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第2章
第15話 赤
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明日羽達が完全に姿を消した事で、消え掛かっている2人の魔力に気付く。
「メデル、動けるか?」
「は、はいっ」
震える体で必死に声を出すメデルだが、光属性の治癒の魔法を充分に使えるだけの魔力は僅かしか残されていない。そして、【暴食王】を握っていた俺の魔力は、殆ど食い尽くされてしまっている。
俺も剣を鞘ごと抜いて、杖の様にして歩くので精一杯の状況で消えかけている魔力の方に歩みを進める。メデルも俺が歩きやすい様に支えてくれていた。
「2人は無事よ、虎男」
折れた巨木の幹に体を預け力なく座っているヴィルヘルムの前に、水属性の魔法を発動させていた魔力の痕跡があるリツェアが立っていた。
リツェアの腹部や四肢からは、止めどなく血が流れている。おそらく、【暴食王】の闇によって縫い止められていた光の杭が破壊された後に、動けないヴィルヘルムを護る為に側にいたのだろう。
だが、光の杭の影響なのか、再生能力の高い魔族――リツェアの傷口が一向に治癒する様子がない。
「そうか」
ヴィルヘルムは、両腕を焼き斬られた上に、内側から体を焼かれたのだ。今こうして、意識を保ち、会話が出来ている事すら奇跡に近い。
既に、目を開けている事すら出来ない様だ。
徐々に、呼吸も浅くなっている。
俺は直感的に、ヴィルヘルムは助からない、と気づいた。
おそらく、魔法で治療したとしても、痛みを長引かせるだけで、彼自身を救う事にはならない。
「2人とも、直ぐに治療します!」
躓きながらも2人の元に駆け寄ったメデルに、リツェアは「辞めなさい」と優しく声をかけた。
「ヴィルヘルムは見ての通りだけど、私も結構重症だから。貴方達に残ってる魔力じゃ助からないのよ」
「でも、でもっ」
メデルは涙を流す。
俺は、その涙の意味を知っている。
己の無力感に絶望し、現実を必死に否定しようと足掻いている証だ。
「……2人が無事なら、それで良い」
「そんな、どうしてそんな事を言うんですか!」
「俺達は、最初からこの為に着いて来たからだ」
ヴィルヘルムとリツェアは、安堵した様な表情を浮かべている。
「執行者が俺を追って来る事を分かっていて、俺達の身代わりになる為に着いて来てたのか?」
「ええ。でも、身代わり所か、盾にもなれなかったけどね」
「俺達では力不足だったようだ」
苦しそうに倒れ込む2人に、メデルは堪らず残された少ない魔力で治癒の魔法をかけ始める。
だが、ヴィルヘルムの焼かれた傷、リツェアの貫かれた傷は全く治る気配がない。
「メデル、無駄だ」
「いえ!まだ間に合う筈です」
普通の傷なら一命を取り留める事は出来る可能性はある。
「2人の傷は、普通の傷じゃない」
ヴィルヘルムとリツェアの傷口からは、魔法とは異なる人智を超えた魔力的な力――『呪い』と『祝福』の気配がする。
2人の傷を癒すには、長い時間をかけて傷を癒すか、呪いと祝福を跳ね除けて癒すしかない。そんな事は、万全の状態の俺にも困難な事だ。
聖獣の白蛇であるメデルも、呪いと祝福の気配には気づいてる筈だ。
今、2人を救える可能性があるとするなら、極限スキルの『神血之医術』だけだ。
だが、『神血之医術』を何度使おうとしても、その効果を充分に引き出す事は今までに一度も出来ていない。
まるで、重要な歯車が欠けてしまっている様な不完全なスキルなのだ。
現状では、第三階梯の治癒の魔法以下――擦り傷を癒す程度の効果しかない。
2人の前で泣き崩れるメデルの頭をリツェアは、姉の様に優しく撫でる。
「ありがとう、メデル。でも、もう良いのよ」
