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第2.5章
第5話 あの日は戻らず
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「……何だか以外だな」
早乙女が呟く。
「一乃瀬君が、誰かと一緒にいる姿ってイメージ出来ないから……」
「私も」
「いや。昔の凍夜は、違う」
俺の言葉を聞いた2人が、首を傾げる。
「もしかして、一乃瀬君に何かあったの?」
「……分からない」
「それって、急に変わったってこと?」
「そうだ」
2人は、俺に知っている事を話す様に促す様な視線を向けている。
だが、俺自身も良く分かっていない事を、2人に上手く説明できる筈がない。それでも、俺の知っている凍夜が、変わってしまったのは事実だ。
「それじゃ、一乃瀬君って昔はどんな人だったの?」
「私も、それは気になる」
「…………特に、面白くないぞ?」
2人は、構わない、とばかりに話を促す。
俺は、人に自分の事を話して聞かせるのは苦手だ。
「それじゃ、俺と凍夜が出会った時の話をする……」
□□□□□
俺が凍夜と出会ったのは、小学5年生の冬の頃だった。
俺は、いつも通り1人で登校し自分の席に着くと、近くの席に座る女子たちが、グループを作り転校生が来る事を話している。
俺が聞こうと思って聞いた訳じゃないが、席が近い事から自然と内容が聞こえて来た。
この頃から俺は、周りの同級生より背が高く、体格も柔道をやっていた事もあり大きい。
見た目は、中学生と言われても違和感がない程に成長していた。
更に、強面的な顔立ち。それに加えて、内気な性格な所為で、無口で人見知りの要素が相まって、周りから怖がられていた。
勿論、そんな事では友達が出来る訳がない。
俺は1人で席に座り、時間が過ぎて行くのを本を読みながら待つ。そして、数ページ読み進めた所で、教室のドアが開かれ担任の女性教師が入室して来た。
俺は慌てて本を机の中にしまい、担任教師の後ろに付いて教室に入って来た少年に気付く。
濃い茶髪に、幼さを残すが整っている顔立ち。華奢な体型で、身長はクラスの中でも小柄な少年。服装は、白いシャツに黒いズボンという、可もなく不可もない格好だ。
だが、自然と少年に似合っていた。
クラスメイトの反応を観察してみる。
どうやら好印象の様だ。そして、先生に促されて、少年は自己紹介を始めた。
「初めまして、一乃瀬凍夜です。名前を漢字で書くと、凍える夜って書くんですけど、凄く寒そうですよね。だから、皆に温く迎えて貰えると嬉しいです!」
少年は緊張など感じさせず、子供らしい冗談を言う。
同級生達は、凍夜の事が気に入った様で、拍手でクラスに迎えられた。
だが、運悪く凍夜は空いていた俺の隣の席に座る事になる。
席に座る直前に「よろしく」と声をかけられたが、俺は咄嗟に頷く事しか出来なかった。
逆に、自分とは反対側に座るクラスのガキ大将のような少年が「よろしくな!」と元気に返答し、楽しそうに会話を始めている。
2人の会話は、担任教師に注意されるまで続けられていた。
休み時間に入れば、次は女子を中心とした同級生から質問攻めにされ、凍夜の周りを囲むように人が集まっている。
多くの言葉や笑い声が飛び交う席の隣にいる事が落ち着かず、我慢出来なかった。だから、俺は教室を出て、殆ど人が来ない校舎の端にあるトイレの個室へと向かう。それからの休み時間は、トイレの個室に篭ったり、図書室で時間を潰した。
「はぁー」
俺にとっては、散々な日の夜。
俺は溜め息を吐きながら、通い慣れた道場へと足を運んだ。
