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過去編
百年の恋、もしくは隠された希望
しおりを挟む水面に月が映る。揺れる月をルリは眺めていた。アンダが眠ったのを確かめたあと、深夜にこっそり寝床を抜けてきた。
昼間足元に飛んできた号外でスピネが死んだ事を知った。インデッセは降伏したようなものだった。これでもう戦争は終わるだろう。そうしたら私はどこに行けばいい?このまま遊び人として漂い続けて死ぬのだろうか、とルリは未来を考えた。
「ルリ王妃」
背後から捨てた名前を呼ばれ、立ち上がる。
「生きておられてよかった」
影の中から声がする。
「誰? 」
ルリは後ずさると、片足が川につかった。声の主は影から姿を現す。ルリは相手が男か女か判断がつかなかった。ランショはマントを払うと片膝を付いて名乗った。
「私、アベンチュレ王国カイア王の付き人である、ランショと申します」
「アベンチュレ? 」
「はい。微力ながらベグテクタの助力のためにここに参った所存でございます」
「なぜ、アベンチュレが? 敵ですのに」
「戦争を終わらすためです。手短に話を終わらせようと思います。あなたが今共に旅してる方々に見つかったらご面倒でしょうから。スピネ王が崩御なされたことはご存知で?」
ルリは手を胸元へ持ってくると握りしめる。
「ええ」
「事実上の降伏ですが、オードは神が死んだことを確認できるまでは戦争はやめないと」
ルリは叫びそうになるのを必死に堪えた。
「神の名はダイアスと聞きました。そのダイアスの居場所をルリ様はご存知で?」
ルリは目を逸らす。
「知らないわ」
「嘘はよしてください」
ルリは動揺する。
「そのダイアスが死なないかぎりこの無駄な戦争は終わりません。今のあなたがいくらお立場を捨てたとしても、終わらせることができるのはあなただけです」
ルリは背を向けるとだんまりを決め込んだ。戦争のだしにつかい、あげくの果てに死んでしまえと。あまりにも残酷過ぎた。
「事は急ぎます。けれど、ルリ様はダイアスを大事にしておられると聞きました。一日、待ちます。それまでにご決断を。明日の夜再び参ります」
ランショはすっと立ち上がると闇夜に瞬時に溶けて行った。ルリはしゃがみ込んだ。川の中に手をつく。狼狽え、涙を川の流れに落とす。そして思わず呟いてしまった。
「どうしよう、ダイアス」
「大丈夫だよ、リチ」
ルリは顔を上げた。川の中にダイアスが銀色に輝き立っていた。
「やっと呼んでくれた。待ってたんだよ」
ルリは声が出なかった。震える唇で声にならないダイアスの名を呼ぶ。立ち上がると川の中へ走り、ダイアスに抱き付いた。ダイアスは長い爪がついた指で優しく、傷つけないようにルリの頭を撫でた。
「ごめんなさい……」
ルリは思わず謝ってしまった。
「全部聞いたよ。空の上から全部。俺、死ぬよ」
ルリは目を見開く。やめて、と止めようとしたができなかった。コチュンがこめかみに銃をあて涙を流したあの日を思い出す。止めるには犠牲が多すぎる。
「まあ、人間に俺は殺せないから死んだふりをする」
「え? 」
ルリは顔を上げる。
「俺達は冬眠みたいな永い眠りにつくことが生きていく間何度かある。死んだふりをして海か泉、水の底で冬眠をするんだ。それが終わったらまた、リチが起しにきて」
「冬眠って、どれくらい? 」
「最低百年。最高千年」
「私、死んでるわ」
ルリは久しぶりに心から笑った。インデッセで過ごしたダイアスとの日々の愛おしさがこみ上げてくる。
「聞いて、リチ。俺らが眠りにつく千年経たないと自力では起きられない。けれど百年経てば、起こす方法がある。俺たちの種族の血を俺が眠る水の中に垂らすんだ」
「あなたの種族の血って、私はあなたのような生き物をあなたしか知らないし、百年後なんて生きてないわ」
「人間は生まれ変わる。リチはまた、この世に転生する。だから次生まれて来た時に俺を起こしに来て」
ルリは何て答えたらいいか分からなかった。
「信じて」
ダイアスの目は真剣だった。
「けど、もし生まれ変わったとしても、百年後の私はあなたを忘れているかも。思い出さないかも」
「そうかもしれない。けど希望があるなら、俺はまた、リチに会いたい。百年待つとしても」
「ダイアス……」
「あと、血のことだけど、嫌かもしれないんだけど、」
ダイアスはルリから少し離れると頬を膨らませた。この行動にダイアスは覚えがあった。ダイアスはぼこぼこと形を足から首まで人間に変わった。そして顔の鼻と右目だけは人間になったが、あとはならなかった。
「やっぱりうまくいかない。この姿じゃ気持ち悪いよね。けどもし許してくれるなら」
ダイアスの銀の瞳に月光が差し込む。
「俺を愛して欲しい」
ルリは血の意味が分かった。
「嫌だ? 」
ダイアスは首を傾ける。ルリに迷いはなかった。ダイアスに近づくと唇を重ねた。
「あなたを愛せるわ、私。あなたに愛されたい」
ダイアスはたじろいだがすぐにルリを抱えると横抱きにした。そして川から抜け出すと、ふたりの夜に溶けていった。
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