異界の相対者

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過去編

スイド家の人々と、とりまく未来

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なんどもひとり考え、悩み続けました。もし、私の魂が生まれ変わり、過去の希望に目覚めたとしても、ダイアスを迎えに行くか、行かぬべきか。これは今の私が決めてよいことではなく、決められぬことだという答えに辿りつきました。

 四日前のことです。見知らぬ男が私に声をかけてきました。最初は宿の場所でも尋ねたいのかと思いました。すると男は、おもむろに私に手のひらを出したのです。そこには銀色に光るダイアスの鱗があったのです。あまりに突然のことで、動揺を隠すことはできなかったと思います。「あなたにはこれが、銀色に見えていますね」私は男から目をそらし、白に見えると嘘を言いました。男は私の嘘を無視して、シラーと自分の名を名乗りました。ペンタゴンの部下だと説明しました。シラーという男は、今の私の生活を壊すつもりはない、けれど私を見守らせて頂く、といって去りました。見守ると言っても結局見張るということに代りはないでしょう。ダイアスが死なずに鏡泉の底に眠っていることが見つかってしまったのかと一瞬焦ったけれど、それならすぐに私とルコを連れ去り、どこかへ軟禁し、百年先まで血を絶やさないようにするでしょう。まあ、それはまだインデッセが世界と戦うことを考えているならば、の話ですが。
 けれどもし、この先ダイアスの居場所が見つかってしまえば。私はエピドーの顔が浮かびました。私の望みと、戦争に利用されたダイアスへの憐れみはやはり救われてはいけないものなのかもしれないと考えるようになったのです。希望は救いとは限らないと。
 けれどもう今の私にはどうしようもない。してしまった約束のために過去に戻るわけにはいかない。それに、もし戻ったとしても、私はダイアスと約束をしないということは到底できないでしょう。あの時代の私は、世界に嘆いていたし、ダイアスのことも心から大事でした。人間でもない彼が。

 私は今年で四十歳になる。
 八十六年後どうするか決めるのは生きている者の権利なのでしょう。インデッセの人間に見張られている中、この先スイド家の人々に何も知らせないのは無責任と思い、この日記を書きました。(日記というのはおかしいですね。回顧録とでもしダイオきましょう。書いているものは日記帳だけれど。店の者がいうには、上質紙で百年先でも大丈夫だそうです)
 ここに書いたことを信じるにしてもしないにしても、目の前に問題が立ちはだかれば生きているあなた達がどうにかしなければなりません。その日のために、この回顧録を書きました。何の助けにもならないと思いますが、心持ちのために。
この文章も種を自らまき、ほったらかしで死んでいく私が書くには無責任すぎるのを承知しているつもりです。ごめんなさい。それでも私はダイアスに愛を望んだことを、愛されるのを望んだことを後悔できません。それに生きていてよかったと思うのです。
つらかったこと、怒りも思い出せば沢山あるけれど、心配も沢山あって、なくなりそうにないけれど、それでも、生きることができて嬉しかったです。この先いつ死んでしまうかわからないけれど、今はそう思います。
ごめんなさいね、ありがとう。そして未来をよろしくお願いします。

14.4.27 
ヘマ・スイド
(ヘマ・スイド、戦後四十年に永眠。享年六十六)


戦後七十一年。フェナ・ヘミモル村。
「ダイオ!」
 ダイオ・スイドは兄の声に運転席から顔を出した。少し伸びたブルネットの髪が、春の風に靡く。
「呼ばれたかね?」
 助手席のモルダが顔を上げた。フェナの中心地まで今朝ダイオが連れて行き、昼過ぎの今戻ってきたところだった。ダイオはヘミモル村で数少ない車の保有者で(ローンで購入)、バスの便が少ないヘミモル村で唯一の運転手を仕事して働いていた。
「ばあちゃんを呼んだんじゃねぇよ。俺だよ。家着いたんだから降りな」
 ダイオの兄、スタウロが車まで来る。黒髪の短髪でくっきりとした二重に大きな瞳で、年齢よりも幼く見える。大人びた顔立ちのダイオの方が五つ下にも関わらず、兄に間違えられるのもざらではなかった。身長も弟の方が高く、そのことを二十六歳になった今でもスタウロは少し気にしている。
「お前髪切れよ、みっともないぜ」
「リーゼントにしようと思って伸ばしてんの」
「ええ……」
 スタウロは嫌な顔をした。
「なんだよ、その顔。リーゼントが俺を呼んでるんだから仕方ないんだよ」
「呼んだかい? 」
 やっと、車から降りようとしたモルダが振り向く。
「呼んでないよ。なんだ?ばあちゃんもお団子やめてリーゼントにするか?」
「面倒なことは嫌いだよ」
「そうかい。さっさと家入りな、息子が心配するぜ」
「心配ご苦労さん」
 モルダがスイド家の隣のタルク家に入っていくのを見届ける。
「モルダばあちゃん、ここのところ耳遠いよな」
「遊ばれてんだよ、お前」
 ダイオはむっとする。
「それで? 慌てて俺を呼びに来たのは長髪検査のためだけか? 」
「お前だろ?ルコばあちゃんの本全部売ったの。いつの間にやったんだ? 」
「気が付くの遅い。一昨日だよ。はるばる王都から買い取りに来てくれてさ。ガソリン代は結構とられてたけど、あの量だったからな。金になったぜ」
 一昨日、スタウロと両親は一日家を空けて、村から出ていた。
「お前、勝手に何してんだよ。おばあちゃんの遺言じゃ全部捨ててくれって言ってたの知ってただろう? 」
「あんだけの本捨てるのもったいないだろう。それに農具揃え直すのに金がいるだろう? 」
 スタウロ一瞬黙って、ダイオをまじまじと見つめた。
「お前そのために、」
「ネコババなんてしないから、安心しな。父さんの名前で売ったしな。車庫に車戻すから。離れて」
 去年あたりから鉄不足が問題になっていた。そのため、鉄の価格も驚異的に高騰していた。そこで出てきたのが「鉄泥棒」だ。今週、ヘミモル村の数件の農家が鉄泥棒によって農具が盗まれていた。スイド家も一例に漏れず、全て持って行かれた。一昨日ダイオが両親を連れて出ていたのは、盗難の被害届けを出すためだった。けれど、農具が返ってくることに期待は出来なかった。
 ダイオは車庫に車を入れ降りると家の前で待っていた兄の元に戻る。
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