異界の相対者

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過去編

百年の恋、もしくは隠された希望

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 新オード城。
 ダイアスによる大火で半壊したオード城は建てなおされ、高さは前の半分だが、長さは約三倍と横に広い城となった。その新しい城の一番北にある二階の一室にラズは幽閉されていた。
 ラズはいつも窓辺の椅子に座り外を眺めていた。ドアをノックされる。ラズはちいさくどうぞと呟いた。ゆっくりと開いたドアから姿を見せたのは目を真っ赤にしたレイナだった。
「ラズ様。ジルさんがもう……」
 ラズは立ち上がる。椅子は音を立てて倒れた。
「なので、最後の、挨拶を……」
 レイナは堪えきれず顔を手で覆った。ラズは急いで部屋を出ると隣の部屋のドアを開けた。ジルは半年前に病に倒れ、床に伏せていた。
「ジル! 」
 ジルの病室に入るやいなやラズは駆け寄り、ベッドの傍らにドレスが汚れることもきにせず膝をついた。
「ラズさま……」
 ジルの声は今にも消えてしまいそうだった。たまらずジルの手を握る。細く砕けそうな指になっていた。
「ご迷惑をおかけしました。役に立てずこんな身体になってしまい……」
「馬鹿なことを言わないで。あなたしっかりやったわ。私は知ってる」
 ジルの微笑みはもう吐息のように弱々しかった。
「ルリ、リチ様の頼みを私は叶えられそうにありません。ラズ様の立場はこの先、私が想像できないぐらい大変かと思います。それなのに頼み事をするのは、困らせてしまう、だけだと承知しております。それでも、お願いさせてください」
 ジルは最後の力を振り絞る。
「ベグテクタのことを、よろしくお願いします。この戦争が終わったあとも。ベグテクタにも正しい誇りがあったことを、伝えてください」
「ええ、ええ。ルリお姉様もカルサ王も、立派な人よ。誇り高き人」
 ジルは静かな涙を一筋流した。
「私、リチ様はまだ生きていると思うのです。ダイアスが、リチ様をあの火の中から、助けないわけがないですもの。ダイアスが、リチ様を愛しているのを私知っていたから……」
 ジルはインデッセでの生活を懐かしんだ。
「そうね。きっと生きているわ」
「あと、レイナに。気をあまり負わないで、と。私もダイアスが火を噴く事をペンタゴンさんに報告するつもりだったの。だから、自分を責めないで、と」
 ラズは振り返る。少し開いたドアの外にレイナが立っていた。顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「私だけ、楽になってごめんなさい」
「そんなことを言わないで! 」
 レイナはベッドまでいくと布団を握りしめ嗚咽を吐く。ジルはおかしそうにした。
「ありがとう」
 ジルはゆっくりと瞼を閉じて、永遠の眠りについた。


 カルサがオードに終戦交渉をしてから半年が経過した。半年経ってもダイアスもルリも見つけることができなかった。戦争は停滞し、誰もが戦争の目的を忘れかけていた。
 オードの戦争を終わらせる条件はスピネの耳にも入っていた。スピネにもう勝つ気力はなかった。かといって、証拠もなく神は消えたというのをオードが信じてくれないことも理解していた。インデッセにもう神が使えないことをオードはわかっているがそれでも許されない。世界の人々もそうだ。恐怖がいなくなった確かな証拠が欲しい。
「私に最初から、神を操る力はなかったということだな」
 スピネは自虐を零した。デスクに広がった書類をスピネはもう目にするもの苦痛だった。金も資源ももうないを通り越している。大きな椅子に座るスピネは今にも崩れ落ちそうだった。
「私が指揮する特殊部隊がルリ様を捜しております」
「ルリが生きていたとしても、ダイアスを殺すようなことに手を貸すだろうか? 」
「ルリ様も理由を知れば、手を貸してくださるはずです」
「私と違っていい子だからな」
「スピネ様……」
 スピネはペンタゴンのなんとも言えない顔を見てすぐに情けなくなった。
「悪かった。八つ当たりだ。少し頭を冷やそう。何か飲み物を」
「はい」
 一礼し、ペンタゴンは部屋を出ようとする。
「ペンタゴン」
 スピネが呼び止める。ペンタゴンはドアノブにかけていた手をはずすと、スピネの方を身体を向き直す。
「何でしょう? 」
「……冷たいもので頼む」
「承知いたしました」
 ペンタゴンは外へ出る。そして主を待たせぬよう、一歩一歩慌てず急ぐ。
 銃声がした。
 ペンタゴンは立ち止まる。振り返る。そして執務室まで走ると出て行ったばかりのドアを勢いよく開けた。そこには不自然に椅子から身体がずれたスピネの姿が目に入った。
「スピネ様!! 」
 ペンタゴンはスピネに駆け寄る。右手に小型銃を持っていた。こめかみを打ち抜いたのだ。
「あ……あ……」
 ペンタゴンは膝から崩れ落ち、震える手でスピネの頬に触れた。そして左手に何か握りしめているのに気が付いた。スピネの指を一本ずつ開く。するとそこにはいくつかの赤い鱗があった。ダイアスの鱗だとすぐに分かった。スピネはそんなものを大事に五年も持っていたのだ。
 スピネは純粋過ぎた。急ぎ過ぎた。そしてダイアスと大きいものを手に入れ、国の尊厳を早く確立したいばかりに焦ったのだ。間違えたのだ。けれどここまでインデッセを間違いさえたのは本当にスピネのせいだけだろうか?強くなるのを求めたがいけなかったのか?そんなはずはない。スピネも間違えたが、世界も間違えている。
 ペンタゴンの中に新しい何かが芽生える。眼は鋭くなり、冷たく燃える。ペンタゴンはスピネの右手から鱗を丁寧に取った。それは宝石のように丈夫であった。百年後も傷ひとつつかないことを、ペンタゴンは知ることはなかった。
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