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過去編
百年の恋、もしくは隠された希望
しおりを挟むルリは固まった笑いを零しながら聞き返した。エピドーの顔は真剣だった。
「あなたが神と川の中で会っていた日、盗み聞きさせていただきました。あなたがインデッセの王妃であることも」
「ちがいます。何を言ってるんですか」
「やっと終わったこの戦争の前、いつ戦争あったか知っていますか? 」
ルリの否定を無視してエピドーは口を止めない。
「八十三年前です。百年先に戦争がないと、あなたは信じきれますか?きっかけがあれば何度でも起こる。ましてや神が復活したら? それこそ大きなきっかけになるでしょう。今回と同じようなことになる。あなたなら分かるでしょう?」
ルリは服を握りしめる。ごまかすのを諦めた。
「分かるわ。分かるけど、ダイアスの受けた理不尽を受け入れろというの? 百年先に期待するのが馬鹿みたいなことだって分かっています。けど、私はこの子を産みます。そして今度は戦争に利用なんかさせない」
「甘いです。あなたは」
エピドーは言い切った。二人の間に夜の静寂だけが響く。
「俺も馬鹿な話をしましょう。随分前にコインの話をしたのを覚えていますか?コチュンが生きていた頃です」
四人で聞いた他の世界がある話。
「ええ」
「俺がそのうらがえしです」
「ええ? 」
ルリは顔を顰めた。
「信じなくていいです。うらがえしは左の掌に丸い灰色のあざができます。それが目印です。うらがえしは次のうらがえしを見つけるのにそれを目印にします。まあ、見つける必要はないのですが、いままで皆見つけて来ました。そして前代が死ぬと、次のうらがえしに力が引き継がれます。そしてあざも消える。私はこの能力を使ったことがありません。今後使うこともないでしょう。この能力を私の代で失くそうと思っていました。次の者を見つけても、うらがしのこと、コインのこと、すべて黙っておこうと決めていました。けれど、やめます」
エピドーはルリに射貫く眼をやった。
「百年先まで引き継がせます。そしてあなたの子孫に女の子が産まれ、その子が百年の境を跨ぐようなことがあれば、コインを裏返します」
「え、ちょっと。なにを言っているか分からないわ」
「分からなくて結構。コインの話を信じるにしても信じないにしても、私が今夜話したことを何年もかけて考えてください。あなたも神も、かわいそうだとは思うけれど、私はあなたの望みが許せません。人間として」
エピドーは立ち上がる。
「それでは。おやすみなさい」
エピドーは去っていく。エピドーの気迫にルリはしばらく動けなかった。
明朝、ルリは遊び人達を別れた。もう二度と会うことはないだろう。遊び人を抜けるとはそういうことだ。アンダも分かっていた。
「アンダ、元気でね。風邪ひかないように」
「ヘマもね」
アンダは悲しんで見せたが最後は笑って別れた。エピドーは遠くでルリを見ただけで別れの挨拶をしにくることはなかった。それにルリもほっとした。今のエピドーは怖かった。
チルル達を見送ると、ルリはヘミモル村の方へ歩いて行った。ヘミモル村に着いたのは昼過ぎだった。小麦畑は、小麦の陰も収穫のあとの気配も見せていなかった。戦争の面影だ。その景色をぼうっとルリは眺めていた。
「ちょいとあなた、大丈夫かい? 」
声をかけられ振り返るとそこには老夫婦がいた。旦那の方が声をかけてきた。
「ああ、大丈夫です。ちょっとぼうっとしてて」
「あら、あなたもしかしてお腹に赤ちゃんが? 」
奥さんの方が、ルリが妊婦であることに気が付いた。
「ええ、まあ」
「お父さんは? 」
ルリは黙った。夫婦は顔を見合わせて察した。
「うちへ来なさい。その様子じゃ家もないんでしょう。ちょっとご飯でも。いいわよね、あなた?」
「ああ、何もないがな。わしはスイドという」
「ヘマといいます」
ルリは苗字を言わなければ遊び人だったことがばれてしまうと咄嗟に、
「ヘマ・カーネスです」
咄嗟に思い付いた、エピドーの苗字を言ってしまった。
「そうかい。ヘマさんか。ついてきなさい」
スイド家を訪れたヘマは、夫婦の子どもは戦争で亡くなったと聞いた。ルリより五つ上だった。
「はい、どうぞ」
スイドの奥さんはルリに温かいスープとパンを出した。ルリはスープを一口飲む。
「おいしい」
「具なんてほとんど入ってないけどね」
「それでもとてもおいしいです」
ルリはパンを手に取る。そしてふいにコチュンの顔が浮かんだ。パンに齧りつく。ゆっくりと噛んだ。そしてぽろぽろと泣いた。コチュンにあの子にたるほど食べさせてあげたい。ルリは叶わぬ幻想を描く。パンが食べられるのは当たり前じゃない。当たり前なんかない。
「ごめんなさい」
ルリは涙を拭いながらパンを食べる。スイドの奥さんがルリの背中を撫でる。
「よく頑張ったわね、お互い」
ルリは泣きながらもパンを食べることをやめなかった。そしてそのパンの味を噛み締めながらエピドーが昨夜自分にぶつけた感情の意味を少しだけ分かろうとしていた。
ルリはスイド家の養子になり、ヘマ・スイドとなった。そして女の子を産んだ。二十六歳の時だ。名前をルコとつけた。ルリが生きているため、ルコはルリの生まれ変わりではない。この子が産む子が私になるかもしれないと考えた。そしてダイアスのことを考えた。ルリは死ぬ間際まで、選択に迷うことになる。
インデッセ。城の地下。
薄暗い中に蝋燭の明かりが灯る。ペンタゴンの周りに四人の男達が円陣のように並んでいた。その四人にペンタゴンはダイアスの鱗を与えた。そして自分もそれを掌にのせる。
「インデッセはいつか、尊厳を取り戻す。ヨス様をピエロにした世界を許すことは出来ない。この戦後の混乱に紛れて、君達にはそれぞれの国にその国の者として生きて欲しい。精神はインデッセに捧げて欲しい。要はスパイだ。そして、反旗の時期を待つ。世界を取り戻す」
他の四人もペンタゴンに同意するように掌に鱗を乗せて見せた。
「我らを『神の団』とする」
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