異界の相対者

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逃亡編

朝一の騒動

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(十月十三日)

「ごちそうさま」
 バリミアは朝食を食べ終えると、長い溜息を吐いた。
「これからしばらくジャモンのご飯が食べられないなんて。悲しい」
「そう言ってもらえるのは嬉しいよ。心配しなくてもオードにも美味しいものはいっぱいあるよ」
 ジャモンが優しく微笑む。今日バリミアはオードへ旅立つ。窓の向こうに朝焼けが見える。何ヵ月のお別れのため、ジャモンはバリミアのためにいつもより贅沢な朝食を作った。
「はい、カフェラテ」
 マグカップからのぼる湯気がバリミアの顔に触れる。
「ありがとう」
 熱いカフェラテを一口流し込むと、バリミアはポケットから半分に折られた小さな紙を出した。
「あと、これ」
 ジャモンは何か分からずそれを受け取る。
「私は見てないから安心して。シズからよ」
 ジャモンは一度バリミアを見てから読んだ。

【ジャモンへ。最後まで迷惑かけてごめん。勝手でごめん。城人が話を聞きにジャモンのところへ来ると思う。すべて正直に話して大丈夫です。けど、カザンのことだけは内緒にして。カザンが九十七期生の悲劇について調べていたことは言わないで。お願い。最後までめんどくさくてごめん。色々ありがとう。こんな紙切れに書けないぐらいにジャモンに感謝しています】

 ジャモンは目を赤くした。けれど涙は堪えた。
「読んだら水に流して」
 ジャモンはもう一度読むと、名残惜しそうにシズからの言伝を水に流した。そしてジャモンはシズが不憫だと思った。理不尽過ぎた。シズは帰りたいのになぜ逃げなければならない。なぜシズが、サウザン氏を半殺しにしたのかはジャモンには分からなかったが、シズの運命について関わる大きな理由があると思った。あんなに帰りたがっていた。そのためにシズはヨンキョクになった。それなのにそれを自らシズは失くした。悪い事があったんだ。ジャモンはバリミアを振り返る。
「バリミアちゃん。シズを、お願いね」
 バリミアは黙って頷いた。
「メト王女から話を聞いたらジャモンに最初から最後まで話すからね」
「ありがとう」
 ジャモンが蛇口を止めた。白い朝日が部屋の色を変える。そして悲しい無音が響いた。
「あの子はいったい何者なんだろう」
 バリミアが呟く。
「分からない。きっとシズ自身も分かってないよ」
 自分がなぜこの世界にいるのか。何のために生きているのか。
「けど、あの子はいい子だ。とても」
 ジャモンが優しく強く言った。バリミアは微笑む。
「知ってる」
 二人は笑い合う。そしてバリミアはカフェラテを飲み終えるとトランクを持った。他の荷物はもう昨日のうちに船に詰め込んでいた。ジャモンもバリミアと一緒に部屋を出た。
「下まで見送る」
「いいわよ、ここで」
 その時、アシスが部屋から飛び出してきた。寝間着で寝ぐせもひどい。
「ギリギリセーフ」
「見送り寝坊するなんてね」
 バリミアは呆れながら意地悪を言った。アシスは手櫛で髪を整えるが跳ねた髪は直らない。頭を覚まそうと瞬きを何度もして言った。
「とりあえずお土産よろしく」
「とりあえずってなによ。それに気を付けてが先でしょ」
 三人が一階に行くと半分寝ているリョークを支えて立っているリゴがいた。リゴはバリミア達に気が付くと「おはよう」と挨拶をした。
「待っててくれたんだ」
「当たり前だよ。大仕事に行く前なんだからしっかり見送らないとね。気を付けてね」
「ああ、リゴはちゃんと分かってる。さすがね」
「なんかよく分からないけどありがとう。ほら、リョーク。起きろよ」
 リゴがリョークを揺すって目を覚まさせる。リョークは薄く目を開けて手を上げる。
「土産はひとつでいいから。気にするな」
「はいはい」
 バリミアが呆れるとアパートの表が騒がしくなった。五人が同じ所を見ると、アザムとバライトが立っていた。
「あ、アザム」
 リゴが呼ぶとアザムは少し嫌な顔をした。
「君らみんなここに住んでいるのか? 」
「そうだよ。ってか、どうしたんだよ。九局さんがこんなところで」
 リョークが聞けばバライトは、ふーんとアパートを見渡した。
「匿ってないか調べさせてもらうから。はい、捜索始め」
 バライトはそう手を上げれば、後ろにいた大人数の九局員が現れキミドリアパートに流れ込む。そしてそれぞれの部屋に勝手に入っておく。
「ちょっと! 」
 リゴが慌てるがそんなのは関係なしに九局員は動く。
「これ、どういう事ですか? 」
 アシスがきっとバライトを睨む。バリミアとジャモンはシズが逃げた事がばれたのだと察した。
「カンダが消えた」
 アザムが言えば三人は驚いた。バリミアは口に手を当てて表情を隠し、なんとか驚いたふりをした。ジャモンは無表情だった。リョークはアザムに詰め寄る。
「消えたってどういう事だよ! 」
「逃げたって事だ」
 アザムは冷静に返した。
「置き手紙があったよ」
 バライトはジャケットの内側から出すと手紙をジャモンの前に広げた。アシス達もそれを覗き込む。

私はここに居てはいけないそうです。だから逃げます。
ジャモンの所へ行くと思いますが、ジャモンも被害者です。ジャモンは嘘を吐く必要がありません。押し付けられただけです。嘘みたいな事を話すかもしれませんが、本当です。
それだけ伝えておきます。

 バライトは手紙を畳むと手早くしまって、言った。
「私はここに居てはいけないそうです。この言い方は誰かに何かを言われた証拠ですね。逃亡も誰かが手助けした跡が残っていました」
「局長、二階に鍵がかかっている部屋が二つ」
 二階から九局員の声が響いた。アシスが舌打ちする。
「仕事だからね」
 バライトは悪びれる様子はない。
「鍵がかかっているのはシズとバリミアちゃんの部屋です」
 ジャモンはバリミアを見る。バリミアはバライトを見据える。
「見て貰ってかまいません。やましいものもないですし、シズもいませんから。ジャモンわるいけど、合鍵で開けてくれる? 私船の時間があるから」
「船? 」
 アザムが尋ねる。
「私、メト王女の秘書よ」
「ああ、今日からだったね。王女のオード留学」
 バライトが手を打つ。
「王女のスケジュールを秘書のせいで遅らせるなんてもってのほかですから。行ってもよろしいでしょうか? 」
 バライトは少し考えて道を開けた。
「どうぞ、お気をつけて」
「ありがとうございます」
 バリミアはアシス達を振り返る。
「ごめん、行くわ」
「いってらっしゃい。手紙か電話する」
 アシスの言葉にシズの逃亡先を知っているバリミアは心苦しくなった。けれど顔には出さなかった。罪悪感を共有する必要はない。キミドリアパートに背を向けるとバリミアは足早に歩き出した。そんなバリミアをバライトは横目で見送るとジャモンに向き直った。
「コイズとカンダの部屋見せて頂けますか?」
「……はい」
「それが終わりましたらお話聞かせて貰うのに一緒に来て頂いても?」
 ジャモンは頷いた。

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