけでもない。少女は容赦なく近づいて、長刀を振り下ろす。太刀筋は男の片腕に綺麗な一本線を描いた。刀の道筋上に裂傷が走る。
鈍痛。やがて、力が抜けて、男の手から長刀が落ちた。
そこを少女の肘が一撃。それが男の顎を打ち砕いた。男は砂の上にどたりと倒れ伏す。まさかこんな場所で少女に手痛い一撃を受けることになるとは、思いもよらなかっただろう。男はなすすべなく意識を失った。奴隷たちは事態の好転に歓声をあげた。
少女は男の傍に跪くようにして、腰につけていた鎖のカギを引き抜く。それを掴んで、奴隷たちの方に放り投げた。奴隷たちはカギに飛びついて、自分たちを長らく拘束していた器具を打ち捨てた。
「あとは前のやつだけ」
少女は呟いて、急いでラクダのほうに駆ける。リーダーと思わしき人物は、背後の様子を見て逃げようとしていた。
解放された奴隷たち。倒されてしまった仲間。どう考えても事態は商隊のリーダーに不利に働いていた。
「逃がさない!」
逃げ出すより早く、少女のほうがさきに前に立ちふさがった。首筋に長刀を突きつける。リーダーは腰が抜けたらしく、へたりと座り込んだ。
「ま、待て! 殺さないで!」
少女は長刀で、その人物を覆っていたターバンをゆっくりとめくった。
驚いたことにそのリーダーは、褐色の肌をした女だった。ガタガタと震えていることから、無抵抗なのは演技ではないらしい。
「なんでもする! だから、殺すな!」
命乞いする褐色の女だったが、追いついてきた奴隷たちに取り囲まれてますます青ざめた。
「散々いたぶってくれやがって! 殺してしまおう。こんなやつ!」
奴隷たちのなかにはそう叫ぶものまでいる。とはいえ少女は出来るだけ冷静に言った。
「殺してしまったら、砂漠を抜けられますか? この人に方角を聞いた方が早い」
奴隷たちはそう言われて押し黙った。周りを宥めると、少女は褐色の女に向き合って言う。
「街まで案内してくれたら、命は助けます。ただし逃げようとしたら、気は進みませんが、どんな方法を使ってでも、あなたに街の方角を吐かせることになります。どうですか?」
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