「ああ。俺達は、2人のおかげで充分に救われた」
朧げな意識の中で、目も見えないであろうヴィルヘルムが俺が立つ方向に視線を向ける。
「ありがとう」
「……」
「俺にもう一度、自分の意志で戦わせてくれて」
「……めろ」
自分の中の何かを否定しようと、無意識に声が出た。
「おかげで、最期は後悔さずにすんだ」
ヴィルヘルムの白かった獣毛が、自身の血と炎に焼かれて原型から離れている。その顔で、後悔など全くない様に笑っていた。
「さぁ、行けっ、トウヤ……貴殿は、ここに立ち止まっているべき人ではない!」
「……やめてくれっ」
思い出すつもりなんてなかった。
とっくの昔に、何もかもを忘れた筈なんだ。
――『嘘付き』
幻聴の様な声に、目を見開く。
――『忘れる訳がない』
「……くそ……」
心臓が、息苦しくなる程に脈打つ。
今にも命の炎が燃え尽きそうなヴィルヘルムとリツェアを見ると、その拍動は更に早く、強くなった。
――『彼等の最期。彼等が託してくれた思い』
――『俺達が、忘れる筈がない』
フラッシュバックの様に、俺の意識を無視して記憶が次々と目の前に広がる。
俺が間に合わなかった所為で、失われた村、街、国。
手を伸ばし、1人でも多くの命を救おうとした。それでも、俺の腕の中で、失われていく多くの命。
死の瞬間まで両親を呼ぶ幼子。仇を取ってくれと遺言を残し死んだ人。黒焦げとなった我が子の前で泣き崩れる親。己の選択を悔やみ、臣下の墓標の前で泣き叫ぶ人。
――『彼等には、最期の思いを託された』
荒れ狂う炎の中で、幼い弟を励ます為に笑う少女がいた。崩れた瓦礫の下で、我が子庇い護る母がいた。剣で貫かれて尚、他人を護る為に倒れなかった人々がいた。そして、遺志を背負い、人々を鼓舞し続けた王がいた。
――『彼等には、人を護る意志を託された』
「……ぁ」
俺は、最初から忘れてなんていなかった。
地球に戻った3年間。
目を逸らして、忘れた気になっていただけで、少し目を閉じただけで、鮮明に焼き付いた光景と人々の思いが俺を縛り付けていた。
明日羽、俺もお前と変わらない。
俺は、元の世界に戻っても、この世界に縛られたままだったんだ。
「主、血が……」
メデルの震える声に、自身の右手から血がポタポタと流れ落ちている事に気付く。その赤く透き通った血は、右手から湧き水の様に湧いて流れ落ちていた。
だが、掌に出血する程の傷はない。
不思議と疑問は感じなかった。そして、今なら使える、と確かな確信を得る事が出来た。
俺は、血が流れている右手を握り締める。
「〝神血之医術〟」
俺の流れ落ちる血から、赤い幻想的な光が放たれる。赤い光は、波動となり周囲の全てを包み込んだ。
「リツェアさん達の傷がっ!?」
塞がらなかった傷が一瞬で塞がり、高熱を持って焼き斬られた傷口にホタルの様な小さな赤い光の群れが集い、失われた組織が再生を始める。
まるで、時間が巻き戻って行く様な光景と神秘的な奇跡の光を呆然と眺める。
全ての生命を慈しみ、優しく抱擁する母の様な温かみを持つ光は、人の傷だけでなく、焼け野原となっていた大地すら癒した。
小さな芽が芽吹き、植物が蔦を伸ばす。折れていた大木も、残されていた枝を伸ばし、森を再生させて行く。
⬜︎⬜︎⬜︎
戦闘の余波が残る森を進む俺とメデルの後ろを2つの魔力が追って来る。
「ちょっと!今更置いて行くつもり!?」
2人が一命を取り留めた事を確認した俺とメデルは、直ぐに出発した。
幸い、俺達の傷も癒えていた為、森を歩く事には問題がない。
「トウヤ、共に命掛けで戦った仲だろ?」
以前より距離感が近くなった2人に、ため息を吐く。
「次は、確実に死ぬかもしれないぞ」
詳しく説明しなくても言葉の意味は、2人に伝わった。
「次は負けん」
「……好きにしろ」
元から根拠がない事は分かっていたが、あれ程清々しく言い切られてしまうと返答を探すのも面倒になってしまった。