ロシア人の父親が武道経験者であり、俺も五歳から近くの道場に通わされている。元々不愛想で無口な子供だった為、友達ができればと両親が考えていた事も何となくだが気付いていた。
柔道を始めた当初の俺は、小柄な方だったから、負けることの方が多かった。
だが、持ち前の根性と努力で黙々と練習を重ねたおかげで、少しずつ勝つことができるようになっていった。
勝てるから、楽しい。強いと、皆が褒めてくれる。そして、仲良くしてくれた。
最初は、痛くて嫌だった柔道が、少しずつ好きになった。だから余計に、一生懸命に稽古に励んだ。
小学生になり、身長が急に伸び始めた。
身体が大きくなってくると、同年代が相手ならば、負ける事が少なくなった。
立ち技だろうと寝技だろうと、父親譲りの身体が強力な武器になった。
技術に加え体格も手に入れ、俺はますます強くなった。そのおかげで、友達と呼べる人も何人か出来た。
小学三年生になると、上級生を倒して、大会で優勝も出来る様にまで強くなった。
ところが、皮肉にも強くなったことで、俺の楽しかった柔道に暗雲が立ち込め始める。
まず小学四年生にして、道場内で俺が一番強くなってしまった事で、生意気だと上級生に嫌われた。それでも、上級生達のプライドが後輩より弱い事が許せなかったのか、道場内の練習に緊張感が生まれ、色々な技で何度も俺に挑んで来た。
中には、卑怯な手を使って来る門下生もいた。
だが、これが俺を更に成長させた。
5年生になり、どの大会に出ても優勝候補と呼ばれる様になった頃から、道場内の他の生徒達との間に大きな溝が生まれてしまった。
その溝の正体は、諦めだ。
(自分達では深海庸平には勝てない)
(努力をしても無駄だ)
(自分と深海庸平は違う)
(才能がある奴と本気で戦っても、勝てる訳がない)
乱取りや道場内の順位戦で俺と当たると、皆本気でやってくれなくなった。
本気でやっても無駄だと思っているからだ。
幾ら表情や声で繕っても、俺は気付いてしまう。
誰も、自分に勝とうとしてくれない。
誰も、自分とは真剣に向き合ってくれない。
相手と組んだ瞬間。
相手と向き合った瞬間に。
俺には、それがわかってしまう。
自分がどんどん1人になって行く感覚が、凄く寂しくて、恐かった。
何度も練習終わりに家に帰って、悔しさと寂しさが混ざりあった感情を吐き出すように泣いた。そして、気がつくと俺は、また1人になっていた。
その頃から、皮肉にも、俺は周りから『天才』と呼ばれるようになった。
同じ道場の門下生だけでなく、周囲の人達が、俺を『特別な子供』として接して来た。
どうして良いか、分からなかった。
『天才』とは孤独、『才能』は宝、と俺の周囲の人達は偶に話す。
強くなるために練習してきたのは、強くなればみんなが仲良くしてくれると思っていたからだ。
いつの間にか、俺と友人達には大きな溝が出来ていた。
あれだけ楽しかった柔道が、つまらなくなって、笑う事も滅多になくなった。
あんなに楽しかった時間が、今では苦痛を感じるだけの時間になった。
それでも、両親が通わせてくれている柔道を俺の一方的な感情で辞めたくはなかった。だから、今日も孤独な道場へと足を踏み入れる。
だが、其処にもあいつがいた。
「初めまして、一乃瀬凍夜です!初心者ですが、厳しく指導お願いします、押忍!」
最後の一言で、道場に笑いが広がった。
無理もない。
小柄な上に、同年代の中でも特に華奢で、どう見ても強そうに見えない初心者が、頬を高揚させながら「押忍!」と精一杯強がっているのだ。笑わない方が難しい。
「ははは……」
道場の中で、久しぶりに笑った様な気がした。
凍夜が門下生となり、暫くは特に変わった事はなかった。
凍夜自身は、彼の言った通り、全くの素人。
