異世界召喚されたのは、『元』勇者です

ユモア

文字の大きさ
44 / 62
第2.5章 

第4話 残された時間

しおりを挟む


 海堂に勝利した試合から、数日が経過した。
 
 異世界に召喚されてから恒例となった深夜の訓練を終え、近くの岩に腰掛ける。

「ふぅ」

 流れ落ちる汗をタオルで拭いながら、乱れた息を整える。そして、肉刺まめが潰れ、皮膚が裂け、血の流れる掌に薬を塗り、包帯で固定して行く。
 回復魔法や回復薬ポーションを使えば、こんな焼けるような痛みを感じる時間は短時間で済む。
 だが、それでは意味がない。
 回復魔法やポーションは、表面の傷だけでなく、筋肉や皮膚に蓄積した傷まで治してしまう。
 一見、言いように思えるが、筋肉痛を治してしまうと、いつまでも筋肉が強くならないし、皮膚も硬くならない。だから、俺は傷薬を毎回使う様にしている。その所為で、俺の手は高校生とは思えないくらいにゴツゴツとした硬い手になっていた。

 早乙女は、俺の手を褒めてくれるが、俺自身この手が他人から好かれるような手じゃないという事は知っている。それと同時に、今更か、と言う嘲笑の感情も湧いて来た。

「後、1時間」

 試合の最後に観客席の方から感じた、尋常ではない殺気を思い出す。そして、応急処置を終えたばかりの拳を握り締める。

「……いつも言ってるけど、無理し過ぎ」

 岩から腰を上げようとして、目の前から風巻の声がして驚く。

「……風巻さん。何か、用か?」

 俺の言葉に答えるように、風巻の綺麗な頬が少し膨らむ。
 怒っている事は分かるが、自分が何か気に触る様な事をした記憶がなく困惑する。
 風巻の格好は、いつも付けている軽鎧を外し、ポニーテールを解き、長い黒髪を肩甲骨の辺りまで下ろしていた。
 月明かりが照らし出すその姿を、心の底から綺麗だ、と俺は思う。

「用か?じゃないでしょ……」

 風巻は、分かり易いくらいに呆れたオーラを放ちながら、肩を竦める。そして、話を続けた。

「深海、訓練は後1時間だけって、1時間以上前に私達に言ったでしょ?」
「……ぁっ」
「貴方の頭の中は、筋肉でも詰まってんじゃないの?」
「……否定出来ないな」

 少し冗談のつもりで言って見たが、哀れな者を見る目で見られてしまった。
 風巻は、溜め息を吐き、俺の隣に座る。

「何でそんなに頑張るの?一乃瀬に勝つ為?」
「……それもある。だが、俺が強くなりたいんだ」
「何の為に?」
「…………」

 心に決めている理由を言うのは、流石に恥ずかしい。
 咄嗟に、風巻から視線を逸らす。

「何恥ずかしがってんの?」
「……いや、その……」

 視界の端に風巻の顔が見えた。
 絶対に獲物を逃すつもりのない狩人の様な目だった。
 今を乗り越えた所で、何れは口を割らざるを得ない状況に追い込まれる事を悟った俺は、何度も声にならない口を動かす。

「俺も、何て言えば良いか……」
「大丈夫。私、深海が言葉にするまで待つから」

 風巻の言葉に、誤魔化す事を諦める。
 
「……護る、ため……」
「護る?」
「そうだ。仲間を、護る為だ」
  
 言ってしまった……。
 良い歳をした男が、「仲間を守る為に強くなる!」なんて恥ずかしいにも程がある。

「それの何が恥ずかしい事なの?」

 俺の気持ちとは裏腹に、風巻は真剣な表情で俺を見ていた。

「いや、口に出すのは……恥ずかしいだろ」
「そんな事ない」

 風巻は断言した。

「口に出して言えない奴は、叶える自信がない腰抜けよ。人を救いたいとか思ってても、結局は自分が1番可愛いの。私は、そんな根性なしを信用なんて出来ない」

 隣り合って座る風巻との距離が近い事で、彼女の瞳の色まではっきり見下ろせる。
 綺麗だった。端正な造形や瞳の色だけでなく、風巻の生き方や意思が、俺にとっては綺麗で輝いて見える。
 風巻の意思に答えたい。
 