再びため息を吐き、結局4人で森を抜ける為に歩き始める。
「メデル、動けるか?」
「は、はいっ」
震える体で必死に声を出すメデルだが、光属性の治癒の魔法を充分に使えるだけの魔力は僅かしか残されていない。そして、【暴食王】を握っていた俺の魔力は、殆ど食い尽くされてしまっている。
俺も剣を鞘ごと抜いて、杖の様にして歩くので精一杯の状況で消えかけている魔力の方に歩みを進める。メデルも俺が歩きやすい様に支えてくれていた。
「2人は無事よ、虎男」
折れた巨木の幹に体を預け力なく座っているヴィルヘルムの前に、水属性の魔法を発動させていた魔力の痕跡があるリツェアが立っていた。
リツェアの腹部や四肢からは、止めどなく血が流れている。おそらく、【暴食王】の闇によって縫い止められていた光の杭が破壊された後に、動けないヴィルヘルムを護る為に側にいたのだろう。
だが、光の杭の影響なのか、再生能力の高い魔族――リツェアの傷口が一向に治癒する様子がない。
「そうか」
ヴィルヘルムは、両腕を焼き斬られた上に、内側から体を焼かれたのだ。今こうして、意識を保ち、会話が出来ている事すら奇跡に近い。
既に、目を開けている事すら出来ない様だ。
徐々に、呼吸も浅くなっている。
俺は直感的に、ヴィルヘルムは助からない、と気づいた。
おそらく、魔法で治療したとしても、痛みを長引かせるだけで、彼自身を救う事にはならない。
「2人とも、直ぐに治療します!」
躓きながらも2人の元に駆け寄ったメデルに、リツェアは「辞めなさい」と優しく声をかけた。
「ヴィルヘルムは見ての通りだけど、私も結構重症だから。貴方達に残ってる魔力じゃ助からないのよ」
「でも、でもっ」
メデルは涙を流す。
俺は、その涙の意味を知っている。
己の無力感に絶望し、現実を必死に否定しようと足掻いている証だ。
「……2人が無事なら、それで良い」
「そんな、どうしてそんな事を言うんですか!」
「俺達は、最初からこの為に着いて来たからだ」
ヴィルヘルムとリツェアは、安堵した様な表情を浮かべている。
「執行者が俺を追って来る事を分かっていて、俺達の身代わりになる為に着いて来てたのか?」
「ええ。でも、身代わり所か、盾にもなれなかったけどね」
「俺達では力不足だったようだ」
苦しそうに倒れ込む2人に、メデルは堪らず残された少ない魔力で治癒の魔法をかけ始める。
だが、ヴィルヘルムの焼かれた傷、リツェアの貫かれた傷は全く治る気配がない。
「メデル、無駄だ」
「いえ!まだ間に合う筈です」
普通の傷なら一命を取り留める事は出来る可能性はある。
「2人の傷は、普通の傷じゃない」
ヴィルヘルムとリツェアの傷口からは、魔法とは異なる人智を超えた魔力的な力――『呪い』と『祝福』の気配がする。
2人の傷を癒すには、長い時間をかけて傷を癒すか、呪いと祝福を跳ね除けて癒すしかない。そんな事は、万全の状態の俺にも困難な事だ。
聖獣の白蛇であるメデルも、呪いと祝福の気配には気づいてる筈だ。
今、2人を救える可能性があるとするなら、極限スキルの『神血之医術』だけだ。
だが、『神血之医術』を何度使おうとしても、その効果を充分に引き出す事は今までに一度も出来ていない。
まるで、重要な歯車が欠けてしまっている様な不完全なスキルなのだ。
現状では、第三階梯の治癒の魔法以下――擦り傷を癒す程度の効果しかない。
2人の前で泣き崩れるメデルの頭をリツェアは、姉の様に優しく撫でる。
「ありがとう、メデル。でも、もう良いのよ」
「ああ。俺達は、2人のおかげで充分に救われた」
朧げな意識の中で、目も見えないであろうヴィルヘルムが俺が立つ方向に視線を向ける。
「ありがとう」
「……」
「俺にもう一度、自分の意志で戦わせてくれて」
「……めろ」
