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第2.5章
第3章 苗床への視線
しおりを挟む闘技場で行われる最終戦を終え、未だに熱が冷めやらぬ会場の一角に執行者の男女――〝第一線〟の明日羽と〝第二席〟のウィルスレッドが座っていた。
2人の視線は、先程まで行われていた試合が終わった事で、召喚された生徒達に向けられている。
だが、明日羽の目に好意的な感情は映っておらず、退屈な喜劇を見せられた様な呆れと冷たさが放たれていた。そして、ウィルスレッドは特に試合にも生徒にも興味や関心を示していない。
ただ目の前で行われた、一連の経過を眺めていたに過ぎない。
「隊長、決まりましたか?」
ウィルスレッドが、明日羽に尋ねる。
「んー……何が?」
明日羽の何処か惚けたような返答に呆れつつ、ウィルスレッドは再度問う。
「まさか、ただ観戦してたんですか?」
「……」
「……」
図星とも、間違いとも取れる沈黙に、ウィルスレッドは、沈黙で返す。
だが、突然明日羽が嗤った事で、沈黙は破られた。
「探すまでもないよ。苗床なんて、誰でも良いんだから」
「……」
『では何故、ここに来たのか?』と反射的に口から出そうになった言葉を押さえ込む。
「見ておきたかったんだよ」
「……何故ですか?」
まるで、ウィルスレッドの思考を読んだ様な言葉に、感情を表情に出さずに問う。
「何故?」
一瞬表情を消して、再び笑みを明日羽は作る。
「私が、最低な屑野郎だって刻み込む為だよ」
ウィルスレッドは、明日羽の言葉を聞き、理解出来ない様な表情を浮かべる。
「それをして、何か意味があるのですか?」
「ないよ」
明日羽は、即答する。
「でも、私にとっては必要な事なんだよ」
「必要な事、ですか……」
「そう。この感情まで失ったら……」
明日羽の言葉は、最後まで続く事はなかった。
「では、最初の候補を決めて下さい」
聞こえている筈の声を華麗に黙殺し、明日羽は、「貴方のオススメは?」とウィルスレッドに問う。それに対して、表情を変える事なくウィルスレッドは応える。
「役目を押し付けないで下さい」
明日羽は、頰を膨らまし自分が怒っている事をアピールするが、ウィルスレッドには全く効果なかった。
「……でも、ただ見るだけじゃつまんないよ」
「結局そこですか」
「ん?見るだけ?……ふふふ」
明日羽の悪巧みを思いついた時の笑みを見て、ウィルスレッドは面倒な予感を感じた。
「ねぇ、ウィルスレッド」
「……何でしょう」
嫌な予感は、既に確信へと変わっている。
「お願いがあるんだけど、協力してくれるよね?」
「『執行者』〝第一席〟アスハ・アカツキとしての命令なら、部下の僕が拒否出来る筈がありません」
「勿論。命令」
あまりにも軽い。そして、いつもの突然の思い付きだ。
だが、今回ばかりはウィルスレッドも明日羽の案に賛同した。
ウィルスレッド自身、『苗床』の適合者を探すには異世界人達と遅かれ早かれ接触する必要があると考えていた。
何より、今回召喚された異世界人は多過ぎる。幾人かを間引く結果になったとしても、致し方ない。
ウィルスレッドは、増え過ぎた雑草や虫を見る様な視線を異世界人達に向ける。そして、今後自分が行う事を頭の中で纏め、観客席から立ち上がった。
「私も直ぐ戻るから」
「分かりました。では、準備が出来次第、候補者には連絡をする様に命令をしておきます」
「ありがと」
ウィルスレッドは、足音を立てずにその場を立ち去った。それを気配で確認した明日羽は、溜め息を吐く。
部下兼お目付役のウィルスレッドが、この場から立ち去った事にではない。目の前で行われていた下らない試合に対してだ。その目は、冷え切っており、奥にはドス黒い苛立ち、呆れ、嫉妬、怒りなど様々な感情が渦巻いていた。
「下らない……」
ほんの数秒にもならない僅かな間に、明日羽から異世界人達に向け殺気が放たれた。
殺気は、その場に残っていた異世界人達を震え上がらせた。
ある者は、一瞬で全身に冷や汗を流した。
ある者は、顔を白くさせ縮こまった。
ある者は、悲鳴を上げ腰を抜かした。
ある者は、卒倒した。
だが、ある者は、恐怖を押し殺し殺気の放たれた方向に視線を向ける。そこには、唯の空席となった観客席があるだけだった。
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