 だが、思うように口が動かない。そんな時、物陰から早乙女が転げ出て来た。

「ぅ、ぁ、ごめんなさいっ、僕……邪魔するつもりはなかったんですっ」
「何の話だ?」
「だ、だって、2人の距離感……」

 早乙女に言われて、冷静に現状を把握する。
 隣り合って座る風巻と俺。
 見上げる風巻と見下ろす俺。
 2人の距離感を意識してしまうと、恋人同士の様に近い。

「キス、するみたい……」
「……キっっ」
 
 自分の口から出たとは思えない声が聞こえたと同時に、「ぼふっ!」と体が震えて急激に体が熱くなる。

「ち、違う……っ、今、相談を……」
「そうよ、早乙女。ただ、話をしていただけよ」
「そ、そうなんですか……?」

 最早、俺は壊れたロボットの様に首を上下に振る。風巻も少し困った様な様子をしていた。

「私、今は彼氏募集してないし」
「あれ、風巻さんは澤輝君の彼女さんじゃ……」

 確かに、一時期そんな噂があった。

「その噂、半年くらい前の奴でしょ?それ、嘘だから」
「「えっ!?」」
「私達、付き合ってないから」
「「っっ!!」」

 当時のクラス内どころか、学年、学校全体で話題になった一件が、真っ赤な嘘だったと知った俺と早乙女の衝撃は計り知れない。

「私と澤輝って、家が近所の幼馴染だから」
「ほぅ」
「当時お互いに恋愛とか興味なかった期間だけ、私達が付き合った事にしてみただけ」
「それって、嘘ってこと?」
「うんそう」
「「ぇぇ…………」」

 多くの少年少女の失恋を生み出した事件。その衝撃の真実、俺達が知って良かったのか。そして、恋心を打ち砕かれた生徒達は、イケメンや美女への嫉妬同盟や親衛隊へと流れて行ったのは伝えるべきなのだろうか。
 いや、風巻には責任はない。
 きっと、責任はない筈だから、黙っておこう。

 だが、同じ男として、男子達には同情する。

「澤輝君と風巻さんって、家が近所だったんだね」
「澤輝も中学までは、うちの門下生だったのよ」
「通りで強い訳だ」
「どう言う事?」

 早乙女の問いかけに、視線を風巻に向けた。

「うちの風巻御影流剣術って、その筋では結構有名なのよね」
「ぁ、御影護身術!」

 学校でも、女子生徒向けから家族、特に母親向けでプリントが配られる程だ。
 俺達の住んでいた地域では、知らない人間の方が少ないかもしれない。

「あ~、一般の人向けの護身術教室ね。それ教えてるのは、私のお父さん」
「え、凄い!」
「まぁ、お父さんも確かに凄いけど……本当に凄いのはお爺様の方かな」
「もしかして、有名人?」

 早乙女の言葉に、風巻は首を横に振る。

「一般の人からの知名度だと、お父さんの方が有名よ。でも、お爺様に剣術や体術を習いに来る人は後を立たないわね」
「だったら、有名人なんじゃ……」
「勿論、その筋の人には超有名人かな」
「だが、とても変わり者らしいぞ」
「深海君が言う程なんだ」
「……」

 何気ない早乙女の言葉が、胸に刺さる。
 
「家族の前でも笑った事が殆どないし、人に教える事も仕事として完全に割り切っている人って感じね」

 早乙女は、一体どんな人物を想像したのか、一度体をブルリと震わせていた。

 だが、真実を知れば、あながち早乙女の反応も間違ってはいない。

 現代を生きる、『剣聖』と呼ばれる剣の達人――風巻玄龍。
 剣の道を歩む者の前に立ち塞がる、真の強者。
 立ち会った者は、どんな達人であっても手も足も出ず、敗北のみを与えられる。
 
 だが、驚異的な実力の一方で、地位や名誉には興味がなく、公式の記録には名前が殆ど載っていない。それでも、風巻玄龍の元に足繁く通う人々は絶えない、と言われていたが、真実だったようだ。
 
「ちなみに、一乃瀬はお爺様の知人よ。お爺様は、念願の好敵手ライバルと呼んでいたけど……」
「え、知り合いなんですか?」
「お爺様曰く、『後、20年早く出会っていれば、無理矢理親友になっていた』そうよ」

 風巻玄龍。
 他人ひとは、彼を孤高だと言った。
 俺も実際に何度かお会いして、同じ印象を受けた事を覚えている。
 
 だが、それ以上に、玄龍は俺を見ていなかった。
 体術の教えを乞う際に、相対したが玄龍が見ていたのは、俺――深海庸平ではなく、自分の前に立つ相対した人間だけだった。
 まるで、相対する相手など誰でも良い、と言い放つかの様な感覚が全身を悪寒の様に走り抜けたのを覚えている。

 そんな玄龍が、可能であるなら親友とさえ呼びたいと語ったとは……。

 当然、俺は玄龍の僅かな側面しか知らない。だから、知った様な事は言えない。それでも、凍夜が生きる伝説と知り合いであり、実力を認められていた事に、何故か納得していた。
 
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

木を叩いただけでレベルアップ⁉︎生まれついての豪運さんの豪快無敵な冒険譚!

神崎あら
ファンタジー
運動も勉強も特に秀でていないがめっちゃ運が良い、ただそれだけのオルクスは15歳になり冒険者としてクエストに挑む。 そこで彼は予想だにしない出来事に遭遇する。 これは初期ステータスを運だけに全振りしたオルクスの豪運冒険譚である。  

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
ファンタジー
 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

処理中です...