異界の相対者

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逃亡編

長い昔話の前に

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 シズは車に乗せられる前に何かを飲まされた。渋ればシラーはラリマの事をちらつかせ、シズは飲み込んだ。それからは記憶がとぎれとぎれだった。ずっと眠っているようだった。目が覚める度に何かを嗅がされ、シズの意識が飛んだ。時々戻る意識の中に、カーネスの横顔を見た気がした。
 シズがはっきりとした意識を取り戻した時、シズはもう車に乗っていなかった。
「キモチワル……」
 シズは口を押える。
「ここで吐くなよ」
 声をした方を見るとコーネス・カーネスだった。
「おい! 吐くそうだ! 」
 カーネスが叫ぶと誰かが入って来た。そいつは仮面を付けていた。インデッセで私を襲った男と同じ仮面だった。
「お前が今何かすると、シラーって奴に連絡がいって同期が死ぬぞ」
 シズが戦意を持つ前にカーネスが言った。私は舌打ちをする。
「さあ、ここへ」
 目の前の仮面の男が、あの夜シズを襲った奴男は声が違った。仮面も近くで見ると布製で顔にぴったりと張り付いている。仮面の男が差し出した桶の中に、シズは吐いた。吐き出すと、水を渡されうがいするように言われた。
「薬のせいでしょう。もうあの薬は使わないのでご安心ください」
 嫌に丁寧な言葉遣いだった。うがいしている間にもうひとり仮面の奴が入って来てフルーツ籠と水を真ん中のテーブルに置いていった。
「まだインデッセまでもう少しかかります。ご辛抱を」
 二人の仮面は出ていった。カーネスは立ち上がりフルーツ籠から青リンゴを取って齧った。シズは部屋を見渡す。シズが寝ている右の端と左の端にベッドが一つずつ。あとは真ん中に丸いテーブルと椅子が二脚。その片方の椅子に座りカーネスはリンゴを音をたてて食べる。頭が痛い。
「おい、ここどこだよ」
 揺れ方から海の上だと分かった。アイオラ号のように大きな船ではない。壁には明り取りだけのための丸い窓が二つあるだけだった。そこから月明かりが差し込む。分かるのは夜の海の上だという事だけだ。
「月海(げっかい)の上さ。インデッセに向かっている」
「あれからどれくらい経った? 」
シズは頭をおさえる。ふらふらする。
「ちょうど五日。車でこそこそと遠回りして走り続けたからね、数時間前にやっと船に乗ったのさ。特急列車でいけば二日とかからないセレスからね」
 セレスがアシスの故郷だったことをシズは思い出す。
「また二日船に揺られて、インデッセに着いたら今度は楽チン特急列車で、城まで君は行くんだよ」
「なんで? 」
「ヨール王がそれを望んでいるからだよ」
 シズは鼻で笑う。
「私に惚れてんのか? 」
「ある意味そうじゃないか」
 カーネスを睨む。
「……お前とシラーは仲間だったのか? 」
「まさか」
 ヘタだけになったリンゴをテーブルに投げ、オレンジの皮をむき出した。
「持ちかけられたんだよ。僕を逃がしてくれる代わりに君を連れ出した犯人になってくれって。濡れ衣着たんだよ。僕はあそこから逃げられればよかったからね、手伝ってあげたのさ」
「じゃあシラーはまだ城人として働いているのか?」
「そうじゃない? 」
 ラリマが撃たれて五日立っている。他の城人がシラーの正体に気が付いてくれとシズは願った。
「君の同期撃たれたんだってね? シラーがこれからも城人として働くなら口封じにもうとっくに殺されてるだろうね」
 シズはベッドから飛び降りると、カーネスの元まで走り襟首を掴み上げた。
「お前、そのこと分かってたくせに、さっき私を脅したのかよ」
 仮面の奴が来た時こいつはラリマの事を持ち出して、シズに反抗させないようにした。
「これ以上面倒はやっかいなんだよ」
 カーネスに手首を掴まれると瞬間に腕を捻られ床に放り投げられた。
「いってぇ! 」
「君本当にヨンキョクだったのかい? あの時と変わらず弱いね」
「うるせぇ! 今は身体がなまっているだけだ」
「本当に馬鹿だねー。お金も沢山あったんだからあのまま、ジャモン・サーペティンと世間に混じってのんびり世界の危機とは無縁に暮らせばよかったのに。それが君にとっても世の中にとっても最善な事だったんだよ」
「てめぇの説明不足だろーが。元の世界に帰られないなら最初からそう言えばよかったんだ」
「そう言ったとして君は信じたかい? 」
 信じなかった。だからシズは返事はしなかった。
「君は自分が理不尽だと思っているだろうが、アルトの方が君の何倍も理不尽だった。君のコインである事がもう逃れられない不幸だった。それなのに、」
 カーネスは言葉をそこで止めて、オレンジを上に投げて口の中に入れて飲み込んだ。
「……てめぇ尋問で、ミトス・スイドの事知らないで通したらしいな。なんでだ? 」
「知らないで通せば調書にミトスの名前は書かれる事はない。ミトスの事を出せば全てを話さないといけない。インデッセの目的も。そしたらシラーを裏切る事になるからね。無事にあそこから逃げたかったし、白を切っただけさ」
 カーネスはリンゴをシズに投げた。右手でキャッチする。
「お前がヨンキョクなんかになったせいでシナリオは最悪な方に転がっている。お前をここで殺してやりたいが、俺にはできない」
「なんでだよ。最初に会った時は私に死んだ方がいいって言ったじゃねぇか」
「あの時はあの時だ」
「どういうことだよ」
「教えない。だが、教えてやる。お前とミトスがなんで生まれてすぐに入れ替えられたか。長い夜に話してやるって約束したからな」
 再会した時のあの言葉は意味が、シズは分かった。
「長い話になる。始まりは百年以上前だ」
「百年以上前?」
 遡り過ぎじゃねーか?
「お前には、ベグテクタの王族の血が流れている。それは正解だ。けど、スイド家の人間にはもうひとつ大きな血が流れている。スイド家の人間はもう、君しかいないけどね」
「もうひとつの大きな血ってなんだよ」
 カーネスは私の手の中にある赤いリンゴを見つめて言った。
「神の血だよ」
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