1ヶ月程は誰にも勝てず、練習でも投げられてばかりだった。それなのに、凍夜は笑っていた。
負けているのに、悔しくて痛いだろうに、それでも楽しそうに笑っていた。そして、その周りにはいつも誰かがいた。
俺が失った物を凍夜は当然の様に持っている現実。
その光景が、悔しくて妬ましかった。
だが、そんな感情を抱く自分が、誰よりも惨めで許せなかった。
憂鬱な気持ちで、今日も道場にやって来た。
「……」
其処には誰もいなかった。
その時、今日は先生の都合で1時間遅れて始める事を思い出した。
「……何で?」
道場の扉が開き、窓も開いている。
道場の管理人はいるとは思うが、鍵はいつも道場の先生が持っている筈だ、と不審に思う。
俺がその事で、道場に入って良いものか悩んでいると、更衣室の重い扉がギィィィという音を立てて開かれる。
其処から現れたのは、濃い茶髪が白い柔道着に良く映える小柄な少年――一乃瀬凍夜だった。
思わず扉の近くの物陰に隠れてしまった。
だが、開いている扉から顔を出し、真っ直ぐに俺の隠れている方に凍夜が歩いて来る。
「深海君、どうしたの?」
名前を呼ばれて、咄嗟に隠れていた物陰から姿を見せる。
「ぁ、えっと!」
ポケットから出した紙には、文字が書かれていた。
「何これ?……『こんにちは』?」
無口な俺が、何とか周りとコミュニケーションを取ろうとした結果、作ったが使う機会が訪れず、ポケットに仕舞い込んでいた紙を凍夜に差し出す、
直ぐに、咄嗟に出してしまった事を後悔する。
恥ずかしさから顔が上げられない。
「……」
何より、隠れていた理由を問われた返答が、紙に書かれた『こんにちは』など、笑えない。
寧ろ、不快に思われる筈だ。
「うん、こんにちは!深海君」
驚いた俺は、顔を上げ凍夜を見つめる。そこに、俺の想像していた不快感を滲ませる表情や姿はなかった。
「でも、どうして『こんにちは』?今日学校で会ってるよね?」
「席も隣だし……」と不思議そうな視線を向けられる。
「ぁ、いや……。咄嗟に……」
上手く言葉が出ず、自分自身の性格に苛立つ。
「深海君って、凄く真面目なんだと思ってたけど、面白い人なんだね」
『面白い人』と言われたのは初めてで、返答が出来ずに固まる。
「……」
「そういえば、深海君って柔道強いよね?」
「ぁ、うん」
「なら、皆が来るまで僕に教えてよ!」
其処には、何1つの嫌悪感も存在せず、他の同級生達に向ける笑顔と同じ物が俺にも向けられていた。
「何に驚いてるの?……ああ!昨日の内に先生から鍵借りてたんだよ。だから、ふほうしんにゅう?じゃないからね」
俺は嬉しかった。
こんな風に、普通に話しかけてくれるのは、家族だけだったから。
「ほら!笑ってないで早く着替えてよ」
――そっか、俺笑ってるんだ……。
俺は凍夜の目を見て頷くと、凍夜も微笑んで「待ってるから」と言って道場内に戻って行く。その後を追って、追い越す位早く走って、更衣室へと向かった。
ただもっと凍夜と話したかった。
自分を真っ直ぐに見てくれる凍夜に、自分の事を知って欲しかった。そして、出来れば友達になって欲しいと願った。
□□□□□
「何だか、私の知る一乃瀬とは全く違う様ね」
昔の事を思い出すと、余計に何故凍夜が変わってしまった理由が気になる。そして、それを当たり前だと思っていた自分に腹が立つ。
俺は、自分が許せず拳を握り締める。
「僕は、一ノ瀬君の事を良く知らないけど。深海君が諦めなければ、きっと仲直り出来る気がするよ」
「……そうだな」
そうだ。凍夜は別人になった訳じゃない。
きっと、いつかは昔のように、友人としてお前と話が出来る筈だ。
「……」
そういえば、中学3年生の夏。
突然凍夜が、話してくれた事がある。その日の姿は、今でも忘れられない。