自分の中の何かを否定しようと、無意識に声が出た。
「おかげで、最期は後悔さずにすんだ」
ヴィルヘルムの白かった獣毛が、自身の血と炎に焼かれて原型から離れている。その顔で、後悔など全くない様に笑っていた。
「さぁ、行けっ、トウヤ……貴殿は、ここに立ち止まっているべき人ではない!」
「……やめてくれっ」
思い出すつもりなんてなかった。
とっくの昔に、何もかもを忘れた筈なんだ。
――『嘘付き』
幻聴の様な声に、目を見開く。
――『忘れる訳がない』
「……くそ……」
心臓が、息苦しくなる程に脈打つ。
今にも命の炎が燃え尽きそうなヴィルヘルムとリツェアを見ると、その拍動は更に早く、強くなった。
――『彼等の最期。彼等が託してくれた思い』
――『俺達が、忘れる筈がない』
フラッシュバックの様に、俺の意識を無視して記憶が次々と目の前に広がる。
俺が間に合わなかった所為で、失われた村、街、国。
手を伸ばし、1人でも多くの命を救おうとした。それでも、俺の腕の中で、失われていく多くの命。
死の瞬間まで両親を呼ぶ幼子。仇を取ってくれと遺言を残し死んだ人。黒焦げとなった我が子の前で泣き崩れる親。己の選択を悔やみ、臣下の墓標の前で泣き叫ぶ人。
――『彼等には、最期の思いを託された』
荒れ狂う炎の中で、幼い弟を励ます為に笑う少女がいた。崩れた瓦礫の下で、我が子庇い護る母がいた。剣で貫かれて尚、他人を護る為に倒れなかった人々がいた。そして、遺志を背負い、人々を鼓舞し続けた王がいた。
――『彼等には、人を護る意志を託された』
「……ぁ」
俺は、最初から忘れてなんていなかった。
地球に戻った3年間。
目を逸らして、忘れた気になっていただけで、少し目を閉じただけで、鮮明に焼き付いた光景と人々の思いが俺を縛り付けていた。
明日羽、俺もお前と変わらない。
俺は、元の世界に戻っても、この世界に縛られたままだったんだ。
「主、血が……」
メデルの震える声に、自身の右手から血がポタポタと流れ落ちている事に気付く。その赤く透き通った血は、右手から湧き水の様に湧いて流れ落ちていた。
だが、掌に出血する程の傷はない。
不思議と疑問は感じなかった。そして、今なら使える、と確かな確信を得る事が出来た。
俺は、血が流れている右手を握り締める。
「〝神血之医術〟」
俺の流れ落ちる血から、赤い幻想的な光が放たれる。赤い光は、波動となり周囲の全てを包み込んだ。
「リツェアさん達の傷がっ!?」
塞がらなかった傷が一瞬で塞がり、高熱を持って焼き斬られた傷口にホタルの様な小さな赤い光の群れが集い、失われた組織が再生を始める。
まるで、時間が巻き戻って行く様な光景と神秘的な奇跡の光を呆然と眺める。
全ての生命を慈しみ、優しく抱擁する母の様な温かみを持つ光は、人の傷だけでなく、焼け野原となっていた大地すら癒した。
小さな芽が芽吹き、植物が蔦を伸ばす。折れていた大木も、残されていた枝を伸ばし、森を再生させて行く。
⬜︎⬜︎⬜︎
戦闘の余波が残る森を進む俺とメデルの後ろを2つの魔力が追って来る。
「ちょっと!今更置いて行くつもり!?」
2人が一命を取り留めた事を確認した俺とメデルは、直ぐに出発した。
幸い、俺達の傷も癒えていた為、森を歩く事には問題がない。
「トウヤ、共に命掛けで戦った仲だろ?」
以前より距離感が近くなった2人に、ため息を吐く。
「次は、確実に死ぬかもしれないぞ」
詳しく説明しなくても言葉の意味は、2人に伝わった。
「次は負けん」
「……好きにしろ」
元から根拠がない事は分かっていたが、あれ程清々しく言い切られてしまうと返答を探すのも面倒になってしまった。
再びため息を吐き、結局4人で森を抜ける為に歩き始める。
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