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過去編
城の人々と、ミトスの運命
しおりを挟む〔ミトスとシズが入れ替わる半年前〕
「城人の制服? 」
隠れ家のアパートにやってきたプライトは驚いた。
「やっぱり無理ですよね、忘れてください」
ミトスは自分の発言を取り消し、申し訳なさそうに笑った。アンドラ王子に欲はないのかと聞かれた夜からふと、ミトスは考えてみた。そして思い付いたのが、城人の制服だった。正直城人にはなりたくなかったから制服に執着はない。最悪を想定したときに、それを着用したいと思った。
「それはスパイ活動でいるのか? 」
「いや、個人的に着てみたかっただけです。すいません、冗談みたいなものですから、忘れてください。それで、今日はチケットを?」
ミトスは無理矢理話を終わらした。
「ああ、これだ。あと新しいパスポート」
「ありがとうございます」
いつものように茶封筒を受け取る。出発は明後日だ。メト王女に会うのは今夜だ。当分は会えないだろう。いや、永遠かもしれない。半年後、ミトスは十八歳になる。死ぬ前には彼女に会いたいなとミトスは望んでいた。
「制服のことだが、考えておく」
プライトはミトスの願いをなかったことにしなかった。
「難しいと思うが」
「ありがとうございます、プライトさん」
条約を裏切っているのに変に律儀な人だとミトスは思った。人間らしいと言った方がいいかもしれない。プライトが去った後、ミトスはまたウヴァロに電話をかけた。
「まだ現れないですか……。俺、ちょっとインデッセの方へ行っちゃうんで、はい。また連絡します」
期待がつのっているのになかなかうまくいかない。ミトスは求めるように、彼女に会う夜に出かけた。
「そろそろミトスのこと何か知りたいわ」
メトはいつものようにねだった。ミトスはいつものように駄目だと言おうとした。けれど、今夜でもしかしたら最後かもしれないというのが頭を過った。コーネスともまだ会えない。
「俺の故郷には金の海があります」
唐突に故郷について語り出したミトスにメトは目を見開いた。驚いたが、口を挟まず、黙って耳を傾けた。
「小麦畑のことです。実った小麦が太陽の光に輝き、風に揺られると、息を飲むほど美しいんです。俺は小麦畑より美しいものがこの世にないと思っています。俺はずっとその小麦畑と共に暮らしたかった」
ミトスの頭の中が金の海で埋め尽くされる。
「スパイなんてしたくないんですよ」
メトは堪らず、ミトスを抱きしめた。そこでミトスははっとした。
「勘違いさせてしまいました。王子もこの国も恨んではいません。故郷でずっと暮らせないのはスパイになる前から分かっていました」
ミトスはメトの肩に手を置くと自分から離す。メトの目には涙が浮かんでいた。
「あなたを責めてしまいました。ごめんなさい」
メトは首を振る。
「弱くてごめんなさい、泣いたりなんかして……」
ミトスはメトの涙を指で拭う。
「俺は自分の運命をさがしに、スパイになったんです」
「それはどういう意味? 」
ミトスは微笑んだ。
「次に会いに来た時にお話しします。それまでお元気で」
さよならを言うにはミトスはまだ、未来に希望を持っていた。
昨夜のメトとの別れの余韻を胸に鳴らしたまま、ミトスは女装の恰好をして、ペタ駅にいた。
「鉄道員の人、今年もボーナスカットだって。今朝の新聞に載ってた」
「ええ? 社長の息子の代になってから、なんだか景気がよくないわね」
「ボンクラ息子よ、給料安くなったらますます人手不足よ。お金は大事ようねぇ」
「ねぇ、あははははっ」
ミトスの隣を談笑に夢中な奥様方が通り過ぎる。ミトスはチケットの準備をしようとポケットに手を入れると肩を叩かれた。振り向けばプライトだった。
「喋らなくていい」
プライトは小声で言った。女装をしている時は、喋れない設定だった。
「パスポートに不備があった。悪いが交換してくれ」
ミトスは頷き、コートの内ポケットからパスポートを出し、素早く入れ替えた。
「プライト局長? 」
プライトは驚き、ゆっくりと振り向いた。そこには、セドニがいた。セドニはプライトとミトスを交互に見る。
「セドニ、なんで? 」
「私は今日から出張で」
「あ、そうだったな」
「局長は? 」
「ああ、俺は」
プライトはミトスを横目で見る。
「姪の見送りに。インデッセに留学するんだ」
「そうですか……」
「ああ、お前も気を付けろよ」
「はい、失礼します」
ストムのれていく背中を見ながら、ミトスはプライトに目をやる。
「大丈夫だ。気にするな。お前も気を付けろ」
ミトスは頷くとホームへ向かう。ミトスがセドニに会ったのはそれが最初で最後だった。
インデッセでミトスは、刺繍の専門店で見習いとして入った。インデッセでは刺繍が有名で、国外から刺繍の腕を身につけようと幾人もその店にやってきた。そして、その店でできた刺繍が施された商品を輸出する仕事を請け負っているベグテクタの貿易会社の社員に「神の団」の一味が潜りこんでいることも分かっていた。その男は月に一回、この店に来る。
「そういえば、新しい子が入ったんだよ。背の高い、美人さ。あんなたにも紹介するよ。パイラ! こっちへおいで」
店の奥さんがミトスを呼んだ。「パイラ」はミトスの女装の時の偽名だ。ミトスは作業を止めると、奥さんの所へ行く。
「この子がパイラさ。病気で口がきけないが、筋のいい子だよ」
ミトスは訓練で得た恥じらいを持った女の笑みを貿易会社の男に浮かべた。さて、どうやって探りをいれようかと考えていると、男の瞳が一瞬揺れ、明らかに、ミトスの顔を見て驚いた。そしてその驚きを一瞬で飲み込んだ。奥さんはその一瞬に気づきもしなかったが、ミトスは逃さなかった。自分の顔を見て、驚いた。ということは、自分の顔を知っているということだ。もしかしたら、両親達が嫌悪していたのはインデッセではなく、「神の団」だとすれば。この憶測が真実だとすれば、ミトスがスパイになったのは運命以外の何物でもない。ミトスは「神の団」の男の顔を見つめながら、恐怖と快感が入り混じった奇妙な興奮を抑えきれないでいた。
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