『俺、捨て子なんだ』
『え?』
仲の良さそうな両親や弟妹と一緒にいる姿からは、予想もしていなかった凍夜の言葉に驚愕する。
『凍える位寒い夜に、施設の大人達に保護されたんだ』
『親は?』
『んー、記憶にあるのは、いつも暴力を振るう男と泣いている女の人……かな』
まるで、買い物に行った思い出を語る様に淡々と話す。
『……』
『だから、この凍夜は気に入ってるんだ』
『どうして?』
意味が分からない事の連続に、俺は凍夜の目を覗き込む。そこには、様々な感情が揺らいでいた。
『捨てられた日の事を、嫌でも忘れられないからね』
『怨んでいるのか?』
直接的な質問にも、瞳の奥の感情が読み取れない。
『……どうだろう。良く覚えてないな。でも、あの人達を忘れる位、俺が幸せになれば、復讐になるんじゃないかな』
『復讐』。凍夜の言葉からは、清々しさすら感じる。
『……なんてね。復讐なんて、考えてないよ』
『作り話なら、笑えないぞ』
『捨て子なのは、本当だよ。でも、何ていうか……庸平には知ってて欲しかったんだ。急に、ごめん――』
『――謝るな。寧ろ、親友の事が知れて、俺は嬉しいくらいだ』
凍夜からは、温もりを貰った。
寒くて、寂しくて、立ち止まったまま居場所を失っていた俺に、凍夜は手を差し伸べてくれた。
凍夜にとっては何気ない言葉だったとしても、俺にとっては前に進む勇気をくれるかけがえの無い物だった。
あの時、どうして凍夜が急に自分の事を語ったのかは分からない。
だが、あの時、別れ道を1人で歩いて行く凍夜の背中をどうしても俺は、忘れる事が出来なかった。
早乙女が呟く。
「一乃瀬君が、誰かと一緒にいる姿ってイメージ出来ないから……」
「私も」
「いや。昔の凍夜は、違う」
俺の言葉を聞いた2人が、首を傾げる。
「もしかして、一乃瀬君に何かあったの?」
「……分からない」
「それって、急に変わったってこと?」
「そうだ」
2人は、俺に知っている事を話す様に促す様な視線を向けている。
だが、俺自身も良く分かっていない事を、2人に上手く説明できる筈がない。それでも、俺の知っている凍夜が、変わってしまったのは事実だ。
「それじゃ、一乃瀬君って昔はどんな人だったの?」
「私も、それは気になる」
「…………特に、面白くないぞ?」
2人は、構わない、とばかりに話を促す。
俺は、人に自分の事を話して聞かせるのは苦手だ。
「それじゃ、俺と凍夜が出会った時の話をする……」
□□□□□
俺が凍夜と出会ったのは、小学5年生の冬の頃だった。
俺は、いつも通り1人で登校し自分の席に着くと、近くの席に座る女子たちが、グループを作り転校生が来る事を話している。
俺が聞こうと思って聞いた訳じゃないが、席が近い事から自然と内容が聞こえて来た。
この頃から俺は、周りの同級生より背が高く、体格も柔道をやっていた事もあり大きい。
見た目は、中学生と言われても違和感がない程に成長していた。
更に、強面的な顔立ち。それに加えて、内気な性格な所為で、無口で人見知りの要素が相まって、周りから怖がられていた。
勿論、そんな事では友達が出来る訳がない。
俺は1人で席に座り、時間が過ぎて行くのを本を読みながら待つ。そして、数ページ読み進めた所で、教室のドアが開かれ担任の女性教師が入室して来た。
俺は慌てて本を机の中にしまい、担任教師の後ろに付いて教室に入って来た少年に気付く。
濃い茶髪に、幼さを残すが整っている顔立ち。華奢な体型で、身長はクラスの中でも小柄な少年。服装は、白いシャツに黒いズボンという、可もなく不可もない格好だ。
だが、自然と少年に似合っていた。
クラスメイトの反応を観察してみる。
どうやら好印象の様だ。そして、先生に促されて、少年は自己紹介を始めた。
「初めまして、一乃瀬凍夜です。名前を漢字で書くと、凍える夜って書くんですけど、凄く寒そうですよね。だから、皆に温く迎えて貰えると嬉しいです!」
少年は緊張など感じさせず、子供らしい冗談を言う。
同級生達は、凍夜の事が気に入った様で、拍手でクラスに迎えられた。
だが、運悪く凍夜は空いていた俺の隣の席に座る事になる。
席に座る直前に「よろしく」と声をかけられたが、俺は咄嗟に頷く事しか出来なかった。
逆に、自分とは反対側に座るクラスのガキ大将のような少年が「よろしくな!」と元気に返答し、楽しそうに会話を始めている。
2人の会話は、担任教師に注意されるまで続けられていた。
休み時間に入れば、次は女子を中心とした同級生から質問攻めにされ、凍夜の周りを囲むように人が集まっている。
多くの言葉や笑い声が飛び交う席の隣にいる事が落ち着かず、我慢出来なかった。だから、俺は教室を出て、殆ど人が来ない校舎の端にあるトイレの個室へと向かう。それからの休み時間は、トイレの個室に篭ったり、図書室で時間を潰した。
「はぁー」
俺にとっては、散々な日の夜。
俺は溜め息を吐きながら、通い慣れた道場へと足を運んだ。
ロシア人の父親が武道経験者であり、俺も五歳から近くの道場に通わされている。元々不愛想で無口な子供だった為、友達ができればと両親が考えていた事も何となくだが気付いていた。
柔道を始めた当初の俺は、小柄な方だったから、負けることの方が多かった。
だが、持ち前の根性と努力で黙々と練習を重ねたおかげで、少しずつ勝つことができるようになっていった。
勝てるから、楽しい。強いと、皆が褒めてくれる。そして、仲良くしてくれた。
最初は、痛くて嫌だった柔道が、少しずつ好きになった。だから余計に、一生懸命に稽古に励んだ。
小学生になり、身長が急に伸び始めた。
身体が大きくなってくると、同年代が相手ならば、負ける事が少なくなった。
立ち技だろうと寝技だろうと、父親譲りの身体が強力な武器になった。
技術に加え体格も手に入れ、俺はますます強くなった。そのおかげで、友達と呼べる人も何人か出来た。
小学三年生になると、上級生を倒して、大会で優勝も出来る様にまで強くなった。
ところが、皮肉にも強くなったことで、俺の楽しかった柔道に暗雲が立ち込め始める。
まず小学四年生にして、道場内で俺が一番強くなってしまった事で、生意気だと上級生に嫌われた。それでも、上級生達のプライドが後輩より弱い事が許せなかったのか、道場内の練習に緊張感が生まれ、色々な技で何度も俺に挑んで来た。
中には、卑怯な手を使って来る門下生もいた。
だが、これが俺を更に成長させた。
5年生になり、どの大会に出ても優勝候補と呼ばれる様になった頃から、道場内の他の生徒達との間に大きな溝が生まれてしまった。
その溝の正体は、諦めだ。
(自分達では深海庸平には勝てない)
(努力をしても無駄だ)
(自分と深海庸平は違う)
(才能がある奴と本気で戦っても、勝てる訳がない)
乱取りや道場内の順位戦で俺と当たると、皆本気でやってくれなくなった。
本気でやっても無駄だと思っているからだ。
幾ら表情や声で繕っても、俺は気付いてしまう。
誰も、自分に勝とうとしてくれない。
誰も、自分とは真剣に向き合ってくれない。
相手と組んだ瞬間。
相手と向き合った瞬間に。
俺には、それがわかってしまう。
自分がどんどん1人になって行く感覚が、凄く寂しくて、恐かった。
何度も練習終わりに家に帰って、悔しさと寂しさが混ざりあった感情を吐き出すように泣いた。そして、気がつくと俺は、また1人になっていた。
その頃から、皮肉にも、俺は周りから『天才』と呼ばれるようになった。
同じ道場の門下生だけでなく、周囲の人達が、俺を『特別な子供』として接して来た。
どうして良いか、分からなかった。
『天才』とは孤独、『才能』は宝、と俺の周囲の人達は偶に話す。
強くなるために練習してきたのは、強くなればみんなが仲良くしてくれると思っていたからだ。
いつの間にか、俺と友人達には大きな溝が出来ていた。
あれだけ楽しかった柔道が、つまらなくなって、笑う事も滅多になくなった。
あんなに楽しかった時間が、今では苦痛を感じるだけの時間になった。
それでも、両親が通わせてくれている柔道を俺の一方的な感情で辞めたくはなかった。だから、今日も孤独な道場へと足を踏み入れる。
だが、其処にもあいつがいた。
「初めまして、一乃瀬凍夜です!初心者ですが、厳しく指導お願いします、押忍!」
最後の一言で、道場に笑いが広がった。
無理もない。
小柄な上に、同年代の中でも特に華奢で、どう見ても強そうに見えない初心者が、頬を高揚させながら「押忍!」と精一杯強がっているのだ。笑わない方が難しい。
「ははは……」
道場の中で、久しぶりに笑った様な気がした。
凍夜が門下生となり、暫くは特に変わった事はなかった。
凍夜自身は、彼の言った通り、全くの素人。
1ヶ月程は誰にも勝てず、練習でも投げられてばかりだった。それなのに、凍夜は笑っていた。
負けているのに、悔しくて痛いだろうに、それでも楽しそうに笑っていた。そして、その周りにはいつも誰かがいた。
俺が失った物を凍夜は当然の様に持っている現実。
その光景が、悔しくて妬ましかった。
だが、そんな感情を抱く自分が、誰よりも惨めで許せなかった。
憂鬱な気持ちで、今日も道場にやって来た。
「……」
其処には誰もいなかった。
その時、今日は先生の都合で1時間遅れて始める事を思い出した。
「……何で?」
道場の扉が開き、窓も開いている。
道場の管理人はいるとは思うが、鍵はいつも道場の先生が持っている筈だ、と不審に思う。
俺がその事で、道場に入って良いものか悩んでいると、更衣室の重い扉がギィィィという音を立てて開かれる。
其処から現れたのは、濃い茶髪が白い柔道着に良く映える小柄な少年――一乃瀬凍夜だった。
思わず扉の近くの物陰に隠れてしまった。
だが、開いている扉から顔を出し、真っ直ぐに俺の隠れている方に凍夜が歩いて来る。
「深海君、どうしたの?」
名前を呼ばれて、咄嗟に隠れていた物陰から姿を見せる。
「ぁ、えっと!」
ポケットから出した紙には、文字が書かれていた。
「何これ?……『こんにちは』?」
無口な俺が、何とか周りとコミュニケーションを取ろうとした結果、作ったが使う機会が訪れず、ポケットに仕舞い込んでいた紙を凍夜に差し出す、
直ぐに、咄嗟に出してしまった事を後悔する。
恥ずかしさから顔が上げられない。
「……」
何より、隠れていた理由を問われた返答が、紙に書かれた『こんにちは』など、笑えない。
寧ろ、不快に思われる筈だ。
「うん、こんにちは!深海君」
驚いた俺は、顔を上げ凍夜を見つめる。そこに、俺の想像していた不快感を滲ませる表情や姿はなかった。
「でも、どうして『こんにちは』?今日学校で会ってるよね?」
「席も隣だし……」と不思議そうな視線を向けられる。
「ぁ、いや……。咄嗟に……」
上手く言葉が出ず、自分自身の性格に苛立つ。
「深海君って、凄く真面目なんだと思ってたけど、面白い人なんだね」
『面白い人』と言われたのは初めてで、返答が出来ずに固まる。
「……」
「そういえば、深海君って柔道強いよね?」
「ぁ、うん」
「なら、皆が来るまで僕に教えてよ!」
其処には、何1つの嫌悪感も存在せず、他の同級生達に向ける笑顔と同じ物が俺にも向けられていた。
「何に驚いてるの?……ああ!昨日の内に先生から鍵借りてたんだよ。だから、ふほうしんにゅう?じゃないからね」
俺は嬉しかった。
こんな風に、普通に話しかけてくれるのは、家族だけだったから。
「ほら!笑ってないで早く着替えてよ」
――そっか、俺笑ってるんだ……。
俺は凍夜の目を見て頷くと、凍夜も微笑んで「待ってるから」と言って道場内に戻って行く。その後を追って、追い越す位早く走って、更衣室へと向かった。
ただもっと凍夜と話したかった。
自分を真っ直ぐに見てくれる凍夜に、自分の事を知って欲しかった。そして、出来れば友達になって欲しいと願った。
□□□□□
「何だか、私の知る一乃瀬とは全く違う様ね」
昔の事を思い出すと、余計に何故凍夜が変わってしまった理由が気になる。そして、それを当たり前だと思っていた自分に腹が立つ。
俺は、自分が許せず拳を握り締める。
「僕は、一ノ瀬君の事を良く知らないけど。深海君が諦めなければ、きっと仲直り出来る気がするよ」
「……そうだな」
そうだ。凍夜は別人になった訳じゃない。
きっと、いつかは昔のように、友人としてお前と話が出来る筈だ。
「……」
そういえば、中学3年生の夏。
突然凍夜が、話してくれた事がある。その日の姿は、今でも忘れられない。
『俺、捨て子なんだ』
『え?』
仲の良さそうな両親や弟妹と一緒にいる姿からは、予想もしていなかった凍夜の言葉に驚愕する。
『凍える位寒い夜に、施設の大人達に保護されたんだ』
『親は?』
『んー、記憶にあるのは、いつも暴力を振るう男と泣いている女の人……かな』
まるで、買い物に行った思い出を語る様に淡々と話す。
『……』
『だから、この凍夜は気に入ってるんだ』
『どうして?』
意味が分からない事の連続に、俺は凍夜の目を覗き込む。そこには、様々な感情が揺らいでいた。
『捨てられた日の事を、嫌でも忘れられないからね』
『怨んでいるのか?』
直接的な質問にも、瞳の奥の感情が読み取れない。
『……どうだろう。良く覚えてないな。でも、あの人達を忘れる位、俺が幸せになれば、復讐になるんじゃないかな』
『復讐』。凍夜の言葉からは、清々しさすら感じる。
『……なんてね。復讐なんて、考えてないよ』
『作り話なら、笑えないぞ』
『捨て子なのは、本当だよ。でも、何ていうか……庸平には知ってて欲しかったんだ。急に、ごめん――』
『――謝るな。寧ろ、親友の事が知れて、俺は嬉しいくらいだ』
凍夜からは、温もりを貰った。
寒くて、寂しくて、立ち止まったまま居場所を失っていた俺に、凍夜は手を差し伸べてくれた。
凍夜にとっては何気ない言葉だったとしても、俺にとっては前に進む勇気をくれるかけがえの無い物だった。
あの時、どうして凍夜が急に自分の事を語ったのかは分からない。
だが、あの時、別れ道を1人で歩いて行く凍夜の背中をどうしても俺は、忘れる事が出来なかった。
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取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
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夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
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※カクヨムにも投稿